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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖騎士召喚編
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第51話 大陸会議行路遠征(3)


 目を覚ましたレスティオは寝返りを打ちながら周囲の状況を確認した。

 横には鎧も掛け布もなく雑魚寝する姿が並んでいる。この世界に来てから野営でも一人でテントを使っていたので、誰かが共に寝ている空間を新鮮に思いながら欠伸を噛み殺した。枕にしていた軍服の上着から懐中時計を取り出して時間を確認すると、いつも通りの起床時間である六時を指していた。時計をズボンのポケットに入れて緩めていたネクタイを外してベストとワイシャツも脱ぐ。

 自分で洗濯しても良かったが、魔力を使うことは野営地の魔力結晶を回収する必要がある者たちの為に任せることになっている。しかし、裸になるわけにはいかないので長袖のアンダーシャツは脱がずにテントの外に出る。心地よく穏やかな朝の空気に厄災という雰囲気は感じられない。


「レスティオ様、おはようございます」


 深呼吸しているところに声をかけられて、火のそばで見張りをしていたネルヴィの方を振り返った。手元には板状の魔力結晶があり、宣言していた通りに魔力結晶の練習していた様子が窺えた。ネルヴィは魔力結晶をてのひらから吸収すると体を伸ばしながら立ち上がった。


「じゃあ、体洗いますね」


 水浴びも自分で済ませたかったが、ネルヴィは特に魔力を消費しなければ魔力結晶を回収しきれない。

 頼む、と身を任せた直後、魔力制御が十分でないが故に、勢いよく水を浴びせられた。痛いほどの水勢に流石のレスティオも耐えかね、水量を抑えつつ、上に水を放って放射線状に頭上に降り注ぐように魔術の扱いを指導する。山岳訓練で滝を見つけて水浴びした時のことを思い出しながら、全身を洗い流した後は風で乾かしてもらった。風は髪を乾かすには丁度いいが、服を乾かすのには少し足りないくらいだった。

 制御の違いを問えば、軍の宿舎ではシャワーは魔術具だが、乾かすのは風の魔術のみだから体を乾かせる程度の風の加減は慣れているのだと得意げにいう。洗濯物を乾かすつもりの風量に変えてもらい、服の中まで十分に乾いたら、水溜りが出来た地面を乾かして魔力結晶の回収に向かっていく。


「なぁ、ネルヴィはなにか遠慮しているのか?」

「え?急になんですか?」


 柔軟を始めながら何気なく声をかけると、意図を理解出来ない様子で首を傾げた。


「他の連中の話を聞いていると勉強とか訓練とか嫌いで逃げ出すタイプのようだが、ちゃんと考えているし、飲み込みが悪いわけでもない。努力もやればできるのに、そういう自分をなるべく出さないようにしているように見える」


 評価と言動のギャップはなにかをきっかけに変化したのか、裏があるのか、仲間には見せられないなにかがあるのか。

 ネルヴィの性格上、裏表はあまり感じられないが、見せないだけで秘めているものがあるのかもしれない。

 仲間の前では語りにくいこともあろうが、テントの方から物音ひとつしていない今なら答えてくれるだろうかと思っていると、ネルヴィは唸り始めた。


「実は、俺、貧民街出身なんです」

「貧民街?」


 講義で城下町の大まかな地図を見せてもらった時にそんな場所は聞かなかったし、国内の地図を思い返してみても、どこが該当するのか見当がつかない。レスティオの世界にもスラム街や路地裏、地下道で生活する貧困層はいたが、街というからにはある程度の広域なのだろうと帝都の城下町の地図から該当しそうなところを考える。

 ネルヴィは知らなくて当然だと軽く笑いながら地面に絵を描いた。城下町の外壁沿いに広がる地下街で廃棄物の処理場として使用されている一帯が貧民街と呼ばれてる。しかし、場所が場所だけに城下町の住人でも貧民街としての存在を知らない者は多く、廃棄物の投入口の向こうに光るモノを見付けると不幸になると噂され忌み嫌われている。ちなみに、光るモノというのは、人の目だったり、貧民街の仕事のひとつである廃棄物焼却中の火だったり諸説ある。


「人が住んでいる場所に廃棄物を捨てているのか」

「昔は食料も服もゴミを漁って手に入れるものだと思ってたんで、何を嫌とも思ってなかったんですけどね」


 貧民街に住んでいても、魔力が発現したら修練学校へと送り出される。

 そこで初めて地上の存在を知り、自分達がどう見られているのか他者の視線というものを知った。


「地上に出る前に水で洗われたんですけど、それでも匂いとか染み付いていて服もボロボロだったし、貧民街から出てくること自体嫌がられてるのがわかったんで、すぐ卒業して街に戻ったんですよ」


 貧民街に戻ると、ゴミを漁る生活から一変し、ゴミを燃やして処理したり、大人がどこからともなく持ってきた魔術具に魔力を注ぎ込む仕事を与えられるようになった。

 仕事をした分だけ地上には流通していない石貨が渡され、貯めれば食べ物や服と引き換えてもらえたが、石貨は盗まれたり乱暴者に取り上げられることが多く、たまに得られた食料は家族に分け与えれば一口食べられるかどうかだった。

 ある時、騎士学校に入れれば宿舎があり食べ物も得られると誰かが話しているのを聞いて、気づけば貧民街を飛び出していた。

 騎士学校の試験は筆記か実技で教官に認められればそれだけで良かった。騎士学校を卒業して騎士団に所属するならば危険な場所に赴くこともあると試験を受けながら聞いたが、その時は騎士学校に入ることしか頭になかった。実技試験は試験官の攻撃を受けることなく攻撃を当てるというシンプルなもので、三本勝負で行われた。初めて握った剣をがむしゃらに振り回し、呆れられながらも入学が認められた。


「ヴァナルが色々世話焼いてくれたおかげでちょっとずつ受け入れてもらえたんですけど、その頃の俺を知ってる奴には今でも貧民が調子に乗るなよって言われます。格が違うとか、平民にだって出来ないことを貧民がやるなんて、とか。なにかと言われると、そうだよなって思って、やろうと思っていたこともできなくなったりとか、できない方がいいのかなって思うようになって」


 徐々に表情が沈み、声が小さくなる。流石に止めようとレスティオが口を開きかけたが、それより先にネルヴィは唇を結んで一度言葉を止めた。真っ直ぐに視線が合って、レスティオはかけようとしていた言葉を飲み込んだ。


「今は、レスティオ様が努力をする者は評価をすると仰ってくれて、貧民街出身でも努力していいんだと思っています。出身なんて関係なくレスティオ様は評価してくれるし、レスティオ様が評価してくれるからロゼアンとだって肩を並べられる。だから、今は出来る限りのことをしていきたいんです」


 言ってから照れるように頭を掻き、止めていた魔力結晶の回収を再開した。


「ネルヴィ。そんなぬるいことを言っている余裕はないぞ」

「え?」


 首を傾げたネルヴィにレスティオは詰め寄った。


「お前は今この部隊の隊長、つまり、大陸会議場における聖騎士の筆頭護衛騎士に相当する立場だ。貧民だなんだと言ってくる連中を黙らせるだけの、役割に見合う能力と振る舞いを示さなければならない」

「それは、わかってるつもりですけど、でも、」

「でもじゃない。筆頭であるお前が舐められることは、主の俺が舐められているも同然。そんなことが許されると思うか?」


 ネルヴィは真剣な顔でレスティオに向き直り、否を示した。


「誰より貪欲に強くなり、知識を得て、相応の振る舞いを身につけろ。俺は、お前は努力すればこの数日の間に期待を超えると信じている」


 ネルヴィの目が輝いた。楽しいことを目の前にしているような前向きな笑顔で返事をする。瞬間、レスティオはネルヴィの中のストッパーが外れたのを感じた。能天気にすら見えていたはずの表情から隙がなくなったようにも見えた。


「お前は成長の段階を正しく捉えて努力できれば確実に伸びる。戦略も身につけられれば、隊長としての素質は十分にあると思う。出来ないことを恥じたり面倒くさがらず、貪欲に臨むことだ」

「はい!レスティオ様がそこまで言うのって、今のところ俺くらいじゃないですか?」


 興奮した様子で身を乗り出してくるネルヴィにレスティオは頷いた。


「伸び代があるのに伸ばし方が悪くて全然いかせていないのが勿体無い。伸ばし方を覚えたらどう成長するのか楽しみだよ」

「褒められているようないないような。けど、期待されているなら頑張ります」


 宣言した直後、不意にネルヴィの頭がぐしゃりと撫でられた。


「朝からやる気だな。昨日の復習でもするか?」

「は、ハイラック。今朝は魔力消費が優先だから……」

「なら、噂の剣魔術でも見せてもらおうか。どう癖が付きやすいのかみておきたい」

「了解」


 やりとりしながらネルヴィはハイラックにも水を浴びせた。先ほどのレスティオ同様に勢いよく放出してしまい、怒られる前に慌ててシャワーのように放射線状に降り注ぐように制御し始める。テントから出てきたユハニが呆れて、自分の全身を洗いながら風を上手く使えばいいのだと言えば、竜巻を起こして加減を覚えろと結局怒られた。

 ジンガーグ隊の三人のやりとりにレスティオは思わず吹き出して笑った。






「レスティオ様の剣魔術の手本が見たいです」


 稽古を始めて程なくして大きく挙手したネルヴィにレスティオは二つ返事で立ち上がった。

 剣魔術とは、魔術学院における研究の中で名付けられた剣と魔術を組み合わせた手法の名称。

 氷で的を作って剣魔術の技を披露すればロゼアンやネルヴィの剣魔術とは圧倒的に違う威力にエヴァルトが口を開けて目を瞬かせた。


「ギバの救援の際に使われた技も剣魔術ですか?」

「そういうことになるかな。氷で撃ち抜いたのは単純な魔術だけど」


 エヴァルトは頭を抱えた。物体に魔力を注ぎ魔術を発動させるのは簡単なことでは無く、本来魔術学院でも難度が高い科目の履修が必要になる。そんなことに魔術の扱いに不慣れな騎士団の兵が挑んでいるという事実は、魔力中毒や暴発など踏まえても危険と隣合わせでしかない。魔術師団の相談役が時折訓練を見ているとはいえ、自主練なども考えればここまで大きな問題がなかったことが奇跡とさえ思えると唸る。


「俺は魔術の扱いに長けている訳じゃないから、魔術を剣に乗せるような操作をする時点で本来の剣術の型に合わせられる自信がない」

「とすると、二人の型の崩れは魔術を優先させた結果とも見られるか?」

「そうだな。修正しようと思えば、魔術操作の訓練を剣術に合わせてやるのがいいんだろうが、魔術に関しては素人の意見だからな」


 まずは癖を把握しようと何度も剣魔術を扱っている間にロゼアンとネルヴィは魔力を消耗し、魔力結晶は問題なく回収された。ユハニも朝食の支度をしながら、いつの間にやら回収を終えており、二日目の移動を開始した。

 移動しながら剣魔術を追求する上で型をどうすべきか、剣術を取り入れることで魔力操作や制御は効率化するか、剣ではなく風による加速などの補助による戦法はどうかと思い思いにアイディアを出した。移動ばかりで体が固まるからと休憩時に軽く剣の稽古を挟み、その日の目標地点を通過したところで馬上での剣術訓練も取り入れれば、何の為の遠征だったかと目的を見失いかけつつ、和やかな雰囲気で日を過ごした。


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