第69話 ゾフィー帝国との会談
ゾフィー帝国との会談の衣装は大陸会議初日のお披露目衣装が着付けられた。
「レスティオ様。会談の場において、聖を冠する国以外の者が許可なく聖女様や聖騎士様に直接声を掛けることは出来ません。私か陛下に促されるまでは話を聞くに留めてください」
マルクに念押しされて、レスティオは無言で頷いた。
社交上のルールは一度言われればきちんと従うつもりだが、皇族との会食での言動から警戒されている。
初めて訪れる応接室に移動すると、ユリウスとマルクに挟まれる形で待機し、ゾフィー帝国の来訪者を待った。
「本日は、会談の申し入れを快く受けてくださり、誠に有難うございます」
応接室に訪れたのは、ゾフィー帝国皇帝ビスター・ゾフィーと皇妃リナリー・ゾフィー、外交官を務める第二皇子ドグマ・ゾフィー、宰相を務めるセルボルト・ドルフの四人だった。
ユリウスとマルクが挨拶をする横で、レスティオはヴェールの下で笑顔を作って会釈だけする。
着席すると、ユリウスとビスターの世間話から始まり、マルクとドグマ、セルボルトが中心に外交に関わる話が進められる。
会話の中で互いの国の情勢の探り合いも行われており、レスティオは特に口を挟まず交渉に耳を傾ける。
暇潰しに地図を見つめて、オリヴィエール帝国からゾフィー帝国一帯の地形に首をかしげる。
「ぁ、……」
不意にドグマと目が合った。
「レスティオ様、なにかお気づきの点がございましたか?」
ドグマの視線に気づいたマルクは、繕った笑顔でレスティオを見た。
話を続けるよう促したが、聖騎士が気になる様子を見せた方が気になると言われる。
「では、地理に詳しくないので少し気になったのですが、後学の為に少々お聞きしてもよろしいですか?」
交易について語らっているところに割り込むような話題ではないが、折角なので窺いを立てる。
マルクはドグマとセルボルトと視線を交わしてから頷いた。
「地図を読む限り、ゾフィー帝国の海に面した一帯は随分標高が高く、港の記載がないようですが、崖のようになっているのでしょうか?」
「僭越ながら、私の方からお答えさせていただきます。仰る通り、我が国は海に面した一帯が崖となっており、港を有しておりません。各国との交易は陸路か、海路での輸送や渡航の際は、ノーランド王国を経由しております」
陸路では魔物の襲撃を警戒しなければならないし、移動日数がかかる分、護衛の人件費も含めて運送コストが高くなる。
一方、海には魔物が出ない為、海路は安全性が高く、魔術で進行方向や速度を制御出来るので、運送コストが低くなる。
よって、港を有する国は、各国との交易を海路を用いて行うことが多い。
港を有していないゾフィー帝国が海路を用いる場合は、ノーランド王国を経由することが可能だが、関税が高い。
また、ノーランド王国との陸路の距離は短いが、厄災の影響を考えると安全性に欠くことなどを総合的に考えると、オリヴィエール帝国との陸路での交易を重視したいというのがゾフィー帝国の考えだった。
「崖か……港は崖があるから作れない。という考えですか?あるいは、政治的判断で作らないのでしょうか?」
「前者です。作れるならば、港があるメリットは大きいですから、是非とも作りたいです」
ドグマが身を乗り出して真剣な表情で答えた。
「地質など環境にもよりますが、崖下を埋め立てたり、崖を削って舗装することで、港を作ることは出来るかもしれませんよ」
「それは本当ですか」
「崖下への道と船が停泊できる船着き場、それから警備や管理を担うための建物が最低限確保出来れば港として機能させることは出来るかと」
レスティオは地図を一瞥してテーブルの上に魔力結晶の模型を作り上げた。
隣接するゾフィー帝国とオリヴィエール帝国の国境も崖が隔てる形になっている。
崖下にある大都市が皇妹セルヴィア・オリヴィエールが統治するフォンヴェールであり、港も有している。
突如現れた模型に皆驚き注目を集めた。
「このようなイメージでよろしいでしょうか?」
「はい。よろしいかと思います」
「崖下を埋め立てるのは、例えば風の魔術で浮遊すれば下に降りることは可能ですよね。下に降りたら、そこで魔力結晶を放出して足場を作ってしまえば作業用の足場を仮設することは難しくないと思います」
不安ならば、梯子や命綱で繋いで作業をすればいい。
上手く足場を作れれば、崖下への道も魔力結晶で仮設することも可能だろうが、魔力結晶を放出する限界量や工事が済んだ後の回収作業を踏まえると検討が必要になる。
後は、この世界の土木技術次第だ。
港は世界の至る所にあるのだから、足場や行き来するルートが確保出来れば、港を作ること自体は出来ないことはないだろうと推察する。
崖をどのように加工あるいは保護するかも問題だが、いくつか案を提示した後は、ゾフィー帝国の土木業者や建築業者が魔術師と協力して実現可能な工事方法を探ってもらうのがいいだろうと提案を締める。
「これで本当に我が国に港が作れるのか?」
「可能性は大いにあります。どれだけの予算が必要か試算してみなければわかりませんが、長期的なメリットを考えれば検討しない理由はないかと思われます」
半信半疑なビスターに対し、ドグマもセルボルトも目を輝かせた。
港が出来れば、外交の幅も広げられ、交易を拡大できる。初期投資費用は大きいが、厄災が本格化する前に整えられるかどうかで負担は格段に変わってくる。
「ゾフィー帝国との交易ルートが海に確保出来るならば、我が国としてもメリットは大きい。冬の大陸会議にそちらの検討結果を踏まえた会談の場を設けましょうか?」
「是非ともお願い致します。我が国にまで、このような希望を与えてくださるとは、素晴らしい御方を召喚されて羨ましい限りです」
ビスターとリナリーがユリウスと話しを進める中、ドグマは魔力結晶と地図を睨みながら手帳に必死にメモ書きしていた。
その様子をヴェール越しに眺めている間に、話題はゾフィー帝国が召喚した聖女の話へと移った。
「我が国も召喚の儀式を行ったのですが、召喚した少女がどうにも話を聞いてくれる様子もなく、どのように扱うべきか困っております。そこで、是非とも聖騎士様のご意見を頂きたく存じます」
「心中お察しいたします。レスティオ様、どのように思いますか?」
ここからがレスティオにとっての本題だ。
表情を引き締めて、ビスターの方へと向き直う。
「まずはじめに、確認させてください。貴方にとって聖女様とはどのような存在でしょう?」
「それは当然、我が国を救ってくださる尊い御方にございます」
レスティオは頷きながら想定通りの答えを受け止めた。
「何故、そのように思えるのでしょう」
「何故?申し訳ございませんが、それはどういう意味ですかな?」
「何故、召喚した者が貴方の国を救ってくれる、と思うのですか?」
「そんなもの、我が国を救ってくれる者が来てくれるように願って召喚の儀式を行っているのですから、我が国を救ってくれると思うのは当然でしょう」
なにがおかしいのかわからないという顔で答えたビスターに、レスティオはまた頷く。
想定通りが過ぎる。
「それはまた随分と傲慢なお考えですね」
「傲慢?」
「れ、レスティオ様……」
傲慢という言葉に顔をしかめたビスターをレスティオは冷めた目で見据える。
マルクに腕を掴まれるが、引き下がるつもりはない。
「聖女様との接し方を見直すにあたり、簡単なロールプレイングを行いましょう」
「ろーるぷれいんぐ?」
「はい。様々な状況を想定して、その場で自分あるいは周囲や組織がどのように動くか、実際に行動していただきます。これは、経験したことのない事態にどのように備えるべきか、対策の検討や教育の場で使われる手法です」
「ほぉ、それは面白そうだ」
「では、ここからは想像力を働かせてください。今から話す状況を具体的に思い浮かべ、自らを当事者として捉えることが肝要です」
側近たちにも参加するように告げれば、戸惑いながらも皆真剣な顔つきになる。
「では、私が指を鳴らした瞬間、ビスター・ゾフィー皇帝陛下がこの場から消えます。陛下は暫し自分は存在しない者として発言を控えてください。他の皆さんは、ゾフィー帝国の皇帝が消えた状況下で、なにをすべきか考え、行動してみてください」
「それだけですか?」
「えぇ、この部屋から出ていただくわけにはいきませんから、今後どう動くか、結論が出たところで終了とします」
拍子抜けという様子を見回して、手を顔の横に挙げて、指をパチンと鳴らす。
しんっ……と部屋の中は静まりました。
「ぇっと、始まったのかしらね」
「先ほどまでそちらに座っていたはずの陛下はどちらへ行かれたのでしょう。なにも物音がしませんでしたが、この世界の魔術には、人間を転移させるものがあるのですか?」
首をかしげるレスティオに、皆揃って目を瞬かせる。
「いえ。そのような魔術はございません」
「魔術ではないのですか?しかし、ゾフィー帝国の皆様が、皇帝陛下がいなくなられたことに驚いてもいないということは、よくある事象なのでしょうか?」
ユリウスが困惑しながらも応じたが、続くレスティオの言葉には誰も答えられない。
ロールプレイングにどのように参加したらいいのか、視線を彷徨わせるばかりで動けずにいた。
「もう一度ご説明しましょう。一瞬のうちにゾフィー帝国の皇帝が姿を消しました。その状況で、この場にいる皆さんはどのように動くのか想像力を働かせて、行動してください。ユリウス陛下、マルクもご協力ください」
「申し訳ございません。今、ビスターがこの席に座っていないものと考えればよろしいのですよね」
「はい。そのように理解ください。そこには誰も座っていません」
一度仕切り直し、再び開始の合図をする。
しかし、どう切り出したらいいか戸惑いの表情は消えない。
「陛下を守るべき護衛が顔色ひとつ変えていないところをみると、彼が陛下になにかしたのでしょうか。あぁ、それは皇妃陛下たちも同じですね。もしや、オリヴィエール帝国の応接室で陛下を亡き者にすることで、我が国に在らぬ疑いを掛けようとでもしているのでしょうか」
「まさか、そのようなことはないと思いますが。ディット。この部屋の安全を確認するためにも、魔術の跡がないか確認してくれ」
ユリウスに指示されてディットは緊張した様子でビスターの傍に移動した。
「ゾフィー帝国の中にも魔術の痕跡を調べられる者がいるのでしたら、どうぞお調べください。我が国にやましき事はありません」
「では、お言葉に甘えて。陛下の周囲を調べなさい」
リナリーは一瞬安堵の表情を見せたが、すぐに引き締めて後ろの側近たちに指示した。
「ドグマ、セルボルト。ここは、聖オリヴィエール帝国との会談の場です。取り乱してはなりませんよ」
「はい。ただ、皇帝が突然姿を消したことを、どう対処するか、早急に協議が必要です。これ以上、会談を続けることは出来ないのではないでしょうか」
ゾフィー帝国がこれからどうするかを他国の前で話すこと自体おかしなこと。
だが、それを飲み込んではロールプレイングが本題に入る前に終わってしまう。
誘導の言葉を掛ける前に、レスティオはディットに視線を向けられていることに気づき、首を横に振った。
「陛下、ご報告いたします。ビスター皇帝陛下の周囲に魔術の痕跡は見つけられませんでした」
「ほぉ。ゾフィー帝国の皆さんはいかがですか?」
「ぇっと、はい。痕跡は見つけられません」
あると言ってもどれだと問われたら、答えることが出来ないのだから、ないと答えるしかない。
「魔術でないとすると、一体……いえ、原因の追及は後に致しましょう。今は、陛下が突然不在となったことへの対処が先です」
「賢明なご判断かと。我々も現場に居合わせた者として、ゾフィー帝国が決めた方針に沿うように対応致しましょう」
ユリウスが協力を申し出たことで、ゾフィー帝国の方針を伝えるため、今後の対応をこの場で協議することになった。
レスティオは、暫し状況の観察に徹する。
「ビスターは当面体調不良の為伏せていることにします。閉会に出席出来ないことを不審がられるかもしれませんが、幸い、主要な協議は終えていますから、なんとか押し通しましょう」
聖オリヴィエール帝国との会談を最後に体調不良で姿を消しては外聞が悪いので、それ以前から心労が溜まっており、聖騎士から暫し休んだ方がいいと心配を受けたことにする。
聖騎士の口添えとあれば、休養を決意したことも納得してもらえる可能性が高い。
酒席で国の為に協力すると言ったことを、ここで活用されると思わなかったが、レスティオは頷いて承諾する。
「今後の会談でゾフィー帝国について探りを入れられることもないとは限りませんから。我々も、そのように口裏を合わせましょう」
「よろしくお願いいたします」
リナリーの視線がレスティオに向けられたが、続けるように促す。
「もし、ビスターが大陸会議中に戻らなければ、国に戻った後は、ジョーゼを皇帝の代理に立てます。ドグマ、セルボルト、フォローをよろしくね」
ジョーゼとは、ゾフィー帝国の第一皇子の名前である。
外交の場に出ているのは第二皇子のドグマだが、当人に異論は無い様子で力強く頷く。
「兄上の戴冠式を行うならば、国の戴冠式と同じかそれ以降でなければ国民が不安に思うでしょうね」
「長らく伏せているというのも難しいでしょうから、あの子にはなんとしてでも聖女として立ってもらわなければなりませんね」
「しかし、不在が何十年と及んだ場合、伏せたまま、姿を見せることも、葬儀が行われることもないというわけにはいかないのでは?」
レスティオが指摘すると、リナリーは顔をしかめた。
「ビスターが戻ってくることはない、と聖騎士様はお考えなのですか?」
「もし、いなくなった原因が、聖女を召喚するように異世界に召喚されたなら、戻ってくる可能性は皆さんの方がご存じですよね」
聖女が元の世界に帰ったという記録はどこにも残されていない。
異世界へ渡ったと仮定すれば、ビスターはもう二度とこの世界に戻ってくることはない。
リナリーは苦渋の決断をするように唇を噛んで渋い顔をした。
「遺体無き葬儀を執り行うならば、厄災の最中、魔物に襲われたことにするのが良いでしょう。その場合、兵が全員無事では言い訳が立ちませんから、皇族の護衛にふさわしい者たちを十数名、その他の者も数十名巻き添えにすることになりましょうか」
「あるいは、影を用意するかですが、少しでも多く生贄を捧げる為に使ってしまったので、今から探そうと思えば見つけられるかどうか」
「影を見つけるのは難しいでしょう。遺体無き葬儀を行う為にも準備が必要です。冬の大陸会議での決行を見据えるのがよろしいかと」
話し合いの流れを受けて側近たちの表情が強張った。
皇族の傍にいるからこそ、巻き添えに選ばれる可能性が高い。
遺体を残す者、生贄にしてしまう者の選別が必要だろうと真剣な表情で話し合われたところで、レスティオが指を鳴らして話し合いを止めた。
「真剣に取り組んで頂いて有難うございます。次は、ビスター皇帝陛下の番です」
「うむ」
「では、ビスター皇帝陛下は、仮に私の元いた国に召喚されたとしましょう。貴方は一人、周囲を見知らぬ者に囲まれているとご想像ください。私が貴方を召喚した者の役を務めますので、そのおつもりで」
興味深そうに笑みを浮かべてビスターは頷いた。
「貴方のお名前は?言葉はわかりますか?」
「私はゾフィー帝国皇帝ビスター・ゾフィーである。言葉は通じている。其方の名は?」
「貴方が知る必要はありません。質問を続けます。貴方は、どのような能力がありますか?魔術のような技を使えたりするのでしょうか」
ビスターは怪訝そうにするが、聖騎士であるレスティオの手前言いよどむ。
答える様に再度促されて、魔術が扱えると答えた。
「それは良かった。実験の第一段階は成功だ。では、どのような魔術が使えるのか教えてください」
質問が続き、ビスターの表情にはけだるさが見え始めた。
「この質問はまだ続くのか」
「おっと、時間もないので一旦省略しましょうか。おそらく三日三晩に渡り、貴方は質問攻めを受けます。きちんと答えてくれるうちは、多少の休憩や食事はご用意しますので、ご安心ください」
「三日三晩だと……」
「私の国は、とても研究熱心なのです。そして、魔力や魔術というものが存在しない世界です。おそらく、貴方を召喚したとするならば、その目的は、魔力と魔術の仕組みの解明でしょう。この世界に召喚された女性を聖女と呼ぶように、私の世界に召喚された貴方を呼称するならば、実験動物という言葉が相応しいかな」
周囲がざわめいた。
一国の皇帝に対し、実験動物と言ったことに皆驚きを隠しきれなかった。
「じ、実験、動物……」
口元を引きつらせて、到底受け入れられないと不快感をあらわにするビスターにレスティオは頷き返した。
「最初は、貴方にこちらの世界の話を聞くでしょうが、どのような世界か情報を与えられることはほぼないでしょう。いわば、聴取です。住む場所はベッドひとつだけの実験室。常に誰かが監視しています」
「そんな環境に皇帝である私を収めると?まるで罪人ではないか」
「皇帝とかそんなことは関係ありません。だって、実験の為に召喚しただけの人間です。先程の陛下の言葉を借りれば、実験の為に召喚したのですから、実験に協力してくれると思うのは当然でしょう」
ビスターは言葉を詰まらせた。
この世界で聖女を迎える部屋が用意されていたことと同じように、実験体を迎える環境が用意されていただけのこと。
「では、続けましょう。貴方が寝ている間に毛髪や血液、皮膚などを少々採取させていただきますね」
「血液に皮膚だと!?そんなの目が覚めるに決まっているだろう。何故そのような仕打ちを受けねばならん」
「ご安心を。拘束して行いますから、必要以上に怪我はさせません。ぁ、でも、異世界の人間の回復能力も面白い研究要素かもしれません」
声を弾ませて言えば、ビスターの表情は青ざめて、救いを求める様にユリウスを見た。
しかし、レスティオはユリウスの前に腕を伸ばし、広がった袖でビスターから隠す。
「貴方はこの世界にたった一人です。家族も友人も誰もおりません。そして、実験室から決して逃がしません」
「く、狂っているのではないかっ!?聖騎士だから、なにをしてもよいと思うなっ!」
ビスターは席を立って怒鳴った。
「これはロールプレイングですよ。貴方が何と言おうと、もう実験動物の運命から逃れることは出来ません。ただ日々を我々の知識欲を満たすために尽くしてもらいます」
「ふざけるな。そんな世界、気が狂ってしまう。魔術の炎で焼け死んだ方がマシだ」
「それは水を浴びせて消えないならば厄介ですね。まぁ、死んだら死んだで、残った部位を回収して、内臓などは保管用の液体に付けて保管します。そして、また別の実験動物を召喚するとしましょう。あぁ、その前に子を作らせて、その子を実験体にしてもよいかもしれませんね」
皆が青ざめていくなか、ビスターは歯を噛みしめて怒りの表情を見せていた。
そして、レスティオが笑顔で締めたところで、ついに耐えられなくなった怒りのままにテーブルに拳を打ち付けた。
「ふざけているっ!いくら聖騎士様とはいえ、愚弄が過ぎるぞっ!」
ビスターの怒声に、レスティオは笑顔のまま何度も頷いた。
「ロールプレイングに没頭して頂けて何よりです。では、これまでの結果を振り返ってみましょう」
「謝罪の一言もなしか」
「陛下。これはロールプレイング。一種の訓練です。何故、このようなことを行ったのか、ゾフィー帝国の皆さんの中でご理解頂けている方はいらっしゃいますか?」
向けられる怒りを無視して、レスティオはゾフィー帝国の一行に視線を巡らせる。
委縮した雰囲気の中、挙手したのはドグマだった。
「我々が召喚を行うことはどこかの世界に不利益をもたらすこと。そして、召喚した者は異世界に来たことでどのような感情を抱くのか。それを体感することで、聖女様にどのように接したらよいのか考え直すことが出来る。そういうことでしょうか」
「はい。ご理解頂けているようで安心致しました」
ドグマはレスティオの笑顔に安堵した表情をみせると、ビスターの方へと目を向けた。
その視線を受けて、リナリーは、ビスターの肩に手を置いて、怒りを鎮める様に促す。
「先程皆さんは、ビスター陛下が消失した後、皇帝陛下の不在にどのように対処するか、という点に注力していました。ですが、実際に消失したならば家族として、臣下として、感情も揺れたことと思います。人が一人存在を消すことで、悲しむ人がいるかもしれない。冤罪や偽装工作の為に、傷つき、命を落とす人がいるかもしれない。国や組織の中心人物であったなら、そこから、政治や経済が揺らぎ、世界の平穏が乱されることもあるかもしれない。どのような人物が召喚されるかわからないからこそ、あらゆる想像が出来るでしょう」
ロールプレイングの後だからこそ、噛みしめる様に頷きながらレスティオの言葉に聞き入る。
「召喚とは、他の世界から人を攫う行為。貴方がたは他の世界に対する加害者です。自分の家族を殺したら、他人の家族を好きにしていいなんて理論にならないように、自分たちが大量の生贄を捧げたとしても他の世界に危害を与えることは許されることではなく、召喚された被害者に役目を押し付けて意のままに利用できると思わないことです」
「それは、今後召喚の儀式は行うな、ということですか?」
「この世界において異世界から人を攫ってくる必要性は理解しています。ですから、他の世界に痛みを与えた償いを含めて、攫ってきた人間への接し方を考えてください」
ドグマは目をきつく閉じて、神妙に頷いた。
誰も口を噤んで何も言わない様子を見ると、レスティオは続けた。
「どのように接し方を変えればよいか。その発想のきっかけは、自分が異世界に召喚されたなら、と考えればよいのです。ビスター陛下は、先ほど、最期には自死を選びました。これはおそらく、世界中で聖女が減少している、という開会の日の報告にあったことからも、聖女として召喚された人達にも言えることだと思います」
「聖女様が、この世界の扱いに耐えかねて自死を選んでいる、と?」
「はい。では、ビスター陛下、貴方はどのように接してくれたなら、死を選ばなかったと思いますか?自分たちの目的を果たすことしか考えていない人間たちに囲まれた状況で、どうすれば自分を保つことが出来たでしょうか。相談して構いませんから、皆さんも考えてみてください」
話を聞いてほしい、趣味の時間があれば、と思い思いに相談する声が聞こえてくる。
そんな中、重々しい表情で黙っていたビスターが顔を上げた。
「私はせめて、人間として扱われたい。実験動物ではなく、だ」
「では、貴方は今、召喚したその人をどのように思っていますか?」
「聖女様、と」
「国を救ってくれる聖女様、の前に、一人の人間、一人の少女として向き合う。ひとつ、接し方を見直す点が見つかりましたね」
他には?と促せば、心置きなく過ごせるように友と呼べるような存在が欲しいと言い、自分たちがどのように友を得てきたかを考え、どのように人を配置すればいいか検討しようと前向きな検討が進む。
「では、ここでもうひとつ、ビスター陛下に問いましょう。貴方の目に、召喚した人間はどのように映りましたか?」
「人を人とも思わない。そんな、非道な者だと思いました。しかし、我々はあそこまで追い詰めるようなことはしておりません」
「理解できない存在ですよね。かつてオリヴィエールに召喚された聖女プレアの手記に、この世界の人間に対して記述がありました。それは、化け物です。魔力を持たず魔術を扱えない世界から来た人間には、この世界の人間はそのように映るのです」
しんっと静まって、静かに目を瞬かせる。
誰もが自分たちがそのように呼ばれているなど想像もしていなかった表情を見せた。
「理解できない異世界の人間と分かり合うためには、どうしたらいいと思いますか?」
「それは、……言葉を尽くして、どうにかなればいいのですが」
「分かり合う。その為には、一方的に押し付けるだけではいけません。お互いに言葉を交わさなくては。皆さんの周囲に分かり合えないと思う人の一人や二人はいませんか?もし、いるならば、どうしたら理解し合えるのか、この機会に会話してみてはどうでしょう。なにかきっかけが掴めるかもしれません」
さて、と仕切りなおすようにして、レスティオはユリウスを振り返った。
「私からは以上です。長く時間を使ってしまって申し訳ございません」
「いいえ。我々にもとても身になる訓練でした。有難うございます」
会談の終了予定時刻はもう間もなくとなっていた。
最後に挨拶を交わし、ゾフィー帝国の一行を見送ると、引き続き会談予定が入っている為、レスティオは退室を促された。
部屋に戻ると、ネルヴィはおもむろにレスティオの体を抱きしめた。
「ぇ、ど、どうした?」
「俺、レスティオ様の世界にだけは召喚されたくないです」
真顔を崩して青ざめて震えるネルヴィを見て、レスティオは噴き出して笑った。
出迎えたヴィムとハイラックたちは状況がわからず首を傾げるしかない。
「レスティオ様はむしろ召喚されてよかったんじゃないですか?」
「俺が向こうに戻ったならともかく、普通に暮らすにはいい世界だよ。ほら、離れろ」
「はーい……なんだか、ちょっとすっきりしたような。レスティオ様がロゼアンに抱きついたのはこういうことか」
「友好の範囲内に留めろよ。女性相手だと下手すれば犯罪者扱いだからな」
ネルヴィはびくりと肩を震わせて、気を付けると身を縮めた。
魔力結晶で随所に固さを感じる頭を撫でて、レスティオは笑う。
気心の知れた仲のようにじゃれる二人を眺めていたヴィムは、我に返ると大きく咳払いした。
「ネルヴィ。ヴェールにしわが付くでしょう。控えなさい」
「すみませんでしたっ!」
ヴィムに静かに怒られて、ネルヴィはレスティオから離れて背筋を伸ばす。
「レスティオ様はそんなに感極まるようなお話をされたのですか?」
「会談の内容は話せないから、内緒かな」
ゾフィー帝国が召喚の儀式に成功した話は、現時点ではゾフィー帝国の機密事項だ。
皇族との酒席に同行した者は知っているが、知らないことにしなければならない。
よって、召喚された少女に関する話は全て共有してはならない扱いとなる。
ネルヴィも心得た表情で頷き、それ以上、誰も追及はしなかった。




