第52話 大陸会議行路遠征(4)
木の枝で地面に絵を描きながら魔物の話をするハイラックは活き活きとしていた。
時間は既に就寝時間を過ぎていて、他の者はテントの中で眠っている。夜の見張り番に聖騎士であるレスティオは含められないが、眠れないならば見張りが付き合うのはいいだろうと気遣いを貰って今晩は起きていた。
「突進されると避けるのが大変なので、対策に悩むところですが、森の中なら気づかれたら木の陰に潜んで回避でしょうか」
「回避を待ってくれる速度か、あるいは、それだけの反射神経が騎士団の兵にあるかが問題だな。木に突進されてそのまま潰されないとも限らない。囮役を用意して罠を仕掛けるのはどうだ?」
「過去に実行した囮作戦の生存率は低いのであまり考えたくない策ですね。ちなみに罠というと?」
魔物対策の戦略を練り、戦略に合わせた適材適所の配置、連携の仕方について討議しているうちに、エヴァルトが起きてきて交代しようと告げる。折角面白くなってきたところなのにと思いつつ、立ち上がる。
「そうだ。レスティオ様はネルヴィとなにか話したんですか?二日目から急に顔つきが変わったなってエヴァルトと話してたんですよ」
寝る前にひとつだけ、とハイラックに問われてレスティオは少しだけ考えた。貧民街のことをよく思っていない者が多いならば、そのあたりの話はすべきではないだろうと答えになる会話を探す。
「あえて言うなら、今回の大陸会議における聖騎士の筆頭護衛騎士はネルヴィという扱いになるだろ?だから、己の評価は主たる俺の評価にもなると自覚し、何者にも舐められてくれるなという話をしたかな」
「そ、れは、我々にも身に沁みる話ですね。確かに、格に見合う使用人を選ぶのはある程度の家になれば当たり前ですし、気を引き締め直します」
「俺も、聖騎士の護衛騎士とわかってはいたが、そこまでの考えはありませんでした」
自分達の働きがレスティオ自身になにか影響を及ぼすなど誰も考えていないだろうとハイラックとエヴァルトは少し顔色を悪くさせた。
同時に、この数日のネルヴィの変化に納得を示した。
「ネルヴィは、ジンガーグ隊の先遣隊に選出された時もそうですが、立場を与えた方が成長する傾向にはありますからね」
「あぁ、今もひとつひとつのことを確実に習得してるよな。急激に変えようというのは本来難しいものなのに、剣魔術をあそこまで」
ネルヴィが隊長を務めるという決定には、騎士団内でも発表時から驚きと疑問を抱かせていた。
だが、決定の経緯は知らされないし、一度発表された人事が覆ることはレスティオが異議を唱えない限りはなく、皆疑問は飲み込むしかなかった。
「ソリッズが特にネルヴィに期待を寄せているということかな」
「そうですね。大雑把に見えて、案外、人を見ている人なので。先遣隊以上の役割を与えるのに今回の遠征はちょうど良かったのかもしれません。最後にもうひとつお聞きしてもいいですか?」
レスティオは頷いて質問を許した。ハイラックの性格からして今話すべきことなのだろうと、エヴァルトも理解して何も言わない。
「今回の選抜は大陸会議期間中のみと聞いていますが、その後、専属の護衛騎士を選定するためとも囁かれていました。この中から選ばれるおつもりか、あるいは、この部隊そのものが専属となることはあるのでしょうか」
「それはない」
即答で返すと、ハイラックは拍子抜けしたように目を瞬かせた。
「候補という点では名が挙がることは間違いないが、選定の計画自体検討中だ」
「そうですか。ネルヴィがそのつもりかどうかわからないですが、ロゼアンが妙に気を張っているようなので、実のところどうなのかと思いまして」
「自分が選ばれるかどうかじゃないのか?」
「魔力のない私を選べば周囲に止められると思いますから、そのつもりがあるなら今のうちに考え直してください。レスティオ様とエヴァルトは付き合いが浅いし、ユハニは若すぎる。となれば、剣魔術の習得に励んでいるロゼアンかネルヴィが有力候補になるでしょう」
魔術を扱う騎士ならば魔術師団からの横槍も少ないだろうと推す言葉を受けて、レスティオはここでも魔術主義かと呆れた。この世界の考え方はどうしてこうも偏っているのだろうと思いつつ、話を切り上げて就寝の支度を始めた。
柵のパーツを固定して、ネルヴィはふっと息をついた。まだ歪んだ部分はあるものの、初日よりも少ない魔力で柵らしい柵が仕上がった。
「ネルヴィ、終わったなら夕飯にしますよ」
「今行く」
先遣隊は数日の移動を経て、後に本隊との合流地点ともなるエリアに野営地を構えていた。
今回の目的地であるトラントリアム鉱山は目の前で、滞在地ザンクまでは数時間の道のりを残すだけ。
稽古に時間を費やすこともあったが、途中で馬に競走させたり、ヴィルヘルムの走りたい衝動に負けて全力疾走を重ねた結果、計画より一日半ほど前倒しになっていた。
「今日は精度重視か」
「はい。昨日は時間を意識し過ぎたので、精度重視にしてみたんですけど、まだ両立は難しいです」
ユハニとロゼアンは作るものが柵ほど複雑でないこともあってか、魔力量を抑えながら着実に精度を上げている。担当を代ろうかという話もあったが、ネルヴィは一度引き受けたからにはと譲らず、訓練がてら魔力結晶の柵作りを続けている。
「魔力結晶生活も今日で最後なので、もっとちゃんと作れるようになりたかったんですけど」
少なくとも初日の歪さを思えば、餌箱も柵も一目でそれとわかる形状をしている。
暇があれば何かしらの訓練に時間を費やしている成果は十分に出ているし、ここにいる誰もが評価している。
「柵でなくても、剣とか鎧とか練習の題材になりそうなものは身の回りにいくらでもあるし、訓練は続けると良いんじゃないか?」
「けど、魔物相手だと吸収されてしまうからそれらは意味ないんですよね?」
問い返しながらネルヴィの視線はハイラックへと向かう。が、瞬間、絶対に魔物相手に使うなよと厳しい視線を受けて、すぐに視線を逸らした。
「魔物相手はともかく、練習の題材にする分には構わないだろう。あるいは、ユハニみたいに生活面での実用性を追究するのもいいだろうな」
「確かに、それもそうですね」
何が出来るかなと考え出すネルヴィに、ユハニがまずは夕飯を食べるように促す。隊長であるネルヴィが食べ終わらなければ夕食後のミーティングも訓練も始められない。
「魔物に吸収されなければ、剣の補強に使うんだけどな」
パンをちぎりながら小さく呟いたロゼアンに対し、ネルヴィは咀嚼しながら激しく頷いて同意した。
剣魔術の訓練中に剣が大量の魔力に耐えきれず折れてしまったため、二人が腰に下げている剣は出発時の物ではなく、予備として持ってきていた物。これまでも折ったことがあったからこそ予備を持っていたのだが、ネルヴィは道中だけで二本破損させ、使用する魔力量や回数により剣の耐久性が求められることが剣魔術の課題として明らかとなった。
「腕のいい鍛治師なら紹介できるが、給料数ヶ月分は覚悟が必要だからな」
「俺には夢のまた夢だ。これから遠征が増えるとはいえ、レスティオ様が使っているような魔剣は手が出せるものじゃない」
騎士団は隊長以上の役職が付かなければ給料は随分と安い。
基本的に宿舎で生活していればさほど困らない額だが、城下町に家を借りて生活するのは、収入のある同居人が複数人いなければ難しいほど。
遠征には特別手当が支給されるので、魔術師団が再始動して騎士団の遠征が減る前に手当を稼いでおきたいと特に若手の兵は息巻いている。
今回は聖騎士護衛任務も兼ねているので、通常より手当が上乗せされるが、とはいえ、自腹で支給品の剣を購入できるほどの余裕はないのが騎士団の兵の懐事情だった。
補充の剣は剣魔術がきっかけなのでレスティオが負担することを宣言しているが、騎士団が必要以上に甘えるとどこから批判が来るかわからない。よって、普段騎士団で仕入れている量産品を購入すると決まっている。
「エヴァルト。そもそも、この剣と同じようなものは作れるのか?」
「その剣と同じものであれば、鉱山にレスティオ様の魔力を注いでもらう必要がありますが、魔剣の製作日誌が受け継がれているので、出来ないことはないかと思います」
エヴァルトに更に話を聞こうとしたが、ユハニに再度夕飯を済ませろと怒られて食事を再開した。
既に食べ終えたユハニは瓶越しに作りかけの薬の具合を確認していた。
瓶の蓋を開けると独特な匂いが広がる為、調薬作業は皆が訓練で離れている間に行っている。
早く今晩の作業に取り掛かりたいという無言の訴えを横目に食事を終えると、明日の計画を確認するべくミーティングが始まる。




