第88話 新事実
夕食の席で改めて挨拶と遠征の礼を受け、レスティオが行った蘇生術の話題で盛り上がった。
そもそも海に落ちた時点で救えないと考えられているので活用される機会はなさそうだったが、心臓や肺と言った人体の構造にラビ王国の者たちは興味を示した。
この世界の医療は主に薬に頼っており、人の体を切り開くような手術は心得のある聖女が召喚されない限り行われない。
そもそもとして、手術の心得がある者が召喚される可能性は低く、聖の魔術が使えるようになれば手術という手段を取る可能性はさらに低くなる。
レスティオが、かつてゾフィー帝国にミレイナ・シルヴィーという医者が召喚されていたことを話すと、存在は知っていても彼女が医者ということは知らなかった様子で皆驚き、ゾフィー帝国に港ができたならば是非交流の機会をと望んだ。
夕食を終えると、レスティオはアルドラとカンデに船内の案内を受けることになった。
当然、お目付け役としてロデリオや側近たちも同行する。
魔術で高速移動させているため、船外に出ることは許されなかったが、下の階層へ移動すると窓から海の様子を見ることが出来た。
高速で移動しているだけあり、すれ違う魚たちはすぐに通り過ぎてしまうが、レスティオの目には十分海の中がよく見えた。
「この世界の海は綺麗だよな」
「レスティオの世界とは違うか?」
「んー、俺の世界では海軍基地とか海産物の養殖場とか海底施設が充実していた分、見渡す限りの海という光景は初めて見たかな」
レスティオが言うと、文官たちは揃って手帳に何かを書き込み始める。
「カイグンキチとは?」
「この世界でいう魔術師団と騎士団みたいに、俺の世界でも軍の中で役割分担があるんだよ。陸軍、空軍、海軍って感じで。基地って言うのは活動拠点のことだな」
空を飛ぶ機械の存在や、国同士の戦争が空中や海上で行われていることには驚かれた。
この世界には機械技術が存在しないこともあり、理解してもらうことは難しかったが、ラビ王国の面々は考え方次第では空を飛べる道具が作れないかと検討し始めた。
「海産物はわかるが、養殖とはなんだ?」
「養鶏と同じようなことだよ。魚を人工的に育てて増やすんだ」
「魚に対してもそんなことが可能なのか?海とは魔物が発生しない神秘の領域であり、海産物とは神の恵みともいわれているものだぞ」
「それは初めて聞いた。遥か昔には漁で魚を捕っていたようだが、今となっては養殖以外見ないくらいだよ。実際に漁をしている者がいるなら見てみたいくらいだ」
手帳に書く手が早いことが気になるが、レスティオは気にかけるのをやめて、寄ってくる魚を眺める。
「そういえば、レスティオ様は以前魚を食べたいって仰ってましたね」
何気なくキルアが言うと、ラビ王国の一人が厨房に確認すると言って離れて行った。
「あぁ、帝都にもあまり魚は出回らないからな。お前が好きだと言うなら取り寄せたのに」
「いや、そんな手間暇かけてもらうつもりはないよ。だって、城の料理人に魚料理を出されても美味しくないだろうし」
「では、レスティオ様の世界の魚料理というものを是非教えてください。うちの料理人はあわよくばレスティオ様のレシピを頂けないかと心待ちにしているのですよ」
すかさずカンデが前に出てきて笑みを見せる。
しかし、レスティオはこの世界の料理人を信用していない。
「俺が厨房に入ってもいいなら教える」
「こら、レスティオ」
「口で言ったところで余計な処理を加えて不味くするだろ。それなら最初から自分で作る。それが無理なら、期待するだけ悲しくなるからこの世界のレシピで作ってくれた方がいい」
「なら、俺は許可しよう。どうする、ロデリオ」
不敵な笑みを浮かべながらアルドラがレスティオの肩に手を置いた。
ラビ王国の第二王子であるアルドラはこの船内で最も発言力がある。
後は、聖オリヴィエール帝国側で権限を持つロデリオが頷けば、誰も文句は言えない状況が出来上がる。
「アルドラ。一応、こいつは我が国の聖騎士だぞ」
「とは言え、お前もキッシュみたいな美味い飯が食いたいと思わないか?思うだろ。なにをどうしたら、あんなに美味い物が出来るのか気になるだろ」
畳みかけるように迫るアルドラにロデリオがいらだった様子でため息をついた。
ロデリオの側近たちの目は温かく、留学していた時から気兼ねない関係だったのだろうなと想像する。
「わかった。ただし、俺も立ち会う」
「よっしゃぁっ!明日の昼はレスティオ様の手料理だっ!」
「アルドラ様、少しは王族としての振る舞いを思い出してください」
「ぁ、はい」
声を上げたアルドラは、ぬっと側に現れた側仕えの苦言に一瞬で大人しくなった。
操舵室を覗くと、部屋中にあらゆる魔法陣が描かれ、それぞれに人が待機していた。
秤のようなものが置かれているがわずかな揺れだけで安定している。
船のバランス制御をしているのだろうかと考えて、レスティオは入り口から魔法陣をひとつずつ眺める。
「魔法陣に魔力を注ぐだけで船を動かせるとはすごいな」
「魔力を注ぐだけな訳があるか。船を安定して動かすには優れた魔力制御の技術と操舵手の緻密な連携が必要になる。バランスがわずかにでも崩れれば船が傾いてしまうからな」
ラビ王国では操舵魔術師と称し、王室御用達の船の船員は基本的に一級操舵資格を保有する者に限定している。
その資格を取るのは簡単なことでないし、仕事も海の上で命がけだが、高収入が見込める為、毎年資格試験は数多くの魔術師が受けている。
オリヴィエール帝国はそこまで交易船に力を入れていないので、資格化せずに民間に任せているのだとカンデやロデリオが説明してくれる。
「ここまで魔術を扱える者はラビ王国では珍しくはないのか?」
「珍しいですよ。彼らの場合、操舵士として鍛錬を積んでいるだけで、他の分野で魔術が活かせるかはまた別の話です」
一概に魔術師と言っても、専門分野で活躍する者たちもいるのかと納得する。
「このまま世界を一周しようとしたらどれくらいの日数を要するものなんだろうな」
「世界を一周、ですか?それは、各大陸を巡る、という理解で良いですか?」
「単純にこのまま前進を続けたとして、この地点に戻ってくるまで」
レスティオは手のひらに魔力結晶の球体を取り出し、指でくるりとなぞって見せた。
すると、誰もが顔をしかめた。
「レスティオ様の世界は、球体、なのですか?」
「うん?あぁ、この世界は違うのか?」
宇宙の中の一惑星に大陸があり国があるのではないのか。
レスティオが困惑している様子を見て、カンデは操舵室の棚から地図を取り出した。
「私たちの世界はこのようになっています」
「このように、というと、平面、なのか」
「はい」
「では、この端まで行ってしまったらどうなる?」
「遭難しますが、移動を続けていればどこかの大陸にたどり着くので、そこからまた移動を再開します」
遭難。
その一言にレスティオはさらに困惑して地図を受け取り、端と端をつけるようにして巻いた。
「それは、こう移動するのでなく?」
「違うようですよ。西に進んでいたつもりが、北に進んでいたとか、毎回まったく違うところに行き着いてしまうそうです。海路研究をしていた人たちが検証に検証を重ねても成果は出ず、今では原則海端には近づかないようにと言われています」
理解の及ばない世界観に、レスティオはひとまず言葉通り呑み込もうと頷く。
ここは魔術や魔物が存在する異世界なのだから、ランダムでワープするような事象が起きることもあるのだろう。
「異世界に来たんだなと今改めて感じた」
「そんなに衝撃を受けることか?お前の世界が球体という方が驚いたけどな」
地図を返して、話していたらもっと色々なことがわかりそうだと期待も抱く。
「ご歓談中のところ失礼致します」
次に移動する前に、ラビ王国の大使として同行している国王の筆頭秘書官であるクリフ・マカロックが一行を止めた。
「本日は、聖オリヴィエール帝国の皆様は港までの移動でお疲れでしょう。今晩はここまでとして、続きはまた明日にされてはいかがですか?」
時間はまだ二十一時を過ぎたところ。
レスティオが何か言う前に、ロデリオが応じて、客室に戻ろうと揃って移動を始める。
ロデリオとレスティオが借りている二階に着くと、アルドラとカンデは三階へと上がっていった。
「レスティオ。こちらに」
廊下で各々の部屋に分かれる前に談話室へと招かれる。
二階のフロアは、全ての部屋が内扉で繋がっている。
談話室を中心として、左右にレスティオとロデリオの寝室。その隣には側近の寝室兼待機室。さらに隣は荷物置き場。必然的に談話室はレスティオとロデリオが打合せやお茶をするための共同スペースとなる。
ソファに座ったところで、アズルがすかさずお茶を出した。
「なにかいけないことをしてしまったかな?」
「いいや。先程の件に関しては、ラビ王国の連中の研究心をくすぐりすぎただけだろう」
「ん?」
「今日だけで、泳ぎや水に浮くということ、蘇生術、軍の体制、海産物の養殖、世界の形まで、多くの情報を出し過ぎだ。あいつらは、明日の朝まで考察し続けるぞ」
蜜の甘さを上品に感じるお茶を味わいながら、レスティオは首を傾げた。
「そこまで研究熱心なのか?」
「ラビ王国の国民性とでもいうのか。あの国の人間は探求心の塊だからな。俺も留学中は良く遅くまで考察に付き合わされた」
「なるほど。俺から解説することも出来るが、考えることが好きなのか」
「そういうことだ。お前には好ましい人種かもしれないな」
「嫌いではないが、度が過ぎると鬱陶しいと思うことはあるかもしれない」
ロデリオは小さく噴き出して笑った。
「あぁ、それを言うならカンデが良く止まらなくなるな。アルドラも拍車をかけることしかしないから、俺とドレアで止めるのにいつも苦労した」
「へぇ、本当に仲が良いんだな」
「国では城で教育を受けていた分、学友がいないからな。あいつらと会った時は新鮮な気分だったよ」
「……その感覚は、なんとなくわかる。俺もずっと祖父の後継者として育てられて、周囲も俺を介して祖父を見ているような状態だったから。軍学校に入ってからは毎日新鮮だった」
分かり合えた感覚に笑みを交わして、就寝前の挨拶をして別れる。
部屋では、ルカリオが湯浴みの準備を整えていた。
先ほども湯浴みはしたのだけど、と思ったが、シルヴァが側仕えとしてルカリオに教わりたいというので、大人しくされるがままになった。
人目が少ないことをいいことに、セバンのトレーニングの調整にも付き合い、レスティオは充実したラビ王国使節団の初日を終えた。




