第61話 ザンクでの余暇
目を覚ましたレスティオは部屋の中で待機していたユハニに首を傾げた。
「おはようございます。聖堂で倒れてから二日経ってますよ」
「そんなに!?」
体調を心配するユハニに問題ないと告げて、レスティオはベッドを出た。
身支度しながら時間を確認すると、朝の十時を過ぎた頃だった。盤面の日付を確認してみても、二日経っていることに間違いはなく、時間がもったいないと思わずため息をつく。
「レスティオ様。聖堂の儀式の件とレスティオ様が聖女様の血縁者ということが広まって一騒動あったんですが、目覚めたことを周知して騒がれるのと、伏せておいて屋敷で過ごすのではどちらがよろしいですか?」
少し意地悪く聞こえるユハニの問いに悩みつつ、各所に迷惑と心配をかけているだろうからと周知を頼む。
眠っている間の報告を受けたレスティオは作成されていた報告書を見てため息をついた。
戦略的に考えて、皇族を始め多くの人間が見るであろう報告書に、聖女の遺骨を恐らく元の世界へと送り返せたことや、聖女の血縁者であることを書くべきかが悩みどころだ。
仮に遺骨を送れたとするのであれば、聖堂の魔法陣に魔力を注げば元の世界に帰れるのではないかという仮説も浮かんでくる。検証は許されないだろうが、その可能性に気づかれると聖堂の魔法陣を消されるかもしれない。
そして、聖女の血縁ということは、ドーベル家とも遠縁とはいえ関係があることを広めることになる。ドーベル家との関係については気になる点が他にもあるので、ここで情報を記すべきか迷う。
「遺骨が無くなったことは町人たちに周知しているのか?」
「棺は聖堂を出る前に閉じましたし、町長が聖堂に鍵を掛けたのでそこまでは広まっていないかと」
「そうか。なら、儀式を行ったことまでに記述を留めておいてくれ。弔いを済ませたとはいえ、聖堂がこれ以上暴かれるのはよろしくないだろう」
修正を書き込めば、書き直しかとネルヴィが肩を落とす。
文章自体はハイラックの指導もあってよく書けていると褒めておいて、もうひとつの問題を考える。
「聖女様と血縁関係にあることは知られたくはないのですか?」
「まぁ、レドランド家の血筋というだけで、聖女となったプレアとは繋がりがないはずだからな。血縁者として弔いはしたかったが、聖女の血縁者として広まるのは語弊があるだろう」
「ごへい……」
「ドーベル家は聖女の血筋だが、俺は聖女であるプレアの血を継いでいるわけじゃない。聖女の血筋と勘違いされてはドーベル家にどんな因縁をつけられるかわからないだろう」
ネルヴィはレスティオの説明に唸りながら首を傾げた。
「でも、血縁者ってつまりは家族みたいなものですよね。ドーベル家の人間がいい人かどうかは別にして、ある意味レスティオ様にとっては家族といえる存在が出来るのはいいことじゃないんですか?」
「ドーベル家の人間と接したことがないから、それがいいことかどうか、判断に悩む」
「聖女主義と意地を張っているところがあるでしょうから、聖騎士容認に転じる良い機会かもしれませんけどね」
聖騎士を容認するか否かの派閥争いで勘当されているロゼアンの言葉にレスティオはいっそう悩んだ。
この世界の派閥関係や立場を把握出来ていない状態での情報戦は出来れば慎重に行きたい。
「ドーベル家が聖騎士容認に転じることで、ロゼアンの勘当が白紙に戻るなら前向き考えて良いのかも知れないけどな」
「一度贄候補になった者を家に戻すことは有り得ません。レスティオ様の意に従います」
既に割り切った様子のロゼアンを横目にプレアとの血縁関係に関する文章に線を引いてネルヴィに返した。
「レスティオ様。ひとつお聞きしても良いですか?」
「なんだ?」
「聖女様は、この世界で不幸だったんでしょうか」
ロゼアンの問いにレスティオはティーカップに伸ばしかけた手を止めた。
「聖女様は、ドーベル家との間に子を産み、この世界で家族を得ています。友人や仲間がいたかは定かではありませんが、この世界で得た関係は、元の世界へ帰る以上の幸せにはならないのでしょうか」
続いた言葉にレスティオは両手で顔を覆って項垂れた。
「レスティオ様?」
「幸せの定義は人によるし、その時によって変化する。プレアは家族を望んで手に入れたわけではなく、一方的に押し付けられて許容させられたようだった。けれど、望んだ相手と一緒になれたなら、この世界でも幸せだったのかもしれない」
話しながら、誤魔化すのは逆に面倒だろうかと悩む。
「俺はこの世界で子供を作れる体質じゃないから結婚することはないし、家族が作れないことを嘆くつもりはない。気の置ける仲間や友人がいくらかいて、共に戦ったり、時に酒を酌み交わしたり他愛ない時間を過ごせれば、ある程度は幸せを感じるんだろうなと思う」
ロゼアンの質問の意図は、聖堂でネルヴィが言った言葉の是非。レスティオが、この世界に留まることを内心では良しとせず、嫌々協力しているのか否か。もしそうならば、自分達にフォローすることは出来るのか。
慕ってくれるのは嬉しいが、真正面から受け止めるのは気恥ずかしさもある。
「不幸に浸る趣味はないから、俺なりにこの世界でも居心地良くいられるように考えて動いているつもりだよ」
最初は敵対勢力の制圧から取り掛かろうとしてしまったが、今は敵意を向けてこない相手には友好的に接しているつもりだ。
「じゃあ、俺たちは今もレスティオ様の支えになれてるんですね。良かったです」
にぃっと笑うネルヴィにレスティオは視線を逸らしながらティーカップを手に取った。それを照れ隠しと察して笑みが伝播する。
翌朝、レスティオはネルヴィたちと共にエリシオン時計塔の前にいた。
朝の鐘が鳴る時間に時計塔の前に集まった聖騎士一行を見て、町人たちも広場で足を止めている。
「本当にエリシオン時計塔だ。よくここまで再現したものだな。時計のレリーフはやはり初代のデザインか」
レスティオはエリシオン時計塔の周りをくるくると歩きながら建物の造りを確認していた。真剣に観察する様子を見て、町人たちは誰も声をかけられずに熱い視線を送るに留める。
「レスティオ様、そろそろ鐘を鳴らす時間ですよ」
「もうそんな時間か」
時計を見上げていたユハニに声をかけられると、正面へと走り、鐘が見える位置まで下がった。
カチッと音がして時計の針が進むと、どこからともなく響き渡る鐘の音と共に時計塔の上で鐘が打ち鳴らされる。その響きに耳を澄ませながら、レスティオは目を伏せて胸に手を当てた。
「今、この時を皆と共に刻めることを喜びとし、願わくば、平和の時を刻み続けられますように」
何気なく鐘を見上げたり、レスティオをみていた人々は、祈りの言葉を聞いて同じように鐘に向かって祈り始める。真似しようにも言葉を覚えきれずたどたどしくなる声が聞こえてきて、レスティオは鐘の音が終わる前に思わず吹き出して笑った。
「事前に教えておいてくださいよ」
「別に決まった言葉があるわけじゃないよ。今生きている時を喜んだり、これからどんな時が訪れて欲しいか、好きに祈れば良い」
「そういうものですか」
しっくりきていない様子で唸るネルヴィにレスティオはそういうものだと頷く。
エリシオール合衆国では年に一度の平和祈念式典や他国との調印式など特別な時にだけ時計塔の鐘が鳴らされる。鐘が鳴ると同時に平和への宣誓が行われ、観衆たちは鐘が鳴ると同時に時への感謝や願いごとを祈るものだった。
一日に何度も鳴らされるのだから、またタイミングが合えばその時々の感謝や願いをすればいい。
「ぁ、ロト。おはよう。今日どこかで話す時間をもらえるか?」
「あぁ、聖騎士様!おはようございます。無事お目覚めになられたようでなによりです」
遠巻きにレスティオたちの様子を見ていたロトはすぐに都合をつけて話に応じ、町役場の中の町長室へと一行を促した。
ここに来た目的は観光だけではなく、ロトに迷惑をかけた謝罪と今後の聖堂の扱いについて相談をするためでもある。ロトは棺の中まで確認していなかったことが話の中でわかったので、聖なる者が眠る特別な場所として聖堂を原則封鎖とし、魔術師団やドーベル家に干渉されないように対策を打つ。
レスティオからの依頼の他に、聖女の血縁者であることを理由にレスティオが生きている間は屋敷を別邸として使用する許可を得た。また、レスティオから皇族に働きかけることを前提に、終の住処として時計を壊すことも含めてザンクで担うことを約束した。さらには、自警団の任務の一部に聖騎士の身辺警護を加えることなどが話し合われた。
ロトとの話の後は、街へと出る。
朝の鐘が鳴ったので店は開店準備を始めており、ちょうど街が賑やかになる時間帯だった。
「工房はこちらです」
エヴァルトの案内で鍛冶工房に向かうと、中からは活気のある声が聞こえてきた。
あらかじめ用意した魔力水を渡して、工房を見学させてもらいながら、職人たちに聖剣の試作にあたって要望をいくつか伝える。採掘場へも案内してもらい、各々の魔力水を鉱山内に散布して回った。
「遅くとも冬の大陸会議の時には顔を出せるかな」
「わかった。それまでに何本か仕上げておく」
「騎士団に卸す剣が不足すると困るから、そちらも抜かりなく頼む」
「しゃーねぇな。聖剣の素材を使うと奴らには高くなりすぎるから組合で調整しとかねぇと」
採掘場はいくつかあり、ひとつは聖剣用に魔力を注ぎ、他の採掘場から採取した鉱石などを使って騎士団用の武具が作られることになる。鉱石の魔力の含有率によって価値が数百倍は上がると言われて、レスティオは事前にエルリックやドレイドに謝っておくべきだっただろうかと視線を泳がせた。
「魔力の供給に協力する分、格安で卸してもらえないかな」
「これまでの仕入れ値より上がると、騎士団にとっては厳しいですよ。剣魔術が認められたら、研究費用からいくらか購入してもらうことは可能ではないですか?」
「既に魔術学院の学費免除を受けているから難しいかな」
「そうですか?魔物避けの薬の方はいくらか調達費用出てますから、交渉次第じゃないですかね」
後ろの方で聞こえてきた会話にレスティオは、はて、と首を傾げた。
「ユハニは魔物避けの研究にも関わっているのか?」
「相談役に調合を変えての検証をどうすればいいのか相談されて、少し関わっているだけです。魔術師団で引き受けてくれたはずなんですけど、薬の調合の知見がないというので、薬を提供したりとか」
「それはもうお前が主導しているようなものだろ」
「各所への根回し、実証実験、報告書が魔術師団の仕事なので俺がやっていることなんてごく一部ですよ」
今度モルーナに研究の進み具合を確認しようと思う。場合によっては剣魔術の研究にもユハニを引き込めるかどうか考えなければならない。
いつの間にか工房の雑用に付き合わされているエヴァルトに暫しの休暇を与えると告げると、母親らしき女性が今晩は腕を振るわないととはしゃいだ声をあげた。工房の職人たちも途端に緊張を緩めて迎え入れる様子を微笑ましく思いながら工房を後にした。
その後、護衛を日によって変えながら昼間は自警団の視察やザンクの観光に出かけ、夜はプレアのレシピの実践や手記を読む時間にあてた。
ネルヴィと共に子供たちの学習塾を訪れると、事前に聖騎士様が来るから真剣に取り組むよう指導された子供たちの真面目な姿勢に感嘆した。
さらに、ネルヴィは騎士学校で学び苦労した座学をとっくに学んで理解している子供たちに感心して、一緒に授業を聴きながら子供に教わり始め、いつの間にか護衛どころではなくなった。帰り際には使わなくなった教本一式を土産にもらい、屋敷ではハイラックたちに基礎から教わる姿が見られるようになった。
ハイラックと共に自警団の訓練課程から騎士団の訓練課程を見直すべく、自警団本部で教官たちと会合に出席することもあった。
レスティオの世界での軍の訓練にも話が派生し、自警団本部の使われていない部屋にいくつか魔力結晶のトレーニング器具を出してみせ、設計図に落とし込んで提供した。滞在中に何度も警護にあたってもらったお礼にと工房に出す依頼料も添えて渡せば、ハイラックが騎士団本部にも導入できればと悩ましそうに唸った。
ロゼアンと共に街を散策していると公園に行きつき、子供たちと滑り台やシーソーで戯れた。
他の街には遊具を置いた子供用の広場はないと聞き、確かにコークやドナにはなかったと気づいた。ジャングルジムや鉄棒、ブランコといった遊具の設計図をロトに渡しておこうと考えつつ、近くの工房から縄を貰い、縄跳びの遊び方を教えた。ロゼアンが縄に絡まる中、子供たちが次々跳べるようになって意地になる姿を笑いながら応援した。
ユハニと共に農場や森の採取場所を巡り、手記で見かけた材料をいくつか調達した。
ユハニも目当ての薬草をいくつか見つけて目を輝かせた。親しくなった人たちと昼食を囲み、馬の餌にしている芋や食用と認知されていなかった木の実を調理してみせると手土産に大量の食材を貰って帰った。レスティオが夕飯作りを引き受けると、ユハニはいそいそと薬草の下処理と調合に取り掛かり、それぞれの作業に没頭した。
「そんなわけで今日の夕飯は聖女様のレシピから作ってみた」
エヴァルトも呼び戻して作った料理を披露すると、見たことのない形状に皆戸惑いの表情を浮かべた。
今朝狩ったばかりのガルゥの肉にパン粉を塗して揚げたカツをメインにサラダとパンが食卓に並んでいる。
「この肉の表面はなんですか?」
「衣な。まぁ、まずは食べてみろよ」
何かに包まれている以外は普通の肉料理と思っている様子で各々食べ始める。そして、噛んだ瞬間に、いつも食べる料理との違いを実感した。
「なんですか、これ。ざくっとしてて食べたことない感じがします」
「美味いか?」
「はい!これもソースとよく合いますね」
一口で受け入れられた様子を見て、レスティオは安堵しながらカツを食べ始めた。
この世界では油は鉄板にうっすら伸ばすくらいしか使用しないので、揚げ物という発想は期待できない。
今回は森の木の実を使ったが、市場の油の製法や価値がわからない以上広めにくいものでもある。
「レシピは教えてくれないんですか?」
「難しい工程が色々あってな。加減ひとつで火事を起こして大惨事になりかねないから教えられない、とプレアが一人楽しんでいた料理なんだ」
調合に集中していたユハニは見ておけばよかったと後悔した様子で食べ進めていく。
「リスクが高いとなると教えてくれと言いにくいですね」
「だろう?それでも、俺は食べたいから作ったんだけどな」
今回使った油はレスティオの魔力結晶で蓋をした壺の中。
問題は帝都に持ち帰ろうと思った時にどれだけの量を持ち帰れるか、だ。
「この食感がクセになりそうです」
「ここにいる間は色々作ってやるから楽しみにしておけ」
その後、酒のお供に用意したポテトチップスはお酒より先に全員の胃袋に収められた。
翌日からも揚げ物料理をいくつか披露しつつ、一行はザンクでの余暇を堪能した。




