第64話 夜襲
濡れた感触とじんわりと感じる生暖かさ。
頭の中に不気味な笑い声が聞こえてきて、唸り、身じろぎしようとするが体は動かない。
何かの毒に侵されているのだろうかとどこかぼんやりする思考で考え、時が過ぎるのを待てば、天井に魔力の色に染まった魔法陣が見えた。寝巻きも寝具も乱れ、口元を拭えば赤いものが手の甲についた。
無性に吐き気を感じながら、馬車内の魔法陣を氷のナイフで切り裂き、全身を魔術で洗い流して不快感を拭い去る。
「夜這いか……」
何が起きたのか呑み込むと顔を顰めて前髪をかき上げた。
護衛はなにをしているのかと思いながら、寝巻きのまま馬車の扉をそっと開けた瞬間、甘い香りを感じて、服の袖で鼻と口を覆う。
慎重に状況を確認すると、扉の外にロゼアンとエヴァルトが倒れていた。顔色も呼吸も安定していて、ただ眠っているだけにみえた。
周囲は静かで、倒れている兵の姿があちらこちらに確認できる。
起きている兵はいないのかと、音を立てないように気配を探ると、顔半分を布で覆って警備に立つ者を各所に見つけた。レスティオは呼吸を止めて彼らの背後に周り、手刀で沈めていった。
他に動いている者がいないことを確認すると、少し離れたところで一度呼吸を整えて、沈めた者たちを野営地の中央に集めて魔力結晶で拘束した。
拘束を終えると、次は眠っている者たちを起こそうと馬車の上に立つ。
周囲に散布されただろう催眠薬を洗い流すついでに、水を浴びせてやれば起きるだろうと、野営地一帯に水を落とした。
「ってぇ!」
「な、なんだっ!?」
「敵襲かっ!」
飛び起きた兵たちは混乱した様子で周囲を見回し、馬車の上に立つレスティオを見つけて困惑した。
ロゼアンとエヴァルトも何が起きたのかと目を瞬かせる。
「敵襲だ!今すぐ全員叩き起こせ!」
レスティオが声を張れば、兵たちは慌ててテントや馬車の中で休んでいる者たちを起こし始めた。
軍服に着替えたレスティオは、催眠薬の拡散元と推定された灯台を確認するユハニの手元を覗き込んだ。
野営地を囲むように設置されていた灯台には蝋燭と共に香草などが添えられていた。
レスティオが水を撒いた時に火が消えたことで燃え残った香草を、ユハニが匙で掬っては匂いや形状を確認して仕分けている。
「なにかわかるか?」
「安眠作用のあるラヴェンデルはともかく、取り扱いに注意が必要な毒草も含まれていますね。目眩や吐き気を感じている人がいれば、水を多く飲ませて、落ち着くまで顔に濡れた布を置いて横にしてください」
酷い人には薬を処方します、と言いながら、香草の下から出てきた蝋燭をトレイに移す。
「香草は適当に採取した物を混ぜたって感じですね。効能に関して知識がないか、誤魔化せればどうでもよかったのかもしれません」
サンプリングして確認した見解を告げると、ユハニは香草をひとまとめにして、蝋燭の検分を始めた。
蝋燭はいずれも三色に色づいている。
「ケルッツェにクロデラにブルジェッカですかね」
「蝋の素材か?」
「えぇ。これはコルレアンのフィルデンという村の薬師に伝わる薬用の蝋燭です。ルアンジュの近くなので、オリヴィエールでも手に入らないことはありませんが、相場は一センチで金貨一枚は当たり前の代物です。三種も混ぜているのでより高額でしょうね」
ルアンジュというのは、オリヴィエール帝国とコルレアン王国の国境上に位置する都市で交易目的の商人が多く住んでいる。
オリヴィエール帝国内の地理しか把握出来ていないレスティオはユハニの知識に感心した。
同時に、それほど高価な物を惜しげもなく使って、皇族の身を危険に晒しながら行ったことが夜這いかと思うと、犯人の金銭感覚と思考回路を疑う。
「で、催眠の元になったものはわかったのか?それだけで、野営地全体に催眠効果を出せるものか?」
共にユハニの手元を覗き込んでいたクォートは焦れた様子で問いかける。
レスティオが拘束した兵がダイナ隊に属する者だったため、ダイナ隊は全員文官たちの聴取を受けている。ダイナ隊が抜けた分の警護を任されたフランドール隊は総動員で忙しくしていた。
そんな中で、東部派遣団の一行は、帝都では聖騎士の暗殺未遂事件も起きていたと聞きつけ、フランドール隊の動向にも疑いの目を向けていた。そんなこともあり、今は野営地全体の雰囲気が緊迫している。
騒動の原因がわかり、犯人が絞り込めれば少しは警備の手も、警戒の目も緩められるが、まだ情報収集の段階で時間がかかりそうだった。
「催眠作用が強い構造で作られているというのはわかります。ひとつ分解してもいいですか?」
レスティオが許可を出せば小型のナイフを手に取り、蝋燭を割った。するとドロリと液体が溢れでてきて、刺激臭が香り出す。
ユハニは、すぐさまドーム状の魔力結晶を形成して蝋燭を覆うと、香りを感じた瞬間に止めていたらしい息を吐き出した。
「蝋燭の内部に薬剤を仕込んで、芯に染み込ませていたんですね。催眠作用があるもので囲っているから、少し効きすぎた、くらいで通じるとでも思ったんでしょうか」
少し困った様子で魔力結晶の箱を作り出すと、その中に割った蝋燭を納め直した。
薬剤の原液は証拠になりえるが、取り扱いには注意が必要。ただでさえ高価なフィルデン産の薬用蝋燭に細工までさせられる人間は限られるから、そこから犯人を辿ればいいと言って、他の蝋燭も魔力結晶の箱に収めた。
香草も薬剤が染み込んでいるはずなので証拠品にならないことはないが、水を浴び、時間と共に薄れている。いっそ、まとめて焼却処分した方が安全と見解を示すが、それを判断するのは調査に当たっている文官の仕事だ。
ユハニが作った魔力結晶の箱をレスティオの魔力結晶で囲めば、誰も手が出せなくなる。
「まぁ、面白い使い方をなさるのね」
にこにこと笑顔で歩み寄ってきたのはヴィアベルだった。
皇族は身支度と安全確保が済むまでは馬車の中に留められていたはずだが、薬物を確認している場所に出てきたことにレスティオは警戒した。
ユハニは蝋燭を切ったナイフを即座に魔力結晶の箱に収めると、処理する手を止めて姿勢を正した。
「魔力結晶の活用なんて考えもしなかったわ。今度練習してみようかしら。ご教示頂けますか?」
「レナルド殿下のお許しが頂けたならば喜んで」
それならば問題ないでしょうとヴィアベルは笑んだ。
周囲を見るが、ヴィアベルの側近がいるだけでレナルドの姿は見えない。どこにいるのかと尋ねれば皇族用の天幕を指差した。
催眠薬が散布されたことで野営地の警備は手薄になり、聖騎士と皇族の身が危険にさらされた。これは紛れもなく国家反逆罪に該当し、犯人は即刻贄となっても仕方がない。本件をどのように対処するか、宰相らを交えて話し合いが始められていた。
では、ヴィアベルは何故ここにいるのかと疑問が生じる。
「ご歓談のところ失礼致します。レスティオ様、馬車の検分が終わりました」
声をかけられて振り返ると、レスティオの馬車の検分を担当していたディットに空いている天幕へと促された。
ヴィアベルに見送られて、天幕の中でディットから報告を受ける。
馬車の中に刻まれた魔法陣は、以前クラディナの侍女が用意した物より悪質で、相手を昏睡状態に貶めて手籠めにする為に、そのような趣味趣向の持ち主が使うもの。
いくつか刻まれていた魔法陣のひとつはコルレアン王室に伝わる物があり、ハイリの周辺の者の関与が疑われるというところまでディットは語った。
「コルレアン王室に伝わる魔法陣というが、それを知っていれば誰でも扱えるんじゃないのか?」
「いいえ。魔法陣はただ描けばいいというものではありません。描く順序や魔力の込め方を間違えば正しく作用しませんし、そのような情報は一族や組織内で秘伝とされます」
用途が特殊になる程、その構成は複雑になっていくのだと説明を受けてレスティオは納得した。
アッシュの魔術講義では魔法陣を用いた魔術については説明を受けたものの、魔法陣自体の作成方法は教わっていなかった。
レスティオが魔法陣を自作する予定は当面無いので納得していたが、基本くらいは学んでおけばよかったと考える。
「コルレアン王室の技術を簡単に漏らしはしないでしょうから、ハイリ皇妃陛下の周囲しか関与が考えられないとも言えます」
「なるほどな。しかし、となると俺の馬車に乗り込んできたのは女性というわけだ」
「そうですね。コルレアン王室は聖女の血を継いでいますから、聖騎士様と交われば、より聖の魔力に近づけると思ったのやもしれません」
ディットの見解に頷きながら、レスティオには疑問が浮かんだ。
「ところで、何故ディットはコルレアン王室に伝わる魔法陣を知っているんだ?」
「お恥ずかしい話ですが、ハイリ陛下の護衛でもあった前妻に嵌められたことがあります」
遠くを見るような目で、いずれ何か役に立つかもしれないと思い、その時に使われた魔法陣をきっちり覚えていたと話す。
しかし、そんな魔法陣の使い道はない。
「まさか、こんなところであの時の経験が活きるとは思いませんでした」
「コルレアンの女は恐ろしいな」
お互いに同情するように視線を合わせて頷く。
話を終えたディットはユリウスの元へ報告に向かった。
片付けをしていたユハニにヴィアベルの行方を確認すると、贄籠の確認に行ったと馬車が連なっている方向を指差した。
今は警備がついているが、騒動に紛れて生贄が増減している可能性がないとはいえない。贄籠と呼ばれる馬車の管理は厳重になっており、確認作業にはヴィアベルも立ち会う必要があった。
「生贄か……」
「一度入ってしまえば二度とまともな精神状態で出てくることは出来ないそうです。救済するなら入る前でないといけません」
どのような者が生贄になっているのかはレスティオの知るところではないし、国の法律に基づき刑が執行されている者たちについては、口出ししてはいけない領分だろうと理解している。
「レスティオ様。ロゼアンの件は聞いていますが、今回は皇族の身を危険に晒した以上、ダイナ隊の処罰は免れません」
レスティオの表情になにを感じとったか、クォートが静かに告げた。その言葉に少し考えてレスティオは首を傾げた。
「ダイナ隊がどれだけ関与したかはまだ定かではないが、今回の事件の黒幕は灯台に催眠薬を仕込み、俺の馬車を荒らした連中だろう。それに、危険に晒したのは、護衛部隊全員に言えることだ」
眠らされた被害者とはいえ、警護という任務を全うできなかったのは全ての兵に言えること。情報が揃わないことには誰がどのような処罰を受けるべきかは語れない。
「確かに仰る通りでした。フランドール隊の警備の不手際は隊長である私の責任でもあります」
「眠っていたことを叱責されるなら、皇族や俺の護衛も同様。それを考えれば、厳罰にはならないだろうから、気を引き締め直して引き続き警護を頼むよ」
「はっ」
返事はクォートだけではなく、ユハニや後ろに控えていたネルヴィとロゼアンからも返ってきた。
そういえば、朝からロゼアンの表情が険しかったと思い出し、レスティオは振り返って、ロゼアンの皺の寄った眉間を指先でつつく。
「そういうことだから、一人で思い詰めた顔してるんじゃない」
「す、すみませんっ」
隣でネルヴィは笑いを堪え、ユハニは呆れた顔で巻き込まれないようにさりげなく下がる。
「随分、打ち解けたようですね」
「まぁな。そうだ、クォート。ザンクは実に有意義な場所だったよ。教えてくれて有難う」
「私が教えなくとも、今回の遠征はあったかと思いますから、礼など不要です」
ロゼアンから離れてクォートの方へと向き直ったレスティオが礼を口にすると、クォートは胡散臭いものを見るように訝しげに応じた。
「お前が教えてくれたから、ザンクでの滞在期間も考慮した計画を立てて貰えたんだ。おかげで、面白い発見がたくさんあったし、仲間と語らう時間も出来た」
「そうですか。それはなによりです」
クォートは、ネルヴィだけではなくレスティオにも心境の変化があったのかと理解して礼を受け入れた。
皇族たちの話合いも気になるが、招かれていない会議に割り込んでいくわけには行かない。
寝台用の馬車の検分が終わったところで、ヴィムが馬車内の整備を始めたため、レスティオは側仕えが控えていなくても良いように過ごすように暗に求められた。
魔法陣は既に無効化しているし、自分で荒らしたということもあるので現状のままでも我慢できないことはない。しかし、主人が気持ちよく過ごせるように整えるのは、側仕えの腕の見せ所だと張り切るヴィムに押し負けた。
まだ、プレアの手記をちゃんと読み込んだわけではないが、現時点では自分の方が人に恵まれているかもしれないと思う。
「レスティオ様、この状況楽しまれてます?」
「ん?そう見えるか?」
「少なくとも、襲撃の後だというのに、闘技場や帝都を出た時の警戒した雰囲気とは違うように見えます」
ネルヴィは、襲撃されたのは同じなのにどうしてでしょう、と疑問を口にして首を傾げた。
「ひとつは、今回の主犯格は誰が手を出す必要も無く、近いうちに死ぬだろうから、今急いで探し出す必要性は低い。それに、既に目的は果たしただろうから、厳戒態勢ほどの警戒は不要と思っている」
「なるほど」
「何故死ぬとわかるんですか?」
納得したネルヴィの横で、ロゼアンが納得するのが早すぎるだろと呆れた顔をする。
「それは、俺に手を出してしまったからに決まってるじゃないか。言っただろ?俺はこの世界で子供は作れないんだって」
「子ができる前に相手が死んでしまう。だから、作れない、ということですか」
理屈がわからないという顔をするネルヴィとロゼアンに対して、クォートが難しい表情で口を挟んだ。
レスティオが頷くと、なんということか、と小さくつぶやいた。
「子作りについては婚姻の際に教えられることなので、二人にはまだ理解が及ばないのでしょう」
「必要になったら教えるのか。随分、遅い気がするが、まぁ、そういう国もあるか」
馬たちを休ませている方へ向かいながら、レスティオはクォートの横に並び、子供はいるのかと何気なく問いかける。
職務中にプライベートの話はしないというクォートに、尚も話を振れば渋々という様子で娘が二人と答えた。
妻と長女は城下町で働いているが、次女は魔術学院に通っている学生で、将来は国試を受けて文官か城仕えを目指している。
「文官や城仕えの国試は難しいですから、どうなるやらですが」
「俺も過去の国試の勉強はしたが、引っかけもないし、覚えることを覚えたら、あとは落ち着いて問題文を読めば解けるだろ」
「簡単に言ってくれますね」
「過去問は十年分くらいやったからな。対策問題集でも用意してやろうか?」
遠慮しようとするクォートに、ロゼアンの推薦状を引き受けてくれる礼だと言って納得させると、休憩している馬の中からヴィルヘルムを探す。
「フラン。ヴィルヘルムはどこだ」
「先遣隊の馬はあちらですよ。セバン、案内を頼みます」
馬たちの容態を確認しつつ、餌やりをして回っていたのは、ジェリーニ小隊だった。
セバンが作業の手を止めて、ヴィルヘルムたちのいる方へとレスティオを促した。
「ヴィルヘルムは走りたくてうずうずしてるって感じですよ」
これからしばらくは走らせてやれないのだが、ヴィルヘルムの顔を覗けば、確かに走りたいと訴えかけるように瞳が輝いた。
薬でよく眠って元気になったのだろうかと思いながら頭を撫でていると、鬣が乱れているところを見つけた。
「あれ、ここに刻まれてるのって魔法陣か?」
「レスティオ様もご存じなかったんですか」
セバンは、聖女ノーチェ・ファン・キルスドンクがザンクに伝えた言語認知機能を人間に合わせる魔法陣だと説明した。
つまりは、ヴィルヘルムが魔力を持って生まれた馬だとわかると、レスティオの目も輝いた。
「もしかして、ヴィルヘルムは風の魔術を使って速く走っているのか?」
「それはどうでしょう」
反応が芳しくない様子を見ると、元々の身体能力かと納得して、それはそれで凄いなと褒める。
誇らしげに鼻を鳴らすヴィルヘルムを見ていると、本当に会話できていそうだと納得できた。
「ノーチェ・ファン・キルスドンクといえば、イシュル王国の聖女だったか。どこの大陸の国かわからないが、他国にこんな貢献をしてくれる聖女もいたんだな」
「イシュル王国はかつてアルジェア王国に戦争で支配された国ですよ」
すかさず答えたロゼアンにレスティオは驚いた表情で振り返った。
「戦争?というと国家間で人同士の戦いがあったということか?」
ロゼアンは頷いて肯定した。
かつての厄災でアルジェア王国は聖女召喚に失敗し、隣国トルディアラン共和国の援軍を受けてイシュル王国を攻め落とし、聖女を掌中に収めた。
オリヴィエール帝国のように困窮した国を吸収して国土を拡大させることはよくあるが、困窮した国が他国に攻め込んだ稀な例であり、エディンバラ大陸史の中であえて触れていない書物も多い。
「まぁ、イシュル王国の豊かな国土を食い荒らしながら、アルジェアの国土を復興させることが出来て当時は良かったんでしょうね。けど、大陸一の国土を持った今、自国も守れなかったアルジェア王国が厄災を生き抜けるのかが問題です」
「アルジェアだけではなく、今聖女を抱えていない国も、おそらく各国に目を光らせていること考えると、我々の備えも国内だけを見ているわけにはいかないのかもしれません」
厄災対策に追われて他国と戦争など考えない世界かと思いきや、今のエディンバラ大陸では聖女が少ないが故に各国の動向が不安視されている。
セバンとロゼアンの言葉を聞いて、レスティオは唸った。
「どうかされましたか?」
「いや、ここ最近色々な情報を見聞きしては課題が見えてくるから、ちゃんと整理しないといけないなと思っただけだ」
「そうですね。例の件もありますしね」
クォートと共に近づいてきたフランが笑顔で会話に入ってくると、レスティオはわかっていると視線を逸らした。
ヴィルヘルムから離れ、そろそろ移動しようと踵を返すと、青ざめた表情をしたナルーク・フォーヴィがすぐ後ろに立っていた。レスティオは不意打ちの登場に思わず身を引く。
不穏な雰囲気に、こいつもなにか関与していたのかと警戒してしまう。
「ナルーク、どうした?」
レスティオの背を支えながらロゼアンが問い掛ければ、ガタガタと全身を震わせながら言葉にならない声でなにかを告げようとする。
不可解な様子に困惑していると、後ろから近づいてきたカリアス・ボルダローグが事情を説明した。
今回の騒動で、持参した食材にもよからぬものが混入した可能性があると料理人たちが戸惑う中、フランドール隊が管理していた食材は、昨晩の内に魔力結晶の箱に入れて管理していたので無事だろうと目をつけられた。
しかし、少し硬いパンと少量の干し肉、調味料を除き、芋や卵しか入っていない。流石にそれだけではあるまいと信じてもらえず、少なくとも聖騎士と皇族の分の食事を用意するように言われてナルークは震えていた。
「なんだそんなことか。作ってやればいいじゃないか」
「食材を提供するだけならともかく、職業料理人でもないのにお相手が高貴過ぎると、先ほどからこの状態でして」
食材の提供は、そんなもの触りたくないし、調理方法がわからないという料理人たちに断られた。
フランドール隊の仲間たちが手伝うと言ったが、ナルークはなにかあれば生贄行きになってしまうと震えて、使い物にならなくなってしまった。
「じゃあ俺が作るよ。ロゼアン。ユハニにザンクから持ってきた野菜と調味料を適当に出してもらって。聖騎士の手製かつ聖女様直伝のレシピといえば、彼らも文句ないだろう」
不意にナルークの目が光った。
「聖女様直伝のレシピ……」
「一緒に作るか?」
「是非っ!」
先ほどまで震えていたのに一瞬でやる気に満ちた表情になったナルークに笑いを堪えながら、レスティオは気合を入れて軍服の袖を捲った。
聖の魔力で甘く美味しく育ったヴィベルはスープにして、いくつかの調味料を混ぜて作ったスパイスを少し加えておく。
「スープは普通ですね」
「これだけでも皇族には新しい調理法だろ」
次にボールに卵と牛乳と蜜を加えて混ぜ合わせてもらう。
その間に芋とザンク産の野菜をマヨネーズと一緒に炒めたものを卵で包んだオムレツを作って、酒や果汁を混ぜて作ったソースをかける。横にポテトサラダも添えて、彩りに香草を散らす。
「ソース美味っ!」
「ザンクで色々試したんだ。レシピは内緒」
「んなっ!?」
「材料がそもそも高価な物ばかりですから、知ったところで手が出ませんよ」
衝撃を受けるナルークにユハニがフォローになっていないフォローをする。
ナルークの手元からボールを受け取ると、中に皇族には固すぎるパンを入れてしっかりと浸してから鉄板で焼き上げる。
じゅわっと音と共に甘い香りが広がって、何人か腹の虫を鳴かせた。
「牛乳は日持ちしないし、必要な分を作ったら後の材料は好きにしていいよ」
「有難うございます!」
この後も側についてもらうネルヴィとヴィムに、毒味を兼ねて先に朝食を食べさせつつ、皇族の分と自分の側近の分を作り終えると、残った食材をナルークに譲って調理場を離れた。




