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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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終末サナトリウム

作者: 夏目 碧
掲載日:2021/05/17

朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。

一ヶ月程前から言い出した、『世界の終わりまであと○日』。

「あと一週間、か」

朝食代わりのブラックコーヒーを啜りながら呟く。八日と七日の差は大きい。昨日までは薄かった『本当に世界が終わるんだ』という実感めいたものが今日になって湧いて出てきた。


「おはよう、碧」

「ん、今日は早いね、サクヤ」

昨日変えたばかりのピンク色の緩いパーマを揺らしながら、同居人がリビングに入って来る。

「コーヒー飲む?」

「うん」

そう返事があったので、キッチンで電気ケトルの水が再沸騰するのを待ちながらサクヤの方を見遣ると、サクヤはレースカーテンを捲って窓の外を見ていた。

近づいて後ろから声をかける。私よりも五センチは高い肩に手をはべらせながら。

「……どうしたの?」

「いや、大分はっきりしてきたなって」

隕石、と窓ガラスをトン、と指して言う先には、子供の頃によく見上げた昼間の朧気な月のような見た目をした、ただし大きさはそれの数百倍の隕石が、空いっぱいに広がっていた。


「ほんとだ。やっぱり終わっちゃうんだなあ、地球」

「ね。クレーターが沢山あるよ」

表面には幾度となく衝突を繰り返したであろう歴戦の傷跡が刻まれていた。よくも地球に到達するまで砕けなかったものだ。

ピロン

「ん、メール?」

「ああ、そうみたい」

「どんな内容か聞いてもいい?」

「……仕事のやつよ。それより早く診せて」

「はいはい。あ、コーヒー」

「後でね」

サクヤをリーフグリーンの布張りのソファに座らせて、いつものように診察を開始した。


宙に浮く電子カルテ。碧が音声入力で記入していく。

「患者No.23215 人工神経回路……異常なし。人工筋収縮……異常なし。酸素飽和度……異常なし。はい、指出して」

女性型の個体の肉感のある指に計測器をつける。

「痛くないですか?」

「あ、仕事スイッチ入ってるー。大丈夫です」

ふふ、『患者No.23215』こと、サクヤがふんわりと笑う。

「心拍……92。あら、ちょっと早いわね」

自動で薄いセルリアンブルーのカルテに情報が書き込まれていく。器具を外しながら、碧は眉根を寄せた。

「なにか変わったことない?なんでもいいから」

「もう、碧は心配しすぎだよ。なんにも無いよ?んー……強いていえば」

「なに?」

「昨日の夜を思い出してどきどきしてる、って感じかな?」

おちゃらけたサクヤの返答に呆れながらも碧はまだ診察を続ける。イヤホン型の聴診器で音を拾い始めた。若干肺から異常音がするような。しかしこれがサクヤの通常運転だ。

「はぁ……サクヤの馬鹿。ちゃんと答えなさい。いい?あなたは特に気をつけないと持病が……」

「分かってるって。本当に何もないの。なにかあったらちゃんと言うでしょ?」

ため息をつきカルテを保存しながらジト目でサクヤの方を見る碧の目は優しかった。油っけのない黒い髪の毛を束ねながら

「そう言って黙ってるのはどこの誰よ?全く……機能停止でもしたら医者は仕事してんのかって苦情がくるわよ。……本当に何もないのね?」

にかっ、と爽やかに笑って

「うん!なんにも!」

サクヤはそう断言した。

「……そう。じゃあ私もう行くから。なにかあったら連絡して。緊急コールボタン持った?」

「はい、持ってます」

「よろしい。……行ってきます。あ、今日雨降る?」

「待ってね……今日の降水確率は10%だよ。傘は無くてもいいって予測結果が出た。行ってらっしゃい!」

毎日の習慣であるハグをして、淡い群青色の半袖カッターシャツに紺色のスラックス姿で碧はスライド式のドアから出勤して行った。

「……いて」

しんと静まり返った部屋。サクヤは一人左胸を押さえていた。



(ああ、今日もやってるわ)

自動運転の水素自動車を走らせながら窓の外を見る。そこにはメガホンと横断幕を持った人々の、いや、AIたちの姿があった。この時代に随分とアナログな抗議活動だ。

「政府は私たちも宇宙船に乗せろ!」

「乗せろー!」

「AIも人間だー!」

「そうだそうだー!」

「身勝手に条件を修正するのは違法行為だ!」

日常化したデモ活動を眺めていると、ちくりと胸が痛んだ。

腕時計にタッチしてメールを表示する。

「サクヤには見せられないな……」

今頃家の事をしてくれているであろう彼女を思い浮かべながら同時にメールに目を通す。

そこには

【宇宙船 NOAH の乗船に関するご案内】

の太字が踊っていた。


【宇宙船 NOAH】とは、地球滅亡の危機に際して某大国が完成させた避難船の名称である。これに乗り、各国が建設した宇宙港へ退避することで人類滅亡を免れよう、という計画が進行し、ついに乗船の手続きが始まったのが三ヶ月半程前。

しかしこれには重大な問題があった。それは、定員数の制限である。現在この日本にはおよそ二億三千万の【人間】が生活している。狭い国土で高層ビル群が乱立し、様々な見た目の【人間】が犇めき合う。

ここで言う【人間】とは、【人類】と【AI】の両方を含めたものとして定義されている。

政府は国民全員が乗れるだけの収容人数を確保した宇宙船を手に入れられなかった。そこで口減らしと言っては語弊があるが、実質そういうことだろう、当初の予定では宇宙船に乗れる権利を【人間であること】としていたが、つい三日前に会見を開きこう言い放った。


「宇宙船 NOAH の乗船該当者を【人類】と修正する」


これが国会を、街を、国を紛糾させた。それで毎日のようにああやってデモ活動が行われては警察特殊部隊が鎮圧にあたっている、というわけだ。


ついに碧の元にも案内の通知が来た。サクヤの前で見なかったのは、彼女がAIだからである。当然ながら、彼女には乗船権が無い。いつ告げるか、それが碧の頭を支配していた。



碧の乗った車は「芝浦祈念病院」の駐車場に停車した。芝浦、というのは五十年前の区画整理で消えたここの地名らしい。

「おはようございます」

「ああ、鏑木先生。おはよう」

「おはようございます、佐々木医院長」

「……ちょっと良いかな?」

難しい顔をして、分厚いレンズの老眼鏡をかけた白髪の佐々木医院長は碧を処置室に呼んだ。


「鏑木先生にはもう来たかな?乗船案内」

医院長が腰掛けると、クッションの効いた椅子がギシッと音を立てた。

「え、ええ。ちょうど今朝届きました」

「……そうですか。ひとつ、話があるのですが」

「はい」

佐々木医院長は老眼鏡をデスクに起き、グッと目頭を揉んだ。だいぶ疲れが溜まっているように見受けられた。

「こんなものが届いていましてね」

差し出された電子書類。

「これは……」

「ここはAI専門のサナトリウムですからね。うってつけだと見られたんでしょう。……人類滅亡後の地球で、AIの医療に従事して欲しいとの事です。それも、この病院から最低一名出せと」

「……それは、私に残れということですか?」

碧は声を絞り出した。なぜ自分に話が来たのかは分からなかった。医院長の真意が掴めなかった。

「いや、違うんだ。この通達書が来た話はここの職員全員にしています。……君にには確か、AIの同居人が居ましたね」

「ええ、居ります……だから、ですか?」

「前に、『持病がある』と言っていたのを思い出してね。この枠を使えば、地球に残ることができる。……決断は急がなくて構いません。最後の日の午前十時に返事が無ければ、元から私が残るつもりでいますから断っても大丈夫です」

医院長は一度言葉を切って、柔和な笑みを浮かべた。医院長の言わんとしてることは十分理解できた。

「ひとつの選択肢として、頭の隅に置いておいてください」

「……はい。では私も回診に行きますので、失礼します」

ガラガラ、石か何かを挟んだ立て付けの悪い引き戸を背に、碧は気づかれないようため息をついた。



「あ、あおちゃん先生だ!おはよ!」

「おはよう、サツキちゃん。調子はどう?」

碧はここのサナトリウムの患者のうち、主に小児を担当している。

過去に起きた、ウェルナー社の不良品パーツ流出事件で出回ったパーツで機能不全を起こした患者たちばかりだ。当のウェルナー社は破産申請の後、何も対応すること無く表社会から姿を消した。残されたのは、大量の『不良品』と呼ばれ蔑まれるAIたち。

当時、医療技術コースを専攻していた碧の記憶に強く刻まれる出来事だった。


「胸の音もしもしさせてね」

「はーい」

いつも通り電子カルテに記入する。

「……うん。今日も大丈夫そうだね」

「ねぇ、あおちゃん先生」

ベッドに横になりながらサツキが尋ねる。

「あたし、いつお家帰れるの?」

たまにこの手の質問をされる。碧は決まってこう言うしかない。

「それはね、サツキちゃんの胸の音と、お母さんと、佐々木先生が一緒に決めるの。……待てるかな?」

「……うん」

おさげの髪の毛をくるくるといじりながら、サツキはつまらなそうに相槌を打った。

「鏑木先生」

「あら、おはようございます夏江さん」

「ちょっと、よろしいでしょうか……」

「はい、大丈夫ですよ」

場所を変えようと連れ立ってドアの方へ向かうと

「えー、あおちゃん先生もう行っちゃうの?」

「サツキちゃん、先生、お母さんとちょっとお話してくるだけだから。また後でね」

「……はーい」


「どうかされましたか?」

「ええ……実は、サツキを連れて帰ろうかと思って」

碧の顔が途端に険しくなる。それは、その先にあるものを知っているからだ。

「……ご存知とは思いますが、サツキちゃんは現在、栄養チューブで体の機能を保っている状態です。ご自宅に帰るとなると、チューブを抜かなくてはなりません。そうすると……」

サツキの母、斉藤夏江は黙って頷いた。傍にあったチェアにゆっくり腰掛ける。

「主人と相談したんです。あと、七日しかないねって。……思えば、サツキを迎えて八年くらい経ちましたけど、一緒に家で過ごしたのは最初の半年だけで。ウェルナー社は互換パーツのひとつも出さずに立ち消え。サツキは栄養チューブ無しでは生きられなくなって」

「……そうでしたね」

でも、と、祈るように組んだ指を眉間に当てて夏江は続ける。

「最期の数日くらい、一緒に家で一緒に過ごしたいと思っていて。……エゴでしょうか。サツキを『買った』ことも、育てたことも、入院生活を強いたことも、今、連れ帰ろうとしているのも……」

「斉藤さん」

「……はい」

碧は隣に座り、ゆったりと話をした。

「まず、サツキちゃんを『買った』なんて言わないでください。サツキちゃんにとって、斉藤さんご夫妻が唯一の親御さんで、家族なんです。……私個人の考えで申し訳ありませんが、それはエゴではないと私は思いますよ。一緒に居たいと思うことは当然の事です。……佐々木医院長に話して来ますので、その間サツキちゃんの傍に居てあげてください」

「……はい」


再び病室に戻ると、ちょうど看護師が栄養チューブを取り替えるところだった。

「鏑木先生、お疲れ様です」

「ありがとう。少し佐々木医院長と話して来るから、なにかあったらナースコールを押してください」

「分かりました」

「あおちゃん先生!まだ〜?」

「ごめんね、先生ちょっと用事ができたの。もう少し待っててね」

「もー、そればっかり」

「ごめんね」



診察室前。三回ノックして返事を待つ。

「はい」

「鏑木です。少々お話が」

「どうぞ」

「失礼します」

ちょうど外来患者の診察の切れ目だったようで、思っていたよりもすぐに話ができた。

「医院長、斉藤サツキさんのお母様から退院の希望を受けまして。……どうでしょうか」

「なるほど……斉藤さんは確か栄養チューブの点滴をしていましたね」

佐々木医院長の頭には、こじんまりとしているとはいえ、ここの患者の全ての情報が頭に入っている。舌を巻くばかりだ。

「……いいでしょう。退院を許可します」

最近のサツキのカルテをチェックしながら頷いた。

「栄養チューブを抜けば三日程で機能不全に陥ります。その説明をしっかりしてください。出来ればご夫婦揃ってが望ましいですが」

「分かりました。説明は私からしておきます。……今月で十人目ですね。退院希望」

ため息混じりに佐々木医院長ははにかんだ。

「長期的治療を目的としたサナトリウムですからね。治る見込みが無いならば最期は共に。十分理解できます。私たちにできるのは、患者様とその御家族に寄り添うことです」

「……はい」

「では説明、よろしくお願いします」

「はい」



「ご主人もいらっしゃったのですね。出来ればご夫婦揃ってと思っていたので」

「ええ。よろしくお願いします」

そう頭を下げる斉藤蒼、サツキの父はどこか不安そうだった。

別室に案内する。コーラルピンクの布張りのチェアを勧めて、自分は回転椅子に座った。

「退院希望についてですが、佐々木医院長と協議したところ許可が降りました。退院できますよ」

そう告げると、斉藤夫婦は揃って詰めていた息を吐き出した。余程緊張していたようだった。

「ただし、まだ説明することがあります。当然ながら、退院すると、サツキさんの体を保っている栄養チューブを抜くことになります。その場合……三日程で機能不全に陥り、そのまま機能を停止するでしょう」

「それは……死ぬ、ということですか?」

恐る恐る、といった具合にご主人が尋ねる。

「はい」

「……そうですか」

「……やめますか?退院」

しばらくの沈黙の後、ご主人が重い口を開いた。

「いいえ。やはり、連れて帰ります」

「……そうですか。実は、サツキさんも家に帰りたいと言っていて。御二方の決断を医師として尊重します。……詳しくサツキさんに説明しますか?」

「……それは、私たちから言います。だって、家族ですもの」

「そうですか。お任せします」


翌日、斉藤サツキちゃんは手を振りながら車に乗り込み、見えなくなるまでこちらを振り返っていた。


病室を訪れた。小児患者だけで五人、終末を前に退院を決断した。アキトくんも、マイカちゃんも、トウマくんも、ララちゃんも、そしてサツキちゃんも。随分ガランとした病室を周りながら、今は無い笑い声を思い出していた。




「おはようございます。世界の終わりまであと三日になりました。宇宙船乗車の手続きにトラブルが発生し、全ての人類が乗船するのは最終日までずれ込みそうです」

今日も同じセリフをニュースキャスターが言っている。自分には関係ないことだと聞き流しつつ、碧の診察を受ける。今日は酸素飽和度が少し低めだった。終わったらすぐに仕事に向かう碧が珍しくぼーっとテレビを眺めている。試しに手を握ってやると、やんわりと握り返してきた。しばらくにぎにぎしていると、時間がいつもより十五分遅いことに気がついた。

「碧、行かなくていいの?」

「……え!こんな時間!?ごめんありがと!行ってきます!」

急いで着替えた碧は小走りに部屋を出ていった。

「あ、忘れてる。珍しいなあ」

ダイニングテーブルの上には、私の作った弁当箱がちょこんと居座っている。さては慌てて出ていったもんだから入れ忘れたな。

「仕方ない、お昼頃に届けますか!」

ピピッ、ピピッ

洗濯機のアラームが鳴った。自動で洗濯、乾燥、畳むところまでやってくれるから助かる。既に四角く畳まれたシャツやスカート、ハンガーにかけて吊り干ししてあるワンピースを手に取ってクローゼットの中にしまい込んだ。

こうして家の事をやっていれば、ちょうどよく昼食時に間に合いそうだ。『やらかした』という碧の顔を思い浮かべてくすくすと笑った。


「うっ……いたっ、はぁ、はぁ」

刹那、肺に痺れる電流が走った。これが碧の前でなくてよかったと心から思う。肉体の反射である発汗、それも脂汗と呼ばれるものをびっしょりとかきながらフローリングに座り込んだ。

「……ばれるもんですか」



「えっと、芝浦祈念病院……ここだな」

ここまで徒歩で来た。『不良品』のAIには自動車の運転が許可されていない。かく言う私もウェルナー社の不良品パーツを組み込まれている。私は両肺。でも、碧は『不良品』という言い方を好まない。必ず『持病』と呼んでいる。嫌いなんだそうだ。AIも等しく【人間】で、モノではない。そう言っていたのはいつの事だったか。


受け付けの人に声をかける。

「すみません」

「はい。診察ですか?」

「いえ。鏑木と申します。鏑木先生に届け物があって」

「そうですか。預かりましょうか?」

「あー、出来れば自分で渡したいんですけど」

「今ちょうど昼休みに入ったので、診察室にいらっしゃると思いますよ」

「ありがとうございます」


看護師さん二人とすれ違いざま聞いてしまった。

「ねぇ、地球に残るかって話、された?」

「された……。私残りたくないわ。残る?」

「嫌よ!【人類】がいない地球だなんて」

「でも聞いた?鏑木先生、残るつもりみたいよ?」

「え、それ本当?」

「なんでも、同居人のAIが不良品らしくて」

「ああ、それで……」


なんだ、今の話。地球に残る?碧は【人類】だから宇宙船に乗れるはず。なのになんで残るの。私が居るから?私が不良品だから?

なんで話してくれないの

持っていた弁当袋をきゅっと握りしめた。


コンコン、ノックする。

「はい」

「しつれーい」

「え、サクヤ!今日は安静にって言ってたでしょ!」

「ほら、忘れ物」

差し出したいつもの袋にピンと来たようで

「これ、届けるためにわざわざ?」

「軽い運動がてらにね。やらかしたって顔見に来た」

「そう……今日はもう閉めるつもりだから、ゆっくりして行って」

「じゃあそうしようかな」



中庭で弁当を食べる碧と並んで、即席のおにぎりをもそもそと食べる。あまり調子が宜しくないかも。

「……サクヤ、もしかしなくても体調悪いでしょ」

「え、そんなこと無いよ?」

「顔色悪いし。隠しても無駄」

「……多分歩いたからかな。大丈夫だよ」

「……」

「そんな顔しないでよ。ほんと大丈夫だからさ!」

「……ええ」


一緒に車で帰り、念の為風呂には入らず、二人でダブルベッドに横になって就寝する。自分を抱える胎児のような格好で寝る碧を包みながら、脳神経回路の電源をオフにした。




「おはようございます。世界の終わりまでついに最終日となりました」

碧は乗船案内のメールと通達書のコピーを交互に眺めて深くため息をついていた。


このまま、地球に残るのもありかもしれない。特殊構造のカーボンナノチューブで造られたシェルターが用意されていると言うし、死んだら死んだらでその時だろう。

何より、サクヤのことが気がかりだった。

サポートが必要な彼女を残して行くのが正解か、ずっとそればかり。

当のサクヤは

『地球最後の日なので散歩してきます』

と、うさぎのイラスト付きのメモを残して消えていた。そのうち戻ってくるだろう。今日はサナトリウムも休診日。みんな最後の日でバタバタしているのだ。

最期は、サクヤと居たい。その思いが勝って、十時に間に合うように用意を始めた。


「よし、行くか。……あれ?」

いつも着ていく服が無い。洗濯に出していたか。引っかかりながらも、芝浦祈念病院に車を走らせた。


「佐々木医院長」

「おや、どうしたんだい?二回も」

「……え……?」

状況が上手く飲み込めない。二回?なんの事だ?

「さっき来たでしょう?『宇宙船に乗ります』って。私もさっき、私の名前を書いて政府の方に提出したところですよ。どうかしましたか?」

そこで全てが繋がった。珍しい外出、無くなった仕事着、訪れたはずのない私。

「あの、それ、私の同居人です!どこに行くとか言ってませんでしたか?!」

早口で捲し立てられて目を白黒させながら医院長は言う。

「そういえば……『午後三時の便で行きます』と言っていましたね……」

「ありがとうございます!失礼します!」


どうか間に合って



電話は愚か、メールも繋がらない。位置情報も切られているようだ。どうしようかと探し回っていたら、もう午後二時半過ぎ。

「……宇宙船の、発着場」

ヒールを脱いで、ストッキングが破けるのも構わずに駆け出した。



階段にぞろぞろと並ぶ【人類】の列。【宇宙船 NOAH】の発着場だ。最後の人影を見ると、淡い群青色の半袖カッターシャツに紺色のスラックス。間違いない。私の振りをしたサクヤだ。


サクヤが宇宙船に乗り込む寸前、手を掴んだ。

「なに、やってるの!この馬鹿!」

「だって碧、残るつもりなんでしょ?」

「なんで、それを……」

サクヤは目を伏せて、髪の毛を私の髪型から元のピンク色の緩いパーマに変えた。

「私は、碧に生きてて欲しい。地球に残っても、生き残れる保証は十八%って試算が出た。そんな危険な賭け、させられないよ」

視界が涙で滲む。

そんな答えが聞きたいんじゃない。そんな顔をさせたくない。

「サクヤと最期を迎えたいの!お願い、残らせて……」

サクヤは小さくため息をついた。困ったように笑って

「今度のお願いは聞いてあげられない。ごめん」


私の腕を引っ掴んで、宇宙船の中に放り込んだ。一度入ってしまうと二度と外に出られないようにシールドが張ってある。

「嫌だ、嫌よ!私も、私も一緒に……!」

ドン、ドン、叩くけれどビクともしない。

「あおい……うっ……」

声は聞こえた。サクヤは胸を押さえて苦しそうに呻く。何も、してやれない。

「あお、い」

「何?なに?」

「…………あいしてる。好きなんだ、碧のこと」

「……馬鹿サクヤ!こんな時に!」

「君は、いきて」

「やだ、私も、やだ!」

「お客様、もう出発時刻です!」

「そんなの関係ないわよ!サクヤ!サクヤ!」


サクヤはいつものようにふんわりと笑って

「大丈夫。私はここで生きてるから」


「いつか、会いにきて」




ゴゴゴゴ、揺れとともに宇宙船が打ち上げられた。


次にドアの小さな覗きガラスから見えた地球は、隕石に粉砕されていた。

欠片がふわふわと飛び散っていく。

やけに静かだ。

確か高校の頃の地学専攻の先生が言っていたっけ。

『宇宙はね、音を伝える空気が無いから音がしないんだ。無音なんだよ』


それでも、私の耳には取り残されたAIたちの悲鳴がありありと聞こえてくる。


『碧』

「……サクヤ?」

『愛してるよ』

「…………馬鹿。私もだよ」


あなたのいない地で、生きていく。

宇宙港まで開くことは無いドアにすがりついて、子供のように声をあげて泣いて、泣いて、泣いて。


涙が枯れた頃に、あなたを探しにきっとゆきます。



Fin.

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