婚約破棄? 許可しませんよ?
「婚約破棄だ、オーロラ・フォルガ。二度と姿を見せないでくれ」
ある日の昼食の時、婚約者のタミナス・アールグレイは突然私にそう言い放ってきた。
だが私は一切驚かなかった。なぜこの人が婚約破棄をしたのかを知っているからである。
「認めないわ。その前に隠していることを話したら?」
私はタミナスを射抜くような目つきで見つめる。
タミナスはそれに動揺してか、顔を強張らせた。
「な、何も隠してなんかいない! 俺はただお前が嫌になっただけだ!」
「嘘おっしゃい。慣れないことをするんじゃないの。あなたに悪役は向いてないわ」
私は椅子から降りると、タミナスに近づく。そしてタミナスの顔を両手で掴むと、私の方に引き寄せた。
「あなたの親戚に王様にとんでもないことした人がいるでしょ。そんな一大事私に伝わらないとでも思った?」
そう、この人は沈みゆく泥舟から私を遠ざけようとしていたのだ。もっとも、こんな猿芝居では私が気づかないはずがなかったが。
「……分かっているなら尚更だ。もう俺の一族は終わりだ、お前に迷惑はかけられない」
「まあ待ちなさい。王様の機嫌を直せば解決する話でしょう? 私に任せてタミナスはベッドで寝てればいいわ」
私はタミナスを心配させないようにハッタリをかます。もちろんそう簡単な話ではない。王様の怒りは相当なものだ。
「一体どうする気なんだ? 下手に動いて君まで被害が及ぶのはごめんだぞ」
「安心して。どうにかなるから」
私はそう言ってタミナスと別れる。なんとしてでも彼の一族が滅亡するのを止めなければ。私と彼で幸せになるためにも。
それから私は王様の城へと向かった。既に王様と会う約束はしている。どうせこうなることは簡単に予測できたからだ。
さらに私は王様の大好物のリンゴを取り寄せておいた。当然その辺のものではなく、最高級のものだ。
チャンスは一回きりだ、失敗するわけにはいかない。だからしっかりと事前準備はした。あとは本番私が頑張る以外の方法はない。
私は王様の城に着くと、城の護衛に連れられて王様の元へ向かう。緊張はするが、愛する婚約者のためだ、これぐらいはして当然だ。
「よく来たな、オーロラよ。お主の狙いは分かっている。同時に受け入れる気もないと言っておこう」
王は静かに、しかしはっきりとした声で私に絶望の一言を言ってのけた。私は一瞬怯んだが、それでも王様に話しかけた。
「せめて、このリンゴだけでも受け取ってください」
私はそう言ってリンゴを差し出す。このままはいそうですかで帰るわけにはいかないのだ。
「分かった、貰おう。それでは話は以上だ、立ち去れ」
王は完全に私のことを拒絶しているようで、まったく取り合ってくれなかった。
「……待ってください。もう一つ、お見せしたいものがあります」
私はバッグから一個の宝剣を取り出す。この宝剣は世界に一つだけの特別なもので、価値は小国一個に匹敵するほどだ。
「それはまさか、レイズの失われし宝剣か! 一体どこで見つけたというのだ!?」
「壊滅した盗賊のアジトに残っていました。信頼できる人間を使って毎日探してようやく見つけました。これで手打ちにしてはいただけないでしょうか?」
私は頭を深く下げて王様に頼み込む。これで駄目なら正直かなり厳しい。
「う、うーむ。そんなものをよく一人で持ち出したな、ここで強引に奪われるとは考えなかったのか?」
王様は話を逸らす。多分悩んでいるのだろう。顔がとんでもないことになっている。
「そこは王様を信用しました。王様は紳士な方ですから」
「そうか。……分かった、例の件は不問にしよう。だがお主、ちと愛が重すぎないか?」
王様は困惑した顔で私を見つめる。そんな顔をされても私も困る。この程度普通だと思うのだが、何か変なのだろうか。
「そうでしょうか? すみません、自覚がないものでして」
「そ、そうか。とにかくもう帰りなさい。わしが馬車を手配しよう」
こうして私は馬車に乗って自分の館へと帰った。王様はやたら私に怯えていた気がするのは気のせいだったのだろうか。
そして数日後、私とタミナスは再び共に昼食を食べていた。
「本当にありがとう、オーロラ! この恩は一生忘れないよ!」
「なに、このくらいお安い御用よ」
「ふふ、お礼といってはなんだけど、別荘一個あげるよ。欲しがってただろ?」
タミナスはニコッと笑う。その笑顔は私にとっては宝剣より価値は上だ。
「ありがとう、タミナス。私達はずーっと一緒よ」