第71話 西部派遣団合流(1)
大陸会議が全日程終了すると、各国とも自国へと帰還し始める。
そんな中、帰還の準備を進めるオリヴィエール帝国の一団のもとには、各国の使者の馬車も集まっていた。
「マルク。国旗がいくつも見えるが、彼らもオリヴィエールに向かうのか?」
「はい。戴冠式に参列する各国の使者です」
帝都へ帰還後に行われる戴冠式に参列する為、往路だけでも安全に移動出来るように各国の使者を共に移動させる。
聖女が召喚された国で行われる戴冠式の他、王族や皇族、聖女の婚姻の儀式もまた各国の使者を招く為に、大陸会議の後に合わせて行い、共に移動するのが慣例となっている。
よって、帝都に帰還するまでは自由に出歩いたりせず、周囲に気を遣うように、と注意を受けてレスティオは頷いた。
馬車に乗り込むまで纏っていたヴェールをヴィムに預けて座席に腰を下ろす。
「では、早速始めましょう」
馬車の中には、レスティオとマルクの他に、ユリウスとレナルド、ヴィアベルが中央のテーブルに着く形で両脇に設置された長椅子に座っていた。馬車の前方に用意された席にはローレンスとヴィムが側仕えとして並んで控え、後方にはユリウスの筆頭秘書官トリアス・ジェントと、マルクの補佐官であるルミロ・ロベッティが手帳を構えている。
馬車の中を会議室のように改造しているところは、他に見ない発展しているところだなと思いながら、レスティオも手帳を広げた。
「まずは、レスティオ様の側近ですが、側仕えや秘書となる文官はヴィムから推薦された者から選んで良いのですね」
「どういう人物なら合うのか、ヴィムが理解してくれているだろうから、それで問題ない」
話している最中に馬車が揺れ、隊列が動き始めたことを察する。
感じるのは揺れだけで、外の声や物音は馬車の中には聞こえてこない。
誰も気にする様子がないので、レスティオも構わず話続ける。
「しかし、側仕えにはルカリオを残して欲しい。個人的には上位相当に据え置きたいが、側仕えを増やすとそれは難しいかな」
レスティオの言葉に、マルクとローレンスが揃って唸った。
ルカリオは、主人の側で仕事をするには経験が浅く、他に上位にふさわしいものがいれば真っ先に下げられるのは当然。
しかし、レスティオが信頼している貴重な側仕えであることは事実。
「発言をお許し頂いてよろしいでしょうか?」
「許す」
ヴィムが口を挟むのを止める者はいなかった。良い返答を求める様に視線が向けられる。
「城における上位、中位、下位という格付けは、割り当てる仕事や給与を決める為の指標であり、その者の評価に値します。慣習として区別していますが、既にルカリオは聖騎士専属側仕えという以上に格付けが難しい状態でしょう。ですから、レスティオ様にはレスティオ様の専属の在り方を定めるのがよろしいのではありませんか?」
聖女や聖騎士の一声で慣習を変えることはよくあることでしょう、というヴィムの言葉に、マルクはなるほどと頷いた。ローレンスは少し考えてから諦め半分という様子で賛同する。
「では、私の方で現在の側仕えの格付けの基準など情報をまとめておきますので、それを参考にご検討頂ければと思います」
あまりに現在の枠組みから逸脱させると周囲が納得せず嫉妬や妬みの元になり兼ねない。側仕え間での調整も難しくなる。
以前にも、マルクに指摘されていたことを思い出し、レスティオはローレンスの厚意に甘えて資料の準備を頼んだ。
マルクは、トリアスにも秘書としての業務などをまとめておいてもらうように頼み、話題は護衛へと移された。
「レスティオ様は、まだ護衛の選定を先延ばしにしたいのでしたよね?」
「あぁ。今丁度伸びて来ているところだからな。ここで決めるより、期間を見たほうがいいと思う。魔術師団もその間には復帰するだろう」
「そうだな。一年もあればいいだろう。魔術師団が間に合わなければ、彼らにも機会を与えるべく、また選定期間を設ければいい」
ユリウスが事前に共有された案を確認しながら言えば、誰も異論を挙げなかった。
「選定期間中は、俺が選んだ者や各所からの推薦者を護衛騎士候補として、都度、編成する。実践で調子に乗って役に立たない奴は不要だし、側に付けてみたら、案外よく働いてくれるとわかることもあるからな」
選定期間は一年。来春の大陸会議までには聖騎士専属の側近を決定する段取りが組まれた。
護衛については、帝都帰還後に帝国軍総帥であるエルリックに最終確認の上で確定事項となる。
東部帝国軍や西部帝国軍に関しては、後に遠征が決まった時に、選定期間を設けるとして帝都の部隊から選抜することで一旦落ち着いた。
「では、戴冠式はどういたしましょう。大陸会議の護衛部隊に引き続き任せるか、他の者に機会を与えるのか」
「引き続きかな。戴冠式での社交や、教育期間がないことを考えると、ザンクで指導を受けた彼らに就いてもらう方がいいだろう。しかし、少しは休みを取らせたい。その間の交代要員は騎士団に要請できるかな」
「彼らは大陸会議における臨時の護衛部隊ですから、帝都到着時に任務完了となり、レスティオ様の側を離れることになります」
マルクは、休みもなにもと今後の護衛任命の流れを説明し始めた。
帝都帰還後は、大陸会議派遣団は解体される。そして、戴冠式や従来の業務に戻っていく。護衛部隊も例外ではない。
事前に戴冠式の役割を定められている者については、帰還後から次の役割に移行していくことになる。
しかし、レスティオの護衛は大陸会議派遣団の一部に過ぎず、今後のことは未定となっていた。
なので、帰還後、早急に戴冠式の護衛部隊を検討し、エルリックを始め関係各所の承認の元、編成を確定して配置する。
再任命するにしても承認が必要になるので、その手続きが済むまではネルヴィたちは騎士団の指揮下に戻り、休暇や業務が与えられることになる。
その間のレスティオの護衛は、これまで通り城内警備の兵が就くか、予定に合わせてエルリックや皇族の側近が手配される。
「まぁ、確かにそうなるか。俺の護衛になると、休みを取りにくいだろうから再編成を待つくらいが丁度いいか」
「彼らの休暇については、考慮するように申し送りしておきましょう」
マルクがルミロに視線を送ると、心得た様子で大きく頷いた。
途中で休憩を挟んで、特別待遇制度について概要の認識合わせと諸条件の確認を進める。
「詳細には、リアージュ陛下や各所の意見も聞きたいところです。今はレスティオ様の草案をもとにこの場にいる方々の意見を募りたいと思います」
「制度自体は良いだろう。問題になるのは、選定条件や待遇面。それと、選ばれた時点で満足されては困るから、認定継続の条件や違反時の罰則か」
まずは、議論すべき点を洗い出し、順次議論しながら、思いつく事項を付け足していくという会議方針を決める。
最終的には帝都へ持ち帰る事案なので、この場では発散が重視される。
レスティオは、ルミロやトリアスにも思うところがあれば意見を出すように求めた。
「そもそもとしてなのですが、彼は騎士団の所属でしょう?今後、後方支援に下がる彼らに特別待遇を与えるのは、魔術師団が認めるとは思えません。魔術の才があるならば、まずは、移籍を検討した方がよろしいのではないですか?」
推薦状に魔術の扱いに長けているという記述を見つけたヴィアベルは早速提言する。
しかし、その提言に対して、レスティオは思わず顔をしかめる。
「特別待遇制度の認定対象として、そもそも騎士団は除外すべきだ、という提案か?」
「魔術師団が機能していない今だからこそ、レスティオの目に留まったに過ぎません。今後を見据えるならば、騎士の家系から勘当されたところですし、魔術師団に移籍させて、魔術師団の優秀な者がレスティオ様の目に留まったという方が印象として良いでしょう」
ヴィアベルの意見を聞いて、レナルドは、確かに騎士団と魔術師団では印象が違うと同意する。
ロゼアンを移籍させる方向で進み始めたところで、レスティオが待ったをかけた。
「魔術師団がどれほど優秀か知らないが、彼らが認めるか否かが選定理由に必要か?いつ使い物になるとも知れない魔術師団に移籍させる必要性が俺には理解出来ないんだが」
「厄災の前線には必ず魔術師が立つものですよ。ですから、後方支援を担う騎士団に残しておく方が不利益だと思います」
「後方支援を担うか否かは、戦略次第だろう。少なくとも俺の護衛騎士たちは前線で活躍できる人材だ」
「騎士団が前に出過ぎると、魔術師団の攻撃の邪魔になりかねません。連携の支障になりますから、前線に出すという選択肢はないものとお考え下さい」
魔術師が火を放ち、騎士団は火消し役となる。
いつかにそんな話を聞いたことを思い出して、レスティオはため息をついた。
「連携ねぇ。どうせ、聖女プレアが能無しに考えさせるよりいいと思考放棄して、魔術師を攻撃に専念させ、騎士に防衛を割り当てたことをそのまま採用しているんだろう?」
「能無し……当時はそうであったのかもしれませんが、今はその戦術が形になり、魔術師と騎士の連携を確立しています。なにも問題はありません」
「魔物と共に騎士を焼いても構わないという不遜な魔術師との連携なんて、俺は御免だけどな」
ヴィアベルが息を呑んで、唇を噛んだ。
「連携とは信頼関係があってこそだ。今のうちに言っておくが、魔物は焼けばいいなんて単純思考で前線に復帰して来たなら、無駄に森を焼いて俺の聖の魔力を浪費しようとする愚か者共として処罰を課してやりたいと思っている」
「なっ、魔物を火で焼くのは最も有効な手段ですっ!森は多少焼いてしまうかもしれませんが、致し方のないことではないですかっ!」
「別に魔術を使うな、とは言わない。だが、使うなら使うなりに、頭も使ってもらわないと。本来であれば、魔物や地形に応じて魔術師と騎士が攻守を戦略的に分担して共闘すべきだ。それによって被害を最小限に抑え、効率的に臨めるならばいい。仲間を攻撃に巻き込んででも魔物を倒せばいいなんて、そんな狂気じみた無能な戦略を俺は決して認めない」
レスティオとの認識の違いにショックを受けた様子で、ヴィアベルは額に手を当てて天井を仰いだ。
その背をさりげなくレナルドが支え、寄り添う。
「狂気じみた、無能な戦略、ですか……」
「魔術師団の話を聞く度に、俺は彼らこそ邪魔にならないか不安に思えてならない。まぁ、だからこそ、無能な魔術師団の再教育にロゼアンの力を借りたいというならば、それは良い考えかもしれないがな」
ヴィアベルは受け入れがたいと言うように顔をしかめる。
「レスティオは騎士団を評価し過ぎではないですか」
「聖女プレアの手記によれば。魔術師が重宝されるようになったのは、とある国の聖女が既婚者の騎士に振られた腹いせに、魔術を使えない騎士に価値がないと言い出したことがきっかけだ。あまりに理由がくだらなすぎて、現代に至るまで評価されない騎士たちに心から同情している」
歴代聖女がこの世界に植え付けてきたネガティブな思想は出来る限り雪ぎたい。
この件については、プレアも騎士団を後方支援にしてしまった手前、結局見て見ぬふりをしてしまったのだ。
「まさか、そんな裏事情があったとは。聖女様のご機嫌取りを間違うと大変なんだな」
軽く口にしたレナルドの笑みに、レスティオは視線を逸らした。
暗に、聖騎士であるレスティオのご機嫌取りには気を付けないといけないという指摘だ。
ヴィアベルもレナルドに同意して、移籍の話は撤回した。
「そもそも、ロゼアンやネルヴィの指導には魔術師団の相談役であるモルーナも関わっているのだから、彼女が認めるならば、騎士でも問題はないだろう」
「あぁ、そういえばそうでしたね……」
騎士団の兵を魔術学院に通わせるべく動いたのは、皇族ではなくモルーナやアッシュだった。
少なくともモルーナは剣魔術の可能性を信じているし、魔術学院に通わせているネルヴィやロゼアンに期待している。
魔術師団から文句が出ようと問題ないという理由を示して、話題を次に移す。
「自薦状や推薦状の提出を求めることには賛成だが、推薦資格をどこまで認めるかは考えねばならないだろう」
「私は、隊長が任意で指名している小隊長まで含めるというのは範囲が広すぎる気がします」
ユリウスが切り出すと、今度こそと意気込むようにヴィアベルが意見を口にする。
「小隊長というのは任意なのか」
「えぇ。帝国軍において、隊長までは総帥の承認を得ている正式な役職ですが、部隊内の役職や編成は隊長に一任されているので、軍として管理しているものではありません」
魔術師団出身のヴィアベルの言葉に、そういうものだったのかと揃って知らなかったという顔をする。
小隊という言葉はユリウスやレナルドの耳にも入っていたが、隊長以下の扱いは把握していなかった。
部隊内の役職における手当は、遠征手当の分配や隊長からの心付けで差別化されている程度で、その裁量は任命した隊長次第となる。
よって、帝国軍としては、小隊長も一般兵と変わらない扱いだ。
「となると、小隊長を認めるか否かは難しい話になるな」
「例えば、推薦者の規定については城内の格付けに倣うというのはどうだろう」
草案には、隊長格三名以上などの条件を付ける程度しか記載していなかった。
レスティオはその場で紙に上位から下位の組み合わせと規定人数のパターンを書き出す。
上位者三名。上位者二名と中位者二名などパターンに加えて、上位者最低一名以上、下位者を含める場合は中位者一名以上など、条件を付けてみる。
「推薦者の格に応じて、必要数が変動する仕組みだ。上位の者の目に留まらないところで活躍していることもあるだろうし、対象外と切り捨てるより判断材料のひとつとして小隊長を下位の推薦者として認めてはどうだろう」
「人数の組み合わせや下限上限は要検討ですが、格付けという考えは妥当でしょう」
方針が決まると、役職ごとの格付け案を定めていく。
「総帥や団長を上位とすると、部隊長は中位で、小隊長が下位でしょうか」
「ネルヴィは今はレスティオの筆頭護衛騎士だが、臨時だろう?それを部隊長格とするのは妥当か?」
「提出日時点では、皇族も認める聖騎士護衛部隊の隊長だ、と言いたいが、臨時は下げるか……」
「いや、今回は臨時とはいえ、皇族三名が認めている。臨時の組織の場合、皇族の承認により格を定めるとしよう」
ユリウスの後押しにレスティオは内心ガッツポーズで頷いた。
心の内が伝わったように、ユリウスはレスティオに笑みを浮かべて見せた。
「それでいうと、ザンクの自警団団長から推薦状がありますから、上位から下位まで全て網羅していることにはなりますね」
「自警団のような私設の組織をどう捉えるかだな」
「国ではなく町で管理している組織は、ひとつ格を落として中位にしてもいいかもしれない」
今後の展開を考えると、商会のような団体や規模の違う店の店主の格の違いも議論になるだろう。
聖騎士認定や皇族認定で実施する場合には格を落とし、商会認定など範囲を広げる際には特例を作ってもいい。
ユリウスがなるべく推薦状を有効に残そうとしてくれるので、レスティオは安堵する。
「となると、ここにある推薦状は中位三名、下位四名ですから、ロゼアンの推薦状に上位者が必要になりますね」
「うん。モルーナに頼むのが一番確実かな。相談役も上位だろ?あるいは、エルリックかな」
「総帥はダイナと血縁関係がありますから、好ましくないのでは?こういう場合、血縁者は除外するものでしょう」
「そうなのか?確かに、エルリックとロゼアンの髪の色は同じだが、血縁者とは知らなかった」
マルクがエルリックを除外しようとした理由に、レスティオは驚く。
以前、エドウェルがロゼアンを従兄弟と言っていたが、エルリックの孫という繋がりがあるとは言っていなかった。
ユリウスの護衛騎士の一人であるイグラム・マッカーフィーの妻と、ラズベル・ダイナの妻がエルリックの娘にあたる。
両家とも騎士を多く輩出してきた家系だが、近年はその縁のおかげもあってか魔術に優れた者が増えているという。
「推薦者に近親者を含まないというのは賛成するが、どこまでとするかは考え物だな」
何親等まで可とするか話が広がる中、不意に馬車が止まり、外からドアが叩かれた。
馬車には防音の魔法陣が刻まれているので、声はドアを挟んで届くことがない。
ローレンスがすかさず立ち上がり、ドアを開けた。
「何事ですか」
「西方より魔物が飛来していますっ!魔物と共に西部派遣団がこちらに向かってきており、これより進行を一時停止して、防衛部隊と援軍部隊に分かれ対応致します!」
ローレンスが扉を開けるなり、フランが報告の声を上げた。
レスティオは背後の窓を開けて、すぐ横についているネルヴィたちに声をかけた。
「ネルヴィ!ハイラックとエヴァルトを残し、至急、魔物の掃討に向かえ!」
「はっ!ロゼアン、ユハニ!行くぞっ!」
「フランッ!クォートへ先遣隊が先行した旨を伝令!援軍を続かせろっ!」
「はいっ!ご協力感謝いたします!」
ネルヴィを先頭にロゼアンとユハニが駆け出すと、フランは「伝令!」と声を張り上げて、遠く前方にいるクォートの方へ報告を届ける。レスティオはユハニの手を離れたヴィルヘルムの頭を撫でて、ハイラックに手綱を預けた。
「ヴィルヘルム、ハイラックのそばを離れるな」
一瞬納得していない顔をしたが、ヴィルヘルムは言われた通りハイラックの隣に移動した。
「スミット小隊!ジェリーニ小隊!先遣隊に続けっ!」
「ダイナ隊、カーン隊は全体に展開し防衛に徹せっ!警戒を怠るなっ!」
声が飛び交い、殺伐とした雰囲気が感じられる。
レスティオは、窓から飛来している魔物の様子を窺った。
「レスティオ様、支度はいかがなさいますか?」
「この混乱の中で下手に出られまい。剣を持っていたならとっくに駆け出しているところだけどな」
生憎、レスティオの剣はネルヴィに預けている。
予備の剣が荷馬車にあるが、馬車の鍵はヴィムが管理し、剣の入った箱はレスティオが魔力結晶で固めている。
その上、皇族と会議をして過ごすことを前提にした正装では馬車にたどり着くまで一苦労だ。
おそらく、準備を終える頃にはネルヴィたちが魔物の討伐を終えているだろうと信じて、状況を注視するに留める。




