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エマはペダルを踏み回して、センターウッド公園へ、入って行く。大きな敷地内には、アスレチック、フットボール場があり、子供、大人関わらず、人気のスポットである。
自転車を駐輪場へ止めて、早速集合場所であるロックの銅像に向かう。ロックはエバンス家が住んでいるこの街、ウィンター・ノッドの初代市長だ。二百年以上前に生きていた人物で、何も無かった土地を一から開墾して、人々が生活できる街に作り上げた。銅像は上半身裸、筋肉隆々、口髭を蓄えて、男の中の男という印象を受ける。伝説によると、ロックはウィンター・ノッドに盗みを働きに来た盗賊十人を撃退したそうだ。
エマが銅像前に着いた時には、サラリーマン姿の大人達が七、八人で談笑していた。その中の一人はエマが連絡した人物だ。
「ロバートさん、こんにちは」
輪の中にいた一人がエマの呼び掛けに反応した。
「おおエマ、希望通り、呼べるだけ呼んでみたよ。後三、四人は来れそうだ。みんな、紹介するよ。ウィルとスカーレットの次女、エマだ」
一人一人がエマに好意を寄せて、握手を求めた。ダンと呼ばれている、ぽっちゃり気味の男性は、目元がお母さんそっくりだと、涙ぐんでいた。
ダニエルの一件で、大幅なタイムロスをしたエマは、ウィルの学生時代からの親友であるロバートに、父と仲良い人を集めて欲しいとお願いした。人望が厚い彼は、短時間の間に多くの友人を集めてくれた。
「みなさん、お忙しい中お集まり頂きありがとうございます。今日は私の父、ウィル・エバンスの誕生日です。そこでビデオメッセージを撮りたいです。ご協力お願いします」
エマは礼儀正しく、お辞儀をした。
「どうやら、時間があまり無いらしい。ここはウィルの為、父親を喜ばせようとする子供達の為にみんな協力しよう」
ロバートがすかさずフォローしてくれた。
「こんな娘が欲しかったよ。うちの娘なんてよ、パパの服を一緒に洗わないでよ、なんて言うんだぜ」
「俺だってお前の服を、自分の服と一緒に洗濯して欲しくないよ」
場が笑いに包まれる。それからエマが段取りを説明した。最初に個人メッセージ、一番時間が掛かりそうな集団メッセージは最後に取って置いた。
「ウィル、誕生日おめでとう。君は幸せ者だよ。エリーはしっかり者で、エマは目標に向かって一途、トミーはウィルの大学生の時より賢いんじゃないか?友達として、君の活躍を願っているよ。一つだけ良いかな、朝から親父ギャグは胸焼けするよ」
トップバッター、ロバートのメッセージに、友人達は手を叩いて称賛した。最後の一文が共感を呼んだのかもしれない。
「じゃあ、次は俺だな」
青い目、ブロンドヘアーのターナー・オルセンが二番手を志願する。
「いや、僕だな」
ターナーの生き写し、双子の弟であるロンがそれを遮る。
「兄である俺が先にやる!」
「数十秒先に出て来ただけだろ!」
「陸上とか、水泳はコンマ一秒でも、先に着いた方が勝者だ!」
「弟の僕に、いつも数学を教わっていたくせに!」
「お前が逆上がりを出来る様になったのは、誰のおかげだ!」
双子の喧嘩を落ち着かせる為に、その場にいた全員で取り押さえなければならなかった。
「いい加減にしてくれ。ウィルの誕生日だぞ」
この時ばかりは、温厚でいつも優しいロバートが顔をしかめた。色々と面倒なので、双子だけは一緒にメッセージを撮ることにした。
多少の諍いが生じたものの、それ以降は滞りなく、順調に進んだ。最後に集団メッセージということで、一かたまりになってもらい、撮影することにした。
「では、みなさん。私が合図を出したら、お誕生日おめでとうと言ってください」
エマが立ち位置や、並ぶ順番を調整する。勿論、ターナーとロンは真反対の位置に、立ってもらった。
「じゃあ、撮りますよー。三、二、…」
「何の撮影をしているのかい?」
突如として、ビデオカメラのフレームの中に白髪のお婆さんが割り込んで来た。真っ黄色の杖で体を支えて、厚底の眼鏡を掛けている。
「父親の誕生日なので、ビデオメッセージを撮影しています」
エマはゆっくり穏やかな口調で、お婆さんに説明した。
「テレビの撮影かい?」
物珍しそうに、カメラのレンズを見つめてくる。
「いえ、家庭内ビデオです」
「いつ放送するの?」
「お婆さん、あまり時間が無いので、後にしていただいて良いですか?」
ロバートが物腰柔らかに、お婆さんを誘導しようとする。
「触らないでおくれっ!」
硬い杖がロバートの手の平を叩く。思わずみんな、目を閉じた。
「こっちは、戦争を体験しているんだよ。お年寄りは大切に扱いなさいって、学校で習わなかったのかい」
「ええもちろん、今の生活があるのは、全てあなた達のお陰です」
「やっと分かったかい。それで、これは全米で放送するのよね?」
「はい。そうです。だから、撮影を再開してよろしいですか?」
エマは観念して、嘘をついた。そうでもしないと、このお婆さんは納得してくれそうに無かった。
「そりゃあ良い。ちょっと最近の政治について、言わせてくれよ」
有無を言わさず、お婆ちゃんは不平不満を喋り始めた。