肥しの山
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、なにかペットを飼った経験はあるかい?
いや、僕はこれまで一度もない。家族の誰かもね。だからペットを飼う辛さっていうのは、いまひとつ実感できていない。
その分、友達の家にいる猫とかは、問答無用でかわいがるんだけどな……文字通りの「猫かわいがり」という奴か。
その友達に、猫を飼う上で一番苦労した、もしくはしているのはどこか尋ねたことがある。
彼の飼う猫の場合は、トイレが難儀したらしい。連れてきたばかりのときは、家のあちらこちらで用を足しちゃってさ。床の大半を新聞紙で埋めたこともあったと聞いたよ。
いまは何とか教え込んで、猫砂のあるところへ誘導できているのだとか。
しかし、動物たちは人間のようにトイレを必要とせず、自分たちがどこで用を足すかは、個人の意思に任せられている。それは本当に自由ばかりでないかもしれない。
前に僕が少し関係したできごとがあるんだけど、聞いてみないかい?
僕が一人暮らしを始めた直後あたり。
借りている部屋の近所では、にわかに「犬のフンを持ち帰るように」と呼びかける看板が増えた。
実家の近辺では、すでに同じようなことが周知されていたし、僕も当初は特におかしいとも思っていなかったよ。それでも犬を連れて散歩している人へ、いくらか注意を向けるようにはなったかな。
このあたりの犬たちは、電信柱の根元はもちろん、お店の駐車場や道の脇の下生えなどにも、遠慮なくおしっこをまく。話によると、犬の尿というのはマーキングに使われることもあるらしいし、アピールポイントが個体によって違うのも、まあ理解できる。
けれど、あたりの散歩をするようになって、気づいたんだ。
僕の借りている部屋の敷地と、その隣の床屋さんの敷地。その間に細い路地が一本横たわっている。車が一台、ようやく通れる程度の細さで、しばらく進むとそこから登り坂。丘の上には迷路のように住宅がひしめいている。
その一角、選挙の投票にも使われる地域のケアプラザ近くの電信柱。ここにやたらとフンが集中しているんだ。
一年間、そこで過ごして気づいたことなんだけど、あの電信柱にはよくツバメが巣をつくっている。作業用の足場のひとつを支えにつかって、親鳥がひなたちの面倒を見ているんだ。
当然、その下はフンでいっぱいだ。電信柱の表面、他の足場に、その根元のアスファルトも。必然、通る人もそこを避けるわけなんだが、犬たちをはじめとする動物たちは違った。
散歩している犬のうち、リードが長かったりして、そこへ向かうのを苦としないものは、そばを通りかかると進んでその電信柱で、用を足していった。飼い主もそれを強くとがめる姿はほとんど見なかったな。
だが、マーキング目的なら先客がいるところは、たいてい避けるはず。それが他の犬たちも、そこへ関しては大も小も遠慮なく足していくというありさま。
一度、時間差攻撃を目にしてしまった僕は、がぜん興味がわいてきてね。休みの日を使って、怪しまれない程度に近辺をうろつきつつ、件の柱の様子をうかがってみた。
朝っぱらに来た時点で、すでにつばめのもので汚れていた柱だが、早くも散歩中の犬の一匹が、さっと柱へ寄って後ろ足を大いにあげ、一発注いでいく。
連れているのは、まだ子供。犬が足を止めるのをよしとしなかったようで、すぐさまリードを引っ張り、犬へその場を去るよう促していく。
けれど、彼らの姿が曲がり角へ消えていったのを見計らうように。
ケアプラザの敷地の内側、草むらの中からひょいと塀へ飛び乗ったのは、一匹の黒猫だった。柱をじっと睨んだ後、身軽に飛び降りて、柱の根元へ座り込んでしまい、そのまま動かなくなる。
――まさか、あそこで用を足しているのか?
さっと、猫の視線が僕の方を向き、いったんはその場を退避した。
猫と目線が遭うのは、敵対のサインになりうると、聞いたことがあったからね。ぐるりと周辺を回って、20分ほどかけて戻ってきたとき、僕はにわかに信じがたい光景を目にした。
すでに電信柱の根元から猫はいなくなっており、代わりにたたずんでいたのはビニール袋を携えた、ジャージ姿のおばさんだ。
柱の根元は、僕が見た時よりも若干「量」が増している気がしたが、おばさんはそのそばで、ビニール袋へ突っ込んでいた小さいシャベルの柄を握る。
そこから出てくるわ、出てくるわ。犬猫、その他の動物のものと思われる糞尿たち。
いったい、何匹分が集まっていくのか、たちまちうずたかく積もっていく白とも、ピンクとも、茶色ともつかない排泄物たち。
おばさんがひとしきり作業を終え、その場を後にしたときには、僕のすね近くまでかさを増していたんだ。
そこへ、視界の外から突っ込んだのはつばめの一羽だ。向きからして、真上の巣から落ちるような勢いで飛び込んできたんだ。
何メートルも離れた僕からも、とぷんと糞が跳ねるのが見えるほどの勢いで、山へ突っ込んだつばめ。
するとどうだ。あの積まれていた山が、たちまちかさを減らしていく。わずか数秒でほとんど姿を消した排泄物の代わりに、アスファルトの上へ立つのは、あの突っ込んだ一羽のつばめの姿だった。
見た目には、突っ込む前と変わらない。
だが広げた羽には、思わずこちらの目をくらますような輝きがあったんだ。
ぱっと飛び上がったつばめは、ケアプラザの裏手に生える一本の樹をかすめるように飛び去っていく。
そうして姿が見えなくなると同時に、件の樹の枝の一本が唐突に地面へ落ちた。
それは折れたというより、鋭利な刃物で切られたような、きれいな切り口だったんだ。




