第61.5話 その頃の大陸会議派遣団
「はぁっ!?聖騎士様を毒殺っ!?」
馬車の中に響いた声にユリウスは正面を睨んだ。
防音の魔法陣に十分に魔力が注がれているため外に声が漏れることはないが、前のめりで大声を出した弟レナルドを行儀悪く思う。
落ち着いてと、レナルドの妻であるヴィアベルも呆れた様子で声をかけた。
「いや、しかし、そりゃ、宰相の顔色も悪いわけだ」
馬車の中には三人だけということもあって、レナルドは態度を改める気はない様子だった。
ハイリがいる間は姿勢を正し、皇族らしい振る舞いをしていたが、ハイリはほんの少し挨拶をしただけで会談用の馬車に移ってしまった。今は東部の文官と大陸会議に向けた打合せをしている。
皇族との交流を軽視するハイリもまた、ユリウスにとっては問題だが、いない方が気が楽でもあるので咎めることはしない。レナルドも気が抜けたのだろうと思い直して、この場だけは目を瞑ることにした。
「あの様子じゃ、大陸会議中に倒れるんじゃないか?」
「わかっている。道中くらい休めと言っているんだがな」
マルクはハイリの打合せに同席している。
ハイリが積極的に打合せに参加するのは、生贄外交にどれだけ数を出せるのか確認に必死だからだ。
これまで再三、ハイリから母国であるコルレアン王国に贄を引き渡したいと言われてきたが、自国で儀式を行うのだと拒み続けていた。しかし、儀式の成功により、生贄を自国に抱えておく理由がなくなったので、今回の大陸会議から生贄を外交材料に使い始めることになった。
コルレアン王国とだけ取引をするつもりがないからこそマルクが同席して牽制役を務めているのだが、今回はハイリに押し切られるだろうと思うと、ため息が止まらない。
「しかし、そのような事件の後に、聖騎士様を先遣隊として働かせてよろしかったのですか?」
「魔物の討伐には積極的に動いてくれているからな。むしろ、暗殺の危険がある城内よりも気が休まるだろう」
「聖騎士様のご機嫌取りの手間も減るしな」
毒の経路は特定され、犯人は捕まえた。あとは、レスティオがその結果に納得して引き続き帝国に協力してくれるかが問題だ。どうなることだろうと言いながら項垂れるユリウスの姿もまた、いつもの皇帝の姿勢ではなくなっている。
弟夫婦の前で皇帝の威厳など不要という開き直りが窺えて、ヴィアベルはくすくすと笑った。
「それで、兄上は俺たちになにをしてくれというんだ?」
「特別なことはしなくていい。ロデリオは最初は少々しくじったが、今では酒席に招待し合うほどに友好的な関係を築いている。そういうことはお前も得意だろう」
「酒は好きだが、聖騎士様の接待役とは面倒な。言っておくが、ヴィアベルを望まれたときは徹底抗戦するぞ」
ヴィアベルの肩を抱いて言い切ったレナルドにユリウスは深いため息をついた。
レナルドはヴィアベルの他に、東部地域の前身である旧ブルーヴェン王国の王族の娘ユアンを第二皇弟妃に迎えている。ユアンとは東部を治める為の政略結婚だが、妻同士の仲も良く、円満な夫婦生活を送っているという評判が国内外に広がっている。
そして、その評判には必ず皇妃であるハイリとリアージュの不仲が引き合いに出される。ユリウスとリアージュは恋仲から夫婦になったが、政略結婚で割り込んだハイリがリアージュとの夫婦関係を認めず、結果、冷め切った夫婦関係と囁かれている。
皇妹セルヴィアもまた、結婚せずに西部地域の要人たちと愛人関係を築き、一妻多夫は認められるのかよくよく議論になる。
「お前は幸せだな」
「そうしみじみと言うなよ」
ユリウスは深くため息をついて、レスティオがこの世界の女性と関係を持つ気がないことを説明する。
既にクラディナが言い寄って拒絶されていることを告げれば、娘も数人いるレナルドは残念だと笑った。聖騎士を抱えた今、ロデリオやクラディナ、末娘のミルネアがいれば政略結婚の駒は十分だ。弟妹たちの子は、他国に接している東部と西部の守りを固めるために有効的に使えばいいと思う。
「ロデリオは聖女を籠絡するより、割り切って話せる分聖騎士で良かったというがお前の方でも見極めてくれ」
「わかったよ。話を聞く限りじゃ、一癖二癖あるようだが、皇帝陛下の弟として務めは果たすさ」
「私も母から聖騎士様の話を聞いて興味がありますから、もちろんお話相手には喜んでなりましょう」
雰囲気が和やかになったところで馬車が停まった。
休憩かと思いながら、そのまま馬車の中で会話を続ける。
ハイリが疲れたと一言言えば全体が停まるようになっているので、一々馬車を降りることはしない。
いつかに古株の秘書から「ハイリ陛下が嫁いでくる以前は移動日数が少なく済んでいたのに、今は経費も日数も嵩む一方だ」などと愚痴を言われたことを思い出して、ユリウスはまたため息をつく。
怪しげな笑いを浮かべながら茹でた芋を潰すナルーク・フォーヴィをフランドール隊の面々は遠巻きに見つめる。
「おい、あれはなにがあった?」
「帝都の騎士団は馬程度の餌しか与えられないのかと東部帝国軍の者から言われたのが理由でしょうか」
大陸会議行路護衛部隊の食事は、東部はまとめてつくっているが、帝都の部隊はバラバラだった。
フランドール隊はいつものようにナルークに食材の管理と調理を任せているが、主な食材は経費削減もあってパンと芋になっている。以前コークの村でレスティオが聖の魔術を発動させていたおかげで、芋を中心とした野菜を多く確保できたのは有り難かったが、周囲には奇異の眼差しを向けられていた。
「芋料理が聖騎士様のレシピだと言っても、誰も好意的には信じてくれないですからね」
「いいじゃないですか。この食糧全部うちの隊で独占ですよ。他には絶対に譲ってやらねぇ」
フラン・ジェリーニの言葉を聞いて、一層怪しく笑ったナルークに皆引いた。
「なぁ、ナルーク。野菜スープに干し肉突っ込んだら美味くなるかな」
「よし試してやろう!」
今日の調理補助要員に指名されたジェリーニ小隊のセバン・ビーニッシュがポテトサラダの材料として置かれていた干し肉を摘んで言うと、ナルークは即答でスープの鍋に干し肉を放り込んだ。
「全部入れて良かったのか?」
「前に作った鶏ガラスープみたいに、旨味を出させた後で取り出せばいいだろ」
「なるほどな」
怒り狂ったようで冷静だったナルークに安堵して、セバンはコークの村でもらった卵で作ったゆで卵を刻んでいく。
「なんでこんな美味いもんを俺たちは食べられないなんて思ってたんだろうな」
「さぁ、そう教わってきたからじゃね?」
「それはそうなんだけどよ、そうじゃなくてさ」
「じゃあ、レスティオ様がいなかったから」
「それは違いない」
食器を洗う手間が面倒なので、スープはカップに盛るが、出来上がったポテトサラダはパンに乗せて手渡ししていく。
「今日のスープは美味いな」
「セバンの案で干し肉突っ込んでみた」
「マジか。その干し肉は?」
「芋の中」
「おぉ、それでポテトサラダもいつもより美味いわけか」
干し肉が吸ったスープがポテトサラダに染みていたらしいとわかるとナルークはセバンに向けて親指を立てた。周りからよくやったと声がかかってセバンはパンを頬張りながら視線を逸らす。
「前は調理当番も適当でろくに働かなかったのに、お前も変わったよなぁ。うんうん、美味い飯を食いたい気持ちはよくわかる」
「別にそんなんじゃねぇよ」
パンの残りを口に押し込んでスープを流し込むとすぐに洗い物に取り掛かる。
水と一緒に風を上手く使えば、汚れは少ない魔力で十分落とせる。部隊ひとつ分の食器を洗うのに必要な魔力量は十分備わっているセバンは、きっちり乾燥まで済ませて木箱に食器を納めて荷馬車へと運んだ。
「セバン、魔力は大丈夫か?」
「問題ないです」
小隊長であるフラン・ジェリーニに答えながら、念の為腰に下げていたポーチから魔力結晶を取り出して吸収する。
「デル、レイル!稽古すんぞっ!」
後輩たちに声を掛けて剣術の稽古を始めるセバンに続くように各所で稽古が始まる。
見慣れてきた光景をクォートと小隊長たちは注意深く観察する。まだ昼なのに消耗しすぎて使い物にならなくなっては困るのだ。
「やはり、南グラムの任務からセバンの顔つきが変わったな。そろそろ種明かしをしてもいいんじゃないか?フラン」
「そんな種明かしだなんて」
副隊長のライネル・パドロンに肘で突かれてフランは笑いながら流した。なにを企んでいるのやらと他の小隊長たちも苦笑する。
セバンはこれまで部隊で目立った活躍をすることはなく、副団長の庇護下にいて近寄り難い存在だった。だが、南グラムの任務の途中から鍛錬に励む姿が見られ始め、部隊の雑務にも後輩の指導にも関わり始めている。
もう少し早く動き出していれば、聖騎士護衛部隊に指名することもあったかもしれないと思わせる働きぶりに、触発された者は少なくなく、こうして稽古に励む姿がよく見られるようになっていた。
「ところで、ロゼアンはちゃんとやれていますかねぇ」
「むしろ、隊長がネルヴィというところに不安しかないだろう」
「ハイラックとエヴァルトがついてるんだ。ちゃんとフォローしているだろう」
頃合いを見て出発準備を始めるように告げれば、すぐさま片付けを始めて自分の馬のもとへと走っていく。
ハイリはにこやかに手の中の生贄リストを眺めた。
これまでいくらコルレアンとの外交に贄を出したいといっても叶わなかったが、ようやく聞き入れてもらえたのだ。
儀式から日が短かったので数にして百程度だが、中には魔力が高い者もいる。魔力が高い人間は子供を作らせて生贄を増やすことに利用するのもいい。コルレアンとの交渉の席ではコルレアン王国の国王である兄に褒めてもらえることだろうと安堵する。
「あの聖騎士に毒殺の犯人たちの贄行きを認めさせれば、これに加えて贄が手に入るのだから、そこは抜かりなくやらなくてはね」
「そうでございますね。罪人に生きる価値などありませんもの」
馬車に同乗している側近たちと笑い合う。
「殺しても死なないのですから、これからも贄を捧げるために利用してあげたらよろしいですわ」
「えぇ、どうせ聖女様ではない卑しい男ですもの。利用するだけ利用して有効活用しませんと」
「あら、仮にも我が国の聖なる方なんだから、多少の敬意は大事よ?」
ハイリの側近は皆コルレアンから連れてきた昔からの付き合いの女性たちだ。
気心が知れているだけに話にも花が咲く。
「コルレアンにこそ聖なる栄光が訪れますように」
彼女たちは故郷に思いを馳せながら馬車の中に笑い声を響かせた。




