第72話 西部派遣団合流(2)
ネルヴィを先頭に姿勢を低くして、魔物に向かい駆けている馬の手綱を必死に握りしめる。
「今更かもしれませんが、飛んでいる魔物にどう対処するつもりです?」
「剣魔術で焼き払えば、飛んでようがいまいが関係ないっ!」
「どういう理屈ですかっ!」
そもそもどう焼き払うのかとユハニが呆れるのに構わず、ネルヴィは真っ直ぐ前方上空を見据える。
徐々に、魔物の鳴き声が近づき、西部派遣団の足音が響いてくる。
「ロゼアン、ユハニ!加減無理だから距離取っといてくれっ!」
「大丈夫かよ!?ユハニ、一旦、左右に展開するぞっ!」
「承知しましたっ!」
ネルヴィは剣を抜くと、息が苦しくなるほどの勢いの中で気を引き締め、眼前を睨みつけた。
そして鐙から足を離すと、鞍の上に膝を立てて構える。いくぞ、と馬に声をかけて、ネルヴィは上空に駆け出した。落下するより先に風を足元に大量に放出して、剣に炎を纏わせながら魔物と同じ高さへと駆けあがる。魔物たちの意識はネルヴィに向いた。
「これでどうだぁっ!」
横一文字に剣を振ると同時に炎の刃が魔物の群勢を勢いよく焼き払っていく。
マジか、と声を漏らしながらユハニは下を通る西部派遣団に火の粉がかからないように、ネルヴィより低い位置に飛び上がって水を放出した。
「ネルヴィっ!根源級が奥にいるぞっ!」
ロゼアンは声を響かせると同時に、その手に持った剣を槍のように突き出して、一際大きな魔物へ氷の矢を飛ばした。
落下しかけていたネルヴィは、背中に力を込めて体制を立て直し、もう一度剣を振り抜いた。根源諸共魔物が一掃されていく様に、悲鳴と歓声が上がった。
空に広がる赤い炎を眺めてレスティオは感嘆した。
「あれは、ネルヴィかな」
「ぇ、ロゼアンじゃないですか?」
レスティオの見解に、驚きのあまりエヴァルトが言葉を返した。
「多分上空に氷を撃ったのがロゼアンだ。ネルヴィは氷を撃っても当てるのが上手くないからな。下の連中に火の粉が掛からないように気遣いが出来るのは、ユハニくらいだろ。となると、消去法で火を放ったのは、やっぱりネルヴィだな」
「なるほど。氷は見えていませんでした」
透き通った氷は遠目では判別しにくい。
見えていなかったならば炎を使ったのはロゼアンと思っても当然だ。
レスティオの目にも宙に浮くオレンジ色が見えただけで、魔剣を持たせているとはいえ、ネルヴィがあんな強力な魔術を扱うと思っていなかった。
「あれが剣魔術ですか?魔術師と同じ戦い方にみえますけど」
扉を開けたままの入り口から様子を覗いていたヴィアベルは、拍子抜けという様子で首を傾げた。
「魔術師はただ前方に火を放出するだけと聞いています。剣魔術は、剣の軌道に合わせて魔力を放出することで、広域に魔物が展開している場合にも対応できます。また、魔力を一点に集中させて突き出すようなことも可能です。魔力制御を武器と合わせて行うことで、高度な魔力操作が可能になる技術と考えてもらえればよいかと」
「高度な魔力操作、ですか」
「魔物の全滅を確認!全体進行用意っ!」
前方から声が響いて、後ろの方へと伝令が届いていくとともに各自動き出しの合図を待った。
レスティオとヴィアベルが椅子に座り直すと扉は閉められ、やがて、馬車が動き出した。
「残念ですね。ロゼアンだったならば、皇妹救出の功績も推薦状に載ったでしょうに」
「聖騎士筆頭護衛騎士にさらに箔が付くのも悪くありません。側近の功績は誰であれ喜ばしく思いますよ」
次に馬車が停止すると、野営地の準備が整えられるまでそのまま待機し、皇族用の天幕へと移動を促された。
各国の使節団も外に出ている可能性があるので、レスティオは馬車を降りる前にヴェールを被せられる。
ネルヴィたちは探すまでもなく馬車の前に集合していた。
「ネルヴィ。ご苦労様。先程は見事な戦いぶりだったな」
「お褒めに預かり光栄です」
ネルヴィに労いの声をかけると、顔色の悪さが目についた。
ユハニやロゼアンも心配そうに横目で見ている。
「負傷は無いようだが、随分と消耗しただろう。少し横になってこい。そんな顔色では、セルヴィア皇妹殿下に功労者として紹介出来ない」
「役目を果たしきれず、申し訳ございません」
「何を言ってる。皇妹殿下を含む西部派遣団を救い、大陸会議派遣団と各国の使節団を危険に晒さずに済ませた。誇るべき功績を残したんだから、今は無理せず休め。ロゼアンとユハニはまだ大丈夫そうかな。二人は馬車の警護を、ハイラックは天幕の外、エヴァルトは中についてこい」
指示を出し切ると、天幕を開けて待っていたローレンスに礼を言って中に入る。
既に皇族たちの挨拶は始まっていて華やかな笑い声が聞こえていた。
「本当に急に揺れて、どうなることかと思ったのだけれども、あっという間に魔物が消えてなくなったとかで、」
「セルヴィア、先に紹介しよう」
話を打ち切って、ユリウスはレスティオの方を振り返った。
ヴィムに一度ヴェールを外してもらい、挨拶に応じる準備を整える。
「レスティオ。私の妹のセルヴィアと、末娘のミルネアだ」
レスティオは紹介されて視線を下に向けた。そこには、セルヴィアのドレスに隠れるように様子を窺うミルネアの姿があった。
以前に貰った皇族の資料によれば、ミルネアはユリウスとハイリの娘でクラディナの妹にあたる。
色彩はハイリに似ているが、雰囲気はハイリよりもユリウスに似ていた。
九歳で魔力が発現して、西部の都市フォンヴェールの別邸で魔力制御が出来るようになるまで特別教育を受けることになっていたため、今日が初対面だった。
一方、セルヴィアは、婚姻せずに西部地域の各地の統治を委ねる臣下を数人寵愛しており、父親不明の子供を数人産み育てている変わり者というのが事前情報だった。
「こちらが、我が国が召喚した聖騎士レスティオ・ホークマン様だ」
「お初お目にかかります。聖オリヴィエール帝国西部地域の統治を担っております、セルヴィア・オリヴィエールでございます。どのような方かとお会いするのを楽しみにしておりましたの。お会い出来てとても嬉しく思います」
セルヴィアは上品だがどこか愛らしい雰囲気の漂う女性だった。
さりげなくミルネアの背中を押して挨拶するように促していた。
「お、お初お目にかかります。聖オリヴィエール帝国第二皇女ミルネア・オリヴィエールと申します。ぇっと、お会い出来て嬉しいです」
社交慣れしていない様子で挨拶すると、ミルネアは大人たちの顔色を窺う。
レスティオは、皇女でありながら、十一歳にしてそれでいいのだろうかと思いつつ、笑顔を作ってセルヴィアとミルネアに挨拶を返した。
「麗しすぎて、緊張してしまいますわね。私はヴィアベルの隣に座らせてくださいませ」
「あら、セルヴィア様ならお近くを望まれると思いましたのに」
ヴィアベルはレナルドと婚姻する前はセルヴィアの護衛魔術師の一人だったこともあり、セルヴィアとの親交は深い。
側仕えたちはすぐにセルヴィアの席を移動させた。レスティオはいつも通り上座へと促される。
キョロキョロと周囲を見回すミルネアを前に、彼女の側仕えはローレンスに確認してから、ユリウスの隣に並んで座るように促した。
「ぁ、あの、お母様はどちらにいらっしゃるのですか?」
座りながらミルネアはユリウスの袖を掴む。
セルヴィアは、たった今思い出したようにおっとりと首を傾げた。
「ハイリは不治の病に罹ってしまってな。コルレアンに贄として渡ったよ」
「え?」
「まぁ、あのハイリ様が?では、リアージュ様が第一皇妃となられるのですね」
セルヴィアは、ハイリがいなくなった事実をにこやかに受け入れた。
しかし、ミルネアは理解できていない様子でおどおどする。
「お母様はコルレアンに行かれたのですか?もう、会えないのですか?」
悲しそうなミルネアに大人たちはなんとも言えない表情で頷く。
「ミルネア、頑張ったのに。お母様に、頑張ったねって、褒めてもらいたかったのに」
目を潤ませて鼻を啜り始めたミルネアの肩を抱き寄せるユリウスに、天幕の中はしんみりとした雰囲気になった。
「ミルネア殿下には落ち着く時間が必要そうだな。私が居ては、気を遣わせてしまうだろうから、馬車で休ませてもらうよ」
「すまない。また後程、声を掛けさせてもらう」
会釈だけで応えて、レスティオはヴェールを被りながら天幕を出た。
背中でミルネアの泣き声が聞こえたのは一瞬で、すぐに天幕の入り口は閉じられた。
馬車の中にいる間は、ロゼアンとユハニを休ませることも出来る。
それはそれでいいかなと思いながら馬車の方へと向かう中、遠くから揉めるような声が聞こえてきた。
野営地の物音や話し声に混ざっているが、覚えのある声を感じて耳を澄ませる。
「レスティオ様。いかがなさいましたか?」
「ロゼアン、ユハニ。すまないが、向こうを見てきてもらえるか?自警団の連中の声が聞こえる気がする」
「え?自警団ってザンクのですか?」
エヴァルトは驚いた声を出して、周囲を見渡す。
視界の範囲には自警団の姿は見えない。
ロゼアンとユハニも怪訝そうな顔をしながら馬車の前から離れて、レスティオが示した方へと向かった。
そして、驚いた顔で戻ってきた。
「レスティオ様、ザンクの自警団の方々がお見えです。献上品を持参してきたとのことです」
「献上品?」
ザンクを出る時にも手土産を貰っている。
食べ物は随分消費したが、まだ馬車の中の保管箱に残っているくらいだ。
わざわざ山を下りてまでなにを持参してきたのかと首を傾げる。
兎にも角にも騒ぎをそのままにしては置けないので、先導してもらって移動する。
「クゼル」
聖騎士様に用事があるのだと主張して止められているクゼル・ディートへと声を掛けると、険しい顔をしていた自警団の面々が表情を明るくさせてその場に跪いた。
「聖騎士様。突然参上した挙句、お騒がせしておりまして申し訳ございません」
自警団を止めていた東部帝国軍の兵たちは顔をしかめて、レスティオの前に立ちはだかった。
「レスティオ様、お下がりください」
「許可のない者を近づかせるわけにはいきません」
客人を前に使命感に満ちた顔をされても困る。
レスティオはため息をついて、ハイラックに目をやった。
「レスティオ様は彼らの来訪を受け入れるそうだ。無礼な働きと咎められる前に下がるといい」
ハイラックが小声で告げると、東部帝国軍の兵たちは躊躇いながらも道を開けた。
そして、好奇心で寄って来ている他国の使節団の目から隠すように壁役として整列した。
「クゼル。用件を聞かせてもらえるか?」
「我らが地の魔物を討伐し、聖の魔力の癒しを与えてくださったお礼に、聖騎士様へ献上品を捧げたく参上致しました。出立される際、『これから大陸会議に向かうため、必要以上に荷物は増やせない』と仰っていましたので、大陸会議を終える頃合いを待っていた次第です」
ザンクの見張り台からであれば、大陸会議場の動きは監視出来る。
帰還の為に隊列が動き出したのを見て、町中から献上品を集めて自警団が山を駆け下りてきた。
「聖騎士様の大いなる力によって、我らは救われたのです。何より、再び聖なる方を迎えられた喜びはいくら言葉を重ねても、献上品を捧げようとも尽きることがありません。ささやかな品々で恐縮ですが、どうかお納めください」
念のため、ヴィムに視線を送ると、温かい目で頷くのを確認した。
「皆の心遣いを無駄には出来ないな。有難く頂かせてもらおう」
「有難うございます」
自警団の荷馬車の扉が開けられ、大量の木箱が取り出される。
レスティオが量に驚いている横で、ヴィムはクゼルから献上品の一覧を受け取っていた。
「ユハニ!」
聞こえてきた幼い声の方を振り返ると、荷馬車の中から籠を抱えた子供たちが駆け出て来る。
そして、あっという間にユハニを囲った。
「見て見て、スタープランツがこんなに採れたんだ」
「ルリュンの実も欲しがってただろ?バルリーヌが棲んでる湖の近くでたくさん見つけたんだ」
「俺も、ソワンは今しか採れないから欲しがると思って採ってきた!」
子供たちが我先にと籠の中を見せると、ユハニの目がわかりやすく輝いた。
いつの間に懐かれていたんだろうと思いながら、受け取ることを許可する。
「子供たちはユハニの為に採取したんだから、それらは俺が口を出すことじゃない」
「有難うございます。皆も有難う。大事に使わせてもらうよ」
やりきった表情で子供たちは馬車の中へと駆けこんでいく。
自警団の兵たちは丁寧に挨拶して、馬車に乗り込むと、トラントリアム鉱山へと帰って行った。
「レスティオ様。こちらは我々に任せてユハニとハイラックと共に馬車にお戻りください」
ヴィムがエヴァルトではなくユハニを指名したのは、ユハニが子供たちから受け取った籠を両手で抱えてそわそわとしているからだ。
レスティオは頷いて、馬車へと向かって歩き出す。
「ユハニ。すぐに下処理が必要なものはあるか?」
「あります。せめて保存用の入れ物が欲しいです」
「じゃあ、今使ってない袋や箱があれば使うといいよ。中に食材が少し余っている程度なら、フランドール隊に差し入れしてやっても構わない」
食材より価値があるものだろうと思って言えば、いつになく弾んだ声で感謝された。
ハイラックは、そんなユハニを初めて見る様子で苦笑いしていた。
荷馬車を開けると、奥でネルヴィが寝転んでいる姿が見えた。
寝ているというより、力尽きて倒れているようにも見える。
「ユハニ。ネルヴィは大丈夫そうか?」
「え?だいじょ、……うぶ、じゃないですね。ネルヴィ、聞こえますか?」
浮かれた調子だったユハニは、すぐに真顔になってネルヴィの横に膝をついた。
首に手を当てて、横向きになった体を仰向けに倒す。
額にかすり傷が見えて、本当に力尽きて倒れたのかと顔をしかめる。
「魔力が枯渇して意識を無くしているのだと思います。今のところ意識がないだけですが、暫く様子を見ていて構いませんか?」
「わかった。一応、聖の魔術で癒しておこうか」
「いえ、魔力中毒を起こしてはいけないので、こちらは私の方で手当てしておきます。丁度、材料が手に入ったので、下処理ついでに魔力中毒用の薬を用意します」
魔力が枯渇した状態は、負傷で倒れた状態とは区別して考えなければならない。
ユハニが振り返りもせずに看病の準備を整える様子を見て、レスティオは邪魔しないように荷馬車から離れた。
荷物を運んできたヴィムにネルヴィが倒れたことを告げると、荷馬車の前に木箱を置くように指示して中の様子を確認した。
「レスティオ様、念のため、護衛部隊の補充を要請しましょう。ロゼアンは、ユハニの手伝いを。ハイラックとエヴァルトはレスティオ様と移動用の馬車でお待ちください」
ヴィムの指示に従い、移動用の馬車に移動する。
ハイラックとエヴァルトは馬車の外に立つので、レスティオは落ち着かない気分でヴィムの戻りを待った。




