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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖騎士召喚編
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第70.5話 その頃の帝都の皇族たち

 大陸会議場からの手紙だと駆け込んできた秘書にリアージュは顔をしかめた。

 今、城内は戴冠式の準備で大忙しだ。

 そんな中、例年にはない大陸会議派遣団から急ぎ連絡に良い予感はしない。


「貸しなさい」


 封蝋には帝国の印が押されていて、差出人としてユリウスの名前が直筆されている。

 それらは、開封が許されるのは宛先であるリアージュのみであることを示しており、執務室にいる者たちの視線が集まっていた。

 封を切ると、まずは聖騎士が快く認められ、戴冠式を予定通り決行することが書かれていた。


「戴冠式は予定通り行われるそうよ」


 緊迫した雰囲気を漂わせる側近たちに告げると、一様に安堵の表情を浮かべた。

 続く文面を読んで、リアージュは唸りながら二度、三度と読み直す。


「リアージュ陛下、なにかございましたか?」

「えぇ、ロデリオとクラディナを呼んで頂戴。戴冠式の準備にも関わることだから、急がせて」


 全体を通して、重要な事項は一点だけ。

 その一点に比べれば、他のことはとても些末なことに思えた。


「母上、お呼びでしょうか」


 ロデリオとクラディナは程なくして執務室に訪れた。

 執務机の前に立たせて、リアージュは真剣な表情で向き合う。


「今しがた、ユリウス陛下から私宛に手紙が届きました。クラディナ、落ち着いて聞いてください」

「はい……」


 怪訝そうな表情をするクラディナに、リアージュは同情の目を向けた。


「ハイリ・オリヴィエールは、大陸会議へ向かう道中、不治の病を患い、同様の症状を患った側近と共にコルレアンの贄になることを選ばれました」

「え」


 贄になった者に敬称は付けられない。

 最早、皇妃とも陛下とも呼ぶことはない。

 なにを言われたのか理解できていない様子のクラディナに、リアージュは目線を合わせて続けた。


「よって、私、リアージュ・オリヴィエールが聖オリヴィエール帝国の第一皇妃となります」

「お、お待ちくださいっ!レスティオ様は!?あの方がいらっしゃったなら、治せないものなど無いはずでしょうっ!」


 我に返るなり青ざめたクラディナは執務机に飛びついて身を乗り出した。


「クラディナ。残る側近については、聖騎士様に危害を与え、国家反逆に類する行為に加担したことから拘束したとのことです。察しなさい」

「そんな、嘘です。お母様が、そんなっ」

「やめろ、クラディナ。母の名誉を守りたければ、お言葉のままに受け止めろ」


 クラディナはロデリオに肩を掴まれて、こぼれそうになる涙をこらえ、歯を食いしばる。


「クラディナ。貴女が聖オリヴィエール帝国の第一皇女であることには変わりありません。母の分も、皇族としての務めを果たしなさい」

「はい……」

「贄となった以上、喪に服す時間はありません。貴女は、あの部屋の片付けを進めてください。大陸会議派遣団が帰ってくる前に、そして、国賓を迎える前に済ませてくださいね。それ以上の指示はしませんから、終わり次第連絡を頂戴。その間の仕事はこちらで引き継ぎます」

「わかりました」


 ハイリの部屋を片付ける時間が喪に服する時間の代わりだ。

 退室を促すと、クラディナは側近を連れて執務室を出た。

 実の母を亡くしてすぐに公務に就けというつもりはリアージュにはない。

 側近たちには、当面は優しく見てあげてと伝える。

 

「お話は以上ですか?」

「いいえ。手紙の内容はそれだけではありません」


 気まずそうにしていたロデリオにソファを勧めた。

 ソファに移れば、側仕えがお茶を用意し始める。


「私が第一皇妃として立つことで戴冠式の流れが少し変わるのだけれど、その点の調整事はこちらで進めます」


 ロデリオには、国賓を迎える上での調整を主に任せている。

 次期皇帝として各国に顔を売るためだが、丁度いい機会なので内政にも関わらせたい。


「先日の毒殺未遂の件も含めて、今後、犯罪者については議会で処罰を決定することになりました。レスティオ様の世界の刑罰を参考に、生贄以外の刑罰の導入を検討していくので、その根回しをお願い」

「生贄以外の刑罰、ですか?」

「罰金や強制労働で反省を促して、国の為に引き続き働かせる方が国益になる。という考えだそうよ。詳しくは、戴冠式の後にでも話があるでしょうけれど、こういうことは事前に根回ししておかないと混乱の元になるわ」


 続けて、レスティオから特別待遇制度が提言されたことを伝える。

 優秀な人材を確保するための支援制度には、リアージュも賛成だ。

 身寄りが無くなったことや周囲の圧力を受けて、召喚の儀式に向かうことになった優秀な人材は数多い。

 国主導ではなく、聖騎士主導ということで対象と出来る者は少ないだろうが、将来的に皇族や各組織の認定が実現するように動きたいと思う。


「レスティオ様が具体的な構想をお持ちのようだけど、生贄集めを担った貴方の意見も重要になってくると思うわ」

「中々難しい案件になりそうですね。その制度に関して私の考えもまとめてみます」


 詳細にはわからないが、概要だけでも考えられる懸念は多い。

 頼もしい表情で思案するロデリオを見て、リアージュは笑顔で頷いた。

 それから、と側仕えに聖騎士のお披露目用に用意した衣装デザインの資料を持ってこさせた。


「これは?」

「私が仕立て屋に用意させたレスティオ様の衣装のデザイン画です」


 パーツごとの図面と、全てを重ねた時のイメージが繊細に描かれている。


「聖騎士にふさわしい衣装だと思いますが、レスティオに気に入られなかったのですか?」

「皆には麗しい御姿だと好評だったそうなのだけど、着付けの時に女性向けに作られているのではないかと仰っていたのですって」


 言われてみれば、確かに聖女ではなく聖騎士なのだから、男性らしさを出して凛々しさを演出したがいいのかもしれないと思い始める。

 戴冠式にも同じ衣装を纏ってもらうつもりだったが、どうにか聖騎士らしさを取り入れたい。

 しかし、時間的に全てを新しく作るのは不可能。取捨選択が重要だ。


「というわけで、仕立て屋を招くから、同席してもらえる?」

「畏まりました。念の為、レスティオの側仕えの意見も聞いてみましょうか」

「そうね。そういえば、レスティオ様の側仕えの件でも、ひとつ要請があるわ」

 

 最後にリンジーの件を告げて、ロデリオを退室させた。


「第一皇妃、か……」

「念願叶ったり、ではありませんか?」


 執務机に戻り、腕を伸ばすリアージュに側仕えが笑顔を向ける。

 皆、誇らしそうな表情をしている。


「それはそうなのだけど、今更な気もしてしまうわ。あの人はどう思っているのかしら」


 封筒に書かれた自分の名前を指でなぞってみると、まぁ、と冷やかすような笑い声が聞こえてきた。


「なぁに?」

「いいえ。私は昔からリアージュ様とユリウス陛下の仲を応援していたもので、微笑ましく思ってしまっただけです」

「えぇ、まったく。昔はレナルド殿下にも負けないほど、リアージュ様に恋文をしたためていたのですよね。懐かしいこと」


 にやける側近たちに恥ずかしい気持ちになりながら、リアージュは熱くなっている自分の頬を両手で包んだ。

 





 自分の執務室に戻ったロデリオは、どさりと椅子に座って息をついた。


「考えることがまた増えた」

「致し方ありませんね。リンジーの件は私の方から連絡しておきますから」

「あぁ、頼んだ」


 リアージュの元へ同行していた側近が動き出すのを見送って、ロデリオは自分が考えるべきことを整理する。

 議会への根回しと、レスティオ対策だ。

 レスティオと話すならお茶会や酒席を催すのが手っ取り早いし気が楽だが、戴冠式の前後は社交に大忙しになる。


「ロデリオ殿下、ラビ王国から参列者の変更の連絡がありました」

「食糧の手配ですが、収穫の目途が立たず、予定していた量が確保できません」


 戴冠式の準備におけるロデリオの管轄に関わる文官が出入りしては課題を置いていく。

 そちらの対処もしながらと考えると、憂鬱で仕方がない。


「減少した分については今時点で詰める必要はない。どうせ、急遽増える国があるだろうしな。食糧については、ドナの方を当たれないか確認しろ。それと、誰か会談予定をまとめた資料を持ってこい」

 

 戴冠式の為に各国から訪れる国賓を城に泊めるので、朝から晩まで会談やお茶会、酒席の予定が組まれる。

 どこでレスティオとの予定を組もうかと考えて隙間を探る。

 大陸会議派遣団が国賓を迎え入れる前に帰還するのであれば時間も取りやすいが、馬車での移動を考えると、確実な予定は組みにくい。


「そういえば、レスティオ様はラビ王国の話に興味を示されていましたね」


 不意に控えていたベイルートに言われて、そういえばと予定表からラビ王国の記載を探す。


「アルドラとカンデの酒席に招くのもいいな。だが、その前に機嫌を窺っておかなければなにをしてくれるかわからん」


 ハイリが生贄になって清々しているかもしれないが、会食から離席した時のように不信感を募らせている可能性も否定できない。

 リアージュが聖オリヴィエール帝国と言っていたことから、戴冠式での挨拶を終え、承認を得られたのだろうが油断してはいけない。


「あぁ、ドナから食糧調達の目途が立ったら、酒類も多めに調達しておいてくれ。叔父上たちもあそこの酒を好んでいるからな」

「レスティオ様は酒席の料理を召し上がられませんから、その対策も必要でしょうか」

「それはあいつが帰ってきてから食べたいものを確認して決めよう」


 考えて用意しても、結局食べられないのでは意味がない。


「そうだ、ルカリオの方はどうだろうな。今はヴィムを付けているが、戴冠式の側仕えを務められるだけの教育がこの短期間で出来ているか」

「リアージュ皇妃陛下の筆頭側仕えを務めたメノン・リムレスがついていますからね。彼女なら大丈夫でしょう」

「状況は確認しておくようにアズルに伝えてくれ」

「はい」


 対策しても対策しても十分な気がしない。

 レスティオが帰ってきたら愚痴を聞かせてやろうと決めて、ロデリオはペンを手に取った。






 城に残るハイリの側仕えたちに話をして部屋を開けてもらうと、クラディナは部屋の中で立ち尽くした。

 側仕えたちは神妙な面持ちでクローゼットの中の衣類を箱に収めていく。

 普段使いの衣装はデザインの好みが違うので、クラディナが引き取ったところで身に着けることはない。


「公務の衣装は引き受けますから私の部屋に運んでおいてください」


 今はサイズが合わないが、いずれ着ることもあるかもしれない。

 側仕えが作業を進める中、クラディナは文机へと向かった。

 すぐ横の棚には公務の書類や手記が収められている。

 手記は聖女様が広めた風習だから出来る限り書くようにクラディナも幼い頃から躾けられていた。

 

「お母様……」


 最近の母は伏せることが多かった。

 もしかすれば、気づかない内に体が弱くなっていたのかもしれないと思いながら手記に手を伸ばした。






 戴冠式の調整を進める中、側仕えが慌ただしくリアージュの執務室に入ってきた。


「リアージュ様っ!大変です、クラディナ様がっ!」


 突然の報せに何事かと思えば、ハイリの部屋の整理中にクラディナが取り乱して部屋の一角を燃やし、自身も火傷を負ったという。

 火の魔術は正しく使えば自身を焼くことはないが、物を燃やし、その火を浴びれば火傷することがある。


「容態は?」

「薬師に催眠薬を処方してもらい落ち着かせましたが、腕や顔に火傷が広がっていて、レスティオ様の癒しがなければ、戴冠式の公務は難しいかと」


 ハイリがレスティオを害した可能性がある状況で、娘のクラディナの癒しが頼めるものか。

 リアージュは頭を抱えて、ため息をついた。


「クラディナは何故取り乱したのかわかる?」

「ハイリ様の手記を読んでいらしたとしか。あぁ、それで、ハイリ様の部屋にあった資料や手記が全て燃えてしまったそうです」

「そうですか。部屋に置いていた資料はどのようなものか情報をまとめさせてください。執務室に必要な資料は残っているといいのだけど」


 外交関係はハイリに任せていたので、リアージュが把握していない部分もある筈だった。

 それを考えて、自分はそれらを覚える必要もあるのだと眩暈を感じた。


「部屋の後片付けは後回しで構いません。クラディナは、レスティオ様が帰還されるまで部屋で休ませなさい」


 悩みの種が尽きない。

 ある意味、厄災の時を迎えているのだと実感しながら、リアージュは今抱えている仕事の整理から取り組みなおした。




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