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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖騎士召喚編
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第75話 異なる食文化


 気づくと、宿舎の机でパソコンに向かっていた。

 両脇には論文のデータが映し出された端末や書籍が積まれている。


(そうだ、お祖父様に送る事業企画書を作ってたんだ)


 キーボードに指を滑らせながら、思考がまとまらず、何度も文章を書いては消す。


「レスティオ。今日はもう休んだらどうです?」

「あぁ、ごめん。もう少しやりたいから、仕切り出すよ」

「そうじゃなくて、任務から帰ったばかりで働きすぎですよ」


 適当に返事をしていたが、ふと、声の主を振り返ると、後輩のクロード・ブレイクが呆れた顔をしていた。

 ノンカスタム故にレスティオより年相応に大人っぽく整った容貌は、年下なのに並べば兄のようだと周囲に揶揄される。

 本人は容姿の所為だと言うが、母親のように気を配る性格も理由だ。


「朝早く起きてやった方が効率良いですよ」

「けど、」

「明日の朝食にハニーミルクトーストでも作りましょうか。好きでしょ?我が家のモーニングセット」


 ずっと呆れ顔だった表情に、不意にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。

 カレンダーを見ると、明日は休日。つまり、宿舎の食堂が休みなので、食事は各自用意する日だ。


「材料、用意してくれてんの?」

「どうせ、任務で疲れて帰ってくると思ってたんで。御礼は、騎兵隊に俺を推薦してくれたらそれでいいですよ」


 騎兵隊の入隊は、筆記試験、実技試験、面接の結果を踏まえて、隊長たちが自分の隊へ配属させる者を選ぶ。

 どの隊長の目にも留まらなかった時点で、合格はない。

 クロードには、成績は優秀だが、ノンカスタムというハンデがある。だからこそ、こうして先輩たちに顔を売って、恩を売ることで、隊長に推薦してもらえるように常に努力している。

 勿論、レスティオは既に隊長にクロードを推薦している。オズヴァルド隊の先輩たちも好意的なので、クロードの入隊の可能性は高い。

 ふと、クロードは同じ部隊の所属のはずだから、これは過去の夢を見ているのかと思い至る。


「じゃあ、食べたい」

「なら、今日は早く休みましょう。ほら、頭を働かせるには糖分も大事でしょ」


 この後輩は気遣い上手だ。

 レスティオは机の上を片付けて、布団の中に入ったクロードの頭を撫でまわした。


「ちょっとっ」

「クロードはいい子だなと思って」

「はいはい。こんないい後輩中々いませんよ」


 レスティオは笑いながらベッドに入った。

 おやすみと声を掛け合って、部屋の電気を消す。


「君は変わったよね」


 不意に部屋の暗闇が夕日の色に染まった。

 夢の中の夢。

 クロードの料理を食べ損ねたのかと思いながら顔を上げれば、夕日が差し込む窓際に赤い人影があった。


「レディ・レッド……」

「おや?言われたくないことだったかな?」


 彼は赤いドレスを翻して振り返る。

 幼い少女のような顔立ちに、真っ赤な瞳が印象的に見える。

 同時に、さらさらの真っ赤な髪に夕日の色が混ざって、目に痛い。


「けど、僕は今の君の方が好きだよ。だって、今の君は人間らしいもの。無邪気に遊んだり、誰かに愛を求めたり、理不尽に怒ったり、孤独に寂しくなったり。そんな人らしい感情は教えられなかったはずなのにね」


 これは記憶の中の光景だと思い出す。

 軍で功績を挙げ続ける中、レドランドの名前を使って呼び出された。

 家に呼び戻されるのかと慌てたものの、呼び出された先にいたのは従兄弟である彼だけだった。


「用件は?」

「レスティオ。君は、レドランド家の人間である限り、世界発展と平和を繋ぐ使命からは逃れられない。今が、その為に必要な時間なのか、僕にはわからない」

「それは、忠告?」

「そんな大層なものじゃないよ。ただ、機が熟す日は、君が思っている以上に近いと思う。くれぐれも後悔をしないようにしたまえ」

 

 困ったような微笑みを浮かべて小首を傾げる姿は実に愛らしい。


「そんなわけで、欠陥品の僕にも出来ることがあるなら、なんでも頼ってくれよ。さぁ、食事にしようか。今日のシェフは、君のお気に入りに頼んだんだ」

 

 ダイニングに向かおうと歩き出す。

 レスティオは、何気なく彼が髪を耳にかける仕草を目で追った。

 赤しか纏わない彼の耳に光る青いピアスを見つけて、あの時、彼はそのピアスをなんと説明したんだっけ、と考えている内に夢は暗転した。



 



 朝六時。

 目を覚ましたレスティオは、すぐさま夢を思い返す。

 起き上がって、油断すれば忘れてしまう夢の内容を手記の1ページに書き出す。


「レディ・レッド……か」

 

 彼は不思議な人だったと思い返す。

 カスタムが上手く適合せず、欠陥品として後継者候補から早々に外されたが、レディ・レッドを名乗り、裏で暗躍していた。

 ペンを回して、手記に記した『青いピアス』に目を留める。

 

「青、ねぇ」


 考えても答えのないことだが、どうしても気になってしまう。

 きっと、無意識の中では、なにかを感じているのだろうと思うが、記憶も思考も紐づかない。

 当時は覚えておく事でもないと判断するようなことだったのだろう。


「頭を働かせるには糖分も大事。だよな」

 

 椅子から立ち上がると、扉をノックした。

 ノックに応じて扉を開けたのは、キルアだった。


「おはようございます。いかがなさいましたか?」

「朝食はハニーミルクトーストがいい。この前、ナルークに教えたやつ。後、オムレツ。野菜多め、チーズ入りで」

 

 唐突な注文に、キルアは驚いた顔をする。

 しかし、周囲の視線を察した様子で表情を引き締めた。

 

「わかりました。ぇっと、ヴィムに伝えておきますね」

「よろしく」

 

 扉を閉めると、レスティオは寝台に戻って柔軟を始めた。

 そして、水浴びを終える頃に、ヴィムが着替えを手に馬車へと入ってきた。


「おはよう、ヴィム」

「レスティオ様。朝食のリクエストは出来れば前日にお願いします。ご要望のメニューは、ナルークに材料を渡し、準備を頼みました」

「あぁ、それなら間違いないな」


 ヴィムに呆れた顔をされたが、あえて気づかない振りをする。


「今朝は皇族の皆様も一緒に朝食を召し上がりたいとのことですが、席を天幕に用意して構いませんか?」

「ミルネアの機嫌は直ったのか?」

「聖騎士様の朝食の方が優先されたようです」


 毒見として、臨時で護衛部隊に入った面々にも朝食を振る舞う予定だという話を聞きながら、正装に着替える。

 食事はフランドール隊やダイナ隊で用意されるのではないかと首を傾げれば、食材を心付けとして多めに渡すことでナルークがやる気になったので隊長たちは何も言わずに受け取ったという。

 その光景は何となく想像が出来て、レスティオは小さく笑みをこぼした。

 朝食の準備が整うまでの間に用意された薬草茶は、一口飲んだだけでユハニが用意したものだとわかった。


「レスティオ様、チーズ入りのオムレツが信じられないほどに美味しかったです。今回は、皇族の側近の方々にも一口分ずつ毒見を用意しておきました」


 先に毒見として食べたらしいエヴァルトの報告にレスティオの中で期待値が上がる。

 天幕に入ると、先に中で待っていた皇族たちから挨拶を受けて、席に座る。


「今朝は、レスティオのレシピで朝食を用意すると聞いて、セルヴィアとミルネアにも食べさせたいと思ってな。無理を言ってしまったよ」

「そこまで気に入って頂けてなによりです」


 早速朝食の給仕が始まり、セルヴィアとミルネアは物珍しそうに皿を見つめる。

 リクエストした料理の他に、ヴィベルと腸詰のスープが添えられているのを見て、レスティオは心の中でナルークに感謝した。


「今日のオムレツは絶品に仕上がっていると側近から聞いていたので、私も今朝は楽しみなんです」

「ほぉ、それはそれは」


 給仕が終わると、早速朝食を食べ始める。

 皇族たちは、チーズが伸びる様子を訝しみつつ、口に運ぶ。そして、唸り、目を輝かせる。

 チーズ入りのオムレツを楽しむ様子を眺めながら、レスティオはハニーミルクトーストを口に入れる。

 クロードが作ってくれたものには及ばないが、これはこれで美味しい。


「これ気持ち悪い。スープも変な味がするから、もう食べたくない」

 

 ミルネアは呻きながら、ガチャンと音を立ててフォークとナイフを皿の上に置いた。

 その言動に、ユリウスたちはぎょっとして固まった。


「こんなの料理じゃないよ。毒が入ってるからお父様も食べちゃだめっ」


 口元も拭わないまま、ミルネアは隣に座るユリウスの袖を掴んだ。

 レスティオは、この世界の料理が無味無臭ゆえに毒が入っていればすぐにわかるようになっていると、以前教わったことを思い出す。


「いや、ミルネア。この料理は味がするものなんだ。毒じゃないから安心しなさい」

「毒だよっ!ドロドロしてるし、気持ち悪い」

 

 頬を膨らませて主張するミルネアに、ユリウスたちの顔色は悪くなっていく。

 レスティオは、声を上げるミルネアから視線を逸らし、黙々とオムレツを口に運ぶ。

 リクエスト通り、野菜多めでチーズも入っており、チーズがとろっとしている上に卵はほんのり半熟感もあって美味しい。

 絶妙な焼き加減を見つけたなとナルークの腕に感心する。これは冷めないうちに食べたい。


「こ、子供には早かったのかしら。セルヴィア様はいかが?」

「不思議な料理ね。オムレツは食べ慣れないけれど、こちらのハニーミルクトースト?はとても気に入ったわ。どれもレスティオ様の世界の料理なのかしら?」


 気遣うようにヴィアベルがセルヴィアに話を振れば、セルヴィアはおっとりと微笑みを浮かべて応える。

 

「えぇ。こちらの世界の料理は口に合わないものが多くて、無理を言って作らせました。皆さんの口に合わないようでしたら、以後お誘いする時は気を付けます」


 視線を食べ進めてはいけないと主張するミルネアに向けて言えば、ミルネアとは違う理由でユリウスたちの食事の手が止まる。

 

「そんな、俺は普段の料理より、レスティオの世界の料理の方が好きだけどな。兄上もそうだろ?」

「あぁ、城の厨房にも取り入れたいとおもっていたんだが、ミルネアの口には合わなかったのは残念だ。子供の口に合わなかっただけで、私たちは美味しいと思っているぞ」

「子供じゃないもんっ!料理に味がしたら、毒が入ってるから絶対食べちゃダメって教わったの!」


 レナルドとユリウスが必死に弁明するが、ミルネアは態度を変えない。

 ミルネアはもう食べないと宣言して食器を下げる様に側仕えに命じた。


「お父様までいなくなったら嫌です。お父様ももう食べないでしょ?」


 ユリウスの表情には葛藤が窺えた。

 レスティオは、これまでの美味しいと言う感想は、無理をしていたのかもしれないと思いながら、自分の分の食事を食べ進める。

 聖騎士のレシピだからこそ、美味しいと言って食べなければならない。

 この世界の人間ならば、そう考えてもおかしくはない。

 本当はゆっくり味わって食べたいが、品位を損なわない程度に次々と口に運んで、食事を終える。


「聖女や聖騎士のレシピといえど、口に合うかどうかは人それぞれです。無理に食べる必要はありません。私は、先に馬車に戻らせていただきますから、食べるも残すもどうぞお気遣い無く」


 レスティオは笑顔で食器を置くと席を立った。

 本来、会食の席で全員の食事が終わっていないのに、一人だけ先に食べて席を立つなどあり得ない。

 しかし、このままここにいては、ユリウスたちが食べたくない食事を辞退することも出来ないだろう。

 ヴェールを被って天幕を出ると、小さくため息をついた。


「ヴィム。マナー違反はわかってるが、あのままではユリウスたちが食べることも残すことも出来ずに困るだけだったと思ってのことだ。許せ」

「私は先に頂きましたが、とても美味しかったですよ。味を知らない子供には早かっただけのことです」

「そうですよ。俺も本当にあのオムレツを美味しいと思いました。ギバにも卵を産む鳥がいるので、レシピを教わって帰ろうと思っているくらいです」


 ヴィムとエヴァルトがフォローしてくれるのを申し訳なく思いつつ、レスティオはため息をついた。

 誘いに乗らず馬車で食べていれば美味しく頂けたのに、作ってくれたナルークにも申し訳ない気持ちになる。


「次の食事もナルークに用意を頼めないか相談してみましょう。なにが食べたいですか?」

「んー、ナルークの料理なら間違いないだろうからな。側近の分も含めて食材は、」

「ちゃんと調整します。出発まで、移動用の馬車でお茶に致しましょう」


 背中を撫でるヴィムの手を温かく感じながら、レスティオは頷いた。

 馬車の前まで戻ると、ユハニが待っていた様子で駆け寄ってきた。


「レスティオ様。少々よろしいですか?」

「ネルヴィの容態に変化でもあったか」

「今し方、再び目を覚ましたんですが、魔力が安定していません。熱も上がっています。空腹も一因だと思うので食事を用意するつもりなのですが、レスティオ様の料理がいいと言い出して困ってます」


 ナルークに用意してもらった食事が病人向きとは思えず、同じものを用意するのは抵抗がある。

 ユハニの懸念を理解してレスティオは少し考えた。

 

「それなら、パン粥かな?パンを一口サイズに切って、蜜を入れた牛乳で柔らかくなるまで煮るだけ」


 味は多少ハニーミルクトーストに似るから満足してくれるだろと提案すれば、それくらいなら調合用の鍋で作れるとユハニは頷いた。

 

「それと、昨日レスティオ様が作られていた時間を測る道具の作り方を今度教えてください。調薬に使いたいです」

「それならあげるよ。本当はガラスで作るのがいいんだけど、細工職人を頼るほど需要があるとは思えないし」

「いいんですかっ!」

 

 目を輝かせて身を乗り出すユハニに嘘だとは言えない。

 本人に言うつもりはないが、調薬に関しては驚くほど目の色が変わると面白く思う。


「いいよ。五個まとめて、ネルヴィの看病を頑張ってるご褒美にくれてやる」

「大事に使わせていただきます。有難うございます」


 深く頭を下げると、少し浮かれた足取りで荷物用の馬車へと戻っていった。

 そして、レスティオは笑いをこらえる。


「あんな楽しそうなユハニ初めて見ました」

 

 警備に立っていたキルアが呆気に取られた様子でユハニが居なくなった方を見つめていた。






 その日のうちにネルヴィの熱は下がり、夜には起き上がれるまで回復した。

 しかし、すぐにも復帰しようとするネルヴィをレスティオは止めた。

 数日寝込んでいたのだから、あと一日は絶対安静を命じる。


「俺なら大丈夫ですよ」

「駄目だ。病み上がりに無理をして再発したら困る。明日一日はこの数日の報告を聞いて状況把握をすること。それから、休憩の時には少し体を動かして構わないから、鈍った体を整えること。魔術は少しずつ慎重に使い始めて、魔力の消耗と回復が正常に行われるか確認しておくこと。必要以上の魔術は使わないように。いいな?」


 ハイラックを呼びつけ、聖騎士筆頭護衛騎士代理としてネルヴィが無茶をしないように見ておくよう頼む。

 ユハニにもネルヴィの体調管理に気を遣ってもらうとともに、一緒に訓練に取り組むように促す。


「レスティオ様が仰るならそのようにします。レスティオ様もご一緒しますか?」

「それが許されるならこんな格好してない」


 レスティオは、外出用の正装とヴェール姿だった。

 明日以降も訓練出来るような衣装が用意されることはない。

 

「けど、ずっと馬車の中にいたら息が詰まりません?ヴィルヘルムだってストレス溜まってるみたいですし」

「戴冠式が終わって暫くするまでは仕方がないだろう」

「レスティオ様ならもっと我が儘を言うのかと思ってました」


 ネルヴィに言われて、レスティオは顔をしかめた。

 我が儘、と言われれば、確かにこれまで散々我が儘を押し通してきたのだと思う。

 我が儘と自覚していることもあるが、きちんと筋を通して発言しなければ、聖騎士というだけで交渉もなく我が儘として受け入れられてしまうこともある。

 元の世界にいる間に、もっと社交の場ではなくビジネスや駆け引きの場にも同行させてもらうんだった、と後悔しても遅い。

 レディ・レッドが夢に出てきたのは、無意識下で自分自身に警告していたのかと納得した。


「少なくとも、今は場を弁えないといけないと思っている。国内で自由に過ごしている時と、各国の使節団が周囲にいる状況は同列には語れないだろう。お前だって、騎士団にいる時と筆頭護衛騎士として務めている時では、振る舞いを変えているじゃないか」

「なるほど。レスティオ様はレスティオ様だと思っていましたが、聖騎士の肩書を特別重んじる時があるんですね」


 少し姿勢を崩していたネルヴィは気を引き締め直すように姿勢を正した。

 護衛騎士としては正しいが、少し残念にも感じる。


「休養中とはいえ、皇族が認めた筆頭護衛騎士はお前なんだ。そのつもりで気を抜きすぎないように」

「はっ!気を付けます」


 レスティオは用件が済んだところで寝台用の馬車へと向かう。

 背中で、ネルヴィがハイラックに情報共有を頼み、各位の統率者と共に荷物用の馬車へと向かう声に耳を澄ます。

 これが魔物討伐遠征なら同席するのにな、と思いながら、なんとか表情を繕い直した。






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