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三人兄弟は、それぞれの担当を決めてから学校へ行った。エリザベスは料理及び飾り付け、ケーキ担当、エマはウィルの友人からのビデオメッセージを撮影、トムは誕生日プレゼント係だ。三人兄妹が通っているスクールは小、中、高一貫校で三人共授業は三時に終わった。これからウィルが家に戻る六時までに、各々がミッションを遂行する。
トムには父親が喜ぶプレゼントのビジョンが見えていた。授業終了のチャイムが鳴ると同時に学校を後にして、自宅方面ではなく、市内最大の廃品置場へ歩を進める。目的地に到着すると、タイヤや屑鉄が小さな山々を形成している。トムは平然と僅かしかない隙間をすり抜けた。そうすると、それまで見えてこなかった小さなプレハブ小屋が出現した。臆することなく、木製の扉を二回叩く。数分の時間を置いて、中から気味が悪い声が発せられた。
「合言葉は?」
「ニュートン」
トムは間髪置かずに、答える。ガチャ、鍵が解除され、中から白衣を羽織った、ひょろ長で、肌真っ白の青年が出てきた。
「誰にも付いて来られてないだろうね?」
辺りを警戒した様子で、青年は尋ねた。
「絶対、大丈夫。それより、今日はお願いがあって来た。ドクトル助けて」
「取り敢えず話は中で聞こう」
二人は薄暗いプレハブ小屋へと入って行く。
室内は狭く、樫の木で出来た椅子が二脚とレトロなゲームセンターにある様なアーケードゲームが一つだけ置いてある。ドクトルはアーケードゲームに面して、操作ボタンをかちゃかちゃ動かし始めた。素早い動作でボタン操作を終えると、ゲーム機体がゆっくりと横へずれていった。すると元々ゲーム機が設置していた場所に、六十センチ四方の地下扉がある。トムは慣れた手つきで、扉を開き、地下空間へと降りていく。
小さなプレハブ小屋から一転して、地下室は広々とした空間だ。長机の上には、三角フラスコ、アルコールランプ、ビーカーが横一列に並べられていて、薬品棚には、ありとあらゆる薬が揃えられている。床は試作品のロボットや発明品で覆い尽くされている。
「足元に注意してくれたまえ」
うっかり、発明品を踏み壊してしまわない様に、用心してパイプ椅子へ座った。
「それで、助けてほしいとは、何かな?」
「ああ、ドク。聞いてよ。今日は僕のパパの誕生日なの。だからあっと驚いて、感動して泣いちゃう様なプレゼントを用意したいんだ」
うーーむ、ドクトルは首を傾げながら唸った。
「人の誕生日に贈り物をあげた経験がないからな。これはどうかな?」
そう言って、彼は試作品の山の中から、バックル付き小型クッションを取り出した。
「これはね、マッサージ君だ。使ってみたまえ」
トムは自分の首回りに、それを取り付けた。
「スイッチはどこ?」
「真後ろに付けてしまってね、人の手を借りないとマッサージがスタートしない」
ドクトルがスイッチボタンをオンにする。天才なのに、最後の仕上げが残念だよな、トムはそう思った。
ブルル…ブルル、首元に突起物が踊る。肩凝りを経験したことがないトムにとって、それはこそばゆかった。
「これは…いい…のかなぁ」
振動に合わせて、声も揺らぐ。徐々に機械の力も強くなってくる。
「ちょ…ちょっと…ドク、止めてー」
異変に気が付き、トムを助けようとするが、小型マッサージ機は制御不能になっていた。
「トミー、今助けるからな」
機械の停止ボタンを押そうとするが、縦横無尽に揺れ動くので、電源をオフにすることが出来ない。
「ド…ク…」
ええいっ、雄叫びをあげて、ドクトルは機械の電源ボタン目掛けて、近くにあった水をかけた。バツッ、それまで力一杯動いていた小型マッサージ機はうんともすんとも言わなくなった。
「トミー、危険だから、すぐにそれを取り外して、この中へ入れろ」
大慌てで、バックルを取り外して、用意された鋼鉄のケースに放り投げる。
危険物の処理を終えると二人は、地面に転がり込んでいた。
「ドク、あの不良品、何!」
命の危機に見舞われて、トムは怒りをあらわにしていた。
「不良品なんかじゃない。ただ、一定の時間を過ぎると、制御が効かなくなって、意識が飛んでしまう程の強さで肩揉みをするだけだ」
「そ、れ、が、不良品なの!」
ぶつくさ文句をぶつけていると、ドクの顔がどんどん赤くなった。
「こっちは、善意で協力してやっていたのに、なんだねその言い草は。そこまで責められるならば、もう手伝ってやらん」
口をとんがらせて、鼻を鳴らした。
「ええ、ドク、それは困るよ」
それまで強気だったトムが、一気に萎れた。
「今更、態度を変えたって、許すもんか」
鬼の首を取ったかの様に、踏ん反り返っている。
「ドク、年に一度のパパの誕生日、もし良いプレゼントが用意出来なかったら、エマ姉ちゃん、エリザベス姉ちゃんの頑張りも無駄になる。だからお願い」
「今なんて言った?」
表情があからさまに、変化した。
「えっ、だから、年に一度のパパの誕生日」
「それじゃないっ。エリザベス姉ちゃんって、チアリーディング部に所属している、エリザベス・エバンスのことだよな?」
「他に誰がいるのさ、ドクと同じクラスでしょ?」
ドクの顔が再び赤くなる。しかしそれは、先ほどの怒りから来た赤みとは、異なっていた。
「そうか、すっかり忘れていた。トミーの姉はエリザベスか。そうか…そうか」
微笑みを浮かべて、小さな呟きを発している。
「ドク…ねえ、ドクっ!」
心ここに在らずといった感じの彼を、トムは現実へと呼び戻した。
「どうしたの?」
「なんでもない、至って正常だ。それよりも、先ほどの件については私にも落ち度があった。すまなかった」
「どういう風の吹き回し?」
「ゆ、友人としてだな。困った時はお互い様、そう考えただけだ。ところで、トミー君。今度でいいから君のお宅へお邪魔させてくれたまえ」
何が何だか分からなかったが、ドクの気が変わらないうちに、プレゼント選びを再開した。