第78話 取り乱す皇女たち
ロデリオの側仕えの一人、フォルツ・バッセに案内されるまま付いていく。
各国の使節団が宿泊しているエリアや移動を認めているエリアを避けているので、いつもより遠回りで皇族の居住エリアに向かっていた。
現時点で専属の護衛が不在なので、フォルツと共にロデリオの護衛魔術師であるベイルート・プラハが同行している。
二人とも真面目な顔で黙々と歩いているので、レスティオも何も言わない。
そもそも、城内に他国の人間がいる状況では、廊下で下手な会話は出来ない。
「レスティオ様をお連れ致しました」
案内された部屋の前には皇族の護衛や側仕えがずらりと並んでいた。
筆頭の姿もあるので、あえて側近を排して皇族たちが中に集っているのだとわかる。
ローレンスが扉をノックしてから、ゆっくりと開けて、レスティオを中へと促す。
フォルツとベイルートが待機する側近たちの列に加わったのを横目で確認して、レスティオは中へ足を踏み入れた。
「よく来てくれた、レスティオ。疲れているところ、呼び立ててすまなかったな」
ユリウスが振り返って、ねぎらいの言葉を掛けてくる。
華やかな家具を見て、女性の部屋だと一目でわかった。
皇族が勢ぞろいし、開かれた天蓋の前に立っていた。
「いや、馬車に揺られていただけだからな。気遣いは無用だ」
レスティオは皇族たちを見渡し、クラディナの姿が見えないことを確認した。
そして、皇族たちの後ろに、天蓋の中の寝台にしがみつくミルネアの姿を見て顔をしかめる。
「用件をお伺いしても?」
「あぁ、こちらへ」
表情を繕って前に進むと、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたミルネアと、寝台に横たわるクラディナの姿が見えた。
クラディナは顔を含め頭と腕が包帯でぐるぐる巻きにされていた。髪も一部焼けて縮れている。
「呼ばれた理由は理解したが、なにがあったんだ?」
「早く、お姉様を治してっ!」
レスティオがユリウスに問いかけると、ミルネアが泣きながら叫んだ。
ロデリオが名前を呼んで窘めると、一層声を上げて泣き始める。
大人たちは困ったものだとため息をつくだけ。
レスティオはその様子を見て、目を細めた。
「お姉さまを治してぇ」
「貴女は私に聖オリヴィエール帝国の第二皇女であると名乗った。ならば、皇女として振る舞いなさい」
「ひっ、なんで怒るのぉ……お父様ぁ!」
ミルネアはレスティオの前から逃げる様にユリウスの後ろに隠れた。
ユリウスの衣装が汚れるのも構わず顔をこすりつける様子に、レスティオは再び顔をしかめた。
そのまま縋り付いて泣き止まず、離れる気配がない。
「皇族として振る舞えない者に皇女を名乗らせるのはどうかと思うぞ、ユリウス」
「いや、今は、クラディナがこのような状態で、心配で堪らないのだろう」
子供なんてこんなものだと言い、クラディナの状況を話し始めようとするユリウスを前に、レスティオは深くため息をつく。
先日、いつまでも子供と甘やかしていられない。と言ったばかりじゃないかと呆れる。
「家族団欒に水を差すつもりはない。私は下がらせてもらう」
「待て、レスティオ。用件はまだ、」
「皇女として相応の振る舞いを身に着けさせるつもりがないならば、皇族以外の前に出さないことだ。程度が知れるぞ」
踵を返して扉へ向かう。
ミルネアの甲高い泣き声が一層響き渡った。
「レスティオ。場所を変えて話そう」
出ていくのを引き留めたのはロデリオだった。
ロデリオも泣き声に顔をしかめている。
「ユリウス。一度だけチャンスを与える。何もなかったことにして、五分待ってやろう」
ロデリオと共に部屋を出ると、控えていた側近たちは聞こえてくる泣き声に驚いた様子で振り返ったが、すぐに表情を繕った。
「俺の部屋に来い」
肩に手が置かれ、私室へと促される。
連絡役にフォルツを残し、ロデリオの側近たちも揃って移動する。
短い時間のつもりなので、お茶の準備は辞退して、椅子に腰を下ろした。
「不快にさせてすまない。ミルネアの躾がなっていないのは、皇室の落ち度だ」
「それはそうだろうな。皇族ともあろう者が、身内しかいないならばいざ知らず、国賓扱いの俺の前であのように取り乱してはいけないだろう」
「礼儀作法の教育が始まるのは大体十歳ごろだ。あいつは九歳で魔力を発現して西部に渡っているから、まだちゃんと教育出来ていないんだ」
「食事のマナーもなっていなかったし、挨拶も一人では出来ないだろう。教育がなっていない者に皇族を名乗らせている時点で、聖オリヴィエール帝国の格の低さが知れるものだ」
そこまで言うか、とロデリオは腕を組み唸る。
レスティオは懐中時計を取り出して時間を確認する。
ミルネアの教育不足についてはユリウスと既に話しているので、ロデリオと話し込むつもりはない。
「五分でどうにかなると思うか?」
「魔術で顔の汚れを整えて、隅で大人しく立っているくらいは躾けられるだろう。出来ないなら出来ないなりに、なにもさせないことだ」
「それを今すぐ伝えに行きたいが、それでは意味がないんだろうな」
ロデリオは頭を掻いて天井を仰ぎ見た。
いつになくだらしない姿にレスティオは首を傾げる。
「随分疲れているようだな。戴冠式の準備か?」
「あぁ、忙しいったらない。クラディナが担っていた分も全部俺と母上で対応しているんだ。忙しいに決まっているだろう。それもこれも、お前が面倒な案件を持ち込んだ所為もあるんだからな」
「はて。ハイリの件か?それ以外には、リンジーかな。そんなに難解な案件だったか?」
事前に帝都に早馬を出したと聞かされたのは、その二点だったはず。
しかし、ロデリオの口からは、刑罰の見直しや特別待遇制度の試行、戴冠式の衣装の話まで出てきてレスティオは目を瞬かせる。
「もうそこまで伝わっていたのか。刑罰の件は資料をマルクに渡して俺の手から離れているし、特別待遇制度については帰路でマルクと皇族を交えて議論したから、それをもとにこれから詰めていくところだな。衣装の件は、別に何度も着る物じゃないだろうから耐えられないことはないのだけど」
「今晩にでもゆっくり話を聞かせろ。酒席を用意してやる」
「それは有難く受けるが、今は酒席の料理に出せるのはスコーンくらいかな。屋敷に帰る暇があれば、唐揚げやポテトチップも用意しようと思うけれど」
「それらはまた今度用意してくれ」
とは言いつつ、スコーンとはなにか興味津々な様子で尋ねられ、添え物にクリームチーズを用意するからジャムや蜜を用意してくれと頼む。
酒にはエルドナか果実酒をリクエストしていると、ドアがノックされて、とうに十分以上時間が過ぎていることに気づいた。
「さて、呼びに来たということはちゃんと躾けられているかな」
「あまり期待してやるな」
席を立ちながら、ロデリオはアズルにルカリオへ予定を伝えて置くように指示する。
スコーンも残り少ないので、二人だけの酒席にしようと打ち合わせて、扉の前で表情を繕ってからローレンスに開けてもらう。
「レスティオ様。先程はお見苦しいところをお見せして、申し訳ございませんでした」
ミルネアはまだ涙が残っている声をしながら頭を下げて、レスティオを迎えた。
挨拶を終えると、部屋の中に控えていた侍女の隣に移動し、涙をこらえる様に硬く唇を結ぶ。
「及第点かな。それで、これは一体何事だ?ユリウスより、留守を預かっていたリアージュ陛下に聞くべきかな?」
「はい。ご説明させていただきます。先日、大陸会議場より手紙を受け取り、我々はハイリ・オリヴィエールがコルレアン王国へ渡ったことを知りました。その旨をクラディナに伝え、部屋の整理を任せたところ、亡き実母を想い、感情が抑えられなくなったようです。それで、誤って火の魔術を自らの身に浴びてしまい、このような姿に。どうか、彼女に聖騎士様のご慈悲を頂けないでしょうか」
リアージュが淑やかに頭を下げると、他の皇族たちも頭を下げた。
「焼けた髪がどこまで戻るかはわかりませんが、やれることはやってみましょう」
「有難う御座います」
クラディナの上に手を翳して、詠唱を唱える。
魔力が抜けていく感覚から寝間着や布団の下で見えないところも相当火傷を負っているのだと察する。
ぴくりとクラディナの指が動いて、ゆっくりと瞼が開いた。
「髪は戻らなかったか。クラディナ殿下、具合はいかがですか?」
「っ、ぁ、わ、わたっ」
レスティオの顔を見ると、クラディナは青ざめて飛び起きた。
怯える様に身を引かれて、レスティオは思わずため息をつく。
なるべく優しく声を掛けたつもりだったが、クラディナは皇族に囲まれている状況に混乱している様子だった。
「クラディナ。レスティオ様は貴方の火傷を治してくださったのですよ。まずは御礼をなさい」
「ぇ、あ、で、でも……」
「目覚めたばかりで異性が側にいれば、気が動転するのも仕方ありません。家族ではない私が寝台の傍に長居しては外聞がよろしくないでしょうから、私は先に下がらせて頂きます」
プレアの手記を思い出せば、寝起きに異性が隣にいるということは、気が動転して思わず窓から突き飛ばすほど衝撃を受ける者もいる事態。
面倒ごとに巻き込まれる前に出て行こうと、レスティオはクラディナの部屋を出た。
「レスティオ。打合せしておきたいことがあるから、こちらへ」
廊下に出たところでロデリオに再び肩を掴まれ、レスティオは従った。
クラディナとミルネアを除く皇族たちと共に会議室へと移動する。
「まずは、クラディナに癒しを与えてくれたことに感謝する」
ユリウスが代表して礼を告げる。
「そして、クラディナとミルネアの無礼な振る舞いを謝罪する。すまなかった」
揃って頭を下げられて、レスティオはため息をついた。
最もレスティオとの関係性が薄いリアージュの表情は、他の皇族よりひときわ強張って見える。
「彼女たちの振る舞いについて怒る気はないよ。クラディナは目覚めたばかりだったし、ミルネアの教育がそもそも始まっていないということはロデリオから聞いた」
理解を示せばユリウスは安堵した様子で顔を上げた。
「あの短時間でよく躾けたと思う。だが、やはり、皇女を名乗るならばあの振る舞いはいけないだろう。逆に言えば、あの程度の振る舞いしかできない者に、皇女を名乗らせている事実に疑問を感じざる得ない」
「皇女といえど子供。子供といえど皇女。今後は教育が必要というのは勿論私も理解はしている」
「その割に、単純にお前の娘として扱われているようにしか見えないけどな。民を思えば、血筋だけで容易く名乗れる肩書きではないだろうに」
「民を思えば、か」
ユリウスは悩ましそうに唸った。
「レスティオもそうして育てられてきた、というわけか」
レスティオはこぼれた言葉に目を細めた。
皇族としての在り方は知らない者が口を挟むことに対する異議か。以前、話したことを思い返しての言葉か。
「俺が子供の頃は、祖父の後継者を名乗るにふさわしいと認められるまで、屋敷を出ることも許されず、毎日娯楽もなく朝から晩まで教育を受け続けていた。教育のなっていない者を後継者と呼ぶことは、祖父が築いた権威を貶めかねないからだ。言葉遣いや礼儀作法の細かなところまで、隙なく振る舞えて初めて、他者に後継者として紹介され、名乗ることを許された」
隙があれば、優位を狙う者たちに付け入られ、貶められる。
そして、レスティオの隙は、祖父の隙になる。
この場に置き換えれば、皇女であるミルネアの隙は皇族全体の隙になる。
「ミルネアのあの姿を晒せば、オリヴィエール帝国の皇族は教育もまともに出来ないのかと低く見られ、影で笑われることになるだろう。品位を上げるのも、維持するのも一苦労だが、落ちる時は一瞬の小さな隙で十分だ。皇族としての誇りがあるならば、その誇りに見合わない者に皇族は名乗らせるべきではない。の、ではないかと思う」
「お考えはわかりました」
レスティオの言葉に応じたのは、ユリウスではなくリアージュだった。
「私も皇室に入る以前には、一文官に過ぎない私は皇族にふさわしくないと迷うことが多くありました。それでも、ふさわしくなればいいのだと決心し、今こうして第一皇妃としてこの場にいます。ロデリオには、皇族としての意識を強く持つよう教育もしてまいりました」
リアージュの目には力強いものがある。
思えば、最初に顔を合わせた会食の場では、リアージュとロデリオだけは見定めるような眼差しを向けてきていた。
「故人を悪く言うわけではありませんが、血筋だけでは国を支えることは出来ません。クラディナとミルネアには、皇女としてふさわしくなるよう、教育を見直しましょう。よろしいですね、陛下」
「ぁ、あぁ」
「彼女たちが聖オリヴィエール帝国の皇女を名乗るにふさわしいと、ここに集う皇族全員が認めなければ、戴冠式には参列させません。そして、以降、認めなく皇女を名乗ることを禁じます」
宣言すると、リアージュはレナルドとヴィアベルを振り返った。
「申し訳ないのだけど、それまで、二、三人ほど公務の人手を貸してくれるかしら」
「承知した。誰を帝都に遣わせるかは、帰ってから、ユアンとも話をさせてくれ」
「勿論です。帝都にいらっしゃれば聖騎士様と交流の場にもなりましょう。人選は慎重になりますよね」
笑顔で頼まれたレナルドは、どこか恐怖を感じているような笑顔で応じた。
セルヴィアは婚姻していない為、子供はいるが、その子たちは皇族としては数えられない。だが、真剣な表情で扇をたたむと、リアージュに向き直った。
「これから聖騎士様に関わる制度の検討が進んでいくのですよね?公務の手伝いを任せられる者を何人かこちらに遣わせてもよろしいかしら」
「勿論でございます。西部の使者ということでしたら、こちらで滞在の準備は整えましょう」
「そうか、そこに関われる者か。ユアンに早馬を出しておいた方がよさそうだな」
周囲に立つ側近たちも目線で合図を送り合い、緊張した様子が見られる。
レスティオは状況が落ち着くのを待ち、ユリウスに笑みを向けた。
「頼もしいことだな」
「えぇ、本当に」
笑みを交わして頷き合うと、ユリウスは咳払いで場を仕切り直す。
「リアージュ。クラディナとミルネアの件については、後ほど詳細を話そう。まずは、レスティオ様に関わることを済ませなければ」
「そうですね。では、私のほうからレスティオ様に何点か確認を」
リアージュは笑みをレスティオに向けると、控えていた秘書から手帳を受け取った。
「まず、戴冠式の衣装について、調整をさせていただきたく仕立て屋を招く予定ですが、ご都合はいかがでしょうか」
「いつでも問題ないよ。戴冠式前に屋敷に戻る時間は欲しいけれど」
「かしこまりました。では、早速ですが、仕立て屋が到着次第御声掛けさせていただきます。次に、レスティオ様が屋敷への雇い入れを希望されていたリンジー・マクネアーについては、皇室付きの側仕えとして預からせて頂いておりました。屋敷にお戻りになる際に、お連れください。それと、既にマルクから聞いているでしょうが、戴冠式の後にはレスティオ様のお顔を民が知るところとなります。屋敷の用事はなるべく戴冠式の前にお済ませ頂き、戴冠式後、当面は帰宅をお控え下さい」
その他、戴冠式における式次第は数日中の内に連絡されることや、側近の選定の流れなどが確認された。
戴冠式期間中の謁見や酒席、パーティなどの対応については、政治的な面も踏まえて皇室に判断を委ねることになる。
大陸会議でこそ受け入れられたが、ここからまた女性ではないことに口を出してくる者がいないとも限らない。
そのようなことも踏まえて、リアージュは慎重に判断したいと話す。
「それから、事前にご連絡いただいていた、刑罰の見直しや特別待遇制度については、戴冠式の方が落ち着いてから議論をさせて頂ければと存じます」
「特別待遇制度については、特待生候補による試行を始めることにしている。詳細は、後ほど共有しよう」
「あら、そうでしたか。では、なるべく早く陛下との時間を調整致しますね」
情報の共有だけならば、ユリウスとリアージュの二人で十分。
皇族内で打合せする内容もあるとのことで、レスティオは一足先に退室を促された。
「あぁ、レスティオ。酒席については、追って日程を調整させてくれ」
「そうだな。明日明後日あたりは屋敷に向かおうと思うから、朝の内に連絡を貰えれば料理を用意させてもらうよ」
「それなら、俺も参加したいから料理は大目に頼む」
「レナルド」
ヴィアベルが窘めるが、レナルドは悪びれず笑う。
気安い雰囲気を訝しむリアージュに苦笑しながら、レスティオは会議室を出た。




