第80話 最後のモラトリアム
翌日。レスティオは屋敷にリンジーを連れ帰った。
リンジーを雇い入れることは、ヴィムからメノンに話してもらっている。
面談と屋敷の説明を任せて、レスティオは城下町へと出かけた。
城下町は以前よりも賑わっていた。
聞こえてくる会話には、聖騎士様、という言葉が良く出てくる。
「いらっしゃいませっ!」
服屋メルヴィユに入ると、明るい元気な声に迎えられた。
活発そうな雰囲気の女性がカウンターに立っている。
レスティオは会釈を返して、ジェオがデザインした服が並ぶ方へ足を向ける。
「今日はジェオは?」
「ジェオなら、今日は工房の方へ出掛けています」
「そっか」
服を見ていると、奥の方からティノと呼ぶ声がして、女性はカウンターの奥へと入っていった。
代わりに、中年の女性がカウンターに出てくる。
「あぁ、いらっしゃいませ。そちらの服がお好みですか?」
「えぇ」
「もしかして、良くジェオの服を買ってくれる方じゃないですか?確か、レティさん?」
頷くと、ジェオの母のエレナです、と笑顔で名乗り、カウンターの下から包みを取り出した。
「ジェオに、レティが来たら頼まれてた新作を見てもらってほしいって言われていたんです」
いつ来てもいいように新作を確保していたと説明されて有り難く受け取る。
「試着してみてもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
包みを開けてもらい、パーカーに袖を通す。
これからの季節に程よい薄い生地で作られていて、フードの大きさもゆったりしている。想像通りの文句ない仕上がりだった。
正装より薄い生地で作ってもらった襟付きの上着も、合わせる服を選ばずに着られそうだと満足して購入を決めた。
棚からも数着選んでカウンターに置く。
「これを頼む。ジェオに思った以上にいい仕上がりだったと伝えてもらえますか?」
「それはよかった。あの子の服を喜んで着てくれて嬉しいです。よろしければ、これからもどうぞよろしくお願いします」
精算を済ませて包んでもらった服を抱えて店を出ると、市場の方へ足を伸ばした。
多くの人手に賑わう中、聖の魔術で育った野菜だよと人を集めている一角があった。
次々と商品を買い求める客が集まっているのが気になり、そちらを覗くと貧相な野菜が並んでいた。
「この野菜はどこで採れたんだ?」
「あん?そんなん秘密だよ。聖の魔術が使われた街って知れたら野盗が集まってきかねないからな。買わねぇなら他所行け!他所!」
人相の悪い店員に睨まれて、レスティオは冷めた表情で店先を離れた。
明らかに謳い文句に偽り有りだが、それを証明するものはなにもない。
一方で、芋や卵を並べた店があったが、そちらには誰も寄り付いていなかった。
むしろ、そんなもの食べられるかと睨む者もいた。
「美味しいのに、勿体ないな」
「、ぁ、貴方は、」
店先に近づくと、レスティオの顔に覚えがあったようで、店主は名前を口にしようとした。
しかし、今はお忍びなので、唇の前に指を立てて黙らせた。
「例えば、調理済みの物を自分で食べて見せながら販売するとか、一口サイズに切り分けて試食を用意するとか。あとは、たくさん買ってくれた人にドレッシングをおまけに添えてみると、もう少し目を惹くんじゃないのかな?」
「は、はいっ!やってみますっ!」
自分の食事用に調理した物を用意していたようで、荷物の中から芋を取り出すと周囲を見ながらふたつに割って掲げてみせた。
「芋は馬の餌だけじゃなくて、人間が食べても美味しいよぉっ!こうして調理すれば皮を剥くだけで美味しく食べられますよっ!」
もごもごしながら、今試食用意しますと鍋を用意し始めた。
なにをやっているんだと周囲が訝しげな目で見ているのを横目にレスティオはその場を離れた。
次はどこに行ってみようかなと考えていると大きな紙袋を抱えたルミアの姿が見えた。
商店街なのに、服装は娼館できている服と大して変わらず、浮いて見える。
「ルミア」
「ぁ、レティ。久しぶりね。随分顔を見せなかったじゃない」
ルミアはレスティオに気づくと、すぐにムッとした表情で睨みつけながら近づいてきた。
「ちょっと仕事でね。買い出し?」
まだクアラを指名したことを怒っているんだろうかと思いつつ、荷物を預かる。
しかし、胸元の開いた衣装を見て、持たせていた方が良かったかと後悔した。
ルミアも周囲の視線には気づいているのか、肩にかけていたストールを胸元に寄せた。
「これから店にも寄ろうと思ってたんだ」
「クアラなら、もう客を取らないわよ」
「いや、別に彼女のことはもういいんだけど」
「指名しておいて、その言い方はないんじゃない?」
先ほどよりきつく睨まれた。
女性としてか、娼婦としてか、あるいはどちらもか。引っかかる言葉を使ってしまったようだとレスティオは唸った。
「彼女とは少し話をしたかっただけで、他の客が指名してするようなことはしてないよ」
「へぇ」
「信じてないな」
「信じないわよ」
ぷいっと顔を背けたルミアに少し面倒だと思いながら、ちょっと付き合ってと少し先を歩き始める。
ルミアの荷物を持っていることもあって、戸惑いながらもついてきてくれる。
「なんなのよ、もう。私、店に戻らないといけないんだけど」
「訳ありとは言え、ルミア以外の女性を指名したお詫びにちょっとしたプレゼント。客から贈り物されることはあるだろ?」
「ぇ、あぁ、うん、姉さんたちはもらったりしてるけど。私はそこまでの客は、まだ……」
じゃあ良かったと、レスティオが入った店は服屋メルヴィユだった。
カウンターにいたエレナはきょとんとして首を傾げる。
「さっき買っていったばかりなのに、どうしたんだい?」
「ちょっと、こちらの女性に贈り物を」
「こちらの、って……」
一目で娼婦とわかる衣装を纏ったルミアにエレナは戸惑いを見せる。
それに構わず、レスティオは荷物を預かってもらい、ジェオの作った服が並ぶ棚から女性物の服を選ぶ。
「ルミア。ワンピースとツーピース、どっちがいい?」
「ぇ、え?いや、私は、こういうドレスしか着ないんだけど」
「仕事以外の時くらい、こういう服を楽しむのもいいじゃないか。きっと、似合うよ。着てみない?」
戸惑いながらも、差し出された服を受け取ると試着室の中に入っていく。
何着か試着させるうちに、エレナも似合うわねと乗り気になり、あれこれと組み合わせを変えさせる。
すっかり着せ替え人形となったルミアも、褒められて嬉しくなったのか笑顔で試着室から出てくる。
「ねぇ、レティ、どれが一番似合う?」
「この組み合わせと、そこのワンピースかな。ルミアの好みは?」
「ワンピースかな」
「じゃあ、ワンピースを着せて帰るから、これとドレスを包んでおいてもらえるか?」
「はいはーい」
エレナはスリーピースで組み合わせた服とルミアが着ていたドレスを受け取ると、早速包む準備を始めた。
選んだワンピースを着て試着室を出てきたルミアは不安そうな顔でレスティオをみた。
「あの、この服なんだけど、やっぱり……」
「ちょっと後ろ向いてもらえるか?」
「後ろ?」
綺麗に整えられた黒く長い髪に指を入れて、軽く編み込むと魔力結晶で花の髪飾りを作って留めた。
「俺からのお詫び。まだ足りないかな?」
「ううん。有難う。なんか、私じゃないみたい」
鏡に映る自分を確かめて照れるように笑んだルミアに、レスティオも表情を緩めた。
「あぁ、レティ様。ここにおりましたか」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、ヴィムが笑顔で店に入ってきた。
明らかに娼婦を連れて歩いていたから、流石に外聞が悪いと思われたかと笑顔の裏を察する。
「今買い物を終えたところだよ。ヴィムは?」
「急遽、部屋を整えることになったのでどうなることかと思いましたが、何とか最低限の発注を終えてきたところです」
「あぁ、そうか。それはご苦労様。すまないが、少しだけ、待っていてもらえるかな」
レスティオは自分の荷物をヴィムに預けると、ルミアの服代を支払った。
「ルミア。悪いけど、そちらに寄れなくなった」
「ぁ、ううん。全然大丈夫、だけど……」
ヴィムの見定めるような目に気づいて、ルミアは視線を泳がせる。
「それで、悪いんだけど、本を二冊頼まれてもらえないか?ヴィアンナ聖王史と、キルスドンク式っていう本が棚にあったと思うんだ。今度、モルーナ経由で届けて貰えるかな」
「ぇっと、ヴィアンナ聖王史とキルスドンク式、ね。わかった、探してみる」
突然の注文に驚きながら、ルミアは頷いて応えた。
「おや、そちらのお嬢さんは図書館の司書の方ですか?」
「そのようなものだよ。用は済んだから、今日はもう屋敷に戻る」
書部屋を図書館と同じような場所と考えれば嘘ではない。
ヴィムは呆れた顔で嘘を呑み込むように頷いた。
店の外に出ると、荷物を抱えたネルヴィとエヴァルトがいた。
聞けば、買い物中に巡回していた同僚と会い、立ち話をする中で、レスティオらしき人物が娼婦を連れて歩いてたと教えてもらったという。
丁度近くで買い物をしていたヴィムにそのことを伝えると、戴冠式前に醜聞が広まっては良くないと目を光らせた。
その場は黙っておくように頼めたが、他に誰に見られていて、誰に咎められるかわからないため、急ぎ探していたという。
「そういうことだったか」
「娼婦にしては清楚に見えましたけどね」
「それは、服を贈られたからこそでしょう。化粧を見ればただの町娘でないことはわかります」
咎めるようなヴィムの声にレスティオはため息をついた。
「モルーナに情報収集をするならいい場所があると紹介されて知り合っただけだよ。本のやりとりをするくらいだから、俺にとっては司書のような女性だ」
「物は言いようですね」
「言っておくが、俺は彼女や皇族の女性のような華のあるタイプは好かないからな。飾れば映えるが普段は地味くらいが落ち着く」
「それは存じ上げませんでした。探しておきましょうか」
「この世界にいる限り、むしろ扱いに困るから探さなくていい」
左様ですかとようやく笑いが混じった声音になって、ひとまず安堵した。
「ネルヴィとエヴァルトは休暇だったんだろ。悪かったな」
「全然大丈夫ですよ。そうだ、慰労なんですけど、隊長たちに言われて、昨日食堂で盛大にやりました。今日はこの後酒場に集まる予定なんですけど、ご一緒しますか?」
「遠慮しておくよ。それこそ騒ぎになって慰労にならなくなりそうだ」
ネルヴィとエヴァルトに付き添われて、屋敷に戻る。
付き合わせたお詫びにメノンが作っていたメレンゲクッキーを渡して、見送った。
二人の背中を眺めながら、今晩はリンジーの歓迎会を兼ねて夕食の席を盛り上げようと決める。




