第67話 毒殺未遂再び
「レスティオ様、ご報告させていただいてよろしいでしょうか」
浴室を出ると、待ち構えていたようにネルヴィが声をかけてきた。
緊迫した様子を察して、報告を促す。
「本日の夕食の毒見にて、城仕えのシドム・バーンズが毒により重篤となりました。厨房の監視をしていたエヴァルトが持っていた薬を飲ませたことで、一命を取り止めることができ、今は医者が診ています」
「バーンズ……」
「ロデリオ殿下の筆頭側仕えであるアズル・バーンズの子息ですね」
レスティオが覚えがある家名に顔を顰めると、すかさずヴィムが答えた。
聖の魔術でも解毒は出来るが、既に薬で回復に向かっているならば、あえて出向くことはないと止められた。
「マリスギフトの犯人は捕まったと聞いたんだけどな」
何も知らないと証言して見逃された誰かの仕業だろうかと考えてハイリの顔が浮かんだ。
一人でも多く贄が欲しいと、ここにきて躍起になっている可能性は否定できない。
しかし、大陸会議で各国に紹介した後に聖騎士を毒殺するなど外聞が悪いにもほどがある。
残党が残っていて、聖騎士殺しの役目を果たそうとしたか、処罰対象者の関係者が復讐心を持った可能性の方が高い。
「あるいは、毒が仕込まれたまま気づかれなかった可能性もあるか」
全てチェックしたつもりでも、毒の性質やどこに潜ませたかによっては、この世界の技術を考えれば発見出来なかった可能性も浮上する。
いずれにせよ、マルク達は今頃青ざめているだろうなと考えていると、目の前に炒めた野菜や肉が挟まれたベーグルサンドとスープが並べられた。
「こちらはザンクで用意したベーグルと食材を使用し、フランドール隊の調理場を借りてご用意致しました」
「有難う。お前達の分もちゃんと用意したか?」
「はい。ヴィムを含めてレスティオ様の側近の分をご用意しております」
毒見も済んでいると報告を受けて、レスティオは夕食を食べ始めた。
「ネルヴィ、ユハニは?」
「エヴァルトが解毒薬を所持していたことが不審だと疑われたので、ユハニを聴取に出しました」
「俺の指示だと言って、こちらに回せばよかったのに。まぁ、ハイリ皇妃陛下以外は俺の側近に手を出そうとはしないだろうが、聴取が終わったら報告に来るように伝えてくれ」
「かしこまりました」
ネルヴィの返答に頷いて、レスティオは控えているヴィムを振り返った。
「毒殺未遂の直後に護衛に解毒薬を持たせていることは不審か?」
「そうですね。薬は薬師が管理するものですから、護衛が持つことは稀です。しかし、食事に毒が盛られた場合、薬師は常に付き添っているわけではないので、護衛に持たせるという判断が必要なこともあるのでしょう」
今回の件でまたひとつ勉強させてもらいました、とヴィムは笑みを浮かべて言う。
これまでの考え方ではない発想だったから疑われたというなら、なおのこと、指示した本人を呼び出してほしい。
レスティオはベーグルを頬張ってため息を隠した。
「そういえば、ハイリ皇妃陛下の容態は聞いているか?」
大陸会議の初日にも顔を出さなかったのだから、最早気が乗らないだけではないだろうと推察している。
あえてか否か、ユリウスたちからの報告はないので、レスティオはハイリの様子を把握できていない。
「いいえ。伏せているとだけ。筆頭側仕えも体調不良だそうで、先ほど側仕えと顔を合わせた時には中位とも下位ともわからぬ女性が出てきていました」
夜這いが複数犯だったのかと考えて背筋が冷えるのを感じた。
ハイリもその側近も若くはない。
そんな女性たちに寄ってたかられる光景は想像するのもおぞましく、手籠めにされたプレアが取り乱していた気持ちを少し理解した。
「レスティオ様?」
「なんでもない」
折角美味しい夕食なのに気分が悪くなり、食後には薬草茶を頼んだ。
薬草茶は、すっと体に沁みて、気分を和らげてくれる。
「ヴィムの淹れ方とは少し違うか?」
「おや、お気づきになりましたか。ユハニに気分を和らげるのに良い薬草をいくつか教えてもらったのです」
薬草は種類によって扱い方が異なるので、普段の淹れ方とは違った工夫が必要となる。
この年でもまだまだ学べることが多く、断らず同行して良かったとヴィムは笑う。
「皆、色々と考えてくれるのは有難いな。美味しいよ」
「それは良かったです」
その後、大陸会議でのことを手記に書き出していると、ユハニがぐったりした様子で報告にきた。
解毒薬については、毒殺未遂の被害を受けたレスティオの指示で聖騎士護衛部隊の全員が所持していることを伝えた。
聴取に立ち会った文官はそれで納得したが、城の医師と薬師がしつこかった。
薬の調合方法は薬師の家系に受け継がれるもの。
それは決して口外しないことが暗黙のルールになっているというのに、調合方法も含めて聴取だから答えろと詰め寄られ、交わすのが大変だったという。
最終的には、常識を知らない藪薬師かと説教した挙句、これ以上の追及は聖騎士様の立ち会いを求めると言い切って部屋を出てきた。
「ということですので、もしもの時はよろしくお願いします」
「最初からその対応で良かったくらいだ。ネルヴィ、俺以外からの呼び出しがあった場合は必ず報告して、俺の許可を得てから応じるように周知徹底してくれ」
「はい。お休みの時でも起こした方がいいですか?」
「当然」
レスティオは寝台の天蓋を閉じることはしない。
初日はヴィムに顔を顰められたが、防音で快適に眠るより、いざという時に反応出来るようにしておきたい。
軍人の性だと言えば、そういうものかと常に誰かがそばにいることを前提に承知してくれた。
「お願いします!皆さんを助けてくださいっ!どうかっ!」
夜中に目を覚ましたレスティオは、寝台の横で険しい表情をするハイラックを見上げた。
寝台の方へ駆け寄ってきたヴィムは寝起きの顔を引き締めながら、手にしたガウンをレスティオに羽織らせた。
外に立っているのはロゼアンとユハニで、室内に集まった他の護衛三人はそれぞれ警戒体制を取り、扉を開けた。
「ぁ、せ、聖騎士様!どうかお願いしますっ!ご慈悲をくださいませっ!」
兵達に押さえられながら泣き叫ぶ女性は側仕えの衣装を纏っていた。
そんな女性の姿より、騒動を聞いて駆けつけてきただろう皇族の護衛達やカーン隊が廊下を埋め尽くしている様子に、レスティオはため息をついた。
「カーン隊、各自の持ち場の警備は抜かりないだろうな?彼女を囮にどこかで事が起きた時はお前たちの失態となるぞ」
レスティオが告げると、持ち場を放って集まってきていたらしい兵たちは、声を掛け合って持ち場へと移動していった。
残ったのは皇族の護衛として顔に覚えがある者が数人とザインツだった。
「で、それは?」
「ハイリ皇妃陛下の側仕えの一人で、ミオン・ミルエラです」
発言したのは、ユリウスの護衛騎士の一人、イグラム・マッカーフィーだった。すかさず自分も名乗って挨拶を済ませると、他の護衛たちの表情がぴくりと動いた。こんなことでもない限り側近が名乗れる機会はないとはいえ、今はどうでもいいと呆れる。
「ミオン。泣くのをやめて報告しろ。誰が俺の助けを必要としていて、どのような状況だ」
「は、ハイリ陛下と、側近の者たちが四名。一昨日の夜から皆体調不良を訴えており、今も激しい腹痛に悶え苦しんでいるのです」
城の薬師に薬を処方させたが、一時的に緩和しただけですぐに悪化する。
起き上がるのも難しく、大陸会議に出席することも叶わなかった。
夕食の毒見でマリスギフトが盛られていたことから、毒の線も疑ったが、それにしては死に至らず症状が続いており、医師にも薬師にも原因不明と言われている。
城の薬師がユハニを問い詰めた理由は、ハイリの処方に行き詰まった、という事情もあったが故だった。
「それに対して、皇帝陛下はなんと?」
「放っておくしかあるまい、とだけ。あんなに苦しんでいるのに、酷いです……」
その対応は、つまりはハイリがレスティオの馬車に忍び込んだ犯人であると認めたということだと理解した。
ならば、レスティオがかける慈悲はない。
「皇帝陛下がそうおっしゃるならば、そういうことなのだろう。諦めろ」
「そんなっ!お願いします!あんなにお優しい言葉をかけられていたのに、何故助けてくださらないのですかっ」
床に這いつくばるようにして懇願する姿に、皆同情の色を目に浮かべる。
何も知らなければネルヴィが前に出ただろうが、レスティオの後ろに立って皇族との会話を聞いていたこともあってか、今はただ不審な動きを見せないか警戒を続けている。
ロゼアンやユハニが視線を送る様子が見えたが、すぐにそらしたことから、ネルヴィが同情の余地はないと視線を返したことを察した。
「ミオン。レスティオ様はお休みになられていたのです。こんな夜更けに非常識にもほどがある」
「ですがっ、」
「身の程を弁えなさい。そもそも、お前は聖騎士様の前に膝をつくことが許される身分ではなかろう」
「ぁ……」
ヴィムに身分差を突きつけられてミオンの目に絶望の色が見えた。
側仕えの中で、主人の目の前に出ることを許されるのは上位の側仕えか主人に認められた者だけ。
見ただけでは中位か下位かわからないが、少なくとも彼女は上位ではない。
「例えば」
ヴィムの対応で場が収まるかという雰囲気の中で、レスティオは口を開いた。
その発声に、一縷の希望を見出すようにミオンは顔を上げた。
「ハイリ皇妃陛下らが何故苦しむに至ったか、その理由について告発しにきた、というなら君には慈悲が与えられるかもしれないよ」
「え?」
ミオンの目が大きく見開かれた。
「生憎、例の件については私と皇族、宰相、そして、報告の場に護衛として立ち会っていたネルヴィとディットしか把握していない。だから、告発するなら、事情を把握している者に繋ごうか」
「こ、こく、はつ、というのは……」
「君がなにを話すのか、それは俺の知るところではない。だが、知っていることを全て話す代わりに自分の命は助けてほしいという交渉なら、俺も皇帝陛下も、分不相応な君の話でも聞く価値を見出すかもしれない」
レスティオが笑顔で言えば、ミオンは震えながら口をぱくぱくとさせた。
「レスティオ様。ディットを呼びに行かせましたので、後のことは我々にお任せください。ミオンは、ディットが来るまでに身の振り方を決めるといい」
イグラムの言葉を受けて、レスティオは後を任せた。
暫しの間、ザインツに部屋の前の警備を頼んで、部屋のドアを閉める。
「ユハニ。どこまで状況を把握している?」
「それを聞くのは、ネルヴィじゃないんですか?」
あえてユハニに問えば、少し考えてから答えた。
催眠薬で野営地の警備を手薄になった後、レスティオの馬車に不貞目的で忍び込んだ者がいたこと。
それから、贄籠に生贄ではない者が入れられていたこと。
「察するに、馬車に忍び込んだのはハイリ皇妃陛下と側近なのでしょうが、公言するとレスティオ様と皇族への不敬罪に値しそうなので、心の内に留めます」
「それが正しい。今後、皇帝陛下がどのような判断を下すかわからないが、余計な発言をすれば贄籠に知らぬ間に放り込まれているのはお前達かもしれないからな」
皇室の不祥事ともなれば、誰がどのように動くかわからない。
側にいるからこそ知ってしまうことは多いだろうが、それを理由に大事に巻き込まれないように注意が必要だ。
「レスティオ様。側近として知り得た情報の扱い方については、ザンクの自警団から厳重に注意するよう指導を受けております」
レスティオの懸念を察したように、ネルヴィが大丈夫ですよと笑顔を見せた。
話がそれだけか確認すると、ネルヴィは部屋の外に出てザインツに礼を言って下がらせた。
「エヴァルト、時間だから警備交代な。ロゼアンとユハニは朝の鐘までちゃんと休めよ」
既に来訪者の件は片が付いたこととして、各々動き出す。
レスティオは思いの他機能している護衛たちに感心しながら、ガウンをヴィムに預けて、再びベッドに横たわった。
今朝も皇族の毒見役が二人倒れ、ユハニが作った薬で救われたという報告が届けられた。
毒の混入元の特定がされていないまま朝食の準備が進められていたと聞き、午前中の内にユハニを厨房に派遣して調査を進めさせることになった。
「あら、美味しい。お酒と一緒にチーズを食べることはありますが、これは全く違った味わいですね」
「うん。このスコーンとやらは、パンとも、菓子とも違っていて面白い」
レスティオの朝食の席は会食用の部屋に用意され、皇族が同席していた。
朝食にはスコーンとクリームチーズにオムレツが用意されている。
「お気に召していただけたなら良かったです」
昨晩の皇族の食事は、大陸会議場に訪れている各国の商団から食材を調達し、東部から持参した調理道具を使って急遽用意された。
しかし、大陸会議が始まって間もなくに大量の食材を購入すれば、不審に思う国が出てくる可能性があるので、頻繁には使えない手段だった。
そうなると、食事の量を調整したり、食べられない者が出てくる。
「レスティオ様にこんなところまで頼りきりになってしまって、恐縮です」
顔色の悪いユリウスは食事の進みが遅い。
今日以降の会議では、他大陸との連携や大陸内における交易等の課題事項を順次議論することになる。
昨日の近況報告では、どの国も魔物討伐、飢饉対策、衛生管理など課題を多く抱えていて苦しい状況を熱弁していた。
それは、暗に聖騎士召喚に成功したオリヴィエール帝国からの支援を求めるもの。
ある種の戦いの場に赴く皇族には英気を養ってもらいたいと、今朝はレスティオから朝食に誘ったのだ。
「お気になさらないでください。私は、皇族の皆様とは友好的な関係を築いていきたいと思っていますから」
「有難いお言葉です」
「食後には、薬草茶をご用意致しますから、大陸会議前に暫し肩の力を抜かれてはいかがですか?」
レスティオの言葉を受けて、ユリウスの肩の力が少しだけ抜けた。
「おや。てっきり、昨晩の毒の混入の件か、あるいは側仕えの件で、探りを入れるための朝食の誘いかと思いました」
和らいだ雰囲気に水を差したのはレナルドだった。
「そのつもりでしたが、陛下の顔色の悪さを思えば、気も変わります。大陸会議で隙を見せて他国に付け入られては、そちらの方が大事になるでしょう」
「ほぉ」
「各国の情勢や関係性を把握していれば私も外交に協力したいところですが、今はそれが出来る立場ではありません。ですから、この食事はせめてもの後方支援です」
毒の混入の件は、ユハニが調査に加わるのだから自ずと情報が集まる。
側仕えがどのような証言をしようとも、ハイリとその側近が馬車に乗り込んだ犯人であることはほぼ間違いないとわかっている。
同時に、近いうちに死ぬとわかっている人間の処遇がどうなろうと重要な問題ではない。
「邪推をして申し訳ございません。このように気遣ってくださる聖騎士様を我が国に迎えられて喜ばしい限りです」
食事を終えると、薬草茶のカップがテーブルに並んだ。
香りだけでもすっと気分が落ち着き、心地よくなる。
「しかし、やはりリトラの薬師は優秀ですね」
不意に褒め言葉を口にしたヴィアベルにレスティオは首を傾げた。
「ユハニ以外に、リトラの薬師をご存じなのですか?」
「昔、魔術師団の遠征中に魔力中毒を起こした時に、薬を処方してくださったのが、イーズ・リトラという薬師だったのです」
ヴィアベルは皇弟妃になる以前は魔術師団に所属していた経歴を持っている。当時のことを懐かしむヴィアベルに話の続きを求めた。
魔力中毒を起こした場合、自然回復する可能性は低く、死を待つしかないと思われていた。
しかし、イーズは、薬が希少なだけで手がない訳じゃない、と笑い飛ばして薬を調合してくれた。
「丁度仕入れの帰りで薬草がある、お嬢さんは運がいい、なんて仰って、取り乱す私や仲間たちを落ち着かせてくれました」
決して安くない薬を処方してくれたはずなのに、回復を待つ間に森の奥の薬草採取に付き合ってくれと護衛を頼んだだけで、金銭を要求せずに去っていった。
今はガナルの街で小さな製薬店を営んでいるが、元々知る人ぞ知る旅の薬師で、その血筋を辿れば聖女に行き着くとも噂されていると知り、当時の魔術師団では凄腕の薬師としてよく話題になった。
「魔力中毒の薬の製法はリトラの秘伝だそうですから、魔術を騎士団に取り入れようとしている今、一層欠かせない人材になりそうですね」
「そんなに優れた薬師ならば、騎士団ではなく城に置くべきではないか?」
ヴィアベルの話を聞いていたレナルドが、薬師連中が是非とも城に迎えたいと言っていただろう、と身を乗り出した。
その言葉にレスティオは待ったをかけた。
「本人が望むなら止められませんが、ユハニは前線で動ける上に、負傷兵の救護や延命処置が出来る貴重な人材です。厄災の対応にあたっては、私の近くに置いておきたいです」
引き抜かれたくないと訴えれば、それなら致し方ないとあっさり引き下がった。
聖の魔術では死者を生き返らせられないことを考えると、レスティオが駆け付けるまで命を繋げられる者の存在は大きい。
「もしや、ユハニ・リトラは正式な護衛騎士候補の一人ですか?」
「いえ、籍は騎士団に留めておきたいと考えています。私の護衛にすると、最優先事項が私になってしまいますから」
ユハニに期待するのは、戦場で一人でも多くを生かすこと。
近くで負傷した者はすぐに治せるのだから、レスティオを側で守る護衛にする意味がない。
レスティオの指示で動かせる直属部隊を編制するならば話は別だが、その前に護衛を選定しなければならない。
今の計画では先は長い。
「なるほど。優秀が故に期待する役割があるのですね。では、そちらのネルヴィはどうなのですか?」
レナルドの値踏みするような瞳を見て、レスティオは少しだけ不満そうに表情を作った。
「私の護衛騎士は誰一人として東部に譲るつもりはありませんよ」
「それは残念です。東部はまだ厄災の影響が少ないとはいえ、人材の育成をどうしたものか頭を抱えているのですよ」
一人くらいどうですか、と食い下がるレナルドをヴィアベルが嗜めた。
「帝都とて魔術師団が機能していない状況なのですから、こちらが学ばせてほしいと思うならば、何人か送って学んだことを持ち帰ってもらうしかないでしょう」
「まぁ、そういうものだというのはわかるんだがな。あそこまでの戦力さを見せつけられると、指導者としてでも来てもらえないかと思ってしまう」
「なるほど、指導者ですか……」
レスティオはふと思いついた計画の妥当性を思案する。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、指導者の件は、またいずれお話ししましょう」
レナルドとヴィアベルの表情に期待の色が浮かんだ。
「レスティオ様とは協議したい事項が多くありますから、時間を作れるように調整致しましょう」
静観していたユリウスは側近たちと頷き合い、退席を告げた。
もうユリウスたちは会議や会談に向かう支度をしなければならない時だった。
「ご報告いたします」
部屋に戻ってしばらくすると、ユハニが毒の混入に関する調査の報告にやってきた。
毒の混入元は調味料だった。
成分の比重の関係で底に沈んでいたことと、予備として持参していた分だったことから、昨日まで混入が発覚しなかったと推測される。
その推測を元に、調査を担当している文官が、料理人たちへの聴取と毒殺未遂の資料の確認を進め、今回の件については毒物の検出および廃棄の漏れが原因であると結論づけられた。
「毒の混入が証言されている調味料はすべて押収し、新しく調達したものを使用して昼食の準備に取り掛かるとのことです」
ユハニが確認して毒の混入が確認できなかった分も、念のため、押収対象となった。
押収したものは捕らえている者の処罰が決定するまで保管され、然るべき時に廃棄される予定だ。
「そうか。ご苦労様。解毒薬の在庫は?」
「ネルヴィと私が持っている分で最後です。フランドール隊の隊長と小隊長にも渡していたのですが、ダイナ隊の持参した調味料にも毒が混入していたようで、レイルの指示で薬を薄めて対処したと報告を受けました」
思わぬところで毒が広がっていたことにレスティオは驚いた。
ダイナ隊は皇室付きの部隊ということもあり、城から便宜を図ってもらっている。毒が混入していた調味料も分け与えられていたものだった。
レスティオは、必要に応じて解毒に駆けつけることを各所に伝達しておくように頼んだ。
救援が間に合わないことを想定して解毒薬を用意させているのであって、聖の魔術で解毒出来るのだから動けるときには動くつもりだ。
「ユハニが機転を利かせて配っておいてくれたこともそうだが、フランドール隊にレイルがいてくれてよかったな」
「えぇ。薄めたことで中和出来なかった分の毒にも、即席で追加の薬を作って対処したそうです」
ユハニはどこか自慢げだった。
念のため、解毒作用のある薬を作らせて置きたいと材料の融通を頼まれて、レスティオは頷いた。
「作らせる、ということはレイルに作らせるのか?」
「はい。私は護衛として、レスティオ様の側に控えている必要がありますので、今回はレイルに任せます」
弟も優秀だというところを見せたいと目が輝いていた。レスティオは思わず微笑ましい気分になった。
「そういえば、イーズ・リトラというのはユハニの親戚か?」
「イーズは祖父ですが、何故レスティオ様がご存じなんですか?」
「ヴィアベル殿下が昔助けてもらったことがあるらしくてな。リトラの薬師は優秀だと誉めていたよ」
「私は祖父には遠く及びませんが、お褒めの言葉は有り難く預からせていただきます」
レイルに薬の材料を届ける役目を訓練に向かうロゼアンに任せて、暇つぶしがてら、リトラの歴史について聞かせてもらってその日は過ごした。




