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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖騎士召喚編
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第59話 魔力水


 雨が降っているということは植物の成長に必要な水分は既に豊富。そんな中で聖の魔力を注いだら、この山の植物にはどんな影響が出るだろう。ぼんやり考えながら、有り余った魔力を放出して眠りについた。






 レスティオは六時に目を覚ますが、農民や狩人の朝はもっと早いことも当たり前にある。

 外から聞こえてくる賑やかな声に、朝の清々しい空気の中でトレーニングするのもいいなと思いながら柔軟をして、身支度を始める。今日は街を歩くつもりなので軍服を着込んで、剣帯を身につけて階下へと降りた。


「あれ、シュトラウス団長?」


 エントランスでは、ハイラックとオーラフを筆頭に自警団の幹部が話をしていた。まだ朝の鐘が鳴ってもいない時間なのに活動しているのかと感心していると、ハイラックがどこか困ったような表情をしていることに気づく。


「朝早くからどうかしたのか?もしかして、魔物か?」


 挨拶もほどほどに問い掛ければ、オーラフは首を横に振った。


「いえ、実は、町の農地や周辺の植物が著しく成長しているのが確認されたことで、町人たちが困惑しておりまして。なにか、思い当たる節はございますか?」

「昨日は魔力を全然使っていなかったから、聖女たちが魔力を注いできたというし、いいかなと思って、寝る前に聖の魔術を少々……」


 言いながら、農地に影響するような場合にはいつも微妙な顔をされてきたことを思い出した。結果的には喜んでもらえるのだが、生産計画もなにもかも無視して成長させては迷惑に感じる者もいる。


「すまない」

「いえ。聖騎士様の御心は大変有り難く思います。ただ、聖なる力が注がれたことで、朝から祭りの日のように活気付いている者たちがおります。しばらくすれば落ち着くと思いますので、屋敷の中で待機していただいてもよろしいでしょうか」

「わかった。警備の手を掛けさせてしまってすまないが、よろしく頼む」


 カーテンの隙間を覗くと、朝早くから叩き起こされてきただろう自警団の面々が、屋敷の周囲を囲み「聖なる方に感謝を」と叫ぶ町人たちを抑えている様子が確認できた。申し訳ないと心の中で謝る。ダイニングのカーテンを全て閉めたまま、自警団から差し入れられた料理で朝食を済ませた。






 屋敷にはハイラックと自警団に残ってもらい、他の者は訓練場へと向かわせた。

 鬱々とした数十年分の手記を飛ばして、ザンクに移住した頃合いを探して読み進めると、鉱山への聖の魔力の注ぎ方についての記述を見つけることができた。

 聖の魔術で周囲の自然を癒すことも魔力を注ぐことになるが、範囲の制御は難しい。そこで、魔剣作りにあたっては、魔力を結晶化するのではなく、液化させて作る魔力水を使用していた。

 聖女だけではなく町人たちを巻き込んで魔力水を散布することで、あらゆる特性の魔力を含んだ鉱石が採取できるようになり、魔剣に魔力を注いだ時の強度や魔力増幅に繋がった。さらに、採取した鉱石を魔力水に浸したり、剣を作る際の水を魔力水に変えたり、魔力を含む毛髪や血液を混ぜたり、工程の至る所で魔力を含ませていくことで性能を上げていく研究の記録も記されていた。


「液化か」


 魔力結晶でグラスを作り、魔力の液化を試みるが水が出てくる。


「ん、意識の仕方が難しいか」


 魔力の液化を試みている間にハイラックに昼食に呼ばれた。

 ロトが聖の魔術の礼を兼ねて、食事を持参して会食を求めていると言われ、仕方なく席を立った。

 持参された食事は素材の味がほのかに残っていて、今朝採れた野菜の美味しさに町人たちが市場に殺到していると教えられた。聖の魔術で癒した土地の動植物の味が変わると言うのは本当だなと、味をしっかり抜く調理がされたはずの料理を食べながら実感した。


「驚きはしましたが、こうして聖なる力に触れられて、町の者は皆喜んでおります」

「そう言ってもらえると救われるよ。突然困惑させてしまって申し訳なかったと思っていたんだ」

「いえいえ、そんな。聖騎士様の御心を有難く受け取りました。お目にかかれただけでも光栄ですのに、聖なる御力に触れられ、自警団には戦いの術を、鍛治師には聖剣作りの協力を申し出られたとか」


 にこにことしたロトの笑顔に、農民、兵、職人の他に町人たちに何か与えてもらえないかと期待の色が窺えた。

 どうしようかと思ったが、プレアがエリシオンに見立てたこの地を守り続けてきた彼らにならば、もう少し情報を出してもいいかと思案する。


「自警団は国の戦力強化、鍛治師は私が使う剣の制作を依頼しているので、私の利を優先しただけではあるのですが、美味しい食事を多く提供してくださった御礼に、聖なる者でなくとも食べて美味しい料理を提供しましょうか」


 折角お祭り騒ぎになっているようなので、夕食の頃合いに広場で酒を酌み交わしながらというのもいいだろうと言えば、ロトはすぐに後ろに控えていた者たちに視線を送った。

 コークやドナの遠征でも祭りのように食事を囲った話をしながら食事を終えると、町役場や自警団から人が集まり計画を練り始める。


「レスティオ様。もう少しご相談頂けると有り難いのですが」

「話の流れで、つい。まぁ、折角の遠征なんだから羽を伸ばしてもいいじゃないか」


 話を聞いて戻ってきたネルヴィたちは楽しみなような呆れたような表情で広場へと移動した。

 レスティオは軍服の上着とネクタイを外したベスト姿でシャツの袖を捲りながら野外に用意された調理台の前に立った。


「レスティオ様。流石に、」

「お前は何故肌を見せてはいけないと言われるのか考えたことはあるか?」

「え?いえ」


 襟元を崩すことは目を瞑ったロゼアンだったが、シャツの袖まで捲ったことには止めに入った。育ちがいいだけに肌を見せるのは良くないと言う風習が染み付いているとわかって、レスティオは逆にロゼアンに詰め寄った。


「俺の世界でいうならば、理由は3つ。服装の好み。体温管理。日焼け対策」

「肌は見せないものというのがマナーだと思います」

「国によっては、女性の肌を見ると蛮行に及ぼうとする輩がいるから抑止の為だとか、あるいは、体毛を見せることを嫌うことはあるかな。そういう意識がこの国にはあるのか?」

「いえ、肌は見せないもの、としか知りません」


 そういうものと理解していた者たちが、なんでだろうと首を傾げて顔を見合わせる。

 プレアの手記曰く、日焼けを嫌ったとある国の聖女様が肌を出すなんてあり得ない、と言ったのをきっかけに肌を出さない文化というものが根付いたらしい。始まりはその程度のことなのだから、この風習を変えても構わないとレスティオは考える。


「俺は、日差しで肌が焼けることを気にしないならば、別に腕を見せるくらい恥でもなんでもないと思っているんだけどな。少なくとも、肘や膝までは許容範囲だと思う」

「けど、見せる理由もないでしょう」

「昔、とある国で王族に謁見した時には、袖や裾に武器を隠していないと示すために、肘や膝までの丈の服を纏うように言われたよ。王族の暗殺を目論んで、袖や裾にナイフや毒針を仕込む輩がいないとも限らないから、それがその国のマナーだったんだ」


 すると、周囲にいた者たちが慌てて袖や裾を気にし始めた。

 彼らにとっては聖騎士であるレスティオの前こそ王族に値する御前であり、暗殺の意図がないと示さなければと急いで腕や足を露わにしていく。


「まぁ、それは特別な例だけどな。一番は、袖や裾を短くすることで涼しく過ごせるし、家事や仕事をしている時に袖が邪魔にならない快適さが得られたりすることかな」


 なるほどと袖を邪魔に感じながら仕事をしている者たちが納得し始める。

 必ずそうしなければならない、ではなく、必要な時に必要なだけ調節することを許容したらいいと思うと告げて、レスティオは袖を捲ったまま野菜と包丁を手に取った。今日この場の目的は料理を披露することなのだから、雑談に時間を使っている場合ではないと話を無理やり締めくくった。


「レスティオ様のそういうお言葉は全て報告書にまとめないといけないから大変なんですよ」

「袖の長さくらいで面倒なことだな」


 至る所で言動ひとつひとつが共有されているのは知っているが、レスティオも多少落ち着かない気分になる。野菜を細かく刻みながら、ネルヴィに報告書に書く内容をメモさせる。その横ではユハニがレシピをメモして、ザンクの料理人たちが手元を見ながら真似して調理を始めていた。


「これはどんな料理を作るんですか?」

「俺の世界のとある民族料理でハオスと呼ばれている。この町で作られているソースと合うはずだ」


 ハイラックにマヨネーズを作るように指示して、レスティオは鉄板の上で野菜を炒めていく。茹でないのかと驚く町人たちに構わず、麦粉と水に卵を加えて溶いた液体の中に炒めた野菜を混ぜていく。


「卵を食べるのですか?」

「食べる。栄養豊富だから一日ひとつくらい食べるといいよ。殻は砕いて畑に撒くと肥料になるから試してみるといい」


 タネが出来たら鉄板の上に丸く広げて焼いていく。

 ハオスは祖父に連れられて外遊した際に食べた民族料理だが、一般家庭でも作って食べることがあると後輩に聞いたことがある。民族に留まらず、一般的に親しまれる味ならば彼らにも受け入れられるだろうと、両面こんがり焼き上げたハオスに聖女用のソースとマヨネーズをかけて、ヘラで切り分ける。


「ネルヴィ、毒味頼む」

「はい!喜んでっ!」


 一口大に切ったものを口に入れてやると、熱っと言いながら大きく頷く。


「美味いですっ!」


 味の保証がついたところでロトの皿に盛り、町人たちにも配っていく。大人たちはいつの間にかヴィシュールのジョッキを手に盛り上がっていた。

 焼きながら料理人たちはこれは暑いと肘の上まで袖をまくり、食べている町人たちも少しだけ袖を上げて笑い合う。そんな様子を眺めながらジョッキを傾けたレスティオは、良くも悪くも言うことをよく聞く彼らを見て、取捨選択が出来るように促すにはどうすればよいかと考える。


「レスティオ様。これって使う野菜を変えても問題ないですか?」

「刻んで火を通せばなんでも大丈夫。野菜、肉、魚、なにを混ぜてもいいというのがハオスの醍醐味だから」

「それなら簡単に真似して作れますね」

「調味料もいろいろ工夫するといいよ。ハオスは、店ごと、家庭ごとに味も具材も違うのが当たり前。好みを追求して楽しむ料理なんだ」


 季節によって採れる食材が変わるならばそれもまたいい。


「次にザンクに来た時に、どんなハオスが食べられるのか楽しみになるな。ハオスばかりじゃなくて、派生して別の料理が出来ていたらと思うが、そこまでの発想はこの世界の人間には無さそうだからな。たまに、いい発想をする奴も見かけるが、ザンクにそういう人材がいるかな?」


 料理人たちが顔を見合わせて不安そうに鉄板の上を見つめた。聖騎士様のレシピに手を加えるなんて、と呟く声が聞こえてきて、そう考えているうちはまだまだだなとため息が溢れる。


「いい料理人がいたら、是非とも俺の屋敷に雇い入れたいんだけどな」


 途端に料理人たちが目を輝かせて気合を入れ始める。

 ハオス作りを彼らに任せて、レスティオは料理と酒を手にロトたちとの酒宴を満喫した。

 今日も魔力を持て余したなと思えば、鍛治師たちが大量の鉱石を運んできたのでそれらに直接魔力を注いだ。ネルヴィやロゼアンが魔力を注ぎすぎて剣を折ったように、魔力が大量に注がれた鉱石は砂のように砕けていった。鍛治師は鉱石を魔力で砕いた上で溶解させて剣にしていくそうで、これも聖剣の材料のひとつとなる。

 子供たちが砕けていく様子を遠巻きに見つめるのをみつけて、鍛治師たちが鍛冶工房に入るなら聖剣作りが経験できるかもしれないと宣伝を始める。


「この街の子供たちは活き活きとしていていいな」

「そういえば、ザンクの子供たちとはまだ遊んでいませんね」

「別に特別子供が好きなわけではないけどな。未来を支える世代がちゃんといるのは国にとっても世界にとっても大事なことだろ?」


 確かに、と言いつつもどこか他人事なロゼアンを肘で小突く。


「未来を支える世代を生むことも大事なことだからな。この世界で子が望めない俺と違って努力すればなんとでもなるんだから、早く次の相手を見つけろよ」

「そ、そういうことをレスティオ様から言われるとは思いませんでした」

「さては、親から言われることがなくなったと油断してたな?」


 視線がゆっくりと逸らされた。

 エリシオール合衆国ではカスタム技術の普及の弊害で出生率が下がり社会問題になっているが、解決策は技術向上の他に子作りと恋愛事の区別しかなかった。厄災と格差社会の中ではどのようなアプローチが可能なのだろうと考えながら、粉々になった鉱石を揉んで粗い粒を細かくしていく。


「聖騎士様。もう十分です」

「そうか。今、魔力水を放出する練習をしているから、出来たら、それも提供するよ」


 魔力水という言葉にネルヴィが首を傾げて説明を求めた。クレイグが適当な器に魔力結晶ではなく魔力水を放出して見せると、ネルヴィは疑問符を浮かべたまま魔力結晶の器の中に魔力水を放出してみせた。


「こういうことです?」

「魔力水がどういうものか、今初めて知ったんだよな?」

「はい。けど、結晶化する前の状態で留めればいいだけですよね」


 あっさりやってみせたネルヴィに続き、ユハニやロゼアンも同じように魔力水を出した。エヴァルトも鍛冶屋の息子として子供の頃に習得済みで難なく出してみせた。


「なんでそう簡単に出来るんだ?」


 改めてレスティオも魔力水を放出しようと試みるが、水か結晶になってしまう。顔を顰めるレスティオに対してネルヴィは笑顔で先入観じゃないですか?と言い、いつかのアドバイスを返されて複雑な気持ちになる。視界の端で、レスティオがネルヴィにアドバイスした言葉と知っているハイラックが笑いを堪えているのが見えて、すぐにでも習得してやると意気込んだ。






 翌朝、足止めを免れるべく、朝の鐘が鳴るより早く魔物討伐へと出発した。

 根源の討伐を終えて丸一日以上経過していることもあって、魔物たちの動きは鈍くなっていた。ネルヴィ、ロゼアン、ユハニが魔物の数を減らす間に、ハイラックとエヴァルトが魔物を弱らせつつ、自警団に魔物との戦い方を指導する。レスティオはハイラックの近くで万一に備えつつ、魔力を温存する。


「皆強くなったな」

「隙が多くて、動きの無駄が気になりますけどね」


 ネルヴィたちの動きを眺めてつぶやくと、ハイラックがどこか冷めた口調で応じた。


「ああやって、白兵で動く分にはやはり剣術指導が活きるんだろうな。体術も取り入れるといいと思うけれど」

「取り入れてくれますかね」

「あまりにも弱いから無駄にやらなくていいと聖女様に切り捨てられてきたのが今の騎士団で、聖女様がゼロからカリキュラムを熟考して鍛えたのが自警団だそうだよ」

「レスティオ様の名の下で徹底的に鍛え上げていきましょう」


 大義名分を得たとハイラックの目が光った。

 粗方討伐を終えると、レスティオが周囲を確認して気配がないことを確認する。当面は、自警団が巡回を強化して対応すると頼もしく請け負ってくれた。よって、先遣隊の任務は完了。本隊との合流予定日までザンクで過ごすこととなる。

 レスティオが自警団との訓練に参加する日以外は、護衛は交代制とし、基本的には護衛としての指導を受けたり、自警団と訓練を共にすると決める。

 ザンクに戻ると、魔物討伐完遂の報に町人たちが沸き立った。

 昼食は道中に済ませたので、賑わいから逃れる為にもレスティオはロトにある場所への案内を頼んだ。


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