第50話 大陸会議行路遠征(2)
二日目の移動経路、補給の候補地を確認し、進みが計画より順調なので目標地点を当初の予定地より少し先に設ける。
朝食は朝の鐘に済ませることを目標に起床し、魔力結晶を生成した者は回収しなければならないので、朝の支度をしながら魔力を消費して全て吸収終えた頃合いで出発する。
「そう考えるとネルヴィは大変だな」
ネルヴィが作った馬の柵は無駄に大きい部分も多い。
「朝に魔術の練習をします。吸収しながら、明日の夜は柵を可能な限り調整します」
夜に剣術、見張り中に魔力結晶、朝は魔術と訓練の計画を立てるネルヴィにレスティオは感心した。
いつかには仲間達に学が無い癖にと笑われていたのにそんなに詰め込んで大丈夫だろうかと不安に思うが、当人はやる気だ。
ネルヴィが工程の計画が書かれた書類に書き込みを終えると、見張りにユハニを残して各々訓練に備える。
「レスティオ様はどうされますか?」
「ユハニと話しながら時間見てるから、遠慮なく指導してやってくれ」
おそらく、自分がいてはハイラックも本来の指導が行えないだろう。
その方がネルヴィにとっては嬉しいのかもしれないが、どうせやるなら徹底的にやってもらえばいい。
「お茶を淹れるので、コップを作ってもらえますか?」
食器も魔力結晶で用意するが、直接口をつけるようなものは魔力を誤って吸収して中毒症状を起こしかねない。
なので、魔力のないハイラック以外は自分で自分の食器を用意するのが先遣隊のルールのひとつだった。
言われるがままティーカップを用意して、薬草茶を入れてもらう。
「なにか俺に話しでもありました?」
「大したことじゃないんだけど、マリスギフトって知ってるか?」
尋ねれば、ユハニはきょとんとして首を傾げた。
なんのことかわからない、という様子がわざとらしくて表情筋や瞳孔、指先の動きを観察して記憶しておく。
「なんですか、それ」
「昨日の会食で側仕えが言っていたんだ。なんだと思う?」
「……俺のこと試してるんですか?」
考える仕草を見せたのはほんのわずかな時間だった。
向かいにいてなんとか聞き取れる程度の小さな声でたずねてきたユハニにレスティオは笑顔で頷く。
ユハニはため息をつくと薬草の入った袋の中を確認し始めた。
「解毒薬を作るには材料がありません。用意しておいた方がいいでしょうか」
解毒薬、と言った時点でマリスギフトが毒の一種であることは知っていると言っているも同然だった。
直接言葉にはしたくないものかと考えながら頷いて応えた。
「俺は体質的にも重症化しないようだし、聖の魔術でなんとかなるから、自分達で持っておくことを勧めるよ」
「どんな体質ですか。あの手のものは、作り手の力量次第で効能も致死量も変わりますから、過信は危険です」
地図を取り出してため息をつくユハニの様子をじっと見つめる。
「ユハニもあの手のものを作れるのか?」
「知識としては。薬というのは、それこそ分量と手順次第で効能が大きく変化しますから。どうすればそのようなものができてしまうのか知っておかなければ対策も出来ません」
毒にしないように薬を調合する。毒を作ってしまった時に備えて解毒薬の知識も頭に入れておく。薬師として当然のことだと言外に語ったユハニにレスティオは素直に感心した。解毒薬を調合するための材料の調達目処を立てるともう一度深いため息が出た。
「昨晩のうちに聞いていたら、薬草園には材料があったのに」
今は大小はともかく森に魔物が出やすいので薬草の採取が難しくなっていることから、薬草の価格が高騰している。しかも頻繁に採取に行くわけではないので品質が落ちているものを店頭に出し続けている場合が多い。
そんな事情を聞かされたレスティオは、周囲から見えないようにユハニに金貨を数枚渡した。これはこれで収支管理が面倒くさいという呟きを聞き流して手に握らせると、ユハニが先ほど薬草を確認していた袋を見た。
「その薬草の管理は大丈夫なのか?」
「あぁ、この袋は食糧保存用の魔術具の一種なので、魔力さえ注いでおけば問題ありません。個別に管理が必要な物もきちんと処理されていましたから遠征中は保ちますよ」
「、処理されていた?ユハニ以外にも薬草を管理している者が騎士団にいるのか?」
魔術師団の相談役であるモルーナに用意させた訳じゃあるまいし、と首を傾げて問えばユハニは苦笑した。
「流石に本職には負けますよね、そりゃ」
「本職?」
なにかに気づかせようとしていることに気づいた。
ふと漂う薬草茶の香りに視線を落とし、一口飲んだ。若干薄い気がするが思えばいつも飲む味に近い。
「ルカリオ?」
「はい。今朝早くに届けてくれたんです。レスティオ様のお好みの薬草茶のブレンドレシピ付きで」
その為、薬には使わない香草もふんだんに入っている。
薬草茶はブレンドと淹れ方で味が変わりやすいので、相当練習しなければ同じ味を出し続けるのは難しい。
ある程度はレシピを真似て淹れてみたが、お湯の温度管理や薬草を加えるタイミングなどが細かく書かれていて、再現には限界があった。
「そうだったのか。気を遣わせたな」
「しかし、先ほどの話で、なんとなく今朝の見送りの理由はわかりました。この道中は十分に目を光らせることを約束しますから、どうか心穏やかにお過ごしください」
ユハニの微笑みに安堵した瞬間、背後から怒鳴る声が響いてきて肩を揺らした。
恐る恐る振り返ればハイラックがロゼアンとネルヴィに厳しく指導をし、エヴァルトが一歩引いたところで助言しているようだった。町村から離れているからこそか、熱の入った指導である。
レスティオは指導の様子を見つめて、手本を見せるハイラックの剣捌きが他の誰より鋭く重たく洗練されていることを改めて確認した。
「前に、自分の実力の程は大したことがないって言ってたのにな」
「あれはレスティオ様と比較した上での謙遜ですよ。副隊長の補佐役として全体を見るべく若干後ろに位置を取っていますが、剣術の指導役を務められるだけの実力は十分にあります」
ハイラックは騎士団で実力が認められていて、指導も的確で人柄から信頼にも厚い。魔力があればいずれは隊長を任されただろうが、魔術を扱わない騎士団でも魔力は昇格の必須条件となっている為、現状の先遣隊と剣術講師が最大限の役職と言われてきた。
「魔物学のこともありますし、いずれは騎士団を辞めて騎士学校の講師になってしまうかもしれませんけどね」
「そういえば、軍属十年程度で講師資格が得られるんだったか」
とうに入隊から十年を過ぎているので、騎士学校から呼び声も掛かっている。
今は魔術と剣を組み合わせた戦術の方が確実と言ってハイラックの訓練を軽視する者も少なくなく、これを機に騎士学校の講師へと転職を決意しないか一部では懸念されている。
「後継の育成は大事だが、騎士団もまだまだこれからだからな。まだしばらくは頑張ってもらいたいものだ」
「レスティオ様もそう思いますか。騎士団としては剣術は基本として押さえるべきだし、魔術をきちんと学んでいない者が付け焼き刃で戦術に取り入れるのは危険ですから、いずれ落ち着くとは思うんですけどね。ただ、聖騎士様が提唱した戦術を取り入れない訳にはいかないので、隊長たちも扱いに困っています」
気軽に魔術の検証に騎士団を巻き込んだ手前、レスティオは唸った。
戦術の幅が広がれば、魔物討伐にも貢献出来るというのは甘い考えだった。
カスタム技術である程度のことは最初から出来ていた自分や同僚たちと違い、この世界の人間に期待できることはあまり多くない。
もう少し段階を踏んで巻き込むべきだったというのは今になって認識した反省点だった。
上手いこと折り合いがついて騎士団として良い方向に発展できればいいが、ユハニやハイラックの様子を見る限り、その見通しは決して明るくはなさそうだった。
「戦術として有効かどうかというのも、レスティオ様が同行した遠征では死者が出ていませんけど、レスティオ様に頼った結果ですからね」
「死者か。仲間が戦死したことがないから意識していなかったな。生身で戦っている以上、負傷するのは多少致し方ないだろうが、癒しを必要とする人数が減ってくれればそれで十分と思っていたよ」
それを踏まえると騎士団では有効性が確認できないのか、どう測るのが客観的に良いのか、と思案し始めたレスティオにユハニは目を瞬かせた。途中何気なく出てきた言葉が気になったが、これまで見てきたその実力を思い出して納得する。
「しかし、騎士団は魔術師団に対して大分自分達を下に見ているのに、それが騎士団の中でも広がるのは良くないな」
「はい。騎士団では剣術とか近接戦闘での力量が重視されていたことが、魔術を取り入れ始めたことで、魔術師団と騎士団の確執が騎士団内でも起き始めていないか、ということも懸念はされています」
最近の騎士団内で揉め事があると大半は魔力がどうこうという言葉が出てくるので、懸念で留めていられるのも時間の問題でもあった。
レスティオはカスタムとノンカスタムの違いを思い浮かべたが、諍いを目にすることはあっても自分の側にはノンカスタムの秀才がいたので差別意識が低かった。
ノンカスタムでも優れた人は優れているし、カスタムでもそれを活かせなければただの凡人。所属に関わらず魔力の有無も戦力になるか否かもつまりはそういうことだろうと思いつつ、レスティオはため息をつく。
「言い出したのは俺だからな。良い方向に向かわせられるように考えては見るよ」
「騎士団を気にかけてくださって有難うございます」
騎士団にとっては、レスティオに気を遣わせることは好ましいことではないが、ここは甘えるべきだろうと、ユハニは軽く頭を下げた。




