第63.5話 余興とフランドール隊
夕食の時間を間近に野営地の中央が慌ただしくなった。
「ダイナ隊長!至急、優秀な騎士を一名指名してくれ」
「一体何があったと言うのだ」
フランドール隊とダイナ隊の陣地は隣同士。
ダイナ隊の方から聞こえてきた声に何事かと周囲を見渡していた兵たちの視線が集まる。
「皇族の皆様と聖騎士様の為、夕食後に余興を行うことになったんだ」
「余興だって?」
「あぁ、なんでも、聖騎士様の筆頭護衛騎士に貧民がふさわしいかを問うべく、皇族が指名した騎士と手合わせを行うそうだ」
貧民という言葉に、ほとんどの者が聞き覚えなく顔を見合わせる。
聖騎士の筆頭護衛騎士といえばネルヴィを示すことは皆理解するところであり、すなわち、ネルヴィの力量を問う手合わせが余興として行われると通じた。
話を聞いていたダイナ隊からは笑いが起きた。ネルヴィくらいなら誰でもいけるだろう、皇族の面目を潰さないだけの家名の者を指名すればいい、勝てば聖騎士筆頭護衛騎士になれるのではと沸く。
「どうみますか、隊長」
「レスティオ様が考え無しに承諾するとは思えん。ロゼアンならまだしも、戦力で言えばネルヴィは少々心許無いように思うが。フラン、場所を確保しておけ」
「はっ!」
クォートは夕飯を急ぎ口に入れて、なるべく近くで見物しようとジェリーニ小隊を向かわせた。
皇族と共にレスティオが天幕から出てくると、その周囲を護衛が固めて野営地の中央へと集まった。
皇族用に用意された席では酒が用意され、和やかな雰囲気が遠目から確認できる。
正装を纏って皇族と共にいるレスティオの姿を見れば、魔物を前にした時の狂気は感じられず、本来騎士団が親しく接していい立場ではないと思い改めさせられる。
「第一戦、聖騎士筆頭護衛騎士ネルヴィ・ボートム。帝国軍騎士団ダイナ隊より、シャーフ・ガレ。両名、前へ!」
皇帝筆頭護衛魔術師のディットが仕切り役としてコールすると、フランドール隊の隣を陣取っているダイナ隊が声援と共にシャーフを送り出した。
「一応、討伐経験者を出してきたか」
「訓練場では見かけないので、今の実力の程は何とも言えませんね」
小隊長たちの会話を聞きながら、クォートはレスティオの隣から真剣な表情で歩み出てくるネルヴィに目を見張った。
先遣隊として出発する時には、締まりのない振る舞いを注意したが、今は緩みどころか隙が見えず別人のようだった。
「流石のネルヴィもこの観衆の前で緊張してるか」
「そりゃそうだろ。ここで負けたら、護衛から外されるかもしれないんだろ」
緊張というより、レスティオが魔物を見据えた時の雰囲気に似ているとクォートは思う。
構えの合図で剣を抜かなかったネルヴィに、しっかりしろ、と周囲が声をかけるも、試合の開始が告げられた。
「何を考え、て……」
開始が告げられた瞬間、双方が動き出したことは確認できたが、気づけばネルヴィはシャーフの背後から首の前に剣を突き出していた。
ネルヴィが肩を押さえているから無事だが、下手をすれば首を刎ねていただろう攻めに言葉を無くす。
恐怖で動けなくなったのだろうシャーフをダイナ隊の方へと放り投げたネルヴィの冷めた表情に、騎士団の面々は闘技場でレスティオと対峙した時のことを思い出す。
「な、なぁ、今の見えたか?」
「いや、……」
「どうして、正面にいたはずなのに、背後に?っと、うぁっ!?」
仲間達と共に困惑するレイル・リトラの頭を、セバンは背後からぐしゃりと掻き回した。
「今のは死角に入ったんだよ」
「し、死角?」
「立っている奴の前でしゃがんだら、そいつの姿は見えなくなるだろ。ネルヴィは開始の合図と同時に屈んで、そのままアイツの横を通って背後に回ったんだ」
見えないものかと首を傾げるレイルに、見下ろさないと胸元や足元は視界に入らないだろうと人間の視野について地面に絵を描き説明する。
「そんなことよく知っていたな」
「図書室の本に書いてありましたよ。埃まみれでしたけど」
つまりはもう何十年と誰の手にも触れられなかった本だ。良く読む気になったなと感心する。
「では、なぜ突然あんな動きができるようになったと思いますか?」
フランの問いかけにセバンは「魔術でしょう」とすぐに答えを返した。
「風の魔術で飛ぶことはできます。魔力量次第で速度を上げられることを考えれば、高速で移動することも物を遠くへ投げることもできるんじゃないですか?」
やりかたはわからないけれど、ネルヴィとこの数日行動を共にしていたのはレスティオだ。
レスティオからなにか入れ知恵があったとするならば、不可能に思えることもなにかしら実現出来たのではないかと推測する。
セバンの受け答えには淀みがなく、フランドール隊の面々は感嘆した。
「第二戦、東部帝国軍騎士団ザインツ・カーン!前へ!」
話をしている間にも、次の相手がネルヴィの前に出ていた。
「東部のザインツは前線で活躍する手練れと聞きますから、流石に皇室付きで訛っているダイナ隊のようにはいかないでしょうな」
副隊長ライネル・パドロンの言葉に同意しながら、今度はどうなると注視する。
「護衛が貧民、孤児、田舎出、魔力無しに薬師とは、聖騎士様は物好きだな」
「そのような物言いは、私に勝ってからにしていただけますか」
低い声で返したネルヴィをザインツは嘲けり笑う。
見ていても苛立つ言動だが、不満や怒りに身を任せて取り乱す様子はなく、本当にアレはネルヴィかと驚く。
開始の合図直後にザインツの剣が蹴り飛ばされ、顔面に拳を打ち込んだのが見てわかった。殴り飛ばされていく様に誰もが唖然とする中、レスティオが笑う声が聞こえて、クォートは背筋が冷めるのを感じた。
「どう教育したら、あのネルヴィがあそこまで強くなるんだ」
「性格はともあれ、実力はジンガーグ隊長が認めていましたからね」
「他に比べると見劣りするから、俺は気まぐれだろうと思っていた」
続く騎士たちも剣を抜かせることなく敗れ、周囲からは野次が飛ぶ。
「貧しくったって強けりゃいいだろうがよ。魔力も使えるんだし」
ハシュビルが理解できないというのに、セバンが良くないんだと応じる。
「貧民ってのは、貧しい平民とは違うんだよ」
「どう違うんだ?」
「貧民は、生贄にもならない謂わば奴隷。ボートムは家名っていうより、掃き溜めで地上の生活を支えながら腐って死んでいく連中の総称だ」
淡々と説明するセバンに兵たちは貧民が聖騎士筆頭護衛騎士にふさわしいかと言われる理由を理解した。
あまり大声で説明してやるなと思いながら、クォートはレスティオのもとに戻るネルヴィを目で追った。
「でも、そんな奴がなんで騎士団に?」
「そこまでは知るかよ。まぁ、騎士団以外にボートムを受け入れるような場所はないってところじゃないか?」
「んじゃあ、聖騎士様の筆頭護衛騎士なんて出世もいいところだな。すげぇや」
貧民という存在よりネルヴィを知っているだけに、あっさりと受け入れた仲間たちを見てセバンは苦笑した。
「そういや、さっきカーン隊長が言ってた、孤児って誰のことだ?」
誰かが疑問を口にしたその時、ハイリが声を上げて立ち上がるのが見えた。
緊迫した雰囲気を感じて、周囲は静まる。
皇族とレスティオの小難しい話はさておき、余興会場は再び盛り上がりを見せていた。
東部帝国軍からネルヴィに手合わせが申し入れられたが、その相手はユハニへと委ねられた。
その結果、至る所からチビだなんだと嘲笑う声が上がっていた。
実弟であるレイルは見ていられないと俯き、ユハニが体格を気にしていることを知っている者たちは、不機嫌そうな雰囲気を背筋が冷える思いで見つめる。
「全員まとめてお相手します」
続けて剣は抜かないと宣言したユハニに、怒りが最骨頂に達したにしても無謀じゃないかと顔を見合わせる。
しかし、先ほどのネルヴィの変貌ぶりを思い返せば、やってくれるのではないかと期待もしてしまう。
「はじめっ!」
合図と共に動き出したユハニは闘技場でのレスティオを思い出させた。
レスティオのような身のこなしは人間業じゃないと騎士団の中でも良く話題になっていた。
現実主義のユハニは、努力は惜しまないが無謀なことは早々に見切りをつけるところがあり、訓練での手合わせも力任せになったら諦めが早い。
しかし、今は多勢に無勢で体格も力も劣っているはずなのに、次々と東部帝国軍の兵を宙へと飛ばし、攻撃を避けて反撃する動きには迷いがない。
「おい、お前の兄貴、化け物になってるぞ」
「ぉ、おう」
何でも器用にこなす優秀な兄に劣等感を感じているレイルは、普段ユハニを避けている。それでも、今ばかりは兄の姿を注視せざる得なくなっていた。
血縁者は基本違う部隊に配属されるため、レイルは訓練以外にユハニの戦いぶりを見る機会がない。薬師として評価されている話は良く聞くが、実戦においてはあまり評価を聞くこともなかった。
昔はユハニが薬草を採取し、その周りをレイルが守っていたこともあって、戦闘においては自分の方が有利だと信じたかった思いもある。だが、やはり兄貴には敵わないなと、唇を噛んだ。
「ユハニは救護とかサポート要員じゃなかったのか」
「ジンガーグ隊じゃ、そういう扱いだよな。あいつは致命傷を与えられないって前にブロワーズが言ってた」
先遣隊に選ばれたユハニのポジションは、ある意味で、誰にも置き換われないと軽く思われていた。しかし、目の前の戦いぶりを見て、戦力としても成り代われると思える者はいない。
「隊長、俺、訓練してきていいですか?」
「俺も」
「馬鹿者。むしろ、良く見ておけ」
焦る部下たちの首を掴んでクォートは前を譲った。
動き回っているのにユハニは涼しげな表情をしている。魔術を使ってるのだろうが、そう感じさせない自然な身のこなしは、参考にしようにもどうすればいいのかわからないものだった。
レスティオが就寝の為に馬車に入ると側近が比較的自由に動けるようになる。
ハイラックとエヴァルトに馬車の護衛を任せて、ネルヴィたちはフランドール隊の元へ足を向けた。
賞賛と共に迎え入れられると、手合わせを見た感想を興奮気味に伝えられる。
「いやぁ、ネルヴィがあんなに強くなっているとは思わなかった」
「レスティオ様がザンクで稽古をつけてくれたおかげだよ。見せしめにしろっていうから、闘技場でのレスティオ様みたいに出来るか不安だったんだけど、なんとかなって良かった」
「多分、闘技場の再現は意図してなかったと思うぞ」
「ぇ、マジでっ!?」
仲間内で話しているうちに筆頭護衛騎士の顔が崩れていくネルヴィを見て、やっぱりネルヴィはネルヴィだったと笑いが起きる。
ユハニは周囲を見回して弟のレイルを見つけたが、視線を合わせることなく逃げるように去っていく姿を見て少し肩を落とした。
「気にするなよ、ユハニ。アイツ、兄貴が凄いってわかって拗ねてるだけだから」
「、はぁ。まぁ、別に構いませんけど」
声をかけてきたセバン・ビーニッシュに、ユハニはなんでもないように返しつつ、改めて周囲を見回す。
「フランドール隊長はどちらに?」
「ん?隊長たちなら、向こうのテントの中。この時間はいつも小隊長集めて打合せしてるよ」
教えてくれたセバンに礼を言って、ユハニはネルヴィとロゼアンを教えてもらったテントへと促す。三人揃ってテントに入っていくとなにかあったのかなと囁きだすが、すぐに別の話題に移っていった。
「聖騎士護衛部隊隊長のネルヴィ・ボートムです。ロゼアン、ユハニの両名から護衛部隊に伝達事項があって参りました」
テントの入り口で声をかければ、入れ、と短く返ってきた。
テントを開けると小隊長たちがクォートのそばに寄りながら場所を開けているところで、礼を言いながら中に入る。
「まずは、荷物の搬送などご協力頂き有難うございました」
「うん?そんな礼儀どこで覚えてきた?」
「ザンクでレスティオ様に礼は欠かさぬように言われたので言っておくべきなのかと。不要でしたか?」
クォートは意外そうな表情を納得に変えて、良い心がけだと頷いた。
「先ほどの手合わせは見事なものだった。今回の道中で随分腕を上げたな」
「レスティオ様からの指導と、ザンクの自警団との合同訓練を通して、先遣隊の皆であらゆる戦術を考案して検証してきました。今後、騎士団に取り入れたい訓練カリキュラムなども検討しましたので、帰還後に改めてご報告致します」
「うむ。それで、用件はなんだ?」
ネルヴィが用意していた言葉を並べたのを見ると、クォートは本題を促した。
まずはユハニがレスティオから毒への対策を要請されたことを説明すると、手製の薬瓶を差し出して、この場にいるクォートと小隊長たちに携帯するように依頼した。護衛騎士の五人は懐に携帯し、いざという時の為に水と一緒に備えているといえば、全員が気を引き締めて頷いた。
「フランドール隊は芋を主に食べているので、調理場にも誰も近づきはしませんが、警戒はしておかなければですね」
「あぁ、いいですね。俺たちはレスティオ様と同じ食事なので、毒が含まれていたらどうしようかとヒヤヒヤしてます」
「互いに気をつけるとしよう」
念の為、食糧や貴重品を魔力結晶で覆っておくことを勧めると、用件を終えたユハニは一足先にテントを出た。
残ったネルヴィとロゼアンは、改めて表情を引き締める。
「次はロゼアンか」
「私からは個人的なご報告になりますが、先日ダイナ家から勘当されました。今回の大陸会議において、贄候補に名前が挙がりましたが、レスティオ様の護衛に指名頂いたことで、一時的に贄を免れている状況です」
「ザインツの言う孤児とはお前のことだったか」
呼称を照らし合わせていけばロゼアンしか思い当たらなかったとクォートがため息をつけば、小隊長たちも頷く。
ロゼアンは恐縮した表情をしながらも、一呼吸置いて隊長たちに向き合う。
「ご報告が遅れて申し訳ございません。レスティオ様にその旨を報告したところ、聖騎士認定の特別待遇制度を検討しているというお話を頂きましたので、ご協力をお願いしたく参りました」
「贄を逃れる、とは聞こえてきたが、具体的にどのような制度だ?」
「それについては私から説明しましょう」
クォートがロゼアンに問いかける中、手を挙げたのは小隊長の一人であるフラン・ジェリーニだった。
何故フランがここで割り込んできたのか、全員の表情に困惑が浮かぶ。
「そもそも、その制度は私がレスティオ様に持ちかけたものですから」
「お前が?」
「はい。優秀な兵が身寄りがないというだけで贄にされてしまう状況を変えたいと思っていたのです。まさか、ロゼアンがその状況に陥っているとは思いませんでしたがね」
前置きをしつつ、フランは聖騎士認定特別待遇制度の話を始めた。
贄候補になっている、あるいは、家系や金銭的な事情から期待される役目を果たせない状況に陥った者を救済する為の制度であり、制度の対象として認められた者は聖騎士の後ろ盾を得る。
そして、役目を果たすべく尽くす代わりに、生贄を免除され、必要と認められる支援を受けることができる。
制度の対象者は、提示する条件を満たしていることを証明する書類や、制度を受ける為の自薦状および推薦状を提出することで選定対象となり、審査を経て正式に選ばれた者に限ると想定されている。
「おそらく、陛下や宰相閣下と合流して時間も経っていないですから、詳細に条件を詰められていないかと思います。故に大筋はぶれていないでしょう」
「なるほど。ロゼアン、相違はあるか?」
「いえ。レスティオ様は推薦状の有効条件に役職者を想定しているそうなのですが、格や何人分の推薦状を要するかは追って調整すると聞いています。差し支えなければ、今のうちに隊長と小隊長がたから推薦状を頂ければと思っています」
既に聖騎士護衛部隊隊長としてネルヴィと、ザンク自警団の団長、副団長から推薦状を書いてもらっている。
調整に当たって、ある程度数を揃えておけば、速やかに承認を受けられるかもしれない。また、小隊長や同格の役職も推薦者の対象に加えてもらえる可能性が上がる。
「贄になるより国の為、騎士団の為になれるよう尽くしますので、どうか、よろしくお願いいたします」
「承知した。一筆書いて部下を失わずに済むなら安いものだ」
確かにと小隊長たちも頷いて承諾した。
「時に、フランは誰を想定してその制度をレスティオ様に進言したんだ?」
思い当たる人物がいないと首を捻りながら副隊長のライネル・パドロンがフランにたずねた。フランは少し考えて頭を掻く。
「正直、最初にロゼアンが制度を受けると、どうしても見劣りしてしまう気がするのですが、セバンを推薦するつもりでした」
「セバン?奴は、副団長の屋敷の従者の子だろ?なにか事情があるのか」
「屋敷の従者の子であるが故に、副団長が直接の後見人ではないんです。今、唯一の血縁者である母親が病の淵にあり、後どれだけ保つか、という状況らしいのですよ」
通常、身寄りがない者は生贄候補になる。
しかし、住み込みで働く者は、雇い主が一時金を納めて身元を保証することで見逃される場合がある。
子供は親が生きている間は身寄りがあるものと扱われるが、親が死んだ後は結婚するか、雇い主に身元を保証してもらわなければ、身寄りがないという扱いになってしまう。
「セバンは、母親が死んだら副団長の庇護下に入らず、騎士団に残って贄の通達を待つつもりだと言いました」
「何故今更?」
セバン・ビーニッシュという青年は、家名だけを理由に騎士団内で成り上がった副団長クエール・マッカーフィーが一番に寵愛している小姓として騎士団内で知られている。
クエールの庇護下に入ろうと思えば、二つ返事で受け入れられることは想像に難くない。
「好き好んであんなものに生涯仕えるなんて正気の沙汰じゃないでしょ、だそうです」
「好き好んでなかったのか」
既製品の鎧を身につけられないほどたっぷりとした体躯で常に人を下に見た態度をするクエールの姿を思い出して、そりゃそうか、と皆納得する。
「あれで面倒見の良いところがありましてね。私の目が行き届かないところをフォローしてくれたり、新兵の指導も引き受けてくれて助かっているんです。最近は副団長ではなく聖騎士様の後見を得られるならそれもいいと、訓練や勉強にも力を入れています」
フランがレスティオの後見を得られるように動いていることを信じて変わろうとしている。努力を始めた姿を見て、フランは一層彼を救いたいと思い、レスティオに働きかけてきた。
「セバンは、レスティオ様から制度の対象者にすると言われているんですか?」
「えぇ。もう少し実績を積んだ上で、隊長たちに推薦状の依頼をするつもりでした。もし、それより先に母親が死んだなら、レスティオ様の屋敷の護衛という名目で一時的に抱えてもいいと言われていたので、ロゼアンほど必死ではありませんけどね」
その抜け道は聞いていないと、思わずネルヴィはフランの方へ身を乗り出した。フランは呆れた顔でネルヴィを押し返す。
「ロゼアンは贄候補に名前が挙がってから、レスティオ様に相談したのでしょう?贄候補に上がる前ならば、やりようはいくらでもあったというだけのことです」
「そうだったんですね。考えも及びませんでした」
「ロゼアン。セバンのハードルを上げたんですから、暇を見て剣魔術をいくらか指導してやってください。ほぼ内定している貴方と違い、セバンの時にどれだけ条件が見直されるかわかりませんからね」
折角制度を考案したのに、考案者が報われない状況になりかねない。ロゼアンは姿勢を正して頷いた。
隊長たちのテントを出たネルヴィとロゼアンは周囲を見回してセバンを探した。
馬を休ませている中に鎧姿が混じっていることに気づいて近づくと、ユハニと二人でヴィルヘルムのマッサージをしていた。
「ぇ、セバン、ヴィルヘルムに触れるのか!?」
「あん?だったらなんだよ」
「レスティオ様とユハニ以外は蹴られるもんだと思ってた」
恐る恐るネルヴィが手を伸ばすと、ヴィルヘルムは獲物を見つけた目で噛みつこうとした。
「俺が前に乗ってた馬がこいつの父親だからな。人の好き嫌いが激しくて、よく飯もらい損ねてたから、食わせてやってる内に懐いたんだよ」
「なにが基準なんだよ」
「これ」
セバンはヴィルヘルムのたてがみを撫でるように掻き上げて見せた。覗き込めば、黒く魔法陣が描かれているのがわかった。
「なにこれ」
「言語認知機能を人間に合わせる魔法陣らしい。ザンクから調達した馬には必ず刻まれている聖女ノーチェ・ファン・キルスドンクの遺産だよ」
ザンクの自警団の馬には刻まれていたのかもしれないが、誰も気づかなかった。
「人の言葉がわかるってことか。よく知ってたな」
「俺が貰った馬に描いてあったのが気になって副団長に調べてもらったんだ」
ザンク産の証としてだけ認知されていることが多いが、魔力を持って生まれた馬は自らの魔力で魔法陣を発動させ、人の言葉を理解して行動できる。
故に、ヴィルヘルムは自分がいかに優れているかという自覚があり、自尊心が高く、人の選り好みが激しくなってしまった。
「セバンはそれを理解して付き合っているから蹴られたりしないわけですね」
「そゆこと。誰だって大事にしてくれるやつには懐くだろ。馬も人も変わらないってことだ」
鼻息を荒くして頷くヴィルヘルムにやっぱりかとセバンは笑った。




