第58話 救いを求める者
レスティオがダイニングに入ると、テーブルには夕食の準備が整えられていた。
今日の夕食は、オーラフの好意で食事処から届けてもらった料理が用意され、ロトとの食事の際に添えられていた特製ソースも添えられていた。
「遅くなって悪い」
「いいえ、手記の解読は進みました?」
「うん。まぁ」
歯切れ悪く頷いて、夕食を始めつつ、自警団とはどうだったか話を促す。
ネルヴィは特別幹部達に扱かれたらしくぐったりしていたが、外が晴れて魔物討伐が終われば、自警団本部での実践訓練も行っていこうと盛り上がり、順調に良好な関係を築けているという。特にハイラックが意欲的で、心構えや精神面での考え方は学ぶことが多く、帰還後の魔物学講義の中で騎士団に広めようと、どのような講義をしているのか自警団の教官との語らいが勉強になったと熱弁する。
「それは良かったな。折角の機会だから、なるべく俺の護衛よりも知見を広められるように滞在中の体制を考えたいな」
「討伐が終わったら、レスティオ様の護衛が一番の任務になるんですけどね」
「わかってる。俺もザンクの教育環境が気になるし、そういうところにはハイラックを同行させたり、鍛治工房は家族の縁があるエヴァルトを頼ろうか、とか、適材適所で考える。勿論、折角護衛の心構えを学んでいるんだから、実践訓練として全員に護衛をさせる機会は作るよ」
ならいいです、と呆れていたユハニは納得を示しつつ、自分は市場視察に行く時に同行したいと要望を口にする。抜け目なさに笑いながら、味のしない腸詰にソースを添えて口に運ぶ。咀嚼しながら、帝都にレシピを広めなかったのは、プレアの反抗の一つだったんだろうかと考える。
「口に合いませんでしたか?」
「ん?いや、美味いよ。城の料理もこうだったらいいのにって思うくらい」
「手記にレシピ載っていたりしませんかね。食事処の人に聞いたんですけど、レシピは家族にしか伝えられないんですって」
薬師の家系に育ったユハニは理解はするが、ソースのレシピが欲しいと諦めきれない様子だった。
レスティオは確かにと頷く。料理については、この世界の料理がいかに不味いかという記述しか出てきていないが、ザンクにレシピを伝えたのだから、どこかにレシピが載っている可能性はある。問題はどのあたりの手記に書かれているか見当がつかないことだ。1冊1冊に日付が書かれているので順序はわかるが、冊数が多く、根気強く読んでみつけるしかない。
「貰った手記は大陸会議場まで持っていくか。暇な時間もいくらかあるだろう」
ザンクにいる間にどこまで読み切れるかわからないが、道中や大陸会議中の待機時間も含めればある程度読み進められるだろうと軽く考える。ふと、雨の音がする窓の外へと目を向けた。
「明日晴れたら討伐かな?」
「いえ、晴れても明日はまだ道が濡れて危険だと思われるので、自警団に様子を見てもらって、明後日以降状況を見ながら討伐に出ると、団長が言ってました」
予定より早く到着しているので、多少の遅れは問題ない。晴れれば自警団の訓練場を借りることは出来るので、合同訓練に当てようと思っているが、街を案内しつつ、鍛治工房で聖剣作りの相談をするのもいいだろうと勧められる。ネルヴィには自警団の動きを見せたいし、ロゼアンとユハニは自警団の鍛え方の違いを実感して興味があるはず、と考え、レスティオはハイラックとエヴァルトに明日の護衛と街の案内を頼んだ。
夕食を食べ終えて片付けを始めると、各々この後の時間をどう過ごそうか話し始める。
「レスティオ様。この後も書斎に入るなら、お茶お持ちしましょうか」
ユハニの申し出にレスティオは少し考える。屋敷の中で出来ることは読書くらいしかない。雑談に興じるのも良いが、それぞれ今日の復習などやりたいこともあるだろうと思えば、気を遣わせる対象がいない方がいいだろう。そこまで考えてから頷きかけたところで、意を決したような、揺らいでいるような、落ち着かない様子でロゼアンが隣に立った。
「あの、もし良ければ、少しお話ししたいことがあるのですが、お時間よろしいですか?」
「今更何を緊張してるんだ?お前がそういう顔をしている時はろくな話題じゃない気がする」
ぐりぐりと皺の寄った眉間を指先でいじると、戸惑った表情で一歩下がり額を両手で押さえた。その反応に、この世界ではこういう弄り方はしないのかと思わず笑う。考え事をして唸っていると、正面から眉間を突かれるか、後ろから髪をぐしゃぐしゃにするように撫でられていたので、当たり前に手が出た。笑ったことで一層困惑した表情になったロゼアンに謝りつつ、笑いを抑える。
「そんなにろくでもない話題を振ってしまっていたでしょうか?」
「ドナ遠征で父親がどうこう言っていた時と同じ顔だった」
冗談めかして言ったつもりだったが、表情は曇った。気の重たい話なのだろうと察して、ユハニに差し入れにもらった酒を用意してもらう。ダイニングを離れようとしていたハイラック達にも声をかければ、全員椅子に座り直した。どうしたのかと怪訝そうな顔をしていたネルヴィは、酒とつまみが用意されて晩酌だと理解すると率先して注ぐのを手伝い始めた。
「レスティオ様はすぐに書斎に戻ると思っていました」
「そうしようかとも思ったんだけど、ロゼアンがまだ話したいって言うからさ」
レスティオ様だけで良かったのにという呟きは無視して、乾杯を済ませる。
ロゼアンの話を聞く前に、つまみとして出された見慣れないナッツのような食べ物に首を傾げると、エヴァルトがオービーンだと説明した。トラントリアム鉱山でのみ採取されている果実で、子供の頃は見かけたら採って食べていたものなので、きっと食べられるだろうとレスティオに勧める。
「毒味で一粒頂きましたけど、これはつまみとは違うので大丈夫だと思いますよ。甘い感じもあるので好まれるんじゃないですか?」
「本当か?」
恐る恐る一粒手に取って口に入れる。表面は弾力を感じる皮に覆われていて、舐めているだけでは味を感じない。噛んでみると、ぐにゅっと弾力の中に柔らかさを感じて顔を顰めた。ゆっくりと咀嚼すると柑橘の程よい甘酸っぱさを感じたが、それ以上に食感に違和感を感じて唸る。
「これも苦手でした?」
「味は大丈夫なんだが、食感が奇妙だな」
果実酒で喉に流し込むと、さっぱりした口当たりになり、ペアリングは抜群だった。食感に慣れれば食べられないことはなさそうだといえば、じゃああれはいけそうかと聞いたことのない名前が口々に挙げられていく。どのようなものかわからないので、実物が手に入ったら試食させてもらうことにして、ロゼアンに本題を振る。
「そう、ですね……」
「もしかして、婚約者との仲直りの仕方とか?」
「それはレスティオ様には相談しないと思いますよ」
言い淀むロゼアンに話題を推測して挙げてみると、ユハニから常識が違いすぎると指摘された。
「その話は破談になりました」
ロゼアンがため息と共に告げると、ハイラックが慰めるように肩をそっと叩いた。
「それは残念だったな。年齢を考えれば、そろそろ結婚も考える時期だろうに」
「贄対策に誰でもいいから結婚したいという人もいますが、死傷率が高い軍人は逆に嫌厭されますからね」
身寄りが無くなれば贄候補に名前が挙がる。それを避けるために婚姻関係を持ちたいと思う者は、危険と隣り合わせの人を選びにくい。街道を移動するだけでも道中で魔物に襲われる恐れがあるため、行商人など他の街へ移動する仕事の者も比較的嫌厭される傾向にある。
「むしろ今の情勢で結婚しているハイラックの方が珍しいわけか」
「生贄を集め始めた辺りから、騎士団で結婚の話はあまり聞かなくなりましたからね。本当に嫌厭される前に結婚出来てよかったと思います」
本当にな、と小さくぼやいたのはエヴァルトだった。駐在兵として献身していることを評価し、慕ってくれる者もいるが中々婚姻相手にはみられない。気づけばギバの村には未婚の女性が幼女以外いなくなっており、異動がない限り、相手が見つけられる気がしないと項垂れる。
「ロゼアンはなんで破談になったんだ?確か、相手はクラディナ皇女殿下の筆頭護衛魔術師だろ?」
「先日、ダイナの家から正式に勘当されたので、婚約の話も同時に破棄となったんです」
緩く酒を楽しむ雰囲気が一転して、全員が表情を固くさせ、緊張が走った。
「話したかったのはそのことで。今回の遠征任務において護衛の任を頂けた為、一時的に贄候補から除外されましたが、大陸会議の交渉次第では、帰路に同行することは叶わないかもしれません」
先遣隊の任命の後、ドレイドに執務室に呼ばれ、贄候補に名が挙がっていることと、レスティオの指名があった為、多少の便宜が図られると通達を受けた。先遣隊は魔物討伐任務の後、レスティオの護衛騎士として大陸会議場に同行することが前提となっているが、ダイナ隊とフランドール隊も向かってきているので、補充要員は十分にいる。
ネルヴィが我に返って口を開きかけたが、ハイラックに止められて唇を噛んだ。
「連座は回避されたのに、なにがあった?」
「父と仲違いして、そのまま」
「あぁ、それで殴られてきたんですね」
「殴られた?婚約者だけじゃなくて……いや、勘当が理由で婚約が破棄になったから、父親に殴られた上で婚約者にも殴られたわけか」
食堂で見つけた頬の傷をナルークは茶化していたが、真相は全く笑えたものではない。レスティオはグラスの中で酒を揺らして少し考えた。
「早ければ大陸会議中か……」
「レスティオ様に指名されて先遣隊には来られたなら、護衛騎士に正式に任命されたら、今度こそ回避出来るんじゃないですか?」
居ても立っても居られない様子でネルヴィが身を乗り出すのを、皆神妙な面持ちで止めた。ロゼアンも口を開きかけて唇を噛む。
帝国軍は聖女召喚の儀式において生贄を集める役目を担った。各地から生贄を集めて、儀式の間で命を奪い、儀式に捧げた。そんな彼らが、生贄を逃れる為に画策することが周囲にどのように捉えられるかは想像に容易い。
「で、ロゼアンの話はそれだけか?」
「……はい」
すっかり肩を落としてロゼアンが頷く。
「優秀な奴がいなくなるのは惜しいってレスティオ様もおっしゃっていましたよね!?」
ネルヴィが叫ぶのに、レスティオはため息をついた。
「言ったな。けど、生贄になるつもりで、厄災を乗り越える気概どころか生きる気力が感じられない奴を優秀とはいえないな」
「気概とか気力があれば大丈夫ってことですねっ!」
「安直すぎるだろ。ちょっと落ち着け」
エヴァルトは呆れながら、ネルヴィの肩を押さえて宥める。
「言っちゃいけないのはわかるけど、俺は仲間を贄に出したくない」
「お前の気持ちはわかるが、贄になるかどうか、生きるかどうかはロゼアン次第だろ」
「それって、ロゼアンが贄を回避したいっていえば、レスティオ様は協力してくださるんですか?」
当人をおいて前のめりになるネルヴィにため息をつくと、レスティオは魔力結晶を伸ばして軽く頭を叩いて大人しくさせた。するりと魔力結晶を手の中に吸収すると、ユハニがそんな使い方もあるのかと目を光らせた。
「もし、お前が贄候補だと言われたら、ネルヴィはどうする?」
「レスティオ様の口添えで一時的にでも贄を逃れられるなら、護衛騎士が決まるまでの間だけでも護衛を続けさせてもらえるように交渉するとか、剣魔術の研究とか、魔物討伐とか、とにかく功績あげまくって、レスティオ様に優秀と認めてもらえるように頑張ります!」
「暫定の護衛騎士か。なるほどな。ネルヴィくらい必死に言われたら考えもするけどな」
自分のことではないのに真剣に即答したネルヴィに、レスティオは思わず表情を緩めた。
横でがたっと音がして顔を向ければ、ロゼアンが立ち上がって勢いよく頭を下げた。
「お願いします!剣魔術をもっと磨いて、レスティオ様と共に厄災を戦い抜きたいですっ!贄になるより、国の為に貢献すると誓いますので、お力添えください!」
レスティオは返事をするより先にロゼアンの後頭部を叩いた。バランスを崩して床に転んだロゼアンを見下ろして深くため息をつく。
「遅い」
「す、すみません。こんなこと、口にしていい立場じゃないのは重々承知しています……」
「承知しなくいい。お前にちゃんと厄災を生き抜く気概があるなら、主戦力になることは間違いないからな。生きる気力も無くした奴が部隊にいると、士気が下がって、無駄に被害を増やすだけだから切り捨ててやろうかと思ったが、そうじゃないならいい」
ロゼアンに座り直すように促すと、レスティオは構想を練っている段階の計画を話し始めた。まだ皇族にもマルクやエルリックにも話していないことなので、許容され実行に移せるかは未知数だが、ロゼアンは是非と表情を引き締めて、協力してもらえるよう仲間達に改めて頭を下げた。




