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羅城門の女

作者: 植田弦

 羅城門は、平安京の正門です。

 メインストリートである朱雀大路(現・千本通)の南端に建てられました。

「京都の人は列車の窓から東寺の五重塔が見えると京都へ帰ってきたことを実感する」と云いますが、京都駅から、近鉄で一駅のところに東寺はあり、その東寺から五〇〇メートルの位置に、羅城門跡はあります。


 その羅城門に、女の姿をした鬼が出たことがあります。


 平安中期の武将、「渡辺(わたなべの) (つな)」がその腕を切り落としたことで知られる女鬼。

 彼女の正体は、大江山に住む鬼の王「酒呑童子」の腹心の部下、「(いば)(らき)童子(どうじ)」だったとされるようです。


 茨木童子は、酒呑童子の親友だったとも愛人だったとも云われる鬼。

 女の装いをすると、たおやかな美女としてふるまったそうです。

 草食系の艶やかさがあったのでしょう。男性説と女性説、両方があるところから、仮に男性だったとしても、細身で小柄な、中性的な容姿だったと思われます。

 乱暴者で知られた酒呑童子に一目置かれ、第一の発言権をもつ鬼であるのに、渡辺綱に腕を取られるところからも、知性派であって武闘派ではなかったふしがあります。

 その茨木童子が、渡辺綱の前に現れた時の姿が素敵なのです。


 夜更け、綱が馬で通りかかった時、彼女は羅城門の下に佇んでいました。


 二〇歳くらいの女性、とされています。

 人妻でしょうか、それとも誰かの妾か。いずれにしても、子どもではありません。

 雪のように白い肌に紅梅の打ち掛けをまとって、闇に融けていた彼女。

 雪のように白い、ということは、陽に灼けることがない生活をしているのでしょう。高貴な身分であったことが伺えます。

 また、紅梅の、というのは、濃いピンクの打ち掛け。月明かりの下で見れば、扇情的であったかもしれません。

 そんな彼女が心細げに、「家まで送って欲しい」と云ったなら、露骨なものはなくとも、かなり、ときめくでしょう。


 結局彼女は鬼の本性を現し、綱のもとどり(結った髪の部分)を掴んで宙に舞い上がったところを、綱が携えていた太刀、源氏の重宝である「髭切」で腕を切り落とされます。

 彼女はそのまま宙を飛んで逃げてゆき、綱は北野神社の回廊の屋根に落ちて助かった、と云うのですが…。


 宮中に出入りしていた綱。彼が本物の貴人だと思うような女性なら、紅梅の打ち掛けは、時節に合わせたものだったはずです。つまり、事件の舞台は早春なのでしょう。

 また、北野神社は、菅原道真公ゆかりの北野天満宮のこと。となれば、この時、境内には梅が咲き乱れていたはずです。


 空気に梅の香が混じる夜、白梅紅梅が咲き乱れる神社の回廊に男が落ちてゆく。その手にあるのは、血で濡れた女の片腕。

 雪のように白い、なめらかな細腕を握ったまま、男は梅の苑に落ち、最後に、腕と一緒に切り落とした女の衣の片袖がふうわりと舞い落ちて来る。

 それは美しい、上質な布で成る袖は、なまめいた紅梅色で―――。


 あえて、「羅城門の鬼」でなく、「羅城門の(ひと)」と呼びたい。それは艶やかなひとであったと、思われるのです。


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