第66話 大陸会議の始まり
皇族達より一足先に天幕を出ると、レスティオはヴィムにザンクから持ち込んだ荷物を開けてもらった。
「護衛部隊は朝食を済ませているかな」
「我々とフランドール隊は済ませていますが、他は先ほど調達から戻ってきたところなので、準備する時間がないようですね」
食材の管理や食事の準備は各隊ごとに行うことになっている。
これから調理しようにも、朝の鐘以降出発の号令がいつ出るかわからない。
そのため、食材を前に護衛部隊だけでなく文官や城仕えたちも、朝食を我慢するという選択に至っている。
「じゃあ、このスコーンを二個ずつ包んでもらえるか?」
紙包にスコーンを包ませると、皇族の天幕の外に出ていたディットを捕まえて、馬車の検分のお礼にと一包み渡した。
皇族は一緒に食事を取ったが、側近は食事を取れていないため、時折空腹の音が聞こえてきていた。
少しは腹の足しになればいい。
それから、ダイナ隊がテントを片付けているところへ足を伸ばす。
全員が肩を落として顔色を悪くさせている様子を窺いながら、隊長であるラズベルに声をかけた。
「ラズベル。ちょっといいか?」
「レスティオ様……なにか、御用でしょうか」
「今朝、俺が捕らえた者を呼んでもらえるか?」
周囲にいた者たちが息を呑んで視線を交わし、緊迫した雰囲気が伝わってくる。
ラズベルが指示するまでもなく、今朝レスティオに捕らえられた者たちは自ら前に出てきた。
人数を確認して頷くと、ダイナ隊だけでなくあちらこちらから何事かと視線を向けられているのを感じた。
「先ほど、宰相閣下からダイナ隊の証言を聞いた。派遣団の護衛として不測の事態に対応すべく努めていたことに気づかず、疑いをかけてすまなかった」
「え」
謝罪の言葉と共に頭を下げるとざわめく声が至る所から聞こえてきた。
謝罪されると思っていなかったのか、驚いて固まってしまった彼らに、お詫びの品だと言って、スコーンの包みをひとつずつ渡した。
「引き続き、良き働きをしてくれると期待させてもらうよ」
「は、はっ!お褒めに与かり恐悦至極にございますっ!!」
強張っていた表情は一転して歓喜に満ちたものになった。
レスティオがダイナ隊から離れると、スコーンを受け取った者達は早速包みを開けて仲間達と分け合った。
視線を動かせば、ディットの方も側近仲間と分け合って食べている姿が見えた。
「もう少し用意しておけばよかったかな」
「予算的に用意できるだけ備えたんですから、これ以上なんて無理ですよ」
ザンクで多額の買い物や出資をしたので、持参していた所持金は半分も残っていない。厳しい目をするユハニにレスティオは大人しく黙った。
元々は毒殺対策で用意した非常食だ。あまり分け与えては、万が一の時にレスティオと側近の食事が足りなくなる。
「レスティオ様」
声をかけられて振り返ると、皇族達が天幕を出てきたところだった。
「よろしければ、大陸会議場まで馬車をご一緒しませんか?聞けば、ヴィアベルと魔力結晶の使い方についてお約束をされたとか」
笑顔のレナルドに誘われて、レスティオも笑顔で応じた。
すると、ヴィムに肩を掴まれて、移動の準備が整うまでの間に軍服から正装へと着替えさせられた。
レスティオが馬車から出る頃には天幕は全て片付けられ、派遣団の全員が中央に集められた。
マルクから今朝の一件について説明があり、各護衛部隊に厳戒態勢が要請される。
解散の前には、ザインツが代表して東部帝国軍の無礼を謝罪し、ネルヴィが代表して謝意を受け止める場面もあった。
大陸会議派遣団が国境を越え大陸会議場へと進む中、レスティオは約束通りハイリを除く皇族と共に馬車に乗っていた。
馬車にはいくつか魔法陣が刻まれており、レスティオが警戒しないように最初にどのような役割があるのか説明がされた。
今は天蓋のカーテンによく使われる防音の魔法陣にのみ魔力が注がれているが、防暑、防寒などの魔法陣も備わっている。
また、レスティオが城内の椅子の座り心地が良くないと言っていたことがモルーナから伝わっており、座面にはクッションが敷かれていた。レナルドとヴィアベルは、これを気に入って道中の街でクッションを調達させたと笑って話した。
「んー、箱は作れましたが、蓋を作るのは調整が難しいですね」
「感覚を掴んでしまえばすぐですよ」
話をしながら、各々手の中で魔力結晶を捏ねていた。
ユリウスとレナルドが必死に棒にしてみたり、広げて円盤を作るのに対して、ヴィアベルは立方体から箱に変形させていた。
蓋も手の中にあるが、サイズが合わないようできちんと閉められていない。
「レスティオ様はよく魔力結晶で物を作ろうなんて思いましたね」
「むしろ、こんな便利なものを活用していなかったことに驚きましたよ」
「ちなみに、入れ物の他にはどのようなことに活用されているのですか?」
レスティオは最初に調理道具を作ったことを挙げて、それを見ていた護衛たちがテントの骨組みや馬の囲い、灯台とあらゆるものに応用し始めたのだと語る。
きっかけひとつで、発想を広げて様々な用途を見出したのは、ユハニたちの功績だ。
「彼らは、先遣隊として道中の魔物討伐が第一目標となることを踏まえて、荷物を必要最低限に抑えるために魔力結晶で補えるものは補おうと研究してきたと話していました」
「実に興味深いです。荷物を減らすことが出来れば、機動力を維持すると共に遠征費用も減らせますし、物資の調達面でも有用でしょう」
ヴィアベルは真剣な表情で頷いた。
「魔術師でもこのような使い方はしませんから、習得に時間を要するかもしれませんが、騎士団の者が一ヶ月程度で習得できたと知れば出来ないとは言わないでしょう」
ふふふっと妖しく笑うヴィアベルを横目にレナルドは楽しそうだなと魔力結晶を手のひらに吸収した。
「普段魔力なんて使わないからな。久しぶりに使うと疲れる」
「たまには使わないと、いざという時に制御できなくて困ることになりますよ。そうだ、一緒に魔力結晶細工の作品が出来たら、きっと楽しいですよ」
人によって魔力結晶の色合いが違うからこそ、組み合わせれば芸術品のような作品を作り出すこともできるだろう。
ヴィアベルの発想にレナルドはあまり乗り気でない様子で唸る。
レスティオは馬や猫の置物を膝の上に転がして、共同で作るならどんなものがいいだろうかと考えた。
「魔力を混ぜることなく一緒に作品を作るならば、こんなものはいかがですか?」
「あら、お花ですか?」
作り出した置物はさておき、花を一輪作り出してヴィアベルに見せる。
続けて一輪挿しの花瓶を作って差し込んだ。
「花瓶や活ける花の組み合わせ次第で、色々と楽しめると思いませんか?」
「あら、ユアンが好みそう。レナルドが花瓶を作って、皆で挿していくというのはどうです?」
ヴィアベルに提案されると、レナルドは表情を緩めて再び魔力結晶を作り始めた。
きっと、女性にはいい格好をしたいところがあるのだろうと、共同制作の計画を練る二人を微笑ましく思う。
「皇帝陛下はリアージュ陛下とは良き関係なのですか?」
「どうでしょう。そうあればいいと思いますが」
ユリウスは聞いてくれるなという雰囲気で答えをはぐらかす。
「例えば、魔力結晶で作った花を愛しい女性に贈るというのは、この世界では好まれないでしょうかね」
「そもそも、魔力結晶で細工を作るということ自体がこれまでにありませんでしたからね。レスティオ様から発信されたならば流行となるかもしれませんが」
豪奢なバラの花を作って問えば、ユリウスは手の中の魔力結晶を捏ねながら唸った。
「あら、私は素敵だと思いますよ。リアージュ様もきっと喜ばれるのではないかしら」
「例えば、戴冠式の式典で髪飾りやブローチのように付けていたら注目されますかね」
「それは出来次第でしょうね。レスティオ様の花は素敵ですから付けてみたいと思いますが、レナルドが嫉妬してしまうから自分で作れるように練習してみようかしら」
ヴィアベルは笑顔でレナルドの顔を覗き込んだ。
自分で作るといいながら、視線でねだられて、レナルドは渋い顔で唸る。やがて、頑張ると宣言して、レスティオの花を見本に花びら作りに挑戦し始めた。
「喜ばれるだろうか……」
ユリウスも悩みながら花を作り始めたので、レスティオは花びらから丁寧に作り、手本を見せた。
「皇帝陛下の魔力結晶の色だと、このような形にすると、あなたが愛しいという花言葉の花になりますね。あるいは、こうして、生涯を共に過ごしたい、とか」
「レスティオ様は花に詳しいのですか」
「女性は花を贈ると喜んでくれますが、花言葉を間違えると大変なことになりますから。色が違うと意味が変わるので、一概にこう作ればいいといえないのが難しいところです」
参考にユリウスに花を渡しておく。
すると、レナルドが自分の魔力結晶の色ならどうだと身を乗り出してくる。しかし、レナルドの場合はヴィアベルが目の前にいるので、後日時間を作ると約束して、まずは花を作る練習を勧めた。
「どちらが先に作れるか勝負だな」
「うむ」
ユリウスとレナルドが頷き合い、必死な顔で花作りに集中し始めた。
「ちなみに、レスティオ様の騎士も花を作れるのですか?」
「作れますよ。元々、魔力結晶細工が出来たこともあってか、手本を見せたら、割とすぐに作れていました」
「それは負けられませんね。魔術の練習をあまりしてこなかったはずの騎士でも作れるんですものね」
言いながら、ヴィアベルは雫型の魔力結晶をいくつか作って花の形に繋げて見せた。
雫型を薄く広げて、花に近づけていく手元を見つけてレスティオは感嘆した。
大陸会議場に到着してからも、場内の部屋が整え終わるまで魔力結晶細工を続けた。
準備が終わって声を掛けられると、重要な話し合いでもしていたかの様に表情に引き締めて馬車を降りる。
皇族の護衛と場内警備に指名された東部帝国軍騎士団のカーン隊以外は、既に外苑で野営の準備を進めていた。
レスティオは途中で皇族たちと分かれ、ヴィムが整えた部屋に通された。
皇族の利用を想定した貴賓室が各国ごとに三部屋ずつ用意されており、そのうちのひとつが割り当てられている。
家具は文机と応接用のテーブルとソファ、それから部屋の奥に天蓋付きのダブルベッドや化粧台、ダイニングテーブルが備えられていた。
室内には浴室やトイレの他、側近用の控え室があり、物置きや給湯室として使われる。
側近用の部屋は左右に一室ずつ繋がっている。主に護衛と秘書や側仕えで分けて使用するが、レスティオが側近として連れている人数が少ないので一室だけ使用し、もう一室は場内警備を担うカーン隊の控え室に割り当てられていた。
そのため、側近用の部屋と繋がっている扉のひとつは塞がれている。
「大陸会議は明後日から始まりますので、こちらの資料に目を通されたら、暫くお寛ぎになってください」
ヴィムは、マルクから預かっていたという書類を文机に並べると、お茶の準備を始めた。ネルヴィたちは交代で配置につくことになる。
大陸会議のスケジュールと、想定されるレスティオの出番と振る舞い方に関する注文が書かれた書類に目を通した後は、レスティオの世界における刑罰について情報提供用の資料作成に取り掛かった。
時折、剣魔術の研究や訓練のカリキュラムの相談を受けながら、特に皇族から声がかかることもなく開会までの日を過ごした。
至る所にレースや刺繍がふんだんに施された豪奢な衣装を着せられてレスティオは唸った。
首周りはレースで覆われ、ズボンの裾はドレスの様にひらひらと仕立てられている。
ワイドカラーのシャツを重ねて前を留めると、襟も袖も裾も煌びやかな装飾と共に広がり、ワンピースドレスにしか見えない。
さらに、くるぶし近くまで丈のあるロングジャケットを羽織ると、袖のスリットからシャツと羽織物の袖が垂れ下がり、腰から下はプリーツが広がった。
「聖女仕様な気がするのは俺だけかな」
「よくお似合いですよ」
着付けたヴィムは衣装への文句を聞いてはくれなかった。
周辺諸国を含めた聖女の初披露目の衣装資料を参考に、リアージュがなるべく軍服の要素を取り入れるように仕立て屋と試行錯誤をして作らせたという。もう少し、男性皇族の衣装も踏まえて考えてくれれば良かったのにと思いながら、全身をチェックする。
「髪はそのままでよろしいでしょう」
「髪を固められる整髪剤があるなら整えたいかな」
「おや、整髪剤をご所望でしたか。申し訳ございませんが、城には準備がありませんので、戴冠式までに手配させましょうか」
「この世界ではあまり髪を整えないのか?」
レドランド家に関係する社交の場ではよく前髪を上げてセットしていた。そうすることがマナーであると学んでいたが、この世界では違うのだろうかと首を傾げる。
「整髪剤の香りが良くないことと、洗い流すのが大変という理由であまり使われません」
「香りか……それは使うか悩ましいな」
レスティオは少し考えて鏡の前で唸ると、手櫛で髪を整えつつ、魔力結晶を薄く絡ませてみる。金色の髪に虹色が覗くが、毛先を内側に持っていきつつ、なるべく薄くしていけば光の加減で不思議な色合いが見えるものの室内ではさほど目立たないまとまりになる。
「これくらいでどうかな?」
「ほぉ、髪を下ろしているときより随分凛々しい印象になったように思います」
「髪型でそんなに印象が変わるんですね」
室内ということもあり、ネルヴィは少しばかり気を緩めている。
レスティオは、ネルヴィの魔力結晶が赤みのあるオレンジだったことを思い出し、きっとオレンジがかった金髪に合うだろうからと整え方を教えた。
「ネルヴィは前髪を上げるよりサイドに流した方が年相応に見栄えするかな」
「ぁ、あの、俺は控えているだけなので、そんなに考え込まなくても大丈夫ですよ」
「身だしなみは大事だよ。自分の心構えも、相手の印象も変わる。大事な場でこそ意識するように」
「はいっ!」
部屋を出る時間までヴィムとネルヴィたちを相手に身だしなみと社交上のマナーについて語らい過ごした。
やがて、ドアがノックされると、衣装の仕上げにマントとヴェールが加えられた。万が一の場合に身動きのとりにくい衣装を一睨みして、ネルヴィたちと共に部屋を出た。
初日の会議は最も参加者が多い。
マルクを先頭にハイリを除く皇族と護衛や秘書が続き、その後ろにレスティオとネルヴィたちが続く。さらに後ろには、大陸会議に出席する文官達がずらりと行列を成していた。
議会場の扉の前に控えていた者が扉を開くと、既に入室している各国の参加者達の賑わいが聞こえてきた。その声はレスティオが会場に入ると同時にどよめきに変わる。
「あのヴェール、まさか聖女か」
「オリヴィエール帝国は前回まで生贄を集めていたはず。いくらなんでも披露目には早いだろう」
「先走ったか」
「癒しの力を使える世界の出身やもしれん」
探るような視線が集中しているのを感じながら、レスティオはヴィアベルの隣に腰を下ろした。
大陸会議初日の夜は、会議の中で報告された各国の状況を踏まえた対策会議が行われる。
マルクを中心とした文官達が議論し、皇族が国の方針を検討する場になるため、レスティオは部屋で寛いでいた。
「レスティオ様、ご入浴の準備が整いましたよ」
「うん」
浴槽に入ると、ヴィムに身を任せて、大陸会議の内容を思い返す。
大陸会議は言葉通り、大陸内の各国を集めた会議だが、上位の会議体として世界中の大陸の代表国が集う会議が存在した。
開会宣言後、まずは、エディンバラ大陸の代表国であるアルジェア王国から、世界会議での報告事項が共有された。
そこで告げられたのは、今後厄災は苛烈する一方であるという予言があったこと。エディンバラ大陸を始め、厄災が予言されている国は警戒を強めるように、一刻も早く聖の力を得るように尽くさねばならないということだった。
オッドレイ大陸では、厄災が始まる前から数えると、他大陸からの派遣を含めて十人を超える聖女が関わった。
それだけの聖女を集められたのは外交努力の賜物だが、しかし、生存しているのはそのうち三人だけ。それも、現在は老体で動けなくなっていたり、復興に注力しており、他大陸に派遣できる状況ではない。
近いうちに厄災が訪れると予言されているセルピアード大陸では、召喚した聖女が不慮の事故に遭い、大陸全体で聖女を一人しか確保できていない。
他の大陸も、抱えている聖女は少なくなる一方で、他国へ派遣する余裕はないと宣言されている。
(聖女の減少。それはつまり死んだということだよな……)
魔物にやられたのか、耐えきれなくなって自死を選んだのかはわからない。
だが、プレアの手記で同時期に活動していた聖女の数を思えば、今の状況は深刻なのだろうと思える。
「なにやらお悩みですか?」
「少し、状況を甘く見ていたのかもしれないと思ってな」
ハイリが何が何でも生贄を集めるのだと必死になっていたのも頷けるほど、今は聖女が少ない。
厄災という特殊な状況に対応できる聖女という意味でいえば、もっと限られる。
それを印象付けるように、レスティオの挨拶では、聖の魔術だけではなく魔物討伐まで出来るとは羨ましいと、獲物を見るように目の色を変えた者が大半だった。
男というだけで騒がれていたのが嘘のように受け入れられて、拍子抜けしたくらいだ。
「厄災のことですか?」
「あぁ。オリヴィエールを中心に見ていたが、世界規模で深刻視されている状況を踏まえると、世界の情勢を踏まえた戦略が必要になるだろ」
生憎、そこまで深いところには関わらせてもらえていないが、だからといって、知らないままでいいとは思えない。
「国だけでなく世界を見据えられますか」
「見て見ぬ振りは出来ないだろ」
レドランド家は世界情勢に目を向け、国内外で活躍してきた家だ。
困窮している国があればなにかしらの支援を行うのは当たり前で、見過ごしのないようにすべく情報網を広げていた。
この世界に世界規模の情報網を築くのは簡単じゃないと思いつつも、なにか手はないかと考えてしまう。
「そこまで考えてくださるとは、心強い限りですね。主人が聖女を超える救世主になるかもしれないと思うと、是非とも生き永らえて見届けたいと思ってしまいます」
笑顔で言われて、流石にそこまではくすぐったいと苦笑した。




