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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖騎士召喚編
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第53話 聖都ザンク(1)


 朝を迎え、一行はトラントリアム鉱山へと入った。

 ここからはネルヴィに代わりエヴァルトが先頭を進む。

 魔物が確認された場所は山道から離れた東側だったこともあってか、周囲に魔物の気配は感じられない。物音に振り返れば、動物の姿が確認される程だった。目の色を確認せずとも、周囲に生息している動物はある程度把握しているようで、誰も警戒する素振りはない。


「この辺りは動物が多いな」


 ドナ遠征の際は、森に蔓延った魔物の影響で動物の姿が少なかったことを思い出して口にすると、皆思い出したように近くの動物を見回し始める。


「魔物じゃないんだから、気にすることもないだろ?」


 エヴァルトが急に様子を変えたネルヴィたちに首を傾げる。駐在であるが故に情報が伝わっていないことに気づき、ロゼアンがドナ遠征であったことを説明した。ドナ遠征時の反省を活かし、自然環境、従来の動物や魔物の生態系に変化があった場合には、情報を共有し、その原因について考察し、懸念があれば対応に動くように、と帝都の部隊には指導されていた。ハイラックも魔物学講義で解説している状況を例に挙げると、エヴァルトはそういうことかと納得を示した。


「このあたりに動物が多いのは以前からです。ザンクは聖の魔力が一番残っている場所なので、魔物が発生しにくいというのを聞いたことがあります。だから、動物も棲家を作りやすいのでしょう」


 かつての聖女が魔剣を作り上げる為に鉱山に大量の魔力を注ぎ続けたことに加え、他国の聖女が聖女の話を求めて訪れることが多く、その都度魔力を注いでもらっている。おかげで、周囲に魔物が発生しくく、動物が生息しやすい環境が維持されていた。森に近い町村はどうしても魔物に襲われやすいが、帝都など大聖堂を有する主要都市も聖の魔力が注がれる機会が多いため、比較的魔物に襲われにくいという特性がある。

 エヴァルトの話を聞きながら、道中で聖の魔力を放出すれば魔力量増加と魔物避けの一石二鳥だったじゃないかと気づいてレスティオは内心後悔した。何故その話が今日まで聞けなかったのかと問えば、ザンクで教わったことで、帝都に情報が行き届いているのかは把握していないと返された。


「ぁ、ザンクの門が見えてきましたよ」


 ネルヴィに声をかけられて顔を上げると前方に見えていた石造りの塀を指差していた。

 森の木よりも高く聳える塀は街の気配を感じさせない。塀より高い位置には見張り台だけが視界に入り、人が動いている様子がレスティオの目には確認できた。


「門扉に何か書かれているか?」


 近づく門は大きく、帝都より丈夫そうに見える。その扉にはなにか彫られているように見えるが、年季の所為か遠目には判別が難しかった。


「聖オリヴィエール帝国トラントリアム鉱山内聖都ザンク。街の名前です」


 すかさずエヴァルトが答えた。門扉の文字など気にしたことがなかった様子で、ネルヴィたちもへぇと声を漏らした。


「聖都?」

「聖女を召喚した国が聖を冠するのと同じく、聖女様が移り住まわれると決まった時に、ザンクは聖都と呼ばれるようになったそうです」


 聖女亡き今は、誰も聖都とは呼ばない。聖女の遺産を守る為に、地図に名前を載せることもなくなったので、今は存在を知らない国民の方が圧倒的に多い。ここまでの説明は以前にフランドール隊から聞いた話と一致していた。

 ザンクは高い塀に守られた場所であり、街周辺を守る自警団が認めた者以外には門が開くこともない。それにより、興味本位で訪ねてきた者は入り方がわからずに引き返すことになる。聖女自身が多くの交流を望まず、自分の存在が街を脅かしてはいけないと備えさせた結果でもあり、今もこの風習は守り続けられている。


「馬を降りて待っていてくれ」


 門の前に到着すると、エヴァルトが真っ先に馬を降りて門扉のノッカーを軽快なリズムで叩き始め、最後に六回叩いて手を離した。


「シグニャル式に基づいているなら、『こちら帝都騎士団の使者なり。開門求む。人数は』、で終わって、最後に人数を叩いたのかな」

「シグニャルシキ?あれは、こうして叩けば開けてもらえると騎士団で教わる開門の求め方です」


 ハイラックが武具の仕入れでいつも使う合図だと首を傾げながら教えてくれる。しかし、レスティオには軍学校で習った暗号通信にしか聞こえなかった。この世界の人間に暗号でやりとりする知識はないのかなと思いながら、納得することにした。

 待っていると、扉の向こう側から音がした。ようやくか、とこぼしつつ、エヴァルトは扉横の壁面に付いている蓋を開けて、穴に向けて用件を伝える。


「伝声管か。随分古典的だが、この世界ではよく使われるのか?」

「さぁ、私はここでしか見た覚えがありませんね」


 帝都の門には兵が常駐しており、宵の鐘で閉門した後も監視が続けられている。商人の出入りが多いこともあって、日中は門を開けた状態で兵が待機していることから、もしあったとしても使うことはほとんどないだろう。ハイラックはそう言いつつ唸り、取り入れた方がいいことがあるのかなと考え始めた。

 ハイラックが考えている横で、レスティオは門扉に書かれた文字を見上げた。先ほどエヴァルトが口にした街の名前は、近づけばはっきりと読むことが出来た。そして、その下にこの世界の文字ではない一文が書かれていることに気づいて首を傾げる。


「そちらは聖女様の世界の文字だそうです。なんと書かれているのかは、資料にも残っておらず誰にもわかりません」


 対応を終えたエヴァルトが近づいてきて説明するが、レスティオは生返事を返した。扉をじっと見つめていると、ゆっくりと内側に開かれ始める。騎士団とは違う鎧を纏った自警団の兵が両脇で扉を押えるように立った。正面奥には柵状の扉があり、検問担当と思しき男が一人立っていた。

 

「エヴァルト。お前が来るのは随分と久しいな」

「ご無沙汰しています、クゼルさん。用件は先ほどお伝えした通り、鉱山中腹にて魔物を確認した為、帝国軍騎士団より討伐部隊が編成されました」


 クゼルは一行を見回して疑わしげにエヴァルトへ視線を戻す。


「随分少ないが、自警団の戦力を期待してか?」

「いいえ。ザンクにどれほど伝達が行き届いているか存じませんが、こちらは我が国に召喚された聖騎士レスティオ・ホークマン様です。聖騎士様がいらっしゃれば、この程度の人数でも十分討伐を成し遂げられるとの総帥の判断です」


 エヴァルトが紹介するとクゼルは目を見開いてレスティオの方に向いた。そしてすぐさま膝をついて頭を下げた。


「申し訳ございません。御前と気づかず、御無礼をお許しください」

「気にしない。名前を聞いても?」

「はっ。ザンク自警団副団長クゼル・ディートにございます。生きて聖なる方のお目にかかれるとは大変光栄なことで、恐悦至極にございます」


 緊張した様子だが、背後へ合図している仕草が見えている。聖騎士の来訪と聞いて他の者を呼びに行かせたのだろうと察し、時間稼ぎに付き合ってやろうとレスティオはゆっくり挨拶を返してクゼルを立たせた。


「生憎俺は聖女ではないが、そこはザンクでは許容されるのかな?」

「勿論でございます。聖騎士様のお話は、騎士団の者から伺っております。聖の魔術だけでなく武術に優れ、魔物討伐において前線でご活躍されているとか。お目にかかれる日を町人一同待ち望んでおりました」


 予想外に歓迎されている様子にレスティオは拍子抜けした。聖女の街だからこそ警戒されることを覚悟していたが、その心配がないとわかると肩の力が抜ける。物音がしてクゼルの後ろを見れば、柵状の扉が開かれてクゼルより風格のある壮年の男が前に出てきた。


「お初お目にかかります、聖騎士様。私はザンク自警団にて団長を務めておりますオーラフ・シュトラウスと申します。遠路お越し頂きまして有難うございます。昼の鐘も過ぎたところですし、荷物は自警団にて預かりますので、食事処へご案内致しましょうか」


 お疲れでしょう、と労ってくれるオーラフに挨拶だけ返すと、レスティオは判断を仰ぐべく、ネルヴィを振り返る。ネルヴィはハイラックやエヴァルトに目配せして判断を確認すると、前に出た。


「オリヴィエール帝国軍大陸会議派遣団護衛部隊先遣隊隊長ネルヴィ・ボートムと申します。お気遣い感謝致します。是非、お言葉に甘えさせていただきたく思います」

「では、まずこちらへ」


 オーラフが手を挙げると、控えていた自警団員達が前に出てきて馬や荷物を引き受けた。しかし、例によって例の如く、ヴィルヘルムは自警団員に攻撃的な態度を見せたので、仕方なくユハニが手綱を取る。ふと、オーラフは運ばれていく荷物に目を留めて、ネルヴィに声をかけた。


「荷物を覆っているのは、もしや魔力結晶ですか?」

「えぇ、自警団に我々の荷物を奪取するような者はいないと思いますが、聖騎士様に倣っております」


 各自の荷物は、ハイラックの分も含めて全て魔力結晶で覆われている。安易に他人の魔力に触れようとする者はいないし、荷物から剥がすには持ち主以上の魔力が必要になるので盗難対策になる。ネルヴィの説明を受けて、オーラフは大袈裟に感嘆してみせた。


「魔力結晶にそのような使い方があるとは。聖騎士様は平和以外にも新たな知恵を与えてくださる方なのですね。側にお仕え出来る皆様が羨ましい限りです」


 ユハニが戻るのを待って食事処へ移動すると、自警団からの連絡を受けて駆けつけたらしい者達が店先で待ち構えていた。色めき立つ一行の中から一人の老人が前に出てくる。


「聖騎士様。こちらはザンクの町長と町役場の者達です。町長、聖騎士様と帝国軍の大陸会議派遣団護衛部隊先遣隊の方々をお連れしました」


 まずはオーラフが間に立ってそれぞれ紹介する。


「お初お目にかかります。ザンクの町長を務めております、ロト・チェルノと申します。我が国が世界史上初めて、聖騎士様を迎えたと聞いた時から、お目にかかれる時を待ち望んでおりました。ザンクを代表して心より歓迎致します」


 レスティオとネルヴィが前に出て挨拶を交わすと、店内の席へと促された。レスティオとロトに用意された席とは別に、ネルヴィたちの席も用意されていた。交代で護衛に立ちながら食事する前提で準備が整えられており、ネルヴィは緊張しつつ二手に分かれるように指示した。

 レスティオは、会食前提で用意された席に笑顔で礼を言い、聖女とその護衛を迎え慣れた様子を窺う。浮足立ってみえる給仕からコースメニューの説明を受けると、早速料理が運ばれてくる。温野菜の前菜から始まり、いつも通り味がない料理と思いきや、ドレッシングやスパイスがひとつひとつのメニューに添えられていた。祝い事か、聖なる人が来た時だけ添えることが許されたザンク特有の風習と教わる。何故広めないのだろうと疑問に思いながら、町長の世辞を聞いて食事の時間を過ごした。


「レスティオ様。今回の討伐にあたり、自警団から協力の申し出がありました。この後、自警団本部にて、討伐に関する打合せを行おうと思いますが、レスティオ様はいかがなさいますか?」


 食事を終えると、ネルヴィがレスティオの横にきて尋ねた。打合せは自分たちで済ませるから町長とこのまま歓談しても良い、という意図を察しつつも席を立つ。


「そちらに同行するよ。ザンクに保管されている聖女様の資料は討伐の後にゆっくり見せてもらう」

「それでしたら、先に聖女様のお屋敷だけでもご案内させてください。聖なる方には宿としてお使い頂くようにしているのです」


 ロトの申し出に、聖女に関する貴重な建物を宿にするのかとレスティオは驚いて首を傾げた。

 ザンクに移り住んだ聖女が建てた屋敷は、死後、ドーベル家ではなくザンクの町役場に権利が譲られていた。移り住んでからはドーベル家との関係も希薄になっていたこともあり、ドーベル家は彼女の遺産をいくらか引き取って、権利のない屋敷や文字が読めない手記などからは手を引いたという。

 それ以来、聖女の死の間際に告げられた意向もあり、異国の聖女が訪れた際に宿泊してもらう場所として、町役場が定期的に手入れをして管理していた。今回も聖騎士一行ということであれば聖女の屋敷が滞在にふさわしいと、食事の間に既に準備が進められていた。


「他の聖女のために残した屋敷か。まぁ、準備もされているなら折角だし使わせてもらおうか」

「はい。レスティオ様が望まれるならばそのように」


 自警団員が先ほど預けた荷物を取りに出ていき、一行は聖女の屋敷へと案内される。

 街の賑わいから少し離れたひっそりとした場所に屋敷は建っていた。補修を定期的に行なっているおかげか年季はあまり感じない。屋敷の正面に来ると、レスティオは足を止めて正面から屋敷を見渡した。


「聖騎士様。お気に召しませんでしたか?」


 帝都の城下町の建物とは雰囲気が違う。柱や窓枠など装飾が細かく施され、赤と白を基調とした上品な佇まいに目を細める。


「いや、見事な屋敷だと思う」

「あぁ、お気に召されたようで安心致しました。内装は季節ごとに聖女様が好まれた家具を配置しておりますので、どうぞ、中もご覧ください」


 玄関扉が開けられ、屋敷の中を案内される。調度品は女性らしさが強調されている訳ではなく、落ち着いた上品さが窺えた。エントランスの敷物やリビングのカーテン、更にダイニングテーブルの椅子の背もたれに至るまで、あらゆるところに二種類の紋様が描かれていた。その紋様は、オリヴィエールに来てから見かけた紋章ではなく、レスティオは指先でなぞって目を細めた。


「いかがでしょう?お気に召さないようであれば、取り替えさせますが」

「いや。このままがいい。この紋章は、かつての聖女様に由来するものか?」

「はい!聖女様の母国と生家に伝わる紋章だそうで、聖女様に関わる物にのみ刻むことが許されております」


 自慢げに答えるロトに、色々と聞きたい欲が湧き上がってくるのを飲み込んで納得した表情を見せると、レスティオは次の部屋へと案内を頼んだ。書斎には過去何度も複写して継いで来たという聖女の手記の写しが収められている。門扉同様に聖女の世界の言葉で書かれているが、興味があるならば写しなので好きに手に取って問題ないし、欲しければ写しの一式を譲ることも出来ると言われ、レスティオは是非と頷いた。


「帝都に持ち帰る分を一式頼みたいが、ドーベル家から聖騎士は認めないとかなんとか言われてはいないのか?」

「ん?ドーベル家がザンクに関わることはありませんよ。かつての町人が残した資料によれば、聖女様がザンクへ移り住んだのはドーベル家と半ば縁を切るようなものだったそうですから。我々が聖騎士様と友好を築けば築くほど、聖女の血筋であるドーベル家にとっては面白くないということはあるかもしれませんがね」


 ロトは、ドーベル家のことを気にする様子もなかった。それよりも聖女に選ばれた土地で生まれ育ったことに誇りを感じていることが窺える。手記は後程手に取ることにして、寝室へと案内してもらい、自警団員が届けてくれた荷物を各々の部屋に片付ける。屋敷の鍵の管理をエヴァルトに任せると、ロトと別れ、オーラフと共に自警団本部へと向かった。


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