第82.5話 小説家ミウ・ヴァスクール
魔術師が魔術を駆使して魔物から国を救う英雄譚。
異世界から訪れた聖女と王族や魔術師との恋物語。
ありふれた物語を、登場人物の特徴を変えて、時代背景を変えて、あの手この手で書き続ける。
ミウ・ヴァスクールは、図書館の棚から今まさに自分が執筆した本が手に取られていくのを見つけて、ため息をついた。
魔術学院で文字を学んで以来、図書館の司書をしながら執筆活動を続けている。しかし、魔術学院で得た発想は底を尽き、新たな展開が思いつかない。
「この本の貸し出しお願いします」
「はーい」
他の作家たちは、聖騎士を主人公にした物語を描き始めていると口を揃えていた。
聖女は守り敬う存在であったが、聖騎士は前線で戦い国を守ってくれるという。
国の姫はもちろん、共に戦う魔術師団の女性、休息を求めて街に出た時に知り合った町娘など恋愛物のバリエーションが一気に増えたと喜ぶ声は多い。
現代に聖騎士様がいるからこそ、小説を読みながら自己投影して物語を楽しむ女性層の需要は確実。売り上げを期待している商会からは、そろそろ次の作品を収めてくれと言われている。
しかし、未だ見ぬ聖騎士を題材にしたアイディアが、ミウにはいまひとつ掴めていなかった。
「ヴァスクール司書官。すまないが、城へお薦めの文学作品を数冊届けてもらえるか?」
「え?なんですか、その大雑把な指示は」
司書長に声をかけられて思わず嫌な顔で振り返る。
「読書好きの聖騎士様のご依頼だ。本当ならば私が行くべきなんだが、城へ赴くだけでも、なにかアイディアに繋がるんじゃないか?」
「ぁ、そういうことですか」
「せっかくだから、君の書いた本を持っていくといい」
「自分で書いたものを持っていくって、……まぁ、いいですけど」
変に売り込んでいると思われるのは本意では無いが、国の宝である聖騎士様に貸し出す本を選定するのは難題だ。
司書長の意見に従いつつ、他の作家の作品も混ぜようと決めて、ミウは本棚からよく貸し出しているタイトルをいくつか手に取る。
城での本のやりとりは受付で終わった。
(アイディアなんてどこからも浮かびませんよ……)
城へ本を持参する役目を担ってから、まだほんの数回だが、ミウは仕事以上のやる気を見出せなくなっていた。
「ミウ・ヴァスクール様。この後、少々お時間を頂戴できますか?」
「なんの御用でしょうか?」
顔馴染みとなった受付の女性に問われて、ミウは眉を顰めた。
本を届けに来ている今も就業時間中なので、あまり遅くなると困る。
女性が申し訳なさそうに周囲に目をやった。誰かの様子を探っていると察して、ミウも周囲を見回した。
「あー、あの、実は聖騎士様がミウ・ヴァスクール様の作品を読まれて、本を届けに城に来た時にでも都合が合えばお話しをしたいと仰っていたのです」
女性は小さな声で告げてくる。
戴冠式前に聖騎士にお目にかかれるのは城に従事している者以外はごく一部だけ。
その存在は公表されているが、聖女ではなく男が召喚されたことで城の警戒心も強くなっていると噂されている。
「そういうことであれば、司書長も理解して頂けるかと思いますが、今からお会い出来るんですか?」
本を届けに来る日は決まっているが、時間帯はミウの仕事の都合で前後している。
当日突然予定が取れるとは思えず首を傾げていると、お待たせ致しました、と少年とも呼べる見た目の側仕えが駆けてきた。
ミウは応接室へと通され、お茶と見たことの無い菓子を出された。
ミウがお茶と菓子に手をつけて気持ちを落ち着かせたところで、タイミングを図っていたかのようにレスティオは応接室に入ってきた。
「突然お引き留めしてしまい、申し訳ございませんでした。聖騎士としてこの世界に召喚されたレスティオ・ホークマンと申します」
整った容貌と嫌味のない綺麗な微笑みに見惚れかけて、ミウは慌てて立ち上がった。
「、ぁ、お初お目にかかります。帝都図書館にて司書官をしております、ミウ・ヴァスクールと申します。本日はお目にかかれて恐悦至極に存じます」
小説で描いたことのあるやりとりだと思いながら挨拶を済ませると、レスティオはミウの正面の長椅子に腰を下ろした。
所作を見て、ミウは庶民設定は違うなと作品の登場人物としてどう描けるか考える。
「君の書いた小説をいくつか読ませてもらったが、実に面白かった。周囲の話を聞くと、あの話を読んで将来を決めた者もいるとか」
「そんな、私などまだまだでございます。前回からお持ちしている、レオ・ジョバンニ様の作品は、ご自身が魔術師団の出身ということもあって魔術の描写が繊細で読者を引き込むと評判ですので、聖騎士様にもお楽しみ頂けるのではないでしょうか」
図書館で本の案内をする時と同じ感覚で言えば、レスティオは微妙な顔をした。
なにかいけないことを言っただろうかと首を傾げると、なんでもないと笑顔を返される。
その後は、これまで持参した本について互いの感想を述べ合いながらお茶を楽しむ和やかな時間が続いた。
「時に、騎士団について描いた作品はないのかな?」
これまで持参した作品は魔術師が活躍する話が主だった。
恋愛物は男性層の読者が少ないのであまり含められず、そろそろ話が似通った印象を受け始めるのではないかと懸念していたが、騎士団と出てくるとは思わずミウは唸った。
「生憎ございませんね。騎士の話は読者がつきにくいので、どの商会も作品自体受け入れていないと思います」
「君も執筆する予定はないか?」
「そうですね。そもそも騎士は警備兵くらいしか存じませんので、物語を書き上げられる自信がございません」
正直に答えれば、レスティオの端正な顔に愉快そうな笑みが浮かんだ。
それでも書くように強要されるのかとミウは身構える。
アイディアには飢えているが、知見がないものを描くなど安請け合いはできない。
しかし、強要されれば従うしかない立場に自分がいることも理解している。
「そういうことなら、ちょっと騎士団の訓練を見学してみないか?」
「え?」
「良ければ俺が案内しよう。その上で、書けると思ったなら、是非筆を取ってほしい」
ミウは目を瞬かせた。
まるで渋ることを見越していたかのような、その上、見ればミウが絶対に描きたくなるはずだと確信している表情だった。
「聖騎士様にご案内頂けるなんて、大変恐縮なのですが、私なんかがよろしいのでしょうか」
「騎士団では最近面白い取り組みをしていてね。作家の創作意欲を引き立てられるのではないかと思うんだ。同時に、君に描いてもらえれば、こういうことも可能なのだと読者が可能性を見出すことも期待している」
一体何を見せようと言うのか、ミウの中で初めて魔術訓練を目にした時の不安と高揚感が思い出された。
ミウは、レスティオにエスコートされながら、城から繋がる帝国軍の敷地へと向かった。
魔術師団に入らず、図書館勤務を選んだミウは初めて足を踏み入れる場所だ。
今後のためにもきちんとみておかなくてはと、思わずキョロキョロとしてしまう。
やがて剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「ハイラック。訓練を見学しても良いか?」
「、レスティオ様。勿論構いませんよ」
訓練場には剣術稽古をする者、馬に乗る者、なにか投げている者、魔術を扱っている者と様々だった。
鎧を身につけてただ立っているだけのイメージだったミウには新鮮に映る。
ただし、何の為の訓練かわからない動きも多い。
「騎士団は馬に乗り、剣を用いて魔物と対峙します。なので、このように剣術の稽古をしたり、馬術の稽古をするんです」
「魔術師とは全く違うんですね。風で移動したり、仲間を浮遊させて魔物に近づけ、焼き払うのが魔物討伐だと思っていました」
魔術学院で習った戦法だ。
風の魔術に不安がある者は馬を駆ることもあるというが、そういう者はそもそも魔術師団に入らず、文官や他の道を目指すことを勧められる。
魔術師に憧れるが志半ばで諦めた人物というのは小説でよく使われる設定のひとつだった。
「その戦術では、魔物と一緒に森も焼き払ってしまうので、聖の魔術で森を回復させる負担が肥大化するのではないかと私は懸念しています」
「あぁ、確かにその可能性はあるかもしれません。考えたこともありませんでした。しかし、あちらでは騎士団の方も魔術を扱っているんですよね」
「まさにあれをみてもらおうと思っていたんです。ネルヴィ!ちょっといいか?」
レスティオに呼ばれたネルヴィが駆けて来る。
「なんでしょうか?」
「彼はネルヴィ・ボートム。騎士団の一部隊の先遣隊に所属する兵です。ネルヴィ、こちらは、帝都図書館の司書で小説作家のミウ・ヴァスクール嬢だ。作品の参考に剣魔術を見てもらおうと思うんだが、氷の矢、斬撃、突き。それから炎の斬撃と順に披露してもらえるか?」
「氷ですか……わかりました。すぐに準備します」
返事をすると挨拶もそこそこに仲間達の方へ戻っていく。
レスティオは苦笑して一言謝った。
「先遣隊ということは、比較的優秀なのですね」
本隊に先立って戦地に入る先遣隊には優秀な者しか入れないと教わった。
騎士団もその点は変わらないだろうと、ミウはネルヴィが指名された理由に納得する。
「えぇ。彼は、貧民街の出身でありながら、先遣隊に選ばれるまでに成長しました。更に、この数ヶ月で魔術の才を開花させ、先日の大陸会議では私の筆頭護衛騎士として護衛部隊をまとめ、役目を務め上げました。皇族の皆様も彼の働きに賛辞を贈るほどの働きだったのですよ」
「貧民から聖騎士様の筆頭護衛騎士ですか!?平民が皇族の側近に就くことは有り得ないと言われているのに、賛辞まで賜るなんて凄い方なのですね」
貧民街の存在は知っているが、悪さをするとそこに捨てられると言われたり、作品の中でも路地に迷い込んだ登場人物を襲ったり、悪印象が強い。
貧民街出身でまともに生きている人がいるというのは初めて知った。
「そんな出自でも機会を与えればこんなにも成長し、欠かせない人間となる。作品と共に実例と知れれば、貧民であっても平民であっても、身分を理由に諦めることなく自身の可能性に挑戦する勇気を与えられると思いませんか?」
「は、はい。私に描ききれるかわかりませんが、とても夢のある作品が出来ると思います」
実話と知れればそのような登場人物の作品は世に溢れていく。
その先駆けになるなら今書くしかない。
ミウはこれから行われる剣魔術なるものを目に焼き付けようと、準備を進めるネルヴィの姿を見つめる。
「レスティオ様、行きます!」
「あぁ、全力で頼む」
瞬間、手のひらに生成された円錐状の氷が勢いよく的に突き刺さった。
ミウは目を見開いた。氷の魔術は知っている。だが、成形して武器にするなど知らない。
続けて、ネルヴィが剣を振ると同時に氷の刃が的を切り裂き、剣で槍のように突く動きをすると同時に先ほどの矢よりも破壊力を持って氷が的に突き刺さり、最後に炎の斬撃が的と氷を焼き払った。
「どう、」
「もう1回っ!もう1回見せてください!」
レスティオが問いかけるより先に、ミウは目を輝かせて要求した。
ミウの声が聞こえた騎士団の兵たちは、戸惑いつつもレスティオの視線を受けて次の的を用意し始める。
「ネルヴィ、魔力は大丈夫か?」
「問題ないです。いざとなれば、鎧の下に魔力結晶固めてるんで大丈夫です」
「鎧の下⁉︎回復用の魔力結晶はポーチとかに入れて持つものでは?」
魔術学院にいた時は、毎晩魔力結晶を作り溜めて訓練に臨んでいた。
日常的にはポーチで事足りるが、訓練時に持参する分は魔力量が多いほど大荷物になるので学生たちは皆苦労する。
「一々取り出すのは面倒なので、戦闘中を考慮したら装備に備えておく方が断然便利ですよ?魔術師はローブを着ていることが多いから鞄を用意しないといけないんでしょうけどね」
「なるほど!勉強になります!」
ネルヴィの回答に前のめりになるミウを見て、レスティオは再び剣魔術を披露しようと構えるネルヴィを止めた。
剣魔術の剣技を魔術の前にリクエストすると、ネルヴィは二つ返事で足踏みして感覚を確認する。
ミウは何が始まるのか期待に満ちた目でその動きを注視している。
ネルヴィは踏み込みと同時に風の魔術で加速し、的に切り掛かった。深く突き刺さった剣を的を蹴って引き抜くと、一度後退して体制を整える。もう一度、風の魔術と共に踏み込むと、的の後ろへ軽やかに移動して剣を振った。
そこから、先ほどと同じように剣魔術を披露した。風の魔術と剣技の組み合わせに、兵たちからも歓声が上がった。
「凄い!凄いです!これが剣魔術ですか!」
「今、ネルヴィと他数名の騎士が魔術学院で魔術を学びながら、戦術の確立に向けて動いている最中の技です。物語の中でなら、もっと発想を広げて描くことも出来るでしょう。そして、それを実現すべく後進が続いたなら、これまでのように騎士団の話だからと見過ごせなくなるのではないかと思っています」
レスティオの話にミウは何度も首を縦に振った。
「騎士団の中には、魔力が無い者もいますが、魔物の知識を駆使したり、剣術を磨くことで前線で活躍する者もいます。魔力が弱くネルヴィほどの技が出せない者でも、渾身の一撃や、魔術を補助的に使うことで、これまで以上の高い戦闘力が期待出来ます。時には無茶をして倒れる者もいるでしょうし、魔物に合わせ、あらゆる技を組み合わせて共闘するなど、話の幅は単純に魔物を焼き殺す物語より随分広がるのではないですか?」
話を聞くほどに、ミウの目は輝いた。
これまでに世の中にも自分の中にも無かった物語が描けそうな予感に、今すぐペンを持ちたくなってうずうずする。
「そうですね。しかし、より深く描くためには剣術や魔物についてもより深く学ぶ必要があります。書き上げるまでしばらく時間がかかってしまいそうです」
「作品を書き上げながら、描く場面の幅を広げていくというのも良いのでは無いですか?場合によっては、取材協力を騎士団に申し入れるのも良いかもしれません。資料の提供や訓練の見学、兵から体験談を聞くなど業務の負担にならない範囲でならば、協力してくれるかもしれません」
話を持ちかけた張本人として各所への話は通しておくと約束すれば、ミウは深々と頭を下げて礼を叫んだ。
「早速、帰り次第構想を練ってみます!貴重な機会を頂き、誠に有難う御座いました!」
「今日はこれ以上案内するより、そちらに集中していただいた方が良さそうですね。ルカリオ、お見送りしてあげて」
ルカリオに正門まで送られながら、ミウはどんな話から書こうと頭の中を埋め尽くすアイディアの数々に思わず口元をにやつかせた。
ミウがルカリオと共に去っていくのを見送ると、レスティオは訓練の手を止めていた兵たちに謝りつつ、続きを促す。
魔力結晶を吸収して一息ついたネルヴィは、休憩がてらレスティオの方へと近づいた。
「あの、出身までお話する必要ありました?」
「勿論」
貧民と口にされたことが気に入らなかった様子のネルヴィにレスティオははっきりと頷いた。
「ネルヴィがそこらの兵と大差ないなら必要ない情報だが、俺の筆頭護衛騎士を務め、剣魔術の先駆者の一人となれば話は変わってくる。お前は、身分に関わらず才を磨き努力すれば、名家以外あり得なかった地位にだって就けるということを、その身を持って証明したんだから」
それは周囲を奮い立たせる原動力になるし、貧民や平民に希望を持たせ国力へとつながっていくかもしれない。
「ミウが小説を書き上げれば、いずれお前に憧れてきたという新兵も現れるかもしれないぞ。となれば、その時にたかが一兵卒に留まっているわけにもいかないだろうし、お前は剣魔術はもちろん、小隊長や部隊長を任せられるくらいの成長を続けるしかない」
「お、俺に憧れるとか、そんなあり得ないですよ」
「彼女の作品は読者を憧れさせる魅力があるんだよ。ミウ・ヴァスクールの作品は帝都図書館で読めるらしいから、暇がある時に読んでみるといい」
文章の勉強にもなるといえば、ネルヴィは素直に返事をした。
漠然と伝えるより、具体的になにをするといいか伝えた方が抵抗なく受け入れる。
帝都図書館に行くようになれば、ミウが情報提供を求められる機会も多くなり、作品も早く仕上がるだろうと思いながらレスティオは訓練場を後にした。




