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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖騎士召喚編
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第56話 聖都ザンク(4)



 自警団本部横の馬小屋に馬を休ませると、自警団員達はどこかそわそわとした様子で、オーラフと先遣隊の様子を窺い始めた。


「ボートム隊長。明日は情報交換を行うとは言え、討伐に出ることはありません。ですので、良ければ夕飯がてら酒場で飲みませんか」

「それはいいですね」


 自警団を代表したオーラフの提案にネルヴィは目を輝かせた。返事をしてから慌ててハイラックに伺いを立てるように振り返ると、ハイラックはため息をつきつつも頷いた。

 それを見るや否や、自警団の一人が酒場の席を確保すべく走り出す。


「ただ、聖騎士様がそのような場所に行かれるのか、少々悩むところではあるのですが」


 オーラフの懸念に、全員の視線が一斉にレスティオへと向いた。

 おそらく、酒場が大衆的な場所で、聖騎士という身分には不釣り合いということを気にしているのだろうと意図を理解してレスティオは苦笑した。ハイラックとはトレリアンの屋敷に招かれた時に一度だけ酒を交わしたが、基本的には城に住んでいるので、街で酒を飲む機会はなかった。


「酒は好むし、酒場の雰囲気も好きだよ。以前は、軍の同僚たちと朝まで飲み明かして馬鹿騒ぎすることがよくあったから、遠慮は要らない」

「それは夢のような話ですね」

「流石に朝までは明日に支障が出るので、そこは良識の範囲内でお願いします」


 酒場へと先導するオーラフに素直に返事をして後に続く。自警団本部から続々と人が出てきて、さらに後ろに続いているのをみて、今晩の酒席は賑やかそうだなとレスティオは表情を緩めた。


「フランドール隊は、あまり飲みにいくイメージないけど、ロゼアンは酒大丈夫か?」

「部隊で行くことは確かにあまりないけど、エドウェルが酒飲みに行くしか休みの使い方がないって良く誘いに来るから酒場には行くよ」


 ネルヴィに問われてロゼアンが名前を出したのは、ロデリオの筆頭護衛騎士エドウェル・マッカーフィーだった。元々はジンガーグ隊の先遣隊に属していたこともあり、ハイラックはアイツはよく飲むからなと笑った。ネルヴィはその当時はあまり接点がなかったようで意外そうに声を漏らす。


「筆頭護衛騎士でも休みがちゃんとあるんだな」

「ロデリオ殿下の護衛は数十人いますから、少ないながらに休みは貰っているようです」


 レスティオは働き詰めにさせているルカリオを思い浮かべて申し訳なく思った。側近に負担をかけないように、ちゃんと採用計画を立てなければと考えていると、そういえば、とネルヴィがおもむろに切り出した。


「レスティオ様って護衛騎士とか選ばれるんですか?」

「んー、選ぶよ、っと、」


 考えながら返事をして、レスティオは自分の口を手で押さえた。選定のことを公表すべきではないとエルリックに言われていたことを唐突に思い出したが、少し遅かった。


「何故口を塞ぐんですか?」

「いつまでにどういう基準で選ぶかなにも決まってないから、下手に口外しない方がいいと総帥に言われているのを今思い出した」

「そんなになにも決まってないんですか?」

「だからこそ、お前達が討伐ついでに臨時の護衛を任されることになったんじゃないか。騎士団に欠かせない人材を引き抜くつもりはないから、お前達を選ぶ可能性は無いに等しいけどな」


 レスティオの言葉に目を光らせたのは周囲にいる自警団員達だった。しかし、声を掛ける勇気がある者はおらず、チラチラと視線を送ってくるばかりだった。話している間に酒場に到着し、自警団員たちが中央のテーブルへとレスティオ達を促した。先に酒場に入っていた者達が歓声を上げて、聖騎士の来訪を喜ぶ。


「聖騎士様。よく酒場に行かれていたのでしたら、聖騎士様の世界の酒宴について教えて頂いてもよろしいですか?」

「俺の世界の?そうだな……あえていうなら無礼講かな」

「ブレイコウ?」


 オーラフが首を傾げ、周囲を見回す。皆きょとんとしていたので、レスティオは、肩書きも年齢も気にせず、礼儀作法もさておき酒宴を楽しむこと、と教える。それはいいと周囲は盛り上がり始める。


「後は、軍の酒宴といえば、景気付けに発声直後に全員一杯目の酒を一気に飲み干すことが必須だったな」


 飲み干せなかったら、リベンジに何杯も飲まされて、最初から酔い潰される者もいた、と思い出して懐かしくなる。念の為、会食や公的なパーティなどでは行わないと付け足すが、既に周囲は酒を用意しろと盛り上がり始めていた。

 ヴィシュールが注がれたジョッキが次々とテーブルに置かれていき、奥の方から酒屋から調達してくるように叫ぶ声も聞こえて来た。レスティオは、発声は主催者が、とオーラフに役目を任せるとジョッキを受け取った。


「では、聖騎士様のザンク来訪を祝して!」


 ジョッキが行き渡ったところでオーラフが声を上げ、一斉に酒を飲み始める。しかし、途中で咳き込みながらジョッキを置く者や必死に少しずつ飲み進める者が大半だった。慣れない飲み方なんだろうなと思いながら、レスティオはジョッキを呷る。


「あぁ、美味い」


 歓声を浴びながらジョッキを飲み干したレスティオは、次のジョッキを給仕から受け取る。一口だけ飲んでテーブルに置くと、ネクタイとワイシャツの襟を緩めた。


「、レスティオ様」

「こういう馬鹿騒ぎするような宴席では襟元は緩めるものなの。堅苦しくしないといけない相手もいないんだから、お前たちも肩の力を抜けよ」


 ロゼアンに見咎められるのも構わず、ジョッキを傾ける。そんなレスティオにユハニはテーブルの料理を取り分けて差し出した。


「酒だけだと体によくありませんからね」

「……酒のつまみは口に合わないからいい」

「なにを言ってるんですか。干し肉も腸詰も道中で食べていたじゃないですか」


 ロデリオとの酒席で食べたなんともいえない不味さを思い出して、警戒しつつフォークを手に取った。見た目は道中で食べたものと同じだが、味付けが濃く、強い辛味と苦味を感じて、酒より水が進む。これなら味のない食事の方がマシだと思いながら、レスティオは皿を睨む。そんなに不味かったかと皆料理に手を伸ばしては首を傾げた。


「普通に美味くないですか?」

「これなら味がない食事の方がマシだ」


 試しにヴィシュールを一口飲んで、口に残る味と混ざった味わいに項垂れた。


「まさか、そこまで口に合わないとは。聖なる方の為には特別な食事が必要になるわけですね」

「もしかすると、つまみに含まれる酔い覚ましの成分が聖の魔力と合わないんでしょうかね」


 項垂れるレスティオの皿を取り上げながらユハニは唸った。


「魔力と味覚って影響するものなのか?」

「昔、お祖父様が薬が苦くて飲めないって言ってきた患者に対して、魔力結晶を見て処方を変えたり、出してもらった魔力結晶を砕いて調合し直していたことがあるんです。店を継ぐまで教えられない技術だそうで、詳しくはわかりません」


 その他に知っている範囲では、聖の魔力が不足している土地ほど動植物が不味くなり食べられない。それが原因で飢饉に発展することも珍しくなく、厄災において各国が聖女を必要不可欠な存在と考える理由の一つといわれる。


「酒のつまみに聖の魔力と相反する成分が含まれていると考えると、一体どんな成分が含まれているのか恐ろしく思えるな」

「まぁ、そうですね」


 研究してみたいところだが、この世界には化学的な分析を行える設備はない。魔力が関係してくるとどのような設備が必要なのだろうと空想し、そういえば、モルーナの娘で皇弟妃殿下が魔術の研究をしているのだったと思い至る。


「皇弟妃殿下なら何か知っているかな。魔術研究家だそうだし」

「凄いところに気軽に相談しようとしていません?」

「皇弟殿下との酒席の機会があるだろうから、話題に丁度いいと思ったんだけどダメかな。その時の警備はユハニについていてもらおうか」


 突然の大役の指名にユハニは表情を強張らせた。

 同時にオーラフはそういう場所に立つことになるのかと不安を感じた表情になった。近くに座るクゼルと顔を見合わせて頷き合う。その様子を見て、きっと明日の指導は厳しくなるだろうとレスティオは心の中で同情した。


「あぁん!?なんだこの馬鹿騒ぎは!」


 不意に荒っぽい声が聞こえてきて視線が酒場の入り口へと向く。オーラフがすかさず立ち上がって入ってきた客の方へと向かった。

 エヴァルトが頭を押さえながら身を縮めるのを視界に捉えてハイラックが首を傾げた。


「なんだ、帰ってきてたなら顔出さねぇか。おい、エヴァルト」

「呑気に帰省してきたわけじゃねぇんだよ!つーか、んな薄汚れた格好で聖騎士様の前に来てんじゃねぇよっ!」

「あぁっ!?知るかんなもん!俺たちは仕事終わりに飲みに来ただけだ!てめぇら騎士団の剣を作ってやってんだから感謝しやがれっ!」

 

 唐突に始まった親子喧嘩に酒宴の事情を説明しようとしていたはずのオーラフは青ざめて、ハイラックが慌ててエヴァルトを止めにかかる。きょとんと親子喧嘩を見つめていたレスティオは、我に返ると襟元を正して立ち上がった。


「エヴァルト!」

「っ、はいっ!」


 鋭い一声でエヴァルトは姿勢を正して怒鳴るのをやめた。自然と周囲も静まる。


「そちらは父君で間違いないか?」

「は、はい」


 レスティオは身構えるエヴァルトの父の前に出ると笑顔を作った。


「初めまして、私はレスティオ・ホークマンといいます。エヴァルトは、私の護衛を兼ねて、騎士団の任務でザンクにきています。本日到着したばかりで、個人的な時間を与えられる状況ではありませんでしたので、そんなに責めないでやって頂けますか?」

「ぉ、おう。鍛治職人をしているクレイグ・クインだ。愚息が世話になっているようで」


 レスティオの丁寧な物腰にクレイグは頭を掻きながら罰悪そうに挨拶を返した。聖騎士様相手にと周囲がヒヤヒヤした様子を見せるが、レスティオは構わず手を差し出し、握手を交わす。


「今日は自警団の皆さんが我々を歓迎して、席を用意してくださったんです。折角、仕事の疲れを癒しに来たのに、騒がしくて申し訳ございません。必要であれば席を詰めますから、どうぞごゆっくりして行ってください」

「いや、なんだか気を遣わせてすまねぇな」

「いえ。周辺の魔物討伐が終われば、エヴァルトにも休暇を与えますので、家族の時間はその時にゆっくり取ってください。時に、先ほど騎士団の剣を作っていると聞こえましたが、少しお話ついでに、席を共にしてもよろしいですか?」


 クレイグが構わないと答えるより先に、エヴァルトがレスティオの肩を引っ張った。何を言い出すのかと表情で訴えるエヴァルトに、笑顔で手を掴んで護衛を頼むと、鍛治職人達に用意された席の方へ移動する。

 戸惑った表情のままオーラフも後についてきたので、レスティオはネルヴィ達に自警団の者達と交流を深めるよう指示を出した。折角の酒宴なのだから先遣隊で固まっているのは勿体無い。

 呆れた顔をしながらもネルヴィ達は素直に自警団に混じって酒を交わし始めた。


「聖騎士様が我々に御用ですか?」


 席では、鍛治職人たちが戸惑った表情で顔を見合わせていた。レスティオは改めて挨拶し、オーラフが聖騎士様だと紹介を付け足す。無礼講でいいから、と先ほどと同じ説明をしてヴィシュールの入ったジョッキを掲げて乾杯する。


「あぁ、ザンクを出るまでに、騎士団に卸す剣を十本くらい購入させて欲しいというのと、もうひとつは相談なんだが、これと同じような剣を作ることはできるか?」


 レスティオが剣帯を外してクレイグに差し出すと、鞘からわずかに剣を抜いただけで歓声が上がった。ゆっくりと剣を抜きながら、興奮した様子で皆前のめりになる。


「まさか、これが……魔剣ネメシス……なのか……」


 初めて聞く名前にレスティオは首を傾げた。鍛治職人達はかつての聖女様と職人達が作り上げた渾身の一本だと興奮しながら口々に熱く語り始めた。恐らく最初に頼んだ剣を購入したい話は飛んでいるだろうと思い、エヴァルトに調達を依頼しておく。


「聖騎士様も聖女様のように魔剣を作りたいのか」

「俺は魔剣というより聖剣と言いたいけどな。鉱山に魔力を注げば作れるかな?試作に何本か作ってもらえるなら、その分の資金は出すし、買い取るつもりだ」


 試作品がどれだけ魔力に耐えられるのか試してみたいし、もし上手くできたなら護衛騎士に選んだ者に持たせてもいいだろうと考えての提案だったが、想像以上に鍛治職人達の目が輝いた。


「俺たちに作らせてもらえるんですかっ!?」

「むしろ、作ってほしいと頼んでいるつもりなんだが。作れるなら、俺はどんな協力をすべきか、どれくらい期間がかかるか、とか、話をしたいんだが、魔物の討伐が終わるまで二、三日はかかるから、その間に資料を集めて検討してもらえるかな?」


 若手から熟練らしき者まで全員がやりたいと口を揃え、制作日誌を読み返すぞとやる気を見せる。

 一方で、剣を眺めながらうっとりと酒を飲む様子は少しだけ狂気染みて見えて、このままでは返してもらえなくなりそうだと思い、魔剣ネメシスを早々に回収する。


「先代の聖女様が残した剣を聖騎士様に渡すなんざ、皇帝陛下も粋なことをするもんだ」

「全くだな。いや、顔も名前も碌に知らんが、良い御人だ」


 魔剣ネメシスをレスティオに使うように持ってきたのはエルリックだったが、ユリウスの株が上がっているようなので、あえて訂正はせずにレスティオは暇を告げて自警団の方へと戻った。

 途中で給仕の女性に鍛冶職人達のテーブルの代金として銀貨一枚を預ける。余るかわからないが余った分はチップにすればいいと頼めば心得た顔で頷いてくれる。


「そこまでしなくていいですよ」

「別にお前の親だからじゃなくて、俺の為に頑張ってくれそうだから先行投資だよ」


 エヴァルトは納得したようなしていないような表情で唸った。そこにネルヴィが駆け寄ってきて、エヴァルトを昔馴染みが揃うテーブルに行ってこいと背中を押した。


「レスティオ様。ちょっといいですか?」

「ん?」

「ロゼアンとユハニは疲れていると思うんで、先に下がらせたいんですけど、レスティオ様はまだ飲みますよね?」


 少し声を顰めたネルヴィにレスティオは二人の方へ視線を向けた。自警団員達に囲まれて今日の討伐の話をせがませている。


「二人はちゃんと食べてたか?」

「俺たちには食べられる料理なんで、ちゃんと食べてますよ。むしろ、レスティオ様の方が食べられてませんよね。確認したら、ここでは酒のつまみしか扱っていないそうで、食材を調達して屋敷で調理するしかなさそうなんですけど」


 酒場以外は営業時間を過ぎているが、町人は全員顔馴染みなので聖騎士一行の為といえば、食材調達に協力してもらうことは出来る。そして、聖女の屋敷には手入れだけはされている調理場があるので、食材を持ち込めば料理は出来る。しかし、屋敷に戻って一人で作って食べる気にはならないなと思い、レスティオは少し考えた。


「明日の朝食分の食材だけ買えたらいいかな。俺は十分酒を貰ったから、二人に護衛を頼んで先に屋敷に戻るよ」


 ネルヴィは頷くとエヴァルトから鍵を受け取り、ロゼアンとユハニに声をかけに向かった。


「なるほど、よく隊員を見ていて、気は利きますね」


 オーラフがぽつりと口にした言葉にレスティオは頷いた。

 ロゼアンとユハニが惜しまれながら席を立つと、一足先に屋敷へと戻った。



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