第68話 皇族との歓談
大陸会議の日程は既に折り返しを迎えていた。
今日はなにをして暇を潰そうか考えていたレスティオは、レナルドからのお茶会の誘いに二つ返事で頷いた。
朝食会以降、皇族たちもマルクも大陸会議優先で、話をする機会が得られていなかった。なので、そろそろ情報が欲しいと思っていた頃合いだった。
「今日はヴィアベルが女性の集いに誘われているので、ようやく、二人で話す時間が取れました」
今のうちにと二人の皇弟妃に贈る花の相談を受ける。
レナルドは、まだ何の花とも言えないが、花のような形を作れるようには練習を重ねていた。
戴冠式にはヴィアベルに花を贈り、東部に帰ったらユアンに花を贈りたいのだと、照れ笑いするレナルドをレスティオは応援した。
「いつか、ブルムヴェールに来ていただけたらユアンや、我が子たちを紹介できるんですがね」
「その機会を楽しみにしています」
帝都周辺の魔物討伐が済めば、そう遠くないうちに東部や西部にも遠征することになることは間違いない。
話の流れでいけば、レナルドの家族や東部の状況について聞くところだが、時間も限られているのでレスティオはあえて話題を変えた。
「ところで、ハイリ皇妃陛下の容態はいかがですか?」
「あぁ、それでしたら、既にコルレアンに引き渡しましたよ。どんな薬も聖の魔術も効かない不治の病ですからね。魔術で保管して、儀式に使うそうです」
知らないうちに片が付いていたことに驚いた。
「保管、ですか」
「えぇ、病気や重傷の者は放っておくと死ぬでしょう?儀式まで生かしておくための魔術というのもあるんですよ。儀式前に魔力を消耗するのは得策とはいえないのであまり使わないですけどね」
レナルドは当然のことを語った。
生贄になった途端、人間が物のように扱われていることを言葉遣いから察する。
保管の魔術の主な用途は、皇族や重鎮が亡くなった場合に各地から葬儀の参列者が揃うまで遺体を保管しておく為に使われると続けて話すレナルドの言葉を聞き流して、質問を続ける。
「では、側近は全員コルレアンに?」
「いいえ。症状がない者たちは、全員引き続きオリヴィエール帝国に仕えたいと言うので残しています。処遇は、今後要検討ですね」
「そうですか」
今後は、リアージュが第一皇妃として扱われる。
コルレアンに渡ったハイリについては、皇室に問い合わせがあった場合のみ、不治の病に罹り母国で贄を望んだと回答することになる。
既に帝都へ早馬が向かっており、先日マルクに頼んだリンジーの件も伝えていると教えられた。
「皇帝陛下は、その件をどう感じておられるのでしょう?」
「特に触れなくて結構ですよ。もう、存在しない者のことです」
一見爽やかな笑顔がとても冷たく見えた。
レナルドとのお茶会を終えて部屋に戻ると、疲労を感じてソファに寝転んだ。
座面は固いがクッションが置かれているので横になれないことはない。
「レスティオ様、ソファは座るところですよ」
「少し休むのに丁度いいんだけどな」
ソファは寝転んではいけないのかと思いながら渋々体を起こす。
座りなおしたところで、部屋に書類を抱えたロゼアンが入ってきた。
「レスティオ様、特別待遇制度の推薦状を受け取ってきましたので、御手隙の時にご確認をお願いします」
「ロゼアン……」
「はい。なんでしょうか」
立ち上がってロゼアンの首に抱きつくと、わかりやすく体が硬直した。
「ぇ、あ、あの、レスティオ様?」
上擦った声に動揺が見えた。
だが、構わず肩に額を置いて体重をかける。
「生贄になる前に相談してくれてよかった」
「は、はい?」
「レスティオ様。お疲れでしたら薬草茶をご用意しますか?それとも、部屋着に着替えてお休みになりますか?」
横からヴィムの声がかかる。
体勢を変えないまま唸って、薬草茶を頼んだ。
「蜜を入れて、ちょっと甘くしてほしいかな」
「かしこまりました」
ヴィムはロゼアンの動揺に構わず薬草茶を用意すべく下がった。
部屋に控えていたユハニは我関せずで、ヴィムに薬草の組み合わせをアドバイスしていた。
「レスティオ様、あの、私は、どうすればよいのでしょう?」
「仲間が生贄にならないように報連相を徹底したらいいと思う」
「は、はい。それは気を付けます」
「よろしい」
ロゼアンから離れると、差し出されていた書類を受け取って、文机の方へと向かった。
特別待遇制度の草案をもう一度確認すべく、引き出しから書類を取り出してペンを手に取る。
「レスティオ様の世界では、当たり前の行為だったんだろうか?」
「そう思っておけばいいんじゃないですか」
「うん……」
困惑する側近たちを無視して、レスティオは夕食の声が掛けられるまで書類に向かった。
―― この世界の人間にとって、聖女は道具であり、生贄はそれを生み出す材料に過ぎない。
「レスティオ様。皇族の皆様から酒席のお誘いが来ておりますが、いかがなさいますか?」
ヴィムの声に思考の中から意識を浮上させた。
「どうしようかな」
「おや、悩まれますか。レナルド殿下とのお茶会でなにか思うところがありましたか?」
優しく尋ねるヴィムを見上げて、そのまま視線を天井へと向けた。
「生贄という存在の捉え方について少し考えていた」
召喚の儀式の材料とはいえ、人間であり、ひとつの命だ。
人間は人間として尊重されるべきだと思う。
「生贄は生贄です。そう思わなければ、召喚の儀式なんて行えません」
静かに告げられた言葉は、ハイラックの口から出た。
「だからこそ、生贄になる前に仲間を救済しようとして下さっていることには、本当に感謝しています」
仲間の入った贄籠はなるべくなら運びたくはない。
レスティオは、ハイラックの言葉をゆっくりと吞み込んだ。
軍務であれば、人を殺したし、住む場所や自然を壊すことだってあった。
レドランド家の人間として戦争孤児や紛争地帯の子供たちに手を差し伸べながら、軍人として割り切ることは知っている。
「ヴィム。酒席の誘いは承諾を返しておいてくれ。ヴィアベル殿下もいらっしゃるなら、護衛にユハニを連れて行こうと思うけれど、どうかな」
「では、ネルヴィとユハニを室内にお連れください。ネルヴィ、調整は可能だな?」
「かしこまりました」
夕食と湯浴みを済ませると、酒席用の簡単な衣装に着替えて、ユリウスの部屋へと向かった。
会食用の部屋でなく、個人の部屋に招くことでプライベートな誘いであるという意思表示になると歩きながらヴィムに教わる。
気を楽にお酒と歓談を楽しんでください、とアドバイスを受けるが、護衛に就くネルヴィとユハニは緊張して憂鬱そうだった。
「急なお誘いにも関わらず、お越し頂き有難うございます」
既に部屋にはユリウスの他に、レナルドとヴィアベル、そして、マルクが揃っていた。
各々、ゆったりとソファに座って、酒を選んでいるところだった。
「御招き頂き光栄です。先日、ヴィアベル殿下がリトラの話をしておりましたので、ネルヴィだけでなくユハニも護衛に就けようと思うのですが、よろしいですか?」
「勿論、構いませんよ。今日は会議ではなく酒席ですから」
室内に立っている皇族の護衛は筆頭揃いだった。
ネルヴィとユハニが並んでも、もう誰も表情を揺らさなくなっている。
レスティオは促されるままソファに座って、ブルムヴェールの名産である果実酒を頼んだ。
「レスティオ様は酒席の料理は召し上がらないと聞いておりますが、果物はいかがですか?」
酒を用意した側仕えたちは酒席の料理を取り分けていた。
酒席の料理を食べないことを踏まえて、それでも食べられそうなものを用意してくれたのだろうとレスティオは笑顔で応じた。
「お気遣い頂き有難うございます。果物であれば、」
「お待ちください。蜜漬けであれば口になさらない方がよろしいかと思います」
咄嗟に声を発したユハニを側近たちが一斉に睨んだ。
「彼は私のことを第一に考えてくれる優秀な護衛であり、薬師です。失礼をお許しください」
「構いませんよ。大事に思ってくれる側近がいるというのは良きことです」
レスティオとユリウスの和やかな会話で、すぐに緊張は緩和した。
「レスティオ様は果物ならば召し上がれるのですか?ご用意しているのは、蜜漬けなので彼の言う通り召し上がれないのでしょうか?」
緊張は緩和したが、果物を勧めた手前、ヴィアベルが側近に準備を指示していいのか困惑した様子で首を傾げていた。
「ユハニ、薬師としての見解を教えてくれるか」
レスティオはあえてユハニに発言を許す。
「先程はお許し無く発言してしまい申し訳ございませんでした。レスティオ様が酒席の料理を召し上がれないのは、料理に含まれる薬用成分が体質に合わない為と考えられます。果物は加工していなければ問題ないでしょうが、蜜漬けした際に加えた材料次第では、体調を崩す要因になりかねません」
果物は大陸会議場まで持参するために蜜漬けにされており、生のものは用意がなかった。
結果、レスティオの前には酒だけが用意される。
「しかし、体質に合わない、ですか」
「そういえば、この話もきっかけはユハニの祖父だったか?」
「はい。祖父のイーズ・リトラが、薬の処方にあたって患者の魔力を確認していたことがあり、恐らくレスティオ様の魔力に酒席の料理に含まれる薬用成分が合わない、という推論に至りました」
興味深いですね、と小さくヴィアベルが目を光らせた。
しかし、丁度酒席の支度が整ったところで、ユハニの話は一旦中断される。
主催であるユリウスの発声に合わせてグラスを掲げ、酒席が始まった。
「レスティオ様には、この数日窮屈な思いをさせてしまって申し訳ございません。想定通りとは言え、レスティオ様との交流を望む者たちが多く、外交上の取引の場も設けなければならず、どうにも段取りを組むのに苦労しております」
プライベートな酒席でどれだけ大陸会議の話が聞けるのかと思えば、ユリウスから話題に出した。
外交上の取引というのは生贄のことだろうと推察して、レスティオは笑顔を取り繕った。
「ザンクに立ち寄った際に聖女プレアの手記を頂いたので、読書をしながらのんびりと過ごさせて頂いております。皆さんがお忙しいことは承知しておりますので、お気遣い無く」
「あら、ザンクに残されているのは、聖女様の世界の文字で書かれていて、解読は出来ないのではなかったかしら」
ヴィアベルが驚いた顔で身を乗り出した。
ユリウスはそういえばそうだったかという反応で、特別興味はないようだった。だが、ヴィアベルの輝く瞳には応えておこうとレスティオは頷いた。
「ザンクを訪れて知ったのですが、私と聖女プレアは同じ世界の出身だったようです」
「まぁ、それは是非どのような記述があったのか、お話を伺いたいものですね」
「私も全てを読み終えたわけではありませんし、情報はいずれ精査した上でお伝えすることに致します」
「楽しみにしておりますわ」
深まる笑みの裏に企みを感じて、レスティオは内心警戒しつつ、ユリウスの方へと視線を戻す。
「もう大陸会議も折り返しですが、私もそろそろ会談に招かれるのでしょうか?」
大陸会議における各国との協議にはユリウスとマルクを中心とした首脳陣が参加している。
その裏で、レナルドやヴィアベルが各国との会食や会談を通して情報交換を行い、協議が落ち着いた頃合いでユリウスやマルクが本格的に各国との個別の交渉に入る。
レスティオは、ユリウスが同席する会談に必要に応じて出席する予定だと言われていたが、未だ連絡を受けてはいなかった。
「明後日にゾフィー帝国との会談を予定していますので、その際に同席していただければと思っております」
ゾフィー帝国といえば、聖女召喚の儀式で公爵令嬢マリティア・リエイラー・スクワローを召喚した国。
モルーナから話を聞いて以来、動向が気になっていた国だったので、会談への参加は二つ返事で受け入れる。
「ゾフィー帝国だけですか?なにか選定基準などあるのでしたら、教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
事情を知らずにうっかり口を滑らせてはいけないから、といえば、ユリウスからマルクに説明を促した。
「内密にお願いしたいのですが、ゾフィー帝国は聖女召喚の儀式に成功しております」
「ほぉ、大陸内に他にも聖女様がいるというのは心強いですね」
あえて何も知らない振りで笑顔を見せたレスティオに、マルクは首を横に振った。
「その者は魔力が発現しておりません。それどころか、国に協力する気がないとか。そこで、レスティオ様に助言を頂けないかと会談の申し入れがあったのです」
マルクの声音は冷たいものだった。
娼館でクアラに聞いた話を思い返せば、マリティアはまだ十六歳。状況を受け入れられていなくても、それは仕方がないと思う。
自分も聖騎士として動けていなければ、そんな目を向けられていたのかと思うと、心のどこかで寂しさを感じる。
「他の国とは、会談の予定はないのか?」
「召喚の儀式を行えていない国との会談は、主に外交上の取引に関わる内容になります。我が国から支援を出せるようになるまで二、三年はかかりますから、当面は不要でしょう」
ただし、戴冠式になれば、各国の使者が謁見に訪れるので応対の機会はあるかもしれないと告げられる。
今回の同行は挨拶が主目的で、必要以上に他国と関わらせるつもりはそもそもなかったのだと理解した。
「他国との関係向上や交渉を有利に進める為に、聖騎士を同席させるという手段が使えるなら協力するのに」
「そのようにレスティオ様を利用するようなことは出来ませんよ」
「道具のように扱われるのは気に入らないが、国の為に協力してくれということであれば喜んで応じるよ」
マルクはユリウスと視線を交わして、検討します、と苦笑した。
「ゾフィー帝国との会談では、他国との会談に参加していないということは伏せたほうがいいかな。先方の参加者の情報や、ゾフィー帝国の現状に関して資料があるなら事前にもらえたら目を通しておくよ」
「資料は準備させておりますので、明日中にはお届けします」
マルクと頷き合ったところで、レナルドが割り込んできて、仕事の話はそこまでだと話を打ち切った。
「折角の酒席なんだ、楽しい話をしようじゃないか」
「そうですね。私もこの席を楽しみにしていましたから、レナルド殿下に賛成です」
笑顔で応じると、それをやめようと目の前に指先を突き付けられた。
「マルクに対してだけ遠慮がなく、気を遣われているのが丸わかりだ。友好的な関係を築くためにも、敬称を外して、畏まらずに話そうじゃないか」
「と、仰いますと?」
「こちらもレスティオと呼び捨てにするから、お前も殿下や陛下と呼ばずに、名前を呼べばいい」
レナルドの言葉遣いは既に随分荒くなっている。
申し出を真に受けるか否か、ユリウスの方へ視線を向ければ、苦笑いで是非にと後押しされた。
「わかりました」
「マルクが相手なら、わかった、くらいで済ませるだろう。腹を割って話している気がしないから敬語は使うな。皇族と聖騎士は同格なのだからな」
指摘するレナルドの目に威圧感を感じて、レスティオは頷いた。
「わかったよ、レナルド。これでいいか?」
「おう」
「同格とはいえ、年下に呼び捨てにされることに抵抗はないのか?皇族なら呼び捨てにされることもないだろ」
以前、皇族以外には気を遣うことはないと言われていたから、マルクやエルリック相手には気にしていなかったが、皇族相手には一応気を遣う素振りを見せる。
特に今は友好的な関係を築く前提で接しているから、不快に思われることは避けたい。
「異世界の人間の年齢ほどわからないものはないからな。レスティオは何歳だ?」
「それは、……黙秘します」
「ほぉ。理由を聞いても?」
「異世界の人間の年齢はわからない、というなら、あえて伏せておいた方がなにかと都合がいいので」
これまで接している者たちのほとんどが年上だ。
今は聖騎士というだけで年齢を気にしていないなら、余計な情報は与えない方がお互い付き合いやすい。
「先日話した通り、俺の体は特別製なんだ。俺の世界の基準でいえば、レナルドは八十歳か九十歳と想定するし、ユリウスに至っては百歳くらいに見える」
「なんとっ!俺はまだ五十歳だぞ」
「それくらいの年齢だと、ロデリオの護衛のエドウェルくらいの見た目が平均かな」
ネルヴィもエドウェルと同い年だが、年齢より若く見えるのであえて例に挙げない。
レナルドは衝撃を隠しきれない様子で腕を組み唸った。
「やはり世界が違うと感覚が違うものだな」
「では、年齢はともかく誕生日はいかがですか?聖女様を迎えた国では毎年生誕祭を催すので、各国から問い合わせが来ているんですよ」
マルクの問いにレスティオはぴたりと固まった。
「日付や時間は元の世界と同じようだとルカリオから聞いていたので、同じ日付で問題ないと思うのですが、いかがですか?」
レスティオは間を置いて果実酒を飲み干すと、ヴィムにグラスを渡した。すかさず、別の種類の果実酒が勧められたので、それを用意してもらう。
「ぇっと、生誕祭、とは?」
「一般的には、贈り物をしたり、祝いの料理を用意して、生まれた日を祝います。皇族の皆様の生誕祭は、城でパーティーを催していますから、レスティオ様の生誕祭も同様に行う想定です」
「レスティオ様の世界には無い文化でしたか?」
誕生日という概念については、レスティオも理解している。
「誕生日は家族で祝う、という話は聞いたことがあります」
ヴィムからグラスを受け取って、果実酒を一口飲んで思案する。
「もしや、誕生日も教えていただけないのかな?」
諦めるつもりがなさそうなレナルドにレスティオは視線をそらした。
「どうしても祝い事をしたいというならば、戴冠式の日を戴冠記念日とでもしてはいかがです?」
「今度は理由も教えてくれないか」
身を乗り出すレナルドに両手を挙げて身を引く。
「我ながらとても幼稚でお恥ずかしい話なのでご勘弁を。酔った拍子に口を滑らせない限り、羞恥に耐えられません」
「おやおや、それは是非ともお酒を勧めたくなりますね。お次はクルールがよろしいのでは?」
「酔いを求めるならルジユの方が飲みやすくて進むのではないかしら」
レナルドとヴィアベルが用意してある酒の中からアルコール度数の高いものを選び始める。
生憎、レスティオはカスタムのおかげで酔うということを知らない。
酔わせようと煽らせ、レナルドたちにも飲む状況を作ることで相手を酔い潰し、話題から逃れようという策だ。
「ルジユは、牛乳と同量で割って飲むと一層進みそうだよな」
「お酒に牛乳ですか?」
「そういえば、以前クルールを水やお茶で割って飲む方法を検証していたと聞いたな。試してみようか」
「俺は構わないが、明日の予定に響かないように抑えたほうがいいんじゃないか?」
「もしもの時は聖の魔術のご慈悲をください。俺はルジユと牛乳を試そう」
心配そうな顔をする側近たちには申し訳ないが、一応気遣う言葉を掛けたので、後は、彼らの自己責任だ。
いくつか割り方を勧めると、各々、好奇心の赴くままに酒と割り方を側仕えに注文する。
「そういえば、マルクの顔色は随分良くなったな。最近は休めているのか?」
「えぇ、そちらのユハニのおかげで、毒物の混入も早期に解決致しましたし、夜も眠りやすくなりました」
「それはよかった。本当に負担をかけすぎていて、申し訳なく思っていたから」
「いいえ。聖女ではないというだけでレスティオを狙う者達が悪いのです。お気になさらず」
軽く手を振るマルクの頬はまだ一杯目を飲み終わったところにも関わらず赤くなっていた。
疲労で酔いが早いのか、単純に弱いのかと思いながら、ヴィムに薬草水の準備を頼む。
「そうそう。レスティオに関しては聖女主義者との確執と婚約者を作らないという点さえ除けば、人手も出費もかからない。その上、厄災の最前線で活躍してくれるのだから、この上ない人材を得たと話していたくらいだ」
レナルドがマルクの言葉に加えるようにして笑って言った。
それに対して、レスティオは首を傾げる。
人手という点では、専属を決めずに最小限にさせていることから、現時点では確かにかかっていない。
「屋敷を貰ったし、報酬も破格で貰っている分、かかるところはかかっていると思うが」
「聖女様の予算として確保していた分を考えれば大したことはありませんよ。それに、服飾や家財の商人に、聖騎士考案の品については利益の一部を収めるようにしたでしょう?おかげで屋敷の維持費などこちらで負担すべきところが随分軽減されています」
予算が余っているなら、今回の護衛騎士に手当の上乗せと剣魔術の研究用資金を確保してもらいたいと告げると、マルクは二つ返事で頷いて、他の皇族たちも承諾した。
手当の上乗せは相場を皇族が把握していないので、帝都に戻った後でエルリックやドレイドと調整することになった。酒の席での取り決めを不安に思うが、酔っていなくても却下する理由がないとその場で覚え書きが作られた。
「それこそ、レスティオの護衛には上乗せするだけの価値がある。あれでは、東部帝国軍から選出される望みはないだろうと思ったくらいだ」
「良き指導者が就けば、東部の兵も見違える可能性は十分にあるよ」
指導者という言葉に反応してレナルドは身を乗り出した。
「そういえば、先日何やら考えがあるような口振りだったな」
悪巧みをするような笑みに、レスティオも笑みを返す。
「実は、まだ成長途上だが、今後剣魔術を始めとして騎士たちの指導者に向きそうなやつがいるんだ」
指導者確保の見込みを告げるとレナルドの目が輝いた。
そのような具体案があるならば、一旦引き抜きはしないように止めておくと約束してくれる。
だが、既に東部帝国軍の誰かが声をかけようとしているのかと、じっとりと視線を送ると、レナルドは笑顔だけ返した。
「言っておくが、東部に譲渡するわけじゃないぞ。今後、西部の軍事強化もあるだろうから、貸し出すだけだ」
「そのような計画は、総帥からも聞いていませんよ」
進む話にマルクが弱々しく口を挟んだ。
レスティオは数日前に思いついた話だからと笑って答えた。
「例えば、半年は帝都での習熟期間を過ごしてもらい、もう半年を各地の軍事教官にあてるというのはどうだろう」
「ほぉ、それは騎士団の者ですか?教官というなら騎士学校に籍を移させるのですか?」
「いや、部隊でも重宝されているから、前線の感覚を養わせる意味でも軍属から外したくはないかな」
問題は、この話をするのはこの場が初めてで、誰の了解も得ていないということだ。
「東部帝国軍への派遣は、特別待遇制度を適用させるのによい功績だと思うんだけどな」
「あら、ロゼアン・ダイナ以外にも候補が?」
「はい。候補は何人か」
「貢献しているから特別待遇を受けるのではないのね」
ヴィアベルに首を傾げられて、生贄からの救済策として以前から特別待遇制度を検討していたことを明かす。
「大陸会議が落ち着いてから相談するつもりだったんだが、ロゼアンが突然生贄候補になっていると言ってきたから前倒ししたんだ」
「あら、困った子ね。けど、そのおかげで、そのような制度を考えていると知ることが出来たのだから、そこは感謝するところかしら」
大陸会議が落ち着いた頃合いには、レナルドとヴィアベルは東部に帰った後になる。
国内の動向を早く把握しておきたいというのは、国政を担うものならば当然の考えだ。
「そういえば、専属の護衛騎士は戴冠式までには任命する予定だろう?筆頭にはレスティオから直接声をかけているのか?」
今時点で候補を出していないのだから、帝都に帰還次第動かなければ調整が間に合わない。
ユリウスが切り出す横でマルクが勢いよく振り返り、赤い顔をしながらも真剣な目で頷き訴えかけてくる。
ネルヴィたちの前で話す気はなかったが、ユリウスにまで問いかけられてはなにも言わない訳にもいかない。
「その件なんだが、予想外に彼らが伸びているだろう?それにまだ成長途上の者も多い。だから、もう少し選定期間を設けて、より良い人材を登用したいと思うんだが、それまでは臨時で任命するように出来ないかな」
戦力として申し分なく、信頼を寄せられる者を選ぼうと思えば、時期尚早感が否めない。
おそらく、ドレイドが騎士団として護衛騎士の正装用のジャケットを購入したのは、護衛に前向きではない様子を見て、臨時護衛騎士の五人が確定ではないと読んだからだと考えている。
「都度、推薦を募って護衛騎士候補を側に付ける。そして、彼らの働きを踏まえて、一年後にでも正式に任命する」
「なるほど。お考えは理解しました。しかし、側仕えはちゃんと考えてくださいね」
「側仕えはルカリオが筆頭でいいと言っているのに」
むぅっと拗ねてみれば、マルクは嬉しいような喜べないような難しい表情で唸った。
また負担をかけていることをレナルドに笑われて、レスティオも笑いながら謝った。
「側仕えはヴィムに推薦してもらった中からちゃんと決めるよ」
「頼んだぞ、ヴィム」
「側仕えはお任せください。そして、この調子ですから、秘書も一人は付けましょう。権利関係の管理や特別待遇制度を補助する人間も必要でしょう」
すべてを側仕えが担うのは無理だとヴィムが注文すると、マルクは唸りつつ頷いた。
既に聖騎士担当の文官はいるが他の業務も兼任しているので、専任にするのは誰がいいかとまた頭を抱えてしまった。
考えるのは今じゃないとユリウスが酒を勧め、酒席は日付が変わる頃合いまで続いた。




