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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
ラビ王国編
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第89話 食文化の開拓

 朝食は談話室に用意された。

 ラビ王国の朝は時間がまばらなので、朝食は基本的に準備が出来た者から食べるものだという。

 研究に没頭してしまう国民性故に定着してしまったラビ王国の慣習である。


「中には、昼にはお前が作った料理が食べられるから朝食は不要という者もいるんだろう」

「食事は三食きちんと食べることも健康の為には必要だと思うけどな」

「お前が健康の為にやるべきこと、なんて挙げたら従うかもな」


 ラビ王国の食事も基本的には味がしない。

 ただし、以前までラビ王国にいた聖女カナリアが甘味か塩味くらい付けてくれと言ったことをきっかけに、食卓には必ず蜜とサーレが添えられるようになったという。

 しかし、ここまで味が無いと気休めでしかないとレスティオは遠慮した。

 そもそも、何故海に恵まれているのにあえてサーレをつかうのだろうかと疑問にも思う。






 研究の為とあらば、王族でも自ら手足を動かす。

 それが当たり前のラビ王国の船ということもあり、ロデリオの許可ひとつでレスティオは厨房に立てた。

 調理場に立つため、軍服のジャケットをルカリオに預け、袖を軽く捲って調理道具や調味料を確認する。


「だらしがない」

「この世界の人間が肌を見せることに耐性が無さすぎるんだよ。作業をする時には、動きやすさを重視していいんじゃないか?」


 早速野菜を手に取り、皮を剥きながらスープの準備を始める。

 ヴィベルをみじん切りにしていると、料理人たちが近距離で涙を目に浮かべながら凝視する。


「見てないで手伝ってくれ」

「はいっ!見事な包丁さばきに見惚れてしまいましたっ!どのように刻んだらこのように綺麗に切れるのか教えて頂けますか」


 みじん切りを教えながら、量が多くなりそうだからスープとソースの両方に使おうかと考える。

 その時、「魚を獲ってきたぞ」と言って船員が厨房に入ってきた。

 持ってきた籠には生きた魚が大量に収められていた。


「おぉ、この籠で魚を獲ったのか?」

「いえ。網を落として引き揚げたものをこちらの籠に入れました」

「これは失礼いたしましたっ!レスティオ様は漁の見学を望まれていたのにっ!」


 不意にクリフが叫び、レスティオは慌てて宥める。

 青ざめて頭を下げられるほどの重要性は全くないことだ。

 とにかく、魚の調理を始めて場を誤魔化そうと、魚を手に取る。


「ぁ、鱗を取りましょう」

「んー、いや、鱗まで美味しく食べられないか試してみよう」


 手を出そうとした料理人がすぐに手を引っ込めて目を輝かせた。

 その目の輝きがナルークに似ていて、料理人の探求心は世界共通なのだろうかと苦笑する。


「まずは一匹。シェフが作るのを見ていただけだから、上手く出来るかわからないけどな」


 魚を手早く捌くと、この世界には大量に油を使う文化がないのでバターを使わせてもらう。

 皮目を熱したバターでパリパリに仕上げて、魚を皿に移す。

 残ったバターにエルドナとサーレやスープを少し加え、細かく刻んだ野菜を炒めてソースにする。


「魚の毒抜きもせずに大丈夫なのでしょうか……」

「この世界の魚に毒があるかどうかなんて俺にはわからないからな。まぁ、万が一の時には俺が聖の魔術で直してやるから」


 ナイフとフォークを貰い、一口分切り分けると躊躇わず口に運ぶ。

 鱗が少し口に残るがバリバリとした食感は再現出来ていた。

 淡白な白身にエルドナと野菜の風味が絡んで味は悪くはないが、シェフの味を知っているだけに物足りなく感じる。


「セバン。はい、口開けて」

「毒見でしたら自分の手で食べます」

「差し出されてるんだから大人しく食べればいいんだよ」


 セバンの前にフォークを差し出すと、躊躇いながら口に入れた。


「美味い。身と鱗の食感が全然違いますね。魚の毒はエルドナの酒の成分で中和されたということなんでしょうか」

「まぁ、そういうことかもしれないな」


 手を付けた切り身はレスティオの側近に分け、ロデリオとアルドラにも試食を用意する。

 その間にレスティオはソースを軽くスプーンで掬って口に入れた。


「これはパンを添えてソースを沁み込ませて食べたいかな」

「かしこまりました。昼食にはパンを添えてご用意致します」


 その後、魚の種類によっては鱗が食べられないことを想定して、鱗をきっちり処理したエルドナ煮込みを作る。

 どの魚にどのような調理法が合うかは、今後料理人たちが研究してくれることを願う。

 更に、魚のすり身団子を野菜と一緒にスープに仕上げた。

 全て試食した上で、昼食には最初に作ったポワレとスープが用意された。


「いやぁ、これは美味い。是非とも歓迎の宴の料理に出したいと思うがどうだろう?」

「歓迎の宴?」

「ラビ王国に到着したら、王族が我々を歓迎してパーティーを催すそうだ。今後の国交の活性化も含めて歓迎されるように、ここはひとつ頷け」


 聖オリヴィエール帝国からラビ王国へ復興支援を行う代わりに、厄災支援の分と掛け合わせて、支援を返してもらうことになっている。

 王族が中心となり聖騎士派遣を条件に承諾されたが、国内の意見がどれほどまとまっているかはわからないし、不満を持つ者は少なからずいるだろう。

 不要な混乱を招かない為には必要なことと理解してレスティオは頷いた。


「ところで、漁をしている上で、これは食べられないと廃棄しているものなどはあるか?最近、レスティオはよくそう言った物に目を付けては我々に新たな知恵を与えてくれるんだ」

「ほぉ。では、食事を終えたら漁をしているところを見学するとしよう。話を聞くなら、そこの者たちがいいだろう」

 

 海産物で廃棄されそうなものなどあるだろうかと考えたレスティオだったが、実際に現場を見て驚愕した。


「甲殻類と貝類が軒並み廃棄対象か……」

「コウカクルイ?カイルイ?」

 

 レスティオは、調理の為に軍服を着たままで良かったと思いながら、魚と廃棄物を分類しているところに近づく。


「そっちは、魚類。そして、これがガルネレで、こっちはルクラブ。どちらも、焼いても煮ても美味しく食べられる甲殻類と呼ばれる種類の海産物だな」

「ガルネレにルクラブ?エビとカニじゃないのか」

「ん?俺の世界の呼び方と違ったか。とにかく、食べられる」


 というわけで籠を用意してもらい、エビとカニを廃棄用の籠から分類する。


「で、これは貝類。形状的にコキーユかな」

「我々はホタテと呼んでいますね」


 なるほど、とこの世界での名称を記憶しつつ、それも廃棄用の籠から取り分けた。

 そして、レスティオはふと気づく。


「これらは、何かしらの理由で食べられないとお前たちが判断しているのか?それとも、どこぞの聖女様が食べられないと言ったのか?」

「はい!漁師の娘であったプリエ・シーウルフ様から伝えられたことですっ!」


 プレアの手記には出てこなかった名前だった。

 ラビ王国のかつての聖女の一人であり、彼女が召喚されたのは千年以上前のこと。

 漁に立ち会ったプリエは、エビやカニを見るなり青ざめて叫んだという。


「私は、かつてこれを食べて生死を彷徨いました。皆さん、決してエビやカニを食べてはいけません。猛毒を秘めた危険極まりない生物です!」


 以来、世界的に陸揚げしてはいけない海産物に認定されている。

 その話を聞いて、流石に不安そうな視線がレスティオに集まる。


「うん。まずは試してみよう」


 いざとなれば聖の魔術がある。

 厨房の一部を空けてもらうと、レスティオは早速生きているエビとカニの殻を豪快に剥き始めた。殻は全て鍋に放り込み出汁を取る。ホタテも同様。


「まずはシンプルに行こうか」


 背ワタなどを入念に処理したら、麦粉とサーレを絡めてバター焼きにする。

 周囲に香りが広がっていくと、誰かの腹の音が聞こえた。

 大振りのエビをフォークに刺して、レスティオが口に運ぶのを皆息を呑んで見つめる。


「んっ、美味い。セバン。はい、あーん」

「……頂戴します」


 セバンは諦めた様子で差し出されたエビのバター焼きを頬張った。


「美味っ!魚と全然違う。口に旨味が残って凄い美味しいですっ」


 思わず素に戻ったセバンにレスティオは満足する。

 

「カニも食べるか?ホタテは部位によって全然味も食感も違うよ」

「有難う御座います。流石にそろそろ自分で食べます」

「別にいいのに」


 セバンが安全を確認すると、レスティオは大皿に移して皆に勧めた。

 未知の味に感嘆の声が広がる。

 これも夕飯や歓迎の宴に向けて調理方法を、と話す横で、不意に料理人の一人が呻いた。


「おい、どうした!」

 

 青ざめた表情で喉元を抑える様子を見て、レスティオはすぐさま聖の魔術を詠唱した。

 顔色が戻っていく様子に安堵したのも束の間、何が起きたのかと懐疑的な視線が交わされる。


「もしかすると、君は甲殻類アレルギーなのかもしれないな」

「甲殻類アレルギー?」

「エビやカニが体質的に食べられないという事だ」


 瞬間、料理人の表情が絶望に染まった。


「美味かった。ものすごい美味かったのにっ……」


 その後、聖の魔術を使いながら魚介スープなども試したが彼だけは具合を悪くしてしまい、聖の魔術の施しがないところで甲殻類は食べられないと結論付けられた。

 同時に、聖の魔術はアレルギー症状を癒すことは出来るが、アレルギーそのものを無くすことは出来ないと発覚した。

 この機会にと、アレルギー持ちがいないか乗船している全員の確認を終える頃には、検証用に大量の料理を用意したこともあり、夕食の予定は無くなった。

 レスティオは久しぶりに何度も聖の魔術を使い、疲労感を覚えて、早くに部屋へと下がった。





 

 レスティオが休んでいる間に、歓迎の宴であえてアレルギーの可能性がある甲殻類や卵を使った料理を出そうという話がまとまっていた。

 賓客たちの命を危険に晒すことを王族が率先して行っていいのかと疑問に思ったが、そんなことはラビ王国の民の前では考慮不要。

 聖騎士の料理を食べたい欲求とアレルギーという症状に対する探求心、なにより、アレルギーが発覚した場合に聖の魔術による癒しを受けられるとあれば、身の危険を冒してでもラビ王国民は料理に手を伸ばす。

 勿論、事前に周知をする。周知をするからには、聖騎士の料理を食べて、アレルギーが出ても自己責任になるとアルドラは言い切った。


「まぁ、聖騎士が聖の魔術を扱えるということを広めるいい機会にもなるかもしれないしな。魚介料理はこの船の料理人に任せるが、卵と芋料理については王城の料理人にレシピを教えてもらいたい」

「オリヴィエールの料理人すら作らないレシピをラビ王国の料理人に作らせるのか?」

「ラビ王国の民なら二つ返事で作り始めるから問題ない」


 ロデリオも真顔で言い切った。ついでに、キッシュが食べたいと要求される。


「城の厨房には入れてくれない癖に」

「城の慣習を変えるのは簡単じゃないんだ。だが、ラビ王国ならば好奇心と探求心の塊だから、お前が言ったことはなんでも研究対象として歓迎する。まぁ、だからこそ、情報を与えすぎると手が付けられなくなるから、無計画に情報を出されると困るんだがな」


 では、作る料理もキッシュくらいに留めようかと思案していると、カンデからレスティオが料理することに積極的な理由が明かされた。

 先日の酒席で出したキッシュの話をラビ王国の王城内でしたところ各所から羨む声が上がり、国王直々に聖騎士の料理を歓迎の宴に出せないか交渉をしておくように厳命が下っていた。

 聖女カナリアは、料理に関しては香草を掛けるくらいしか要求しなかった。

 故に、ラビ王国の食文化は停滞傾向にある。

 他国で聖女の料理が話題になっているとはいえ、レシピが出回ることが無かったので歯がゆい思いをしていたという。


「ちなみに、その聖女の料理が話題になっている国というのはどこなんだ?」

「メフィストフェレス諸島連合国です。二人いた聖女の内の一人が料理に長けていたそうです」

「過去形?」

「はい。その一人は、オッドレイ大陸のブリス共和国に派遣され、既に亡くなっています。今後は聖オリヴィエール帝国の聖騎士様の料理が話題になっていくと思いますよ」


 にこやかに言われるが、レスティオは心の中で残念に思う。

 聖女不足というのは聞いているが、現役の聖女の話が一向に出てこない。


「もう一人は、メフィストフェレス諸島連合国に残っているのか?」

「えぇ。あの国は今、復興の目途が付いて、聖の魔術の恵みを受けた品々の交易に力を入れています。国の食糧難のみならず財政まで回復しないことには、残る聖女は外に出さず、暴利な交易を続けるつもりのようですね」

「そうか……交易品を生み出す道具にされていないといいけどな」


 レスティオがぽつりとこぼすと、アルドラが神妙な表情で腕を組み唸った。


「言葉巧みに聖女を操ろうとする輩はいるものだからな。カナリアも聖女として厄災の対処に追われる中で、城に出入りしていた商人に惚れこみ、その男と取引がある者を贔屓する言動が目立っていた」

「最終的には駆け落ちしたんだろう?」

「あぁ。カナリアをどこかへ逃がした後に捕まった男は、厄災の中で生き残っていく為に利用出来るものを利用したと堂々と答えた。そんな奴に唆されてしまうほど、彼女が純粋だったのか、疲れ果てていたのかはわからない」


 どこにでも利益になるものを利用しようと悪巧みする者はいる。

 それ以前に、召喚された時点で、誰もが何かしらの利益を聖女に求める。

 縋ってくる者に従うか、悪巧みを見抜けようが見抜けまいが自分の気持ちに従うか、聖女自身の心持ちひとつというのもこの世界の事実。






 その頃。

 一人の女性が大きなローブに身を隠しながら、森を駆け抜けていた。

 服も靴もボロボロの状態で、体に傷を作りながらも、ただ真っ直ぐ前に突き進む。

 淀んだ水を腹を壊しながらも飲んで、見つけた小動物を小型ナイフで捕らえて食べながら、命を繋げる。


(きっと、異界からきた勇者様もたくさん苦労をしてきたんだ。きっと、たくさん心細かったんだ。けど、それでも世界を守ってくれていた)


 声の出ない喉に大きく息を吸い込んで、彼女はどこともなく、この世界における自分の居場所を求めて、走り続ける。





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