第81話 聖騎士料理の普及活動
屋敷で数日のんびりした後、レスティオはヴィムにバスケットをひとつ抱えてもらって城へと戻った。
だが、真っ直ぐ部屋には向かわず、騎士団本部へと向かう。
訓練場には、剣術や馬術の訓練の音が聞こえていた。
ハイラックとエヴァルトの姿を見つけて、敬礼に軽く応じながら通り過ぎる。
「おや、レスティオ様。本日はどうされたのですか?」
丁度騎士団本部から出てきたフランに声を掛けられて足を止める。
「ちょっと、ケンリーに用があって」
「ケンリー、ですか」
少し残念そうな様子を察してレスティオは苦笑した。
「明日の朝の鐘の前にロゼアンとセバンを連れ出したいと言ったら、急すぎると怒られるかな」
「いいえ。今日は魔術学院に向かっているので、明日は巡回警備を任せる予定です。部隊内で調整可能ですので対応しておきましょう」
念のため、クォートとフランにも同行を頼み、私服で待っているように指示する。
鎧姿で同行されても目立つだけなので、それは避けたい。
「調整するのは午前中だけで良いでしょうか。流石に、私服で巡回に当たるわけにはいきませんから、どこまで調整したものか」
「おや、この世界では私服警備は一般的ではないのか?」
「私服警備?」
鎧を着ていればすぐに巡回警備と分かって、取り締まり対象が警戒する。
しかし、私服であれば、周囲を警戒させることはない。取り締まり対象を油断させて確保しやすくなる、ということもある。
「俺が軍務で警戒に当たる際には、軍服と私服の部隊に分かれて動くこともあったよ。人間相手なら魔力結晶の武器も使えるだろうから、木剣と同等の武器を作れる者になら任せられると思う」
「それは、是非とも今後の参考にさせていただきます」
引き留めて申し訳ないと謝るフランの横を通り過ぎて、食堂へと向かう。
食堂に人気は無く、ケンリーとリシェリは朝食の片付けをしながら昼食の準備を進めていた。
「ぁ、レスティオ様。こんにちは」
リシェリが気づいて、カウンターから身を乗り出した。
「聖騎士様がそんな恰好で出歩いていていいんですか?」
そんな格好と言っても、今日はこの世界ではごく一般的な私服だ。
「こうして自由に出歩けるのは今の内かもしれないからね」
「あぁ、そういうことでしたか。今日はどうされたんですか?」
「二人に差し入れをもってきたんだ。レシピは材料の都合で渡せないんだけど。ぁ、これはナルークの分。遠征中に何度も料理を作らせて迷惑をかけたから、これは御礼だと伝えてくれ」
レスティオは、自分で抱えていたバスケットをカウンターに置いた。
中身は唐揚げとポテトチップスである。
その香りに、ケンリーも調理の手を留めて出てくる。
「レスティオ様。先日も貴重な食材や調味料を頂いたのによろしいのですか?」
「美味しい物は御裾分けしたくなるだろう」
「我々などにご配慮頂きまして、誠に有難う御座います」
「万が一、騎士団を辞めなければならなくなった時には、いつでも屋敷に迎えられるように繋がりは作って置きたい。という下心ありきだから、あまり気にしないでくれ」
ケンリーは、世話にならないように気を付けると笑みを浮かべた。
渡す物を渡した後は特に長居する理由はないので、私室へと向かう。
レスティオが手料理を持ち帰った日の晩、皇族との酒席が催された。
「レスティオ様。先日は癒しを頂きまして、心より感謝致しております。また、目覚めた直後とはいえ御礼を申し上げることなく、無礼な振る舞いを致しましたことを深くお詫び申し上げます」
酒席には、クラディナも同席していた。
開口一番に頭を下げたクラディナの髪は肩ほどに短く整えられていて、沈痛な面持ちが窺えた。
視線をユリウスとリアージュに向ければ、心配そうな目を向けていた。
レスティオの前に出しても大丈夫だと、彼らが判断したのだろうと理解する。
「あの状況では取り乱しても仕方がないでしょう。顔を上げてください」
「お許し、いただけるのでしょうか……」
「折角の酒席ですから。共に楽しみましょう」
クラディナは安堵した表情を見せた。
テーブルには、レスティオの手料理と定番の酒席の料理の他に果物やお菓子が並べられている。
レスティオの席の前は、酒席の料理を避けるように配置されていた。
今日の料理は自分たちで食べたい量を取り分けるようになっていると説明を受け、酒は側仕えにリクエストして用意してもらう。
「本日はこの席の為に、調理の手間を掛けさせて申し訳ない」
「本当はそんなこと思ってない癖に。存分に芋と卵を使った料理を堪能してくれ」
リアージュとクラディナが初めて見る料理を前に身構えた顔をしたが、すぐに表情を繕ってみせた。
「では、我々の友好を祝して」
各々の手に酒が用意されると、ユリウスの発声で酒席が始まる。
「早速だが、今日の料理はなんだ?」
「順に説明すると、そちらのスライスしたパンに乗せているのは、白い方が野菜と芋を練って作ったポテトサラダ。黄色い方が卵で野菜を包んだオムレツ。円形になっているのがキッシュといって、卵生地に芋や野菜を混ぜて焼いたものだ」
余った分は側近たちに食べてもらえればいいと思い、量は遠慮なく作った。
女性でも各種食べてもらえるように、ひとつひとつは小さくカットしている。
「それから、俺の世界の調理法で作ったポテトチップスと、菓子として卵の白身で作ったメレンゲクッキーを用意してみた」
どれも芋と卵を使っている。
目を瞬かせるリアージュの横で、ユリウスはポテトチップスをトングで皿に盛った。
レスティオの世界の調理法ということで興味をそそられたのか、次々ポテトチップスに手が伸びる。
「ポテトチップスは、食器を使わずに手で食べることが多いかな」
「ほぉ。では、そのようにしよう」
ユリウスが皿に盛ったポテトチップスを口に入れると、リアージュも恐る恐る口に運ぶ。
噛んだ瞬間にパリッと軽快な音が鳴る。
「ふむ。これは面白い」
「えぇ、ですが、マナーとしては、少し気を遣ってしまいますね」
「今日の酒席は、マナーよりもレスティオの料理を楽しみ、歓談を楽しむ場でしょう。そう堅くならない方がいいですよ」
音など構わずにレナルドはポテトチップスを口に運ぶ。
少しは気にしなさいとヴィアベルが困ったように注意する。
「前に作っていたフィグの入ったパンも美味かったが、今日は作らなかったのか」
「あぁ、フィグは使い切ってしまったから。あれなら、パン生地にフィグを入れるだけだから城の料理人でも作れるだろうにな」
「毒見の問題があるからな。慣習を変えるにしても安全面が確実に確保出来なければ難しいようだ」
ロデリオはポテトチップスを食べると、次にキッシュを皿に取った。
一度食べていることもあって、躊躇いなく口に運んでいく。
「どれも食感も味も違っていて面白いですね。酒席の料理でもここまで色々な味を楽しめることはありませんから、新鮮な気分です」
セルヴィアがリアージュに同意を求めると、キッシュを咀嚼しながら頷いて応じた。
「報告書で読みましたが、本当に芋や卵は人間が食せるものだったのですね」
「芋ならば、どこの農地でも持て余していて、安価で取引されていますから、民に広めると良いかもしれませんね」
ロデリオに飢饉対策になると言われた瞬間、リアージュの目が光った。
「確かにそうですね。これは早急に広めるべきものかもしれません。各国の厄災対策にもきっと役立つ情報でしょう」
「リアージュ。その件は明日にでも一緒に考えよう」
「ぁ、そうでした。酒席の場で失礼致しました」
引き締めた表情を緩めて、リアージュはオルドナを飲み干して側仕えにお代わりを頼む。
「時に、先日レナルドから皇族相手でも敬称を外して畏まらず話そうと提案されたのですが、リアージュ様がたはどう思われますか?」
レスティオは頃合いを見て問いかけた。
レナルドが提案した場にいなかったリアージュたちが、気安い態度を良しとするかどうか。
事前に話がされているのかもわからないので、念のため確認だ。
「まぁ、それで随分と打ち解けた様子だったのですね。レスティオ様がよろしいのでしたら、私は喜んでそのように致しましょう」
「私も是非。クラディナもいいわよね」
「ぁ、はい。レスティオ様がよろしいのでしたら」
「じゃあ、その様って言うのも無しだぞ。この場にいる皇族は、レスティオと対等に接するということで決定だ」
レナルドは、この場にいる皇族、という部分を強調して言った。
すかさず、ユリウスがミルネアには早いからなと付け加える。
「では、心置きなく、気を抜かせてもらおう」
レスティオはわかりやすく肩の力を抜いて、用意されていたゾフィー帝国のクッキーに手を伸ばした。
以前に食べた時に気に入ったと見て、ユリウスが仕入れておくように指示したものだと聞かされると、抜け目なさに感心して礼を言う。
ふと、レスティオは、酒席の料理を少し皿に移しただけで料理に手を付けないままグラスを揺らしているクラディナに目を向けた。
「クラディナ。芋や卵料理に抵抗感があるなら、メレンゲクッキーから食べてみたらどうだ?」
「ぁ、すみません。酒席に慣れていなくて、少し緊張してしまっておりました。頂戴します」
クラディナは自分で取り分けるということにも慣れていない様子で、慎重にクッキーを皿に移した。
菓子なので、メレンゲクッキーは皇族の誰もまだ手を出していない一品だ。
「あら?」
「どうした?」
「いえ、口に入れたら、いつの間にか無くなってしまって」
戸惑いながら、確かめるようにもうひとつ口に運び、怪訝そうに首を傾げる。
「不思議だろ。卵の白身をしっかりと泡立てて焼くと、最初の食感はサクッとしているのに、気づけば口の中で溶けていくんだ」
「はい。不思議なお菓子です。これはきっとお茶会に用意したら喜ばれると思います。卵とは手に入りにくい食材なのでしょうか?」
「これまで遠征に出向いたコークやドナでは手に入ったが、今は村人の主食のように食べられているようだからな。まだ、卵を食べることが根付いていない地域で、養鶏を担っているところがあれば、そこから調達するのが良いと思う」
レスティオの言葉を受けて、クラディナの視線はロデリオへと向かった。
レナルドは、東部や西部から仕入れるのは間に合わないだろうからな、と他人事のようにオムレツを乗せたパンを頬張った。
セルヴィアとヴィアベルは視線を交わしながらクッキーに行くか迷って、まだ菓子には早いと思ったのか別の料理へと手を伸ばす。
「そうだな。距離と養鶏の規模を考慮すれば、ガナルあたりに探りを入れるのが早いだろうな。アグリスの方は農地や牧場と取引している商会への連絡がかなり手間だ」
ロデリオは天井を仰ぎ見て、芋の流通はどこだろうかと唸る。
その様子にリアージュは柔らかく笑んで、肩に手を置く。
「それは、明日一緒に考えましょう?」
「あぁ、そうでした」
笑い合う二人に似た者親子だとレスティオはグラスに口を付けて笑いを誤魔化す。
そして、リアージュがロデリオの方を向いたことで、その後頭部に飾られた花に気づいた。
「リアージュ。その髪飾りはユリウスからか?」
「あら、お気づきになりました?突然贈られて驚いたのだけど、魔力結晶細工というものをレスティオが提案したのでしょう?」
「素敵よね。ヴィアベルもレナルド兄様から貰っていて羨ましいわ」
気づけば、ヴィアベルの髪にも花の髪飾りが付けられていた。
リアージュの髪飾りに気づいて、レナルドがなんとか作り上げたらしい。
不特定多数の相手がいるセルヴィアは、もっと早く言ってくれれば練習させたのにと拗ねた表情を見せる。
しかし、妻に贈っている様子を見れば、レスティオから贈ると誤解の種になりかねない。
「今後、夫婦や婚約した相手に贈る風習が根付くかもしれませんね」
「クラディナも新しい婚約者を探さないといけないものね。贈ってくれるような相手だといいわね」
セルヴィアにかけられた言葉に、クラディナは曖昧に微笑み返した。
「一応、戴冠式にはヴァグナーも来るそうだから、縁談が無いとも限らないけどな」
「ラビ王国とのご縁はお兄様で十分だと聞いておりますよ」
兄妹でにらみ合う様子を見て、レスティオはユリウスの方へと耳を寄せた。
ラビ王国第三王子ヴァグナー・ベルヴァーグ・ラビは、クラディナの元婚約者。
聖女の一件で破談になったが、その際に、ロデリオとドレアの話が浮上していたことも一因としてあったという。
国同士の縁を繋ぐのは一組でいい。
「セルヴィア叔母様がこのまま婚姻されないのでしたら、私が西部の要人と縁を持つことも必要になるかもしれませんから、私にはお気遣い無く」
「その言葉は有難いけれど、ドレア様は今回いらっしゃらないのよね。私も一度お会いしてみたいのだけどねぇ」
「この話はもうやめましょう。レスティオがいるのだから、レスティオの話をするのがいいんじゃないですか」
逃げようとするロデリオの顔は耳まで赤くなっていて女性たちは楽しそうに笑っていた。
「レスティオは結婚は考えていないものね」
「この世界で結婚する意味がないからな。結婚というのは子供を作る契約みたいなものだろ?」
「子供を作る契約、ですか?それは子供を作ったら結婚という意味でしょうか。あるいは、結婚した相手と子供を作る、という意味ですか?」
セルヴィアが興味深そうに身を乗り出した。
「後者かな。俺の生まれた国では、子供を作るのに特別な処置が必要なんだが、それには夫婦の相性が重要になる。だから、好いた相手ではなく、子供を作れる相手と結婚して子を作るものなんだ」
「まぁ、恋愛どころか政略結婚ですらないということ?」
「結婚に関して言えばそうだな。子供を結婚させる前提で、相性が合うように子供を作るケースもあるけれど、手間も費用も掛かるから一般的ではないな」
ちなみに、レスティオは一度は相手が見つかったが、相手側の都合で破談になっている。
以来、レスティオのカスタムに合う女性は見つかっておらず、カスタム技術の進歩が望まれていた。
「まぁ、子供を作るためだけに夫婦になって、産んだ後は恋人と生涯を過ごすというのは珍しくないけどな」
「なるほど。レスティオにとって、結婚と言えばそういう理解だったんですね」
一度婚約者宣言をしたことがあるクラディナが頭を抱えた。
「私たちの世界では、別に結婚したからといって、子供を作らないといけないということはないのだけれどね。では、レスティオは、恋人はいたの?」
結婚せずに子供を産んでいるセルヴィアは、レスティオの世界における夫婦の認識に不思議そうに首を傾げた。
「こちらに来た時点では別れていたけれど、経験を言うなら、過去に交際したことのある女性は五、六人くらいかな」
「なら、子供を作っているという点を除けば、私とレスティオは似たようなものね」
セルヴィアの愛らしい笑顔にレスティオは頷く。
周囲の呆れ顔に、一応交際時期は重なっていないと弁明した。
「そういえば、レスティオはプレア様と同郷でしょう?あの方は、ドーベル家に嫁いで子供を残していますよね?」
ヴィアベルが解せないと言う表情で首を傾げる。
「作られたときにどれだけ処置が加えられたかによるんだ。プレアがどうだったかはわからないが、俺は今の技術で出来うる限りを尽くして作られた。だから、適合する相手を見つけることが特別困難になっているんだ」
「異世界の技術とは難しいものね。しかし、そのおかげで、我が国は実に優秀な聖騎士を迎えられたという考え方も出来るのか。聖なる血筋を残したところで、聖の魔術が使えるわけじゃないのだから、厄災対策や国益を思えば、やはり聖女より聖騎士の方が望まれる気がするな」
「ヴィアベル」
「っと、失礼」
セルヴィアに窘められて、ヴィアベルは口元に手を当てた。
一瞬、ヴィアベルの素が見えた気がして、レスティオは構わないのにと思いつつ、クラディナの方を窺う。
クラディナは、メレンゲクッキーで多少慣れたのか、オムレツを乗せたパンを頬張っていた。
「そういえば、クラディナの筆頭護衛魔術師はドーベル家の者だったか?」
クラディナの後ろに立っていた女性が、ぴしりと姿勢を正した。
「はい。ハイネル・ドーベルは、現当主であるヴェンジャミン・ドーベルの孫です」
「ドーベル家は、以前は聖騎士の存在に否定的だっただろう?面会依頼があったそうだが、今はどういう見解なのかな?」
空気が張り詰めた気配を感じつつ、クラディナはハイネルに発言を許した。
「聖騎士様が聖の魔術を用いて各地を癒していることは事実であり、女性ではなくとも、神聖なる儀式で召喚された聖なる方であることに変わりはないのだと考えを改めました。これまでのドーベル家の態度について謝罪の機会を頂きたく、面会を申し入れたと聞いております」
硬い声音でハイネルは答えた。
レスティオは、緊張した面持ちを見つめて少し考えた。
「知っていたらで構わないんだが、ひとつ、ハイネルに聞いてもいいか?」
「はい」
「ドーベルの家系図に、ヴィヴィアン・ドーベルという女性はいるかな」
「はい。大叔母様の名前です。以前に行われた召喚の儀式の生贄となりましたが、優秀な魔術師であったと聞いています」
「ふーん。そういうことか」
一人納得するレスティオに、皇族たちは訝しげな顔をする。
「何故、今その名前が出てきたのです?」
好奇心に耐えきれなくなったのはヴィアベルだった。
レスティオは笑顔で誤魔化して、酒を口に運ぶ。
「年代が合わないからプレア様の手記に名前が出てきたわけじゃないでしょう?」
「ドーベル家の話は終わりにしようか。ぁ、情報提供の礼と言ってはなんだけど、君の婚約者だったロゼアンは俺が後見人になることにしたから。もし、恋愛感情があったなら、両者合意を前提に婚姻は認めるよ」
「ぇ、……」
ハイネルは、口を開けて驚いた顔をしたまま固まった。
家同士の婚約だったなら、余計なお世話だっただろうかと思いつつ、次の話題へと移す。
ハイネルが混乱から立ち直ったのは、酒席の終盤だった。




