第55話 聖都ザンク(3)
余裕の表情で戻ってきたレスティオとユハニ、ロゼアンに対し、息を切らせて会議室に戻ってきたクゼルに待っていた者達は怪訝な表情を浮かべる。
「レスティオ様、なにをされたんですか?」
「真っ先に俺を疑うのか」
「ある意味間違っていないかと。流石に見張り台を飛び降りるなんて発想はレスティオ様以外にはないでしょう」
自警団の面々とエヴァルトは驚愕したが、ネルヴィとハイラックはさして驚いた様子もなく納得した。レスティオは早速地図上に置かれた魔物を示す石の位置をずらして、不自然な木々の揺れ方から魔物らしき存在感を確認した場所を共有する。
「その位置ですと、どうしても崖下になりますので遠回りせざる得ません」
「最短でも急いで片道一時間半ほどでしょうか」
「だよな。しかし、風の魔術を利用して塀から木伝いに移動するとすれば数十分で到着出来るんじゃないかと思う」
レスティオが想定する移動ルートを示すと、ネルヴィはやっぱりそういう発想になりますよねと頷いた。
念の為、見張り台を起点にすると、そもそもそこに上がることに時間がかかるということがわかったので、屋根かどこからか塀の上に上がる道を選択するつもりだと告げると、先ほど見張り台まで上がったユハニとロゼアンはそれならと理解を示した。
「ユハニとロゼアンはレスティオ様についていくつもりか?」
「剣魔術の魔術を補助的に使った場合の感覚で行けると思う」
「俺も魔術の使い方はなんとなくわかります。ものにするまではもう少し時間はかかりそうですが、レスティオ様が速度を加減してくだされば問題ないかと」
二人の前向きな発言に対し、ネルヴィは俺は厳しいと唸った。ネルヴィは魔力操作はともかく魔力制御に課題があり、魔術は大技になりやすい。特に風の加減を制御する場面にはまだまだ向かない。
「団長。先ほど、魔物の位置と共に空模様を確認したが、恐らく明日には雨が降る。だから、今日中に一度魔物を確認し、可能ならば根源を叩いておきたい」
「、雨、ですか。聖騎士様は天啓も得られるのですね。雨が降ると道が悪くなりますから、今日中に、というのは賛同したいところですが、今から出撃準備をするには少し遅いかと思います」
この世界では天気を告げる者は天啓を得られる限られた者のみとされるが、オーラフは聖騎士であるレスティオの言葉を疑うことなく受け入れた。しかし、会議室内の時計を見上げて厳しい表情を見せる。
レスティオも時間を確認して、改めて地図を見つめた。
「自警団で定めている山中での活動可能時間は?」
「今の時期ならば十八時としていますが、曇天になれば暗くなるのも早いでしょう。なるべく早めに切り上げたいところです」
ネルヴィたちはそんなことが取り決められているのかと驚いたが、レスティオは活動可能時間だけでなく、時期に応じた基準が定められていることに感心した。
「これから出兵する場合、魔物討伐のために準備は既に始めているので、急げば一時間かからないと思いますが、往復の時間を考えると討伐にかける時間が足りません」
現在時刻は十五時少し前。
魔物が潜んでいるかもしれない山中での野営は現実的ではなく、それはレスティオも想定するところでは無い。だが、出兵が出来ないとは考えていない。
「問題ない。これから、俺がロゼアンとユハニと共に塀を伝い移動して、魔物の群れがいると思しき場所へ最短距離で特攻を仕掛ける。ネルヴィは残りの者と自警団と共にこの地点を目指して来て欲しい」
「俺たちは魔力を消耗したレスティオ様たちの回収係というわけですか」
ネルヴィは意図を察して頷くと考えるように腕を組んだ。そして、オーラフを振り返る。
「レスティオ様がこの場所を目指し特攻を仕掛けるなら、この一帯に魔物がいたとしても到着する頃には討伐済みだと思います。移動経路の殆どで魔物が確認されていないならば、警戒は必要ですが、万全ではなく最低限の体制で済ませられませんか?それなら、自警団の準備や移動にかかる時間は多少短縮できますよね」
レスティオが最短距離で向かうのに数十分。魔物を討伐して回る時間を考えても、自警団の準備に一時間弱と片道一時間半では時間がかかりすぎる。
ネルヴィの提案に、レスティオの戦い方を知らない自警団の面々は戸惑いを示したが、オーラフは厳しい表情のままレスティオとネルヴィを交互に見つめた。
「ネルヴィ。その提案をする場合、お前は万が一魔物に遭遇した場合の対処に責任を持てるか?」
言われて無茶を強いようとしていることに気づいた様子で、ネルヴィは慌てて唸りながら考え始める。
「んー。魔物の展開次第では難しくなる気もするけど、自警団が全く戦えない訳ではないし、俺が先頭について、エヴァルトを中間、ハイラックに殿を任せたとして、小隊二つ分くらいなら守って戦えるかなと思うんですが、ダメですかね?」
「トラントリアム鉱山に魔物が発生しにくいなら、自警団は魔物の対応には不慣れと考えるべきだと思う」
前提条件を変えるとネルヴィは頭を掻いて必死に考えを巡らせる。
オーラフは言いたいことがありそうな顔をしつつも、レスティオがネルヴィに考えることを促している様子を黙って観察していた。
「後発部隊の任務は特攻に臨む先遣隊の回収ですが、聖騎士様を迎えに行くことを踏まえれば自警団が魔物を前に怯えるような編成を組むとは考えられない、というのは甘い考えということですよね。確かに実際魔物に遭うとベテランでもびびることがあるようですし」
思考中の何気ない言葉に自警団の幹部たちの表情がぴくりと動いた。それはオーラフやクゼルも同じだった。
「懸念は承知致しました。直ちに、魔物に十分対応出来る必要人員を編成致しましょう。クゼル、ガルゥの狩猟熟練者で編成を組み、出兵の準備を急がせろ。速攻で済ませるなら夜道の備えは最小限でいい。私も出る」
「はっ!ファラド、ターク、お前たちも来い!」
オーラフは、レスティオとネルヴィの反応を待たずに、クゼルに動くよう指示をした。クゼルと共に指名された自警団幹部が退室していく。
レスティオがガルゥという聞き慣れない名前に首を傾げると、オーラフがハイラックの資料を一枚手に取り、魔物によく似た猪の一種だと教えた。魔物には慣れていないかもしれないが、狩猟経験があればある程度怯まず対処できるという判断に納得する。
自警団が準備に動き出した為、レスティオもロゼアンとユハニと席を立ち、出撃に向かった。ザンクを囲む塀の上を走り、目標地点へと最短距離で進める位置を探る。
「魔物の観測位置はこの先。木の上を辿る分には地形を考えなくても行けるだろうけど、まずは木の枝に降りてみるか。下で受け止める準備はしておく」
レスティオが先に塀の上から飛び降りると、続いてロゼアンとユハニも飛び降り、なんとか木の枝に捕まる。その後も、木の枝を掴んだり、木の幹を蹴りながら移動するが、枝が折れたり、掴みきれなかったりと苦戦する。何度か足を止めては跳躍と魔術の加減を検証しながら、ロゼアンとユハニの魔術の精度を上げて進む。
「こんなにゆっくり進んでいて大丈夫でしょうか」
「まだ二十分しか経ってないから大丈夫だろ。それより、今更かもしれないが魔力の消耗具合はどうだ?」
「魔力結晶を吸収しながら進んでいるので、消耗はあまりしていません」
いつの間に、とレスティオが首を傾げると、ユハニは得意げな顔を見せた。
二日目の朝に魔力結晶の回収方法に迷ったユハニは、鎧の裏に回収しきれなかった分を塗りつけることを思いついた。剣や鎧の表面ならば魔物に狙われかねないが、鎧の内側につける分には回復したい時に吸収できるし、余計な荷物にもならない。ロゼアンも、ユハニの回収方法に気づいて教わってからは、剣帯につけたポーチに収めている回復用の魔力結晶とは別に、鎧の内側にも仕込んでいた。
「レスティオ様は回復用の魔力結晶を持ち歩いていないんですか?」
「アッシュに、結晶を取り込んだところで然程回復が見込めないから、魔力量と回復効率を上げる方がいいと言われている」
そうでなくても、レスティオの場合は彼らの鎧のように仕込める場所がないので、真似出来そうにない。移動を続けながら、二人の魔術の扱いが安定してきた頃合いで速度を上げていく。
「一時の方向に魔物確認!戦闘用意っ!」
「「はっ!」」
移動に集中するのをやめて地上へ降り、剣を抜いて駆け出す。
「地上でも魔術を使った方が迅速かつ体力の消耗を抑えられます!」
「了解っ!」
鎧を纏っている分の負荷を軽減したいのだろうと後ろから聞こえる声に納得し、レスティオは魔物に切り掛かっていく。不意にレスティオが魔物を相手する横をユハニが跳躍し、木の幹を蹴って魔物へと切り掛かった。
「勢いが出せる分、仕留めやすいですね」
「確かに。馬上じゃない分、剣術訓練が活きてる感じもする」
「同感です」
魔術と剣術の有用性と成長を実感する二人に勘付かれないようにレスティオは援護に回る。後輩に経験を積ませるために、程よくお膳立てしてやるのも先輩の務めと昔教わった。わかりやすくやりすぎると、秀才な後輩は納得いかない顔で拗ねて、空き時間を鍛錬に費やして無茶をするので、加減にはよく悩んだと懐かしく思いながら、二人の死角から向かってくる魔物を切り捨てる。
「レスティオ様、こんな場所ですから手を抜かなくても結構ですよ」
しかし、ユハニには見抜かれていたようで、見える範囲の魔物が片付くなり呆れた口調で指摘された。レスティオは上手くやったつもりだったのにと少し悔しく思う。
「フランドール隊を真似て、分担をした方が効率がいいかなと」
「俺たちが魔術で飛び出しすぎないか心配して合わせてくださったのは有り難いですし、いい経験が出来たとは思いますけど、戦場で下手な手抜きは危険が過ぎます。ハイラックがいたら確実に説教ですよ」
普段は温厚なのに剣術指導中に人が変わったように見せた怒声を思い出す。
オズヴァルド隊では、戦闘中でも軽口を叩き合う場面があったが、カスタムの余裕があったからこそだろうと今になって思う。
「そうだな。感覚は二人とも掴んだようだし、必要以上の援護はしないようにする」
わかったなら行きましょう、と促されて、根源がいる方角へと移動を再開する。一度魔物と遭遇したので、ここからは魔力を温存しながら慎重に歩みを進めていく。
「魔力結晶は?」
「回復用に持ち歩いているものが一つ」
「同じく」
鎧に仕込んでいた分は二人とも使い切っていた。一度見張り台で体力を消耗した分、身体的負担を風の魔術で補っているので魔力の消耗が早い。レスティオは彼らの経験だけでなく体力と魔力の配分も考慮すべきかと思案する。
「魔力は消耗しましたが、剣に魔力を注ぐわけではない分、剣の消耗を防げますし、体の動きを補助するような魔術の使い方を剣魔術のひとつとして盛り込むのはいいのかもしれません」
ロゼアンの言葉に、騎士団から支給されている剣の耐久性に問題があることを思い出す。ユハニは言われてから自分の剣にヒビがないか確認して、安堵の表情をした。
「そうだな。最初は広義に捉えておいて、各自の能力に応じて枝分かれさせた方が受け入れられやすいかもな」
「そう考えると、俺とネルヴィだけでなく、協力してもらえるように体制を作った方がいいですよね」
「そこは進め方次第だな。剣魔術の研究体制について、今度ゆっくり話そうか」
徐々に声を小さくして一旦足を止める。前方で大きな体躯の魔物が動いていた。
「あの魔物は獲物を見つけた瞬間の移動速度が速いというが、先ほどまでの魔物はそれほどでもなかった。成長に連れて脚力が鍛えられるのかもな」
「つまり、あれは先ほどまでの速度で考えてはいけないと」
「そのつもりでいたほうがいいだろう。俺が気を引く。ロゼアンとユハニは後方または側面からのアプローチを頼む」
立場で言えば、レスティオが囮になるような策は避けるが、ロゼアンとユハニは実力差を理解して、何も言わずに頷いて位置を変える。レスティオから一拍遅れたタイミングで魔物に飛び込んでいき、木を蹴りながら一気に距離を詰める。隙が出来たら一気に切り込まなければならない。
途中の魔物は一旦気に留めずに駆けて行き、魔物の正面にレスティオが飛び出すと、それまでのっそりと歩いていた魔物が大きく口を開けて突進してくる。巨大化した姿は猪というよりカバのようだった。レスティオが後退しながら喉元に氷を打ち込むと間近まで迫ったところで悶え始める。両脇に迫っていた二人は攻撃体勢を取ると、ロゼアンは氷の斬撃で後ろ足を切り落とし、ユハニは足の付け根の関節部分に剣を突き刺した。魔物の咆哮が響く中、レスティオは口先から尾まで胴体を縦に真っ二つに切り裂き、血飛沫を上げた。
「木の上に移動して体勢を整えろ!」
根源らしきものを倒したことを喜ぶ間も無く、レスティオは二人に叫んだ。先ほど無視した魔物が突進してくる気配を感じ取っていたロゼアンとユハニは、すぐに木の上へと飛び上がった。ほんの僅かな差で魔物たちが根源の残骸を踏み潰しながら突進してきて、木が大きく揺れる。木にしがみついて耐えれば、獲物がいないことに気づいて魔物は大人しくなり周囲をうろつき始める。
「お前ら、負傷は?」
ロゼアンとユハニは血まみれだった。だが、痛がる様子はなく、魔物の血を浴びただけだとわかる。
「大丈夫です」
「大丈夫ですが、剣を抜き取れませんでした。魔術での援護に徹します」
根源に刺さったままのユハニの剣は集まってきた魔物たちがいるためすぐには回収できそうになかった。仕方がないといいながら、レスティオは鋭い氷を次々と形成していく。木の下の魔物たちはそれを警戒する様子もなくうろついていた。
「どうするんですか?」
「氷の雨」
大量に生成した氷の矢が一直線に下降して魔物たちを一気に貫いた。
「一撃ずつじゃなくても出来るんですね」
「放つ動きは風任せだから、滞空状態を維持すれば、このようなことも可能ということじゃないですか?」
冷静に分析したユハニに頷いて、レスティオは懐中時計を取り出して時間を確認しました。
「合流まではまだありそうだな」
「索敵範囲を広げますか?それとも、合流を待ちますか?」
ロゼアンはドナで魔物を撃った時と同じ感覚で下方に見える魔物に氷を打ち込みながら問いかける。次々仕留めていく様子を見てユハニも近くの魔物を射抜き始めた。
「消耗のしすぎには気をつけろよ。遠くから視認できるだけの魔物の影が見えたなら、まだ数は多いはずだ。合流までに倒せるだけ倒すが生き残ることを最優先に考えろ」
根源を討伐してしばらくすれば、魔物たちは弱体化していくのだから、慌てて今討伐する必要はない。最悪、二人を抱えて戦線を離れるくらいどうということはないと考え、魔力の残量を考えつつ、レスティオは剣を握り直した。
ユハニに木の上からの狙撃を任せ、レスティオとロゼアンは地上を駆けながら魔物を切り払い進む。根源と思しき魔物より大きな体躯の魔物に出くわすこともなく、馬の蹄の音を確認して途中で方向を変えれば、隊列が見えてきた。隊列前方の魔物を切り払いながら前に出れば、自警団の驚く声に迎えられた。
「無事合流できて良かった。根源らしきものは討伐したから、一度癒しをかけて帰還でいいかな?」
「は、はい」
「先に洗ってしまいますね」
オーラフが血まみれの三人に怯んでいる様子に苦笑しつつ、ネルヴィは手を伸ばして三人の体についた魔物の血を洗い流す。
レスティオはハイラックの後ろに乗せてもらい、聖の魔術で森を癒したら隊列は進んできた道を引き返していく。ロゼアンとユハニはそれぞれネルヴィとエヴァルトの馬の手綱を握り、ネルヴィとエヴァルトは後ろで魔物を警戒するが、早々に魔物が出現していたエリアは抜けた。
魔物と遭遇したタイミングで三人が飛び込んできたため、後発部隊は魔物を討伐することなく、魔力を消耗した三人を回収するという役割だけを果たすこととなった。
「いやはや、聖騎士様も騎士団の皆様も随分な手練れなのですね」
ネルヴィの無自覚の挑発に息巻いて来ただけにオーラフは少しだけ落胆していた。他の面々も拍子抜けという表情だ。
「レスティオ様が剣術と魔術を組み合わせた戦術を駆使されているのを見て、魔術を扱える者たちが感化され始めたところです」
「それは実に興味深いですな。聖騎士様を迎えて、オリヴィエールは変革の時を迎えているのですね」
ネルヴィは警戒にあたっているので、ハイラックがオーラフの声かけに応じる。感慨深そうなオーラフの反応にレスティオが寄りかかっていたハイラックの背中から少し身を離して振り返った。
「俺はただ、こういうことも出来るんだと可能性を示唆しているにすぎない。個々が自らの素質に気づき、努力出来るか否かは別の話だ。この部隊は、自らの素質に気づき、伸ばし、活かしている。同じ世界の生まれである彼らの成長を見ることで、自らの可能性に気づく者が増えていけば、それこそが、この国の変革のきっかけになるのだと思う」
可能性、と呟いてオーラフは先遣隊の面々を振り返る。
「先遣隊を教育してもらう代わりに、先遣隊の技術を自警団に提供することで貸し借りなし、というのもひとつかな」
「それは有難い申し出ですね。明日が雨になるなら、我々も業務が限られますし、場を作るには丁度いいかもしれません」
ネルヴィ達が指導を受けている間は書斎で聖女の手記を読もうとレスティオは決める。聖女の屋敷の広間でやりとりしてもらう分には、屋敷内の警備体制に問題はない。




