第49話 大陸会議行路遠征(1)
東門では先に到着していた先遣隊の面々が隊列の確認をしていた。
足音に気づいて振り返った彼らは一瞬怪訝そうな顔をみせて、はたと我に返った様子で姿勢を正した。
戸惑う視線の先には鎧姿で厳戒態勢を示すエルリックとドレイド、そして、移動中に合流していた兵やマルクを筆頭とした文官たちの姿があった。
「おはよう。今日から暫くよろしくな」
レスティオはネルヴィたちの動揺に気づかないふりをして、ルカリオから鞄を受け取り、ヴィルヘルムに荷物を下げる。
ネルヴィから騎乗していいものか視線を向けられて、レスティオは首を傾げた。
「ぁ、いえ、レスティオ様のお見送り、ですよね?応えなくてよろしいのですか?」
ネルヴィが小さな声で確認してくる。
大陸会議派遣団の先遣隊とはいえ、騎士団に対し城の人間が集まってくるわけがない。
やはりここは自分が応じなければならないかとため息をついて振り返ると、エルリックとドレイド、マルクを先頭にずらりと跪く集団の姿があった。
ぴりっとした緊張感はダイナ隊の襲撃があった翌朝を思い出させる。
「こんなところで時間を無駄にしている暇があるのか?大陸会議を無事成功させたいなら、相応の対応を頼む」
「はっ、誠心誠意尽くさせていただきます」
「的外れな誠意でないことを願うばかりだ。下がれ」
レスティオの指示に見送りに来ていた者達は一斉に青ざめて城内へと戻っていく。
「なにかあったのですか?」
「気にするな。城内の些事は俺たちには関係ない。討伐に専念しよう」
レスティオがヴィルヘルムに騎乗すると、皆も急いで騎乗し、ネルヴィを先頭に東門を出た。
門を出ると、ネルヴィは気を引き締め直すように今後の行程の概略と今日の移動目標を話し始めた。
先遣隊として機動力を上げることを重視した結果、荷馬車は同行させず、馬に下げる荷物も減らすことになったため、食材も調理道具もほとんど持ってきていない。念の為、携帯用の保存食は持ってきているものの、可能な限り、行路付近で食料調達することが前提となっている。
移動しながらそんな説明を受けたレスティオは納得しつつも、そういうことは先に言っておいてくれと文句を言う。
「レスティオ様に荷物を減らせなんて言えませんから。しかし、言わずとも我々以上に荷物が少なくて驚きました」
「大陸会議場に着いてから使うものはルカリオに預けてあるし、魔術が使えるなら着替えも最小限で済ませられるからな」
「ユハニと同じ考えですね」
魔術を活用する前提でユハニに随分荷物を絞られたのだと、騎士団本部での試行錯誤のやりとりを笑い混じりに話しながら、途中立ち寄ったコークの街で食料を買って昼食と夕食を済ませ、移動目標地点を越えたところで足を止めた。
各々馬を降りると、ネルヴィの号令で各自野営準備に動き出す。
しかし、事前に何も言われていないレスティオはどうしたものかと首を傾げるしかない。そんなレスティオに気づいたハイラックは指示漏れにため息をこぼしつつ、一緒に馬の世話を頼んだ。魔力のないハイラックの仕事は馬の餌やりとブラッシング、マッサージを担うが、ヴィルヘルムはごく一部の人間にしか懐いておらず、世話をするのも一苦労だった。事情を理解して、レスティオはヴィルヘルムと余力があれば他の馬の世話が任されることになった。
「ヴィルはハイラックにも懐いてなかったのか」
「この中だと世話が出来るのはユハニくらいですかね。ロゼアンも以前手綱を引いたことがあるようですけど、今朝連れ出す際に蹴られていましたし」
「お前の基準はなんなんだろうな」
ヴィルヘルムは何を言われているのかわかっているのかいないのか顔を逸らした。
レスティオは苦笑して先に馬たちを水で洗って乾かすと、差し出された馬用のブラシを受け取った。餌箱はネルヴィが魔力結晶で用意して設置済み。
ふと、その歪さに気づいて柵を作っているネルヴィを振り返ると、歪で不揃いの棒や板らしきモノを必死な顔で生成して繋げていた。野営地で使うものはできるだけ魔力結晶で補うと聞いていたが、この調子で大丈夫だろうかと不安になり、レスティオは他の者たちを見回す。
ユハニは苦労する様子もなく、魔術具のランプを灯しては魔力結晶で生成した台座に置いて野営地周辺を照らしていた。ロゼアンは何度も深呼吸を挟みながら魔力結晶の棒を生成して、テントになるのであろう大判の布地に通していた。エヴァルトは地面に場所を作って、途中の休憩中に拾っていた木の枝を燃やして火の準備をしている。
「ネルヴィ、代わろうか?」
「いえ、これは俺の仕事ですので。それに、他の人の魔力が混じると回収するときに魔力中毒を起こしかねないのでお構いなく」
それを言われては手の出しようがない。魔力訓練も兼ねているのでと更に加えられて、レスティオは明日以降代ろうかという言葉も飲み込んだ。
「ぁ、でも、魔力結晶で物を作る時のコツとかあれば教えて欲しいです」
「コツか。そうだな……」
レスティオは魔力結晶で物を作るのに苦労したことはない。想像通りの物が即座に生成出来るから便利だと思っているくらいだ。その感覚をどう伝えればいいだろうかと唸りながら、ヴィルヘルムの足を揉み解す。
元の世界の馬よりヴィルヘルムも他の馬も持久力があって速度がある。触れるほどに筋肉の質や体つきが違うのだなと感じる。
人間の体の構造も魔力の有無以外になにか違うのだろか。血液の様に体内に魔力が流れているのだからなにかは違うのだろうが、召喚によって後天的に組み込めるような構造であることは推察できる。後天的に魔力を持つことになった方が、この世界の人間より扱えるのは何故か。
「先入観かな」
考えながらもヴィルヘルムをしっかりと可愛がったら、隣にいたネルヴィの馬の世話に移る。
馬の名前は元々名前をつける習慣がなかったこともあって、未だ名前がない馬の方が多い。ネルヴィは考えている間にタイミングを逸したからもういいのだと、馬に名前をつけていない一人だ。ヴィルヘルムの手前、控えめに甘えてくる様子に心を和ませながら、鬣を撫でて丁寧にブラッシングする。
「あの、センニューカンとは?」
そもそも言葉がわからなかったらしいネルヴィにどう説明すれば伝わるだろうかと考える。
例をいくつか挙げてみようと、これまで見聞きしたことを並べる。召喚されるのは女。罪を犯せば家族諸共贄行き。騎士団の兵は魔術を扱わない。魔術師団の方が騎士団より優位。魔物学なんて意味がない。魔物討伐に戦術は必要ない。食材の下処理は入念に行い、味を殺す。芋は人間が食べる物じゃない。卵は廃棄する物。
「どれもこれも、俺がここにきてから聞かされた、この世界の常識という名の先入観だ。そういうものだという認識があると、それ以上のことを捉えにくくなる」
「魔力結晶で柵が作れる。とは、思ってるんですけど」
「言葉で理解したつもりになっているだけで、無意識的にはまだそんな使い方が出来るのか呑み込めてないんじゃないか?」
レスティオはゲームの魔術のイメージがあるからなんでも出来る気で魔術を使っている。
ファンタジーな創作物が存在しないか、触れる機会が無ければ、自由自在に扱うのは難しいのかもしれない。
ネルヴィはなんとか生成した歪な魔力結晶の柵を見回して唸った。
「魔力結晶を放出する時に、一気には作れないから柵の板を出して繋げていくようにしてるんですけど。まだなにか足りないんですかね」
「1回深呼吸して、一番上手く作れる形状の結晶を作ってみろ」
「ぁ、はい」
ネルヴィが作ったのは綺麗な球体だった。
魔術学院で最初に学ぶのは、教本にもあった通り、基本中の基本である魔力結晶の作り方。
魔力操作の基礎として、実際に火や水を扱うより先に、魔力結晶で球体を作り、大きさを変えたりすることで魔力の流れを感じ取り制御する訓練をする。
ネルヴィは演習で合格点を貰うべく、そしてなにより、周囲の魔術学院の生徒に馬鹿にされないように、騎士団での休憩時間を練習に費やした。
努力の結晶でもある球体をネルヴィは誇らしげに手のひらの上で転がす。
「綺麗なものだな。それを、指くらいの長さに棒みたいに伸ばせるか?」
「伸ばすだけなら」
綺麗な棒ではないが確かに伸びた。
「その長さを保ったまま太さを指に合わせる。魔力結晶を出すだけじゃなく、不要な部分は吸収してもいいかもしれないな」
「は、はい」
ハイラックと手分けして馬の世話を終えると、柵の中から出てネルヴィの手元を覗き込む。
続けて、薄くして、さらに伸ばしてと指示を出して作られたのは、まだ歪さは残るが柵の板一枚だった。
完成してそのことに気づいたネルヴィはおぉっと感嘆した。
「魔力結晶を生成するところから柵の板を成形する手順を順に追えば十分綺麗に作れるということが証明されたな。さっきまでは、ゼロから急に完成形を目指したから、魔力操作が追いつかなかったのかもしれない」
「けど、レスティオ様は手順を踏まなくても成形出来ていますよね?これを毎回繰り返すとなると柵を作るのに結構時間使ってしまうような……」
作れたのはいいが、効率が悪すぎる。と唸るネルヴィの頭を軽く撫でるように叩いて落ち着かせる。
「周りを見て自分もやればできるはずと変に焦らないほうがいい。落ち着いて、まずは段階的に確実に習得しろ。出来るようになったら、精度を上げたり、生成速度を上げて精度が維持出来るように訓練すればいい」
「段階的に確実に、ですか。先が長いですね」
「けど、そうやって最初の球体はずいぶん綺麗に作れるようになったんじゃないのか?形状が違うだけで同じことだよ」
「、同じこと?丸と柵がですか?」
形が違うが魔力結晶を生成し成形するということでいえば同じことだ。
ネルヴィは瞬きを繰り返しながら理解しようと球体の魔力結晶を作り出した。
「わ、わかったような。まだわからないような。けど、何回か作ればわかるかもです」
「頑張れそうか?」
「はい。練習します!段階的に、確実に、ですね」
やる気に満ちた目の輝きにレスティオが安堵する後ろで、ハイラックがなるほどなと呟く。
はて、とレスティオは魔力持ちでないハイラックになにが響いたのだろうと振り返ると、いつになく真剣な顔をしていた。
「ネルヴィ。お前、剣術もつまりはそういうことなんじゃないか?」
「え?」
「最近の体捌きの曖昧さは訓練不足として、元々、型を身につけるというより対人訓練で勝てればいいと思ってやってるだろ。ゼロの型からちゃんと身につけて、立ち回りを学んでいく重要性も魔術を身につける中で見つめ直して欲しいものだな」
「は、はいっ!た、たしかに、剣術と魔術も同じことかも。いや、同じことだと思います」
鋭い眼光にネルヴィは姿勢を正して冷や汗を流す。
雰囲気が違う様子に一歩引いてレスティオは他の面々を振り返る。
既に役割を終えて火の周りに集まっていたが、揃いも揃って視線を逸らしていた。
「レスティオ様。我々も座りましょう」
ハイラックにいつも通りの穏やかな口調で促されて、レスティオも火の近くに腰を下ろした。
「ハイラックは騎士団で剣術訓練もやっているんだもんな。最近は魔物学で頼ることが多いけど負担になってないか?」
「私が訓練時間を減らす以上に、魔術や投擲など別の訓練をすると言って剣術訓練をしない者が増えていますから。剣術訓練も魔物学の戦術の検討をしていることが多いです」
どこか冷ややかに感じる声音。
自分には穏やかに接していたが、訓練となると人が変わるタイプだろかと軍学校の教官たちを思い出す。
「それなら、どうせすることもないし、この時間に訓練をつけてやればいいんじゃないか?魔力結晶は夜の見張り番の時でも出来るだろ」
時間は有効的に使わないと、といえば、ハイラックは少し難しそうな顔をした。
「確かにこの時間は特にすることもないですが、休息は不可欠です。宵の鐘以降は朝の鐘まで鐘が鳴らないので時間も曖昧になりますから、明日に響くかもしれません」
これまでの遠征の時も良く隊長に寝るように怒られている者たちの姿をよく見た。
一定の時間ごとに鳴り響く鐘。当初は城かどこかに設置された鐘をついているのかと思っていたが、どこからともなく世界全体に鳴り響くものだった。魔物の討伐中であっても昼や夕方と認識できるので便利だが、どんな時でも聞こえてくるが故に集中力を削がれることもある。
「この世界に持ち歩ける時計はないんだっけ?」
「いえ、ありますよ。ただ、高価ですし、定期的に魔力を注がないと止まるものをあえて携帯したい者はいません」
隊長は遠征の時だけ持っているみたいですけど、と加えたユハニに、だからこそ隊長自ら就寝時間を管理していたのかと納得した。
携帯用の時計は存在自体はしているが、部屋に飾られている時計同様に魔力を注がなくてはならない。
止まってしまった場合は、針を調整した上で、鐘の時間に合わせて魔力を注ぎ込まなくてはいけないので手間がかかる。
それ故に、側仕えや秘書を連れているような身分の者は彼らに持たせているが、平民の時間感覚は基本的に鐘頼り。
定刻が厳格に定められ、多少でも遅れれば罰則もある生活が長かったレスティオには中々慣れない環境だ。
「俺は時計を持ってるから、それで時間を伝えることはできるよ」
レスティオの懐中時計は半永久的に止まることがないように作られている。
正確な時間を把握できるのが自分だけならば時間の管理くらいは任せてもらって構わないと言えば、ハイラックは訓練に前向きになった。
一方でネルヴィは項垂れつつ、訓練の前に明日の計画を確認しようと鞄から地図を取り出した。




