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エバンス家の日常  作者: 桜雪月
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エマはウィルが仲良くしている人のリストを眺めていた。現在午後三時半、大抵の大人は働いている時間だ。しょうがないので、一日中暇そうな人からビデオメッセージを撮ることに決めた。ここから一番近いのはダニエルだ。二メートル近いダニエルは自称探偵で浮気調査や尾行を生業としている。しかしいつもビール瓶を片手に、飲んだくれでいるダメ人間なので、ろくに仕事をしていない。しかし陽気な性格で子供達からの人気だけはある。

エマは自転車に跨がり、ダニエルが普段暮らしているアパートへ向かった。

ダニエルが住んでいるアパートは、家賃二万円の風呂無しアパートで、外壁はボロボロである。自転車をアパート脇に止めて、ダニエルの住居に足を運ぶ。インターホンは壊れかけていて、三回に一回しか鳴らない。五回、つまり十五回インターホンを押すが、なんの反応も無い。耳を扉に近づけると、フゴッ、いびきが聞こえた。

「ダニエルー、お願いがあるんだけどー」

大声で呼びかけるが、寝息以外の声は返ってこない。駄目元でドアノブを回すと、何の抵抗もなく、開いた。

「酒臭っ」

室内からは、ムワッとしたアルコール臭が漂い、空き瓶、空き缶、カップラーメンが散乱している。

「ちょっと、ダニエル。起きてよ!」

手で触ることは不衛生だと思ったので、エマは巨漢の背中を蹴ってみた。

「いてぇー」

それまでグースカ寝ていた男は、ぱっと跳ね起きた。その後、エマを確認すると、不機嫌そうな顔を改めた。

「なんだ、エマかよ。どうした」

「ダニエル、昼間から寝ていて良いの?」

「ふふん、それがな。俺今金いっぱいあるのよ。競馬で当ててな」

「また、ギャンブルか。そんな賭け事辞めなさいよ」

「賭け事じゃねえ、ギャンブルは生きる原動力よ。しかもよ、絶対勝てる方法があるのよ」

くっくっ、ダニエルは気分上々だ。

「詐欺みたいな言い方ね」

「詐欺じゃねえぞ、エマ。あのな、レース当日、自分が賭けた馬以外に、ウォッカを飲ませるのよ。ふらふらして、走るどころじゃねえ。ははは!」

「呆れた、そんなのイカサマじゃない」

「イカサマじゃねえ、俺ならウォッカひと瓶丸呑みしても、十キロ完走できるね」

もうこれ以上この話を続けても、不毛だと理解した。

「そんなくだらない話よりね。ダニエルにお願いがあって来たの。今日は私達のパパの誕生日で、ビデオメッセージが欲しいの」

「おお、ウィルもまた一つ歳を重ねたか」

ダニエルは予想以上にノリノリだった。

「もう喋り始めて良いか?」

「駄目よ。あなた、今の格好で良いと思っているの?」

彼は起きたばかりで、髪、髭はボサボサ、薄汚れたシャツはケチャップやマスタードの染みが目立っている。

「これが俺の正装さ」

「ふざけないでよ。ムード台無しにするつもり?」

有無を言わせず、ダニエルの衣服を剥ぎにかかる。

「わかった、わかった。自分で着替えるよ。」

観念して、ダニエルはエマの指示を求める。

「まず、綺麗な服は持っている?」

「確か、そこのクローゼットにあったはず」

ガタガタで、滑りの悪いクローゼットを無理やり開けようとする。

バキッ、木が割れた音がして、クローゼットは開いた。ハンガーラックに掛かっている洋服は全て埃まみれで、汚かった。

「最後にこれらを身につけたのいつよ!」

エマは悲鳴と糾弾を重ね合わせた。

「えーっと。ハイスクールの卒業式だから、二十何年前だな」

どういう訳か、ダニエルは誇らしげになっている。

「もう、私が服を洗うから、ダニエルは髪と髭を何とかしてよ」

つっけんどんに言い放つと、洗い物を親指と人指し指でつまみあげて、ビニール袋に入れた。そのまま自転車の籠にそれを載せて、近くのコインランドリーへと直行した。

コインランドリーでは、利用者にジロジロ見られてエマは恥ずかしかった。異臭のする服を、大衆が利用する場で洗濯する女子中学生がいたら、誰でもビックリする。エマ自身も、自分が奇怪なことをしていると思った。ダニエルに対して、並並ならぬ怒りを覚えた。

やっとの思いで、アパートに戻って、エマは仰天した。ダニエルは髭のみならず、髪も丸坊主にしていたのだ。

「どうしたの!」

「いやぁ、髪とか、髭洗うのも面倒だしよ、この機会に全部取っ払ってみた」

清々しい風体で、いつもよりも若々しく見えた。

「じゃあ、この洗ってきた、服を着て。大人が高校の制服を着るなんて、馬鹿げているけれど、しょうがないわ」

エマの計画には、ある誤算があった。それは学生の頃よりも、ダニエルは三十キロ太っていることである。みちみち、制服が異常な力で引き延ばされる。背中は縦に大きく裂けた。もうダニエルだけに時間を取られたくないので、見過ごす事に決めた。

「じゃあ、撮るよ、三、二、一」

「あー、うー、あの、えー」

「カット。喋らなきゃ!」

「そうは言っても、こういうの苦手なんだよ」

どこまでもダニエルは情けない。埒が明かないので、エマがカンペを作る事にした。難しい言葉は使わないでくれと頼まれたので、小、中学生でも読める内容にした。

「ウィル、誕生日おめでとう。俺とお前はズッ友だ。難しい事に出くわしたら、いつでも相談にのるぜ。

ちょっと、エマ紙見え辛い。ああ、オーケー

これからもよろしくな。相棒」

この人にこれ以上のクオリティを期待しては罰が当たる。腕時計を視認すると、四時半。残り一時間半で、沢山メッセージを集めなくては。ダニエルの様に、一人一人に時間を割く訳にはいかない。

悩んでいるエマに、一筋の光が射した。これだ、これしかない。ズボンからスマートホンを取り出して、メッセージを送る。


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