第73話 臨時護衛部隊結成
ヴィムが戻ってくると、馬車の警護にダイナ隊の兵が付き、レスティオはハイラック、エヴァルト、ロゼアンを連れて天幕へと移動した。
天幕には、クォートとラズベルの他、各隊の小隊長が集まり、ルミロが書記官として控えていた。
「急に呼び立ててすまない」
「各国の使節団が集まる中、レスティオ様の護衛が手薄とあっては帝国の威厳に関わることです。早速本題に入りましょう」
ラズベルが頼もしく応じる様子にクォートは胡散臭そうな顔をしたが、レスティオは頷いた。
「ルミロ補佐官より話は聞いています。護衛部隊の応援が必要とのことでしたが、現在の護衛騎士を上位護衛騎士に据え、我らの隊から中位および下位の護衛騎士を選定する、という理解でよろしいですか?」
「中位と下位?あぁ、そうか、そういうことになるのか」
言われて初めて、本来は護衛も格に応じて役割が与えられるのだと思い至る。
ネルヴィたちは編成が少数だったこともあり、先遣隊からの延長で格を考えずに役割を持ち回りにしていた。
「念のため確認いたしますが、レスティオ様は、何名程度の編成をお考えですか?」
クォートが厳しい表情で尋ねる。
試すような目にレスティオは唸った。
「不足を補うだけでは駄目か……」
格付けの考えが出てきた時点で察してはいた。
だが、各隊からどれだけの人員を出してもらえるのかわからない中、レスティオは皇族たちの護衛の編成はどうだったろうかと考える。
「ダイナ隊長。レスティオ様は護衛に対する認識が不十分です。まずはそこから説明が必要でしょう」
「そのようだな」
すかさず、説明を促したクォートに感謝しつつ、レスティオは手帳を広げた。
「まず、上位の護衛騎士は、主人の側を守る者です。これは通常二名、最低一名が常に付き従うことになりますから、最低限四名もいれば交代しながら対応することは可能でしょう」
今後の護衛騎士の選定にも影響するだろうラズベルの説明を手帳にまとめる。
「次に中位の護衛騎士は、主人の周囲を守る者です。馬車や部屋にいる場合は外に立つことも多いですが、距離を取って周囲を警戒するのですから、三名から四名ほど付けておきたいものですね。そして、下位の護衛騎士は、主人が不在の間の荷物番や部屋番、伝令や装備の管理を担いますから十名程度いればよいでしょう。必要に応じて、中位は上位の、下位は中位の交代要員とする場合もありますから、余裕を見てさらに五名ほど付けると編成としては安定すると思います」
下位の側近は裏方が主なのであまり姿を見ないが、皇族たちはそれぞれ今挙げられた人数くらいの護衛は最低限連れている。
同行している護衛の他に、城内の部屋の警備を任せている者もいるので、皇帝ともなれば専属の護衛だけで五十人は抱えている。
その上、今は皇室付きのダイナ隊が半数ずつに分かれて、派遣団と城内の警備についている。
皇族と同等と扱われる聖騎士が護衛を五人しか連れていないことは、立場に不相応な状況といえる。
「補充だけで二十人は必要になるのか。しかし、そこまでこちらに回しては派遣団全体の警備に影響が出るだろう」
「そこは東部派遣団に加え、西部派遣団が合流したのですから、調整すればいいのです」
「えぇ、その調整は我々の仕事ですから、レスティオ様が気にされることではございません」
クォートはフランドール隊からスミット小隊とジェリーニ小隊を派遣し、十名を確保すると宣言した。
ラズベルは、今馬車の周囲に付けているトータン小隊をそのまま下位護衛騎士に据えると言い、警備計画に応じて随時交代要員を配備すると告げた。
ちなみに、トータン小隊はアロウ・トータン率いる小隊で、顔ぶれは往路での一件の際にレスティオに沈められた者たちである。
「良ければ、レイルはユハニの補佐に。セバン・ビーニッシュとキルア・マッカーフィーを上位護衛騎士代理として付けましょう」
「それがいいだろう。ネルヴィもユハニも動けないならジャケットは二着空くわけだからな」
「中位護衛騎士の統率はブレフト・スミット。補佐にフラン・ジェリーニ。下位護衛騎士の統率はアロウ・トータン。そちらの補佐は?」
「シャーフと言いたいところだが、グエル・ゼッテンを据えよう。先日、レスティオ様から恵みを受けた者の方が任せられる」
レスティオが護衛について理解していないのを承知の上で、クォートとラズベルは小隊長たちと話を進める。
各隊の動かし方はレスティオが口出ししにくいところなので話の流れを追うしかできない。
「レスティオ様、筆頭護衛騎士代理はどうされますか?」
「そうだな……」
「ちなみに、本来の序列は魔力と実績、経験、家名を総合評価した上で定められます。レスティオ様の考えは違うようですから、良ければどのように考えておられるのか聞かせていただけますか?」
クォートに問われて、レスティオは考える。
魔力でいえば、ロゼアンが上位に来る。しかし、家名が勘当により無効になっているので序列が下がる。
ネルヴィは魔術学院に通っていることもあり、魔力の観点ではロゼアンの次点。家名が有効だったため、今回の隊長を任された。
実績でいえば、ハイラックが上位に来る。しかし、魔力がないので序列は下げられる。
エヴァルトとユハニを比べると、互いに魔力があり、家名も同程度扱いだが、経験値でユハニが下になる。
よって、本来の序列は、ネルヴィ、エヴァルト、ユハニ、ハイラック、ロゼアンとなる。
「そうだな。序列は、能力重視でネルヴィ、ハイラック、ロゼアン、エヴァルト、ユハニかな。筆頭護衛騎士代理はハイラックに任せたい」
レスティオがハイラックを振り返って言うと、天幕の中には何とも言えない空気が漂う。
「ダメかな」
「いえ、個人的には賛成しますが、魔力の有無は役職を与える上で考慮すべき事項と定められています。ロゼアンにしてはいかがですか?」
「ロゼアンに隊長は無理だろう」
きっぱりと言うと、ロゼアンは怯むように息を吞んだ。
全員の視線が気遣うようにロゼアンに向く。
一番戸惑った顔をしたのはルミロだった。
特別待遇制度の対象としていることを知っているからこその驚きを、この場でどう消化したらよいのかわからない様子でレスティオを見つめる。
「ロゼアンの実績は認識しているし、優秀だと評価している。だが、隊長に据えられるだけの視座も視野も育っていない人間に部隊は任せられない。今後の成長には期待するから、是非とも上官を見習って励んでほしいと思う」
「では、エヴァルトは?」
「長年駐在任務に就いていたこともあり、隊長どころか部隊内での立ち回りがここに来て身についてきたところだ。消去法と言っては申し訳ないが、ハイラック以外に護衛部隊を任せられるとは思えない」
改めてハイラックを推すと、それ以上は誰も異論を口にすることはなかった。
クオートの指示で天幕から小隊長が出て行き、聖騎士護衛部隊となる者たちの招集に動き出す。
「興味本位ですが、ネルヴィに対する隊長としての評価をお聞きしてもよろしいですか?」
揃うまでの間にクォートがレスティオに尋ねた。
「ネルヴィは最初はただのお調子者だと思っていたが、好奇心と向上心が人一倍あり、仲間のことをよく見ている。これまで成長の指針が定まっていなかっただけで、導いてやればいくらでも伸びしろを見いだせる気がする」
「ほぉ、伸びしろですか」
「期待と評価をちゃんと伝えてやるのが大事なのかな。自分の立ち位置を理解して立ち止まるところもあるけれど、努力がちゃんと出来て、食らいついてくるから面白い人材だと思う」
打てば響くから育てることが面白いと感じる。
クォートはなにか考え込むように唸った。
丁度その時、天幕の入り口が開いて、ぞろぞろと入ってくる。
ヴィムとジャケットを腕にかけたユハニも中に入り、入り口が閉められた。
ラズベルから護衛部隊の臨時編成の経緯を説明し、顔合わせとして順にレスティオに名乗り挨拶する。
最後に、ユハニからセバンとキルアにジャケットが渡され、今晩の警備計画がラズベルから告げられた。
明日以降についてはこの後ハイラックを残して、クォートとラズベルと共に練ることになる。
連絡事項が告げられると早速各自配置につくため、天幕を出て行った。
「レスティオ様の護衛騎士という大役に皆随分と緊張していたな」
「それはそうだろう。レスティオ様も馬車へ戻られて構いませんよ」
「いや、今後の為に話を聞いておきたい」
引き続き話を聞けば、上位護衛騎士とは日中は側についているが、夜は中位護衛騎士に任せることがほとんどだという。
状況に応じて上位の中でも若い者が一人つくこともあるが、今晩以降、ハイラックたちは夜に休むように隊長たちに勧められた。
「ネルヴィたちには随分無理をさせていた、ということかな」
「ご理解頂けたようで何よりです。レスティオ様は特別な訓練を受けていて問題ないかもしれないですが、我々の基準でいえば明らかに過剰労働です」
「もっと早く指摘してくれれば良かったのに。そうすれば、合流時にマルクに増員を頼んだよ」
「我々も、聖騎士護衛部隊の動向を詳しく把握してはおりませんでしたから」
思えば、ザンクでは自警団が、大陸会議場では東部帝国軍が周辺の警備を担ってくれていた。
それに随分助けられていたんだなと理解し、心の中で感謝した。
「臨時で加わってくれたものには俺の方から手当を付けたいと、」
レスティオが提案すると、最後まで言う前に、ラズベルとクォートが「不要です」と声を合わせた。
「我々は大陸会議派遣団の護衛部隊です。部下の配置を本隊に寄せるか、レスティオ様の側に置くかの違いだけなので、心付けは却って不平不満を招きかねません」
「レスティオ様の護衛部隊は我々以上の働きをしているので手当をつけることに異論はありませんが、臨時で加わっただけの者に同じだけの働きを期待するのは難しいでしょう」
心付けなどしてくれるなという権幕に目を瞬かせて、ルミロに視線をやると大きく頷き返された。
ネルヴィたちへの手当の増額は前向きに検討すると言われているが、臨時の護衛たちはただの配置調整だと言われれば納得もする。
「例えば、ネルヴィに労ってやれと心付けを持たせるのは有りか?」
「レスティオ様が筆頭護衛騎士を労い、それを受けた者がどう使おうと、我々が意見するところではありません」
ネルヴィの声掛けにどれだけの者が応じるかはわかりませんが、とラズベルが加える。
その言葉は悪意ではなく、帰還次第、戴冠式の準備で慌ただしくなると続けられて、レスティオは納得した。
ダイナ隊は皇室周辺の警備に就いていることから、皇族の動きに合わせて人員の調整が大変なのだろうと想像して唸る。
「となると、他にはザンクから差し入れがあったから、それを食事に出すくらいか」
「臨時の者の食事や寝床はこちらで担います。部隊の人数に合わせて用意させているので、引き受けられる方が管理に影響が出て困ります」
「ダイナ隊も同様です。レスティオ様はもう少し自身の立場を認識した方がよいかと思います。せめて魔術師団ならともかく、騎士団相手に礼も労いも不要とご理解ください」
ラズベルの言葉を受け止めるのは躊躇われた。
しかし、クォートはラズベルに賛同するように頷き、レスティオの反応を待っている。
「労いの与え方は考える。だが、礼はどんな立場だろうが必要と思えばさせてもらう」
「レスティオ様がそのようにお考えなのでしたら、それも良いのでしょう」
「そうだな。口が過ぎました。ご無礼をどうかお許しください」
話を終えて天幕を出ると、入り口の横にエヴァルトが控えていた。
ロゼアンは臨時の護衛たちへ情報共有をしながら馬車番についている。
馬車に向かうと、ヴィムがすかさずやってきて、ミルネアの気持ちが整わないので、今晩の皇族との会食は無しだと告げられた。
寝台用の馬車のテーブルに夕食が用意され、久しぶりに少しだけ寂しい気分になる。
入り口の扉をノックして食器を下げてもらうと、開いた隙間から外の護衛たちが笑い声交じりで立ち居振る舞いを確認する声が聞こえてきた。
「レスティオ様、この後はどうされますか?」
「湯浴みを済ませたら、もう休もうかな」
「おや、珍しいですね」
いつもは就寝するように促されるまで読書をしていたり、手記に向かっている。
ヴィムは、どうしたのかと心配そうにレスティオの顔を覗き込んだ。
「今日は打ち合わせ続きで疲れたから、ゆっくり湯に浸かりたい。ヴィムは着替えを用意したら下がってくれて構わないよ。献上品の整理もしてもらわないといけないだろ?」
「そのようなこと、レスティオ様が気になさらなくてよろしいのですよ。お疲れなら、なにかお茶を用意しましょうか」
「大丈夫だって。屋敷ではいつも気を遣わなくていいと言っているだろう?そういう気分なんだよ」
浴室の方へと向かい服を脱ぎ始めると、ヴィムは苦笑して頷いた。




