第76話 賛辞と苦言
ネルヴィとユハニが復帰すると、セバンとキルアはジャケットを二人に返した。
しかし、聖騎士護衛部隊の人員不足は問題視されていたことだったので、臨時の護衛部隊はそのまま帝都に到着するまで引き続き配置されることになった。
「早速だけど、皇族の皆様から話があるそうだから、一緒に行こうか」
ジャケットを纏い筆頭護衛騎士として気を引き締め直したネルヴィに対して、レスティオは笑顔で告げた。
ロゼアンとユハニを手招いて、共に皇族用の天幕へと移動する。
朝食の時間を終えて、周囲は出発準備が始まっている。
この謁見を終われば、すぐにも出発になることが想定されるので、ヴィム達には準備を進める様に指示するのを忘れない。
「おはようございます。私の護衛騎士たちをお連れしました」
今回は皇族の招きを受けて、という体なので、ユリウスを中心に皇族が並んで座っている。
レスティオは、ネルヴィたちを前に促し、横にずれる。
皇族の前に跪く動きを横目で確認して、きちんと振る舞えていることを確認する。
「御招きに与かり参上致しました。帝国軍騎士団ジンガーグ隊所属、聖騎士護衛部隊隊長ネルヴィ・ボートムでございます」
「うむ。魔力中毒により伏せていたと聞いているが、身体の方は問題ないか?」
「はっ!お気遣いを賜り、恐縮でございます」
「ネルヴィ。顔をあげなさい」
頭を下げたまま応じていたネルヴィに、顔を上げるよう声を掛けたのはセルヴィアだった。
愛らしいものを見るように目元を緩めている。
「あら、凛々しいこと」
扇を広げて、ふふっと小さく笑う。
「後ろの二人にも名前を聞かせてもらおうかしら」
セルヴィアに促されて、ユハニから名前を名乗る。
本来の序列通りの応対に、レスティオは自分の中の基準とこの世界の基準を区別して考えなければならないなと改めて思う。
「私は西部派遣団と共に大陸会議派遣団に合流致しました。つまり、貴方がたに救われた者の一人です。ネルヴィ、ユハニ、ロゼアン。西部派遣団の皆を救うため、力を尽くしてくれて有難うございます。時に、ネルヴィは飛来する魔物をたった2回の攻撃で殲滅したとか。実に優秀ですね」
「レスティオ様の剣魔術のご指導と、後ろにいるロゼアン・ダイナとユハニ・リトラの援護あってこそのことです」
「あら、可愛らしいこと。自分の功績だと誇ればよいのに。正直なのね。初心な子は嫌いじゃないわ」
ネルヴィが表情の作り方に困っているのをみて、セルヴィアはなおも笑みを深める。
「心からの感謝を込めて、貴方たちには迎年祭にて褒賞を贈ることを約束します」
「ぇ、わ、私たちは、大陸会議期間中だけの護衛部隊です。勿体なき事です」
「あら、所属が変わろうと貴方たちに救われた事実は変わりません。個人に宛てて贈りますから、それまで必ず生きて受け取ってくださいな」
「……光栄です」
頭が真っ白になったな、と察してヴェールの下で苦笑する。
これ以上は、復帰したばかりのネルヴィには荷が重たいだろうとユリウスに顔を向ける。
「ネルヴィ。私も、妹と娘、そして西部派遣団を守ってくれたことに感謝している。貴公らの今後の成長と活躍には大いに期待させてもらおう。励むといい」
「はっ!ご期待に沿えるよう、誠心誠意努めてまいります」
下がるように促されてネルヴィの視線がレスティオへと向いた。
立ち上がるように手で指示をして、レスティオも皇族たちへと向き直る。
「我が護衛騎士たちに賛辞を賜りまして、有難う御座います」
「レスティオ。今日は久しぶりに馬車を共にしよう。私の馬車へ招いてよいかな?」
「喜んで。では、この場は失礼させていただきます」
天幕を出ると、ネルヴィに気を引き締め直せと注意する。
振る舞いについては言わずとも、後でロゼアンから指摘があるだろう。
「いや、だって、迎年祭ですよ。そんなところで、褒賞なんて、恐れ多いにもほどがあるといいますか」
「迎年祭、というのは、そんなに大きな行事なのか?」
以前に講義の中で名前は聞いた覚えがある。
しかし、年末年始に行われる祭りという以上に、どのようなものなのか把握していない。
「12月31日から1月1日の年の変わり目に行われるお祭りです。騎士団は城下町の警備に付くことがほとんどですけど、偉い人たちは城に集まるみたいです」
ネルヴィの話からは詳細がわからなかったので、ロゼアンとユハニを振り返る。
ユハニはネルヴィの説明以上のことを説明できないと首を横に振ったが、ロゼアンは自分が説明すると姿勢を正した。
「世界各国各地で同時に行われるもので、1年を振り返り、1年の訪れを祝うものです。ですので、その年の功労者を讃えたり、来年の抱負などを語らって過ごします。城下町では出店が多く出て、広場に集まる者が多いですが、恐らくレスティオ様は城内のパーティホールでの参加になると思います。私も警備から外れた年には参加していましたが、城では皇族の方からの褒賞授与や、ダンス、演奏会などが行われます」
これまでに見た資料の中にも出てこない程度のものだろうと思いきや、そんなことはなかった。
城の中ではどのようなことが行われているのか、知っているのは招待された者だけ。
ロゼアンの説明に、ネルヴィとユハニはそういうことをやっているんだと、他人事のように受け止める。
「言っておくが、褒賞を受けるということは、それまでに式典用のジャケットを用意しておかないといけないぞ。それに、婚約者や妻を同伴させていなければ、褒賞を受け取った者には令嬢たちが集まるから、ダンスも覚悟しておいたほうがいい」
勘当されているロゼアンも他人事ではないが、ダンス経験があるだけまだいい。
褒賞は欲しいけど、迎年祭は今から気が重いと言うネルヴィにレスティオは笑う。
「しかし、褒賞か。それはもしかして、俺もなにか用意するものなのかな」
「褒賞は、記念メダルと金貨の贈呈だったはずです。言えば皇室で準備されると思いますが、今回の功績はセルヴィア殿下から褒賞を頂けるとなると、俺たちは更なる功績を挙げなければ、レスティオ様から頂く対象にはなれないでしょうね」
馬車に戻ると、ヴィムにユリウスの馬車に招かれたことを告げて、迎えを待った。
ユリウスの馬車に入ると、二人きりだった。
てっきり他の皇族も一緒だと思っていただけに拍子抜けした。
「レナルドたちも一緒だと思っていたよ」
「あぁ、あいつらも一緒に乗るつもりだったようだが、後にしろと追いやった」
雑な発言に首を傾げる。
ユリウスの顔色にはわかりやすく疲れが見えた。
「ミルネアの世話が大変か」
深々と頷きが返ってきた。
朝食を共にしてから、今日に至るまで皇族から声が掛かることはなかった。
予定していた会議は、ユリウスがミルネアのフォローに当たるため見送りになり、マルクやレナルドたちは各国の使節団との外交に励んでいた。
「先日の朝食の席では、本当にすまなかった。あの後、ミルネアを先に馬車に戻して、食事は全て頂いた」
「無理をしなくてもいいのに」
「無理などしていない。ミルネアが残した分の食事も、上位の側近連中がこぞって食べたがったくらいだ」
側近たちは城の料理人の食事を食べることになっていたが、着実にレスティオのレシピは広まっている。
「我々は会食の料理に味があれば毒と思え、と教育されている。だからこそ、最初こそ戸惑う。だが、レスティオが用意した料理と思えば、安心して食べられる」
大人たちは、酒席の料理で味がある食事を知っている。それも、レスティオの料理を受け入れられた理由のひとつ。
だが、酒を嗜まない子供は、食事に味は無い物だと教わり、それが唯一正しいと思っている。
「本当はもっと早く弁解の機会を、と思っていたんだが、ミルネアは食事を警戒する態度を直さないし、レスティオは最近馬車に一人でこもっていただろう」
「あぁ。ちょっとな」
暇な時間を過ごしていたが、ナルークに朝食を作ってもらってから、思い立って馬車の中で油作りに専念していた。
ヴィムにはなにをするのか告げずに材料だけを出してもらい、出来た物は箱に入れて保管を頼んでいたので、怪訝そうに見られていたがレスティオは満足している。
「ちょっと、なんだ?」
「料理の仕込みだよ。戴冠式の前に屋敷に戻れたら色々作ってみようと思ってるんだ」
ユリウスは目を輝かせかけたが、すぐに感情を押し殺すように唇を結んだ。
「俺の料理が気に入っているなら、帝都に帰ってから酒席を用意しようか」
「是非っ!」
「ユリウスの都合と合えばいいんだけれどな」
「そこは合わせる努力をしよう。今度はどんな料理が出て来るのか楽しみだ」
酒席に参加する気満々のユリウスにレスティオは小さく笑った。
その様子をみて、ユリウスも笑みを浮かべる。
「そういえば、護衛騎士を増やしたそうだな。もし、それで落ち着かないようなら、戻しても構わないぞ」
「ん?」
「ネルヴィが伏せてからか、ミルネアが落ち込んでからかはわからないが、道中も夜も馬車に籠もる時間が増えているだろう。なにか気になることがあるなら、言ってくれ」
手を伸ばして頭を撫でたユリウスにレスティオはきょとんとした。
ミルネアだけでなく、レスティオの動向も気にかけていたのだと理解して、肩をすくめた。
「ヴィムやネルヴィたちに無理をさせていたことを理解したから、護衛部隊の編制は今のままでいかせてくれ。ミルネアに関しては、折角俺が無理を言って用意してもらった朝食だったのに台無しにされた苛立ちが強いかな」
「それは本当に申し訳なく思っている」
「当面、互いの為にもミルネアと食事を共にすることは遠慮したい」
皇族が揃って食事を取るならば、帝都に帰還するまでレスティオと食事を共にすることはなくなる。
ユリウスは悩ましい表情をしながらも、致し方ないと頷いた。
「母親が死んで不安定になっているというだけなら理解はするが、食の理解の違いはどうしようもあるまい」
「そうだな。不安定という面もあるだろうが、今は長らく離れていたこともあって、甘えたい気持ちが強いように感じる。それらを踏まえると、レスティオの前に出すには時期尚早だったな」
まるで婚姻当初のハイリのようだとついたため息は深かった。
「帝都に着くまでは甘やかしてやるのもよいかと思っているんだが、そろそろ、レスティオとの打ち合わせも再開したいからな」
「それは本当に頼みたいものだな。特別待遇制度はなるべく早く試行でもいいから取り掛かりたいんだ」
「昼食後にでも、ミルネアを寝かせてやればなんとかなるか。こちらで調整次第、連絡する」
寝かせてやる、という言葉に引っかかりを覚えながらもレスティオは頷いた。
過去に軍の部隊合同で開催した家族連れのバーベキューでは、湖で遊び、たくさん食べた子供たちは午後には揃って昼寝していた。
この世界でも、子供とはそういうものなのだろうと納得する。
「しかし、いつまでも子供と甘やかしていられないのも事実だ。良ければ、今後は遠慮なく指摘して欲しい」
「その前にそちらで教育を徹底してくれ」
ユリウスは厳しい表情で頷いた。




