第83話 戴冠式護衛部隊任命とダンス講習会
レスティオは、出来上がった刺繍の仕上がりに大きく頷いた。
早速、エルリックの元へ使いを出し、戴冠式に向けた護衛部隊任命の指示を出す。
騎士団の兵たちは訓練場に整列していた。
帝都中の警備は、東部と西部の派遣団に同行した騎士たちが代わっている。
戴冠式を目前に控えての招集に、皆そわそわとしていた。各々思い返しているのは、大陸会議前に集められ、先遣隊兼聖騎士護衛部隊の任命が行われた時のことだ。
「これより、カーストン総帥より、重大な報せがある。心して聞くようにっ!」
ドレイドが声を上げると、全体に緊張が広がる。
大陸会議前は、ドレイドから発表があった。
しかし、今回は総帥自らとなれば、空気の違いを感じる。
「騎士団諸君に、聖騎士専属護衛騎士選定の報せである」
演台に上がったエルリックの言葉に、元々正していた姿勢が一層ピンと伸びた。
「聖騎士レスティオ・ホークマン様は、帝国軍の軍事力を支えるべく成長を期待する者と、自らの身命を預けるべく信頼を置く者を区別して、護衛騎士の選定を行いたいとの御意向を示された。優秀な者の名前を挙げるだけならば、すぐにでも任命したいところであるが、国の行く末を案じておられるのである」
実に素晴らしい方だというようにエルリックは語る。
そんなことよりも早く結論を述べてくれと、兵たちの表情にそわそわとした感情が出始める。
「そこで、これより一年の間、聖騎士専属護衛騎士選定期間を設ける運びとなった。この後発表される戴冠式における聖騎士護衛部隊を始めとして、今後、都度護衛部隊を発足することになる。護衛部隊の編制は、レスティオ様の他、皇族の方々、隊長格以上の帝国軍上層部の指名により決定する。そして、位に関わらず、護衛部隊に選ばれし者は、聖騎士専属護衛騎士候補である」
最後にエルリックから激励の言葉が掛けられると、演台はドレイドに譲られた。
ドレイドはまず、戴冠式期間として、今日から城内に滞在する各国の使節が全員城を出るまでの期間を任期として説明した。
説明しながら、落ち着かなくなっている兵たちの様子を見て、ドレイドは一度咳払いする。
「これより、戴冠式における聖騎士護衛部隊の編成を発表する。なお、上位以上の者には、発表後、ジャケットを配布する。立場を心得、気を引き締めて臨むように」
ドレイドの後ろで、庶務係がジャケットの入った箱を抱えて準備を始めていた。
「ではまず初めに、聖騎士護衛部隊隊長兼聖騎士筆頭護衛騎士を発表する。大陸会議での振る舞いが評価されての任命である。ジンガーグ隊所属、ネルヴィ・ボートムッ!前へ」
「はっ!」
ネルヴィが駆け足で前に出て、姿勢を正して立つ。
既に髪は魔力結晶で固められ、鎧も綺麗に洗われており、筆頭護衛騎士としての風格を感じる佇まいだった。
「続けて、聖騎士護衛部隊副隊長兼筆頭補佐。ジンガーグ隊所属、ハイラック・トレリアンッ!」
ここで呼ばれると思っていなかったハイラックは一拍遅れながらも返事をして前に駆けだした。
「聖騎士護衛部隊上位護衛騎士を続けて発表する。呼ばれた者は前へ」
ドレイドは続けて大陸会議の護衛部隊の面々の名前を呼んだ。
そして、ロゼアンの次に、セバンとキルア、アロウの名前が呼ばれた。
ここまでで総勢八名。
中位になると、各隊から二、三人ずつ名前が挙げられていき、下位には若手の兵の名前も並んだ。
「以上、四十名を聖騎士護衛部隊に任命する」
全員が揃ったところで、上位護衛騎士に庶務の男がジャケットを手渡していく。
そして、ネルヴィを残し、ハイラックにジャケットを渡すとそそくさと下がった。
「ドレイド。前に出ていいかな?」
「はっ、どうぞこちらへ」
不意に登場したのは、城内用の正装を纏ったレスティオだった。
後ろには箱を抱えたルカリオを伴っている。
ジャケットが配られずに戸惑った顔をしていたネルヴィはすぐに姿勢を正した。
演壇を譲られたレスティオは全体を見渡すと、視線を護衛部隊へと向けた。
「戴冠式期間の短い間となるが、護衛騎士選定を決めて初めての護衛部隊結成となる。緊張する気持ちは理解するが、城内には諸外国の客人が日々集まってきている。気を引き締めて、聖オリヴィエール帝国の者として誇りを持って任務に臨んでもらいたい」
上位護衛騎士を中心に威勢のいい返事が返る。
レスティオは頷くと、ネルヴィの名前を呼び、前に来るように指示する。
ドレイドに指名された時は直立だったが、レスティオの前に来ると即座に跪いた。
「大陸会議に続き、筆頭護衛騎士の務めを果たしてくれることを期待している」
「はっ、必ずご期待に応えます」
「今回より聖騎士護衛部隊隊長兼筆頭護衛騎士の為に、私の方でジャケットを用意させてもらった。以後、騎士団に管理を委ねるので、選定期間の終了まで大事に扱って貰えればと思う」
ルカリオが手にしていた箱を開けると、レスティオは中に畳んで収められていたジャケットを手に取った。
ネルヴィに立ち上がるように促す。
「聖騎士護衛部隊隊長兼筆頭護衛騎士として、国章を背負い、胸に我が紋章を抱くことを許すものである。袖を通して見せなさい」
「はっ!」
ジャケットを広げると、風の魔術を使いながら袖を通す。
白地に金色の刺繍が施され、背中に国章、胸にはレスティオが刺繍した紋章がある。
襟を正して立てば、それだけで存在感が演出される。
まるで練習していたかのような凛々しい様にレスティオは思わず感嘆した。
「レスティオ様の筆頭護衛騎士として恥じることの無きよう、誠心誠意努めさせていただきます」
「よろしい。では、この後、上位護衛騎士と上位護衛騎士の代役を担える中位護衛騎士を対象に話がある。俺はエルリックと共に一度下がるから、護衛部隊への指示出しが終わり次第、ルカリオの案内を受けるように」
「はい!早急に指示を済ませますっ!」
今日の招集の話が護衛部隊任命の件だけというのは事前に聞いていたので、レスティオはエルリックと共に立ち去ろうとする。
しかし、ネルヴィは返事をするなり、護衛部隊を振り返った。
そして、中位護衛騎士と下位護衛騎士を班に分けて、統率役を指名する。
中位護衛騎士の中から同行する班と、同行しつつ周辺警護を任せる班、レスティオの私室周辺の警備にあたる班と次々指示をする。
「ドレイド。ネルヴィには事前に編成を伝えていたのか?」
「いいえ。最終的な編成は隊長にも伝えていません」
迷いなく指示を終えると、ネルヴィはお待たせしましたとレスティオに向き直った。
「よく即座に指示を出せたな」
「はい。護衛部隊の動かし方については、事前にダイナ隊長に教わりました。任命された時点で筆頭護衛騎士としてレスティオ様の側を離れるわけにいきませんから、編成と動かし方について考えていたのです」
簡単に言うが、簡単なことではない。
どこまで本気で考えて取り組んでいるのか底が知れない。
だが、護衛部隊の誰も異論が無いようで、レスティオはルカリオとエルリックに先導してもらいつつ、護衛達を引き連れて城へと移動を始めた。
移動した先はピアノが置かれた広間。
部屋の隅に用意された席では、ロデリオが中年の男女と年若い女性と共に歓談した。
「待たせた。ここは、エドウェルに頼んでいいのかな?」
「はい。お任せください」
エルリックは執務に戻り、ロデリオの後ろに控えていたエドウェル・マッカーフィーが前に出る。
レスティオは護衛部隊に整列を言い渡して、空けられていたロデリオの隣の席に腰を下ろした。
「これより、戴冠式における護衛の務めについて説明する」
聖騎士の側近としての立ち居振る舞いは勿論、警戒の仕方や戴冠式の式典やパーティでの動き方を時にベイルートも巻き込んで伝える。
「立ち居振る舞いについては、今晩、代理の護衛を手配しているので、護衛部隊全員に講習を受けてもらう。この時間でお前たちに叩き込むのは、戴冠式のパーティにおけるダンスだ」
護衛部隊全員が衝撃を受けた表情で固まる。
皇族たちとも今回は踊らないつもりで話を進めているが、万が一の時の備えである。
当然、気を抜かれては困るので、そのことは伝えない。
「レスティオ様の側近として、側で踊ることになるのだから当然見栄えは重要になる。踊れない者に戴冠式の上位護衛騎士は務まらないと心得るように」
そして、今日のダンス講師が紹介される。
「ダンスの講師を務めます。シャンス・リーヴェスと申します。妻のアステ・リーヴェスと、娘のヘレン・オスタリテと共に、皆様にダンスの基本を教えさせていただきます」
手始めにシャンスとアステがダンスを手本となる披露する。
ヘレンがピアノの椅子に腰かけ、演奏を始めるとともに、ダンスが始まる。
「あぁ、一般的な社交ダンスだな」
「レスティオには覚えがあるダンスだったか。それは良かった」
「ピアノの方も音に少し違いはある気がするが、概ね俺の世界に合ったものと同じかな」
「ピアノ?あぁ、オルガノのことか。名前が少し違うんだな」
ダンスを観察しながら、ロデリオと楽器について確認する。
鍵盤楽器はピアノやオルガンの区別がなく、オルガノ。弦楽器はヴァイオリンやハープなどの区別がなく、ヴィオリン。横笛はフルートではなく、フルゥーフ。縦笛は存在しない。打楽器は数多く種類があるはずだが、総じてタイコと呼ばれる。
楽器の種類ごとに名前があるだけで、形状や音が違ってもそれ以上の呼び分けはない。レスティオは何故そのような形に収まったのかとても経緯が気になったが、ロデリオに尋ねたところで経緯までは把握していなかった。
「以上です。初めての方には私が基礎から教えます。ダンスの経験がある方々は、アステとヘレンが練習相手となりますから、分かれて頂ければと思います」
「シャンス。レスティオには覚えのあるダンスのようだから、先にヘレンと一曲踊らせてもいいか。エドウェル、アステと共に、護衛としての踊り方も披露してやれ」
ロデリオが本格的に練習に入る前に声を掛けると、シャンスは笑顔で演奏をヘレンと交代した。
レスティオが立ち上がり、ヘレンの方へ向かうと、ヘレンは小走りで近づいてきて、カーテシーで挨拶する。
「この世界では、女性から声を掛けるものなのか?」
「あら、レスティオ様の世界の礼儀とは違いましたでしょうか」
おっとりとした顔立ちで首を傾げられると、不安そうな印象を受ける。
「私の世界では、ダンスの主役は美しく着飾った女性たちでしたから。駆け寄らず、相手が来るのを待ち、時にお誘いは目線ひとつで行うことが美しいとされていました」
「そうでしたの。それでは、中々意中の人と踊るのは大変そうですね」
「会話の中からさりげなく誘いを求められることはありますよ。今のように会話で相手を引き留めていれば、音楽が始まった時に手を取る相手は自ずと決まりますから」
レスティオは社交界にいる時の気分を思い出した。
踊る相手と順番で色恋とビジネスの駆け引きが行われるパーティから、手当たり次第に踊って楽しむパーティまで様々。この世界におけるダンスはどの位置付けになるのか、後で要確認だなと思考を巡らせる。
「会話による駆け引きは男女共通。約束した仲なら、手を取りエスコートしますが、そうでなければ、男は口説き文句をいくらか用意したものです」
「く、口説き文句ですかっ」
ヘレンはあからさまに顔を赤らめて、一歩下がった。
この世界の女性には刺激が強かったかと思い、レスティオはロデリオに女性の誘い方を尋ねる。
が、ロデリオのダンス相手は事前にある程度決められており、一般的な誘い方の教えを求めて視線が向かったのはエドウェルだった。
「いやぁ、そうですね。普通に、一曲いかがですか、なんて声を掛けるくらいじゃないでしょうか」
レスティオの護衛部隊の一員として弟もいる手前、答えにくそうに応じる。
「そ、そうですね。私も、次の曲をご一緒に、と御声掛けを頂くことはありますが、そのくらいです」
「簡潔なものだな。まぁ、毎度、詩人の言葉を引用したり、花や宝石に例えて褒め称えるのも、相手によっては一苦労だからな」
「夫婦でも言わないような言葉が並びそうな予感しかしないな。口にするのはやめておけ」
誤解を招いては大変なので、ロデリオの忠告を素直に受け入れる。
改めて、レスティオはヘレンに向き直る。
「では改めて、一曲、ご一緒に踊って頂けますか?」
カーテシーと共に手を差し出すと、それだけでヘレンは赤面し、また一歩下がった。
「駄目か?」
「聖騎士がそうへりくだるな。普通に手を差し出せばいいだろう」
「これくらいの女性への敬意はあって当然だろう」
「まぁまぁ、聖騎士様の溢れ出る品位故の振る舞いと思えば、見習うべきは我々かもしれませんよ、殿下。ヘレン。アステと代わるかい?」
シャンスが仲裁に入ると、ロデリオは確かにそうかもしれないと引き下がる。
交代を問われたヘレンは首を横に振り、レスティオに向き直った。
改めて、ダンスに誘い、エスコートする。
その間にエドウェルは主人のペアとの距離の取り方を説明していた。
そして、互いに準備を終えると、シャンスの演奏が始まると同時にステップを踏み出した。
「この世界の女性はあまり男性に体を預けないものか?」
「ぇ、ぁ、そうですね。あまり近づきすぎるのは良くないと言われます」
レスティオの世界では女性のダンスを尊重することが多かったが、この世界のダンスはどちらを尊重するでもなく、共に型通り踊るものだった。
レスティオは、つまらないなと内心思いながら、型通りに踊りきる。
「なんと、素晴らしい。レスティオ様は完璧でしたね」
「元の世界と同じ振り付けでしたから。なんでしたら、女性の踊り方も覚えているので、練習相手を務めますよ」
「そこまでする必要はない」
「けれど、俺も護衛騎士がどのように振る舞うのか、ある程度覚えておくべきだろう?エドウェルの指導に耳を傾けている間の暇潰しだよ」
それに、異性に触れ慣れていない者たちに、既婚者とはいえアステやヘレンと触れ合いながら踊るのは些かハードルが高いように思う。
とはいえ、基本のステップを教えられている間はやることがないので、レスティオはアステにオルガノの弾き方を教わる。
「一曲弾かせてもらってもいいかな」
「あら、もう大丈夫ですか?」
どんな曲を聞かせてくれるのかしらと弾んだ声で、アステは椅子を譲った。
「では、社交界の定番曲を」
指が覚えている鍵盤の位置が少し違うことを意識しながら指を滑らせ始める。
エリシオール合衆国の社交界の定番曲は、時を慈しみ讃えるワルツ。
「まぁ、素敵。この音楽で踊りたくなってくるわ」
「当日は演奏家としてダンスに華を添えるのもいいかもしれないな」
譜面に起こしたいと言われて、この世界の譜面を見せてもらうと、五線譜であることは一緒だったが、音符ではない文様じみた線が描かれていて読み解くことは出来なかった。
仕方なく、アズルに楽師を呼んでもらい、レスティオの演奏を聴きながら譜面に起こしてもらった。
「レスティオ様。彼らは、まだ一曲通すには時間がかかりそうですが、別日に改めましょうか」
「ん?」
シャンスに声を掛けられて、ステップを掴めているのかどうか怪しい動きをしている護衛騎士たちの姿に気づく。
想像していた以上に出来ていない様子に、シャンスの顔色は悪い。
「ネルヴィ。俺が相手をしよう」
「え?いや、まだ、踊れないですけど」
「いいから。お前の場合は特に相手がいたほうが動きを掴みやすいよ、きっと。はい。ホールドから」
足早にオルガノを離れてネルヴィと距離を詰める。
戸惑いながら体に伸ばしてくる手は、案の定、ぎこちない。
「もっとちゃんと手を添える。そして、足元は決して見ずに相手の目を見ること。ダンスと思うと難しいなら、剣術の足さばきを思い出すように。では、ステップをひとつずつ確実に踏んでみよう」
足取りを説明しながら基本のステップを繰り返す。
見ている者たちにも真似して動くように伝える。
言われながらステップを踏めたら、少し速度を上げて繰り返させ、何も言わずに動けるようになるまで付き合う。
「はい。踊れた。よし、ヘレン。ネルヴィと一曲頼めるかな」
「かしこまりました」
ネルヴィをヘレンに任せたら、次々と相手を変え、ホールドの仕方とステップを覚えたか確かめる。
「レスティオ様!踊れましたっ!」
「じゃあ、エドウェルに護衛としての踊り方をみてもらえ」
「はい!」
身長差で躊躇うユハニにも、ホールドの仕方を指導して、当日は詰め物などで若干踵をあげておくようにアドバイスする。
派手さはなく、基本の型さえ覚えればいいと思えば、反復練習でどうとでもなる。
護衛部隊の中で当日まできちんと練習しておくように伝え、その日の稽古は終了した。




