第47話 内緒話は天蓋の中で
店先では顔馴染みになってきた娼婦たちがにこやかに挨拶してくれる。
しかし、中に入るとイアンナは呆れた顔でため息をついた。
「また来たのかい」
「ゾフィーについて話しを聞きたいんだが、誰か話相手にいい娘はいるか?」
いいながらカウンターに硬貨を置くと、すぐにそれらは回収されていく。
普段は書部屋で本を読ませてもらう間のお茶と菓子を貰う程度なので大した額を支払っていないが、金貨が出されたのを確認するとイアンナの口元にも笑みが浮かぶ。
「ゾフィーねぇ……営業時間外だってのに仕方がない奴だ。クアラ!ちょっと来な」
イアンナは外で談笑する娼婦の一人を呼びつけた。
「なぁに、イアンナ。彼はルミアのお気に入りじゃないの?」
カウンターの方へと寄ってきた女性は、柔らかくふわふわとした栗色の髪が可愛らしいが体つきは艶めかしく、笑みにあざとさが覗く。
胸元を強調するようにしてレスティオの顔を覗き込み名乗るだけの挨拶するクアラに、レスティオは笑顔だけ返す。
「あの子には私の客を預けてるだけさ。書部屋の相手を頼むよ」
「えぇ〜、書部屋?あんな物置でお相手するの?」
「茶飲み相手になれって話しだ」
客といえどレスティオ相手では雑だった。
これまで娼婦を買っていないから仕方がないと苦笑しつつ、不満そうなクアラとともに書部屋に入り、香茶を用意してもらう。
並んで長椅子に座ればクアラは胸を寄せるようにレスティオに腕を絡めた。
「少し話を聞かせて欲しいんだ。君たちは色々なことを知っているそうだから勉強のために」
「それだけじゃないでしょ?」
「それだけでいいんだよ。君が望むならそのままでもいいけれど」
「……なにが聞きたいの?」
クアラはレスティオの素っ気ない様子に早々に見切りをつけて体を離した。
「ゾフィーについて君が知っていることを。イアンナが君を指名したということは最近ゾフィーの客をとった?」
「……私、近いうちにゾフィーの官僚に身請けされることになっているの。期待しているところ悪いけど、私が知っているのはあなたに話せないような話がほとんどよ」
「モルーナに話を聞いてこいって言われたんだよ。大陸会議が近いから情報は少しでも多く欲しい」
探るような視線をまっすぐ受け止める。
やがてクアラは唸りながら自分の分の香茶に手を伸ばした。
「あなた、何者?前にモルーナと一緒に来たことは知っているけど」
「魔術師団の関係者だよ」
「関係者ねぇ。けど、魔術師団には今回の大陸会議は関係ないんでしょ?」
「よく知ってるね」
クアラは笑顔だけで応える。
ただ体を売るだけの女とは違いそうだと理解してレスティオも香茶に手を伸ばした。
「しかし、よくこの厄災の時期に身請けなんて話がきたものだな」
「珍しくはないわよ。むしろここ数年増えてるくらいだもの」
「生贄を集めるための裏ルートか」
「否定はしないけど、国境を越えるには国の許可とそれなりの通行料が必要だから裏というほど非合法な話じゃないのよ」
入出国時の審査は元の世界でも当たり前に行われていたが、召喚の儀式の為に他国から人を買うこともしたと以前ロデリオに聞いたことを思い出す。
召喚の儀式を成功する為に多くの生贄が必要ならば、人攫いや人身売買で稼ぎを得ようとする者たちがいてもおかしくはない。
外交手段として生贄の売買を効果的に成立させるためには国民の入出国規制は当然必要になるし、厳しく審査されているのだろうと納得する。
「それに、イアンナは生贄目的の身請けは基本的に拒否してくれるから、この店の子達は大丈夫よ」
「どうやって見極めるんだ?」
「相手にもよるけど、身請け先の市民権とか移住許可書とか公的な証明書と身請け金の支払いね。それから向こう三年は、定期的に手紙でやりとりすることで、生贄目的じゃないことを証明していくの」
手紙は事前に娼婦と娼館の間でルールを決めて本人が書いたことを証明する。
約束を守らなければ娼婦の情報網で後悔させられるのは身請けした本人とその家族だ。
何度かイアンナも面談して問題ないと確信できる相手にだけ身請けを許すので、その情報網が活用される機会の方が少ない。
「ゾフィー帝国は儀式に成功したから余裕が出来たのか」
「、あぁ、モルーナから聞いたのね。その通りよ。だから、私の生活はちゃんと保証されているの」
「それはどうだろうな。成功はしたものの、まだ聖女ではないんだろう?」
「それは、まぁ、時間の問題でしょう。うちの国の聖騎士様はもう前線で活躍してるそうだし大丈夫よ。その点はあなたの方が詳しそうだけど」
聖騎士と疑っているようにも見える笑みにレスティオは苦笑した。
「魔術師団は前線に出られない分、聖騎士様の情報には詳しくないんだ」
「あら、そうなの」
「しかし、聖騎士の存在が特殊なだけで、召喚されて聖女と認められるまで十年かかった者もいたとか。教育に数年かけるのは当たり前、というのを踏まえると、恐らく今もゾフィーは安泰とは言えないだろう」
「それは昔の話で、聖騎士のように今召喚されている聖女はこの世界に適応するのが早いそうよ」
「平均的にはそうでも一概には言えないだろう。それこそ、ゾフィー帝国の聖女が年若い女性というから、家族や恋人、友人と離れたことを受け入れられるのにまずどれだけ時間がかかることか」
教育に時間がかからなくても聖女であることを受け入れられなくては話は進まない。
軽やかに返答していたクアラはレスティオに探るような目を向けて肩を強張らせる。
「まぁ、君が官僚から話を聞いて、もう大丈夫だというなら、オリヴィエールはゾフィー帝国に対し静観していればいいということか。聖女もなく魔術師の手も足りず滅ぶのも時間の問題、という状況なら隣国として探りをいれる必要もあるだろうが、考慮しなくてよい、と」
「国同士のやり取りは魔術師団ではなくて文官たちがちゃんと探って調整するでしょ」
結論を下そうとすればクアラの口調に焦りが見えた。
栗色の毛に手を伸ばし優しく撫でながら抱き寄せた。
「この国の皇妃はコルレアン出身だ。召喚に成功したなら二の次に決まってるだろ」
「だからって、あなたに話したところでなにが変わるというの?」
「それは君次第」
探るように睨まれて笑顔を返す。
暫し時間が流れて、諦めたようにクアラがため息をついた。
「……部屋を取って。話すなら、天蓋の中がいいわ」
天蓋には内外の音を遮断する魔法陣が刻まれているのが一般的だということを思い出してレスティオは頷いた。
同意を確認したクアラは立ち上がって書部屋のドアを開けると、あら、と短く笑った。
「レティ、すぐにイアンナに話をつけてくるから。その間、この子の相手をお願い」
面白がるように言われて振り返ると、部屋の前で構えていたルミアが仏頂面でレスティオを睨みつけてきた。
いつも書部屋に来るときはルミアが相手をしてくれていただけに嫉妬の色が窺える。
「ごめんなさいね、ルミア。今日は彼は私のお客様だから。繋ぎで我慢して頂戴」
「客ですって?」
クアラはルミアの横をすり抜けてイアンナの名前を呼びながら遠ざかって行く。
レスティオも立ち上がって睨むルミアの頭を撫でた。
「今日は彼女の話を聞きに来たんだ。悪い」
「なによそれっ!私は書部屋番じゃないわよ!」
小さく、勉強したのに、と呟くルミアに心をくすぐられながらも聞こえなかった振りをして謝る。
「ご機嫌取りはいいわよ。貴方はクアラを買うんでしょ」
「ルミア、短くて悪いけど、もういいわよ。さぁ、レティ。イアンナの許可は貰ったから行きましょう」
「今行く。今度ちゃんと話すから」
拗ねるルミアの頭をぽんぽんと撫でて宥めると、レスティオはクアラに続いて二階の部屋に入った。
仄かな明かりがつけられた薄暗い室内には生地の違う布が何重にも重ねられた天蓋付きのベッドといくらか家具が備え付けられていた。
思ったほどチープじゃないなと観察しつつ、艶やかに笑むクアラに誘われるままベッドの上へと腰を下ろした。
「ねぇ、女を抱いたことはある?」
「それなりに経験はしているけれど、娼婦は初めてだな」
「あら、結婚はしてないわよね?家の侍女にでも手を出したの?それほど女を好む癖にルミアには手を出さずにいたなんて、余程好みじゃなかったのかしら」
艶っぽく手に手を重ねられ指を絡められる。
この世界では結婚してから関係を持つものなのかとひとつ勉強して唇の前に指を立てた。
「内緒。ちょっと特殊な事情があってね。俺の体液に毒素が含まれるから君は抱けない。万が一、毒が体内に入ったら、君は死ぬかもしれない」
「魔術師団の関係者って言ってたけど、実は暗殺家業とか毒味役でもしてるの?そういう人間は毒の耐性が出来る代わりに血肉が毒を帯びるって聞いたことあるけど」
「想像に任せるよ。俺がルミアを買えない理由もそういうことなんだけど、内緒な?」
毒というのはカスタムされた遺伝子に他ならない。
普通の人間の体には適合出来ず、授精したが最後、体が拒絶反応を示して最悪死に至る。
クアラは呆れたようなつまらなそうなため息をついて、パタリとベッドに寝転ぶと指で隣を示した。
「触るくらいは大丈夫でしょ?」
「添い寝くらいなら」
「……つまんない」
「俺の言うこと信じてくれるんだ」
「毒味役の男が娼婦を抱いて死なせた前例があるのよ。イアンナが許可したってことは貴方は末期じゃないんでしょうけど、気をつけるに越したことはない」
クアラの隣に横になると、その体を抱き寄せた。甘い香りを軽く吸って、髪を撫でる。腕枕をするとご満悦の様子でクアラが身を寄せてくる。
「ねぇ、レティ。貴方は何者?」
「それはさっき答えた」
「話したら、私のためにゾフィーを助けてくれる?」
「なにが出来るかは、どういう状況かによるな」
クアラは少し思案しながらゆっくりと口を開いた。
オリヴィエールに派遣されているゾフィーの中でも高位の官僚から聞いた話だが、その話自体に多少の脚色があることを前提にと前置きをして話し始める。
ゾフィーは魔術に重きを置く国柄であり、かつての厄災で聖女を召喚し栄えたことから、今回の厄災も予言と同時に召喚の儀の準備を着実に進めていた。
しかし、交流のある国が直前まで厄災に見舞われていた為に生贄の数が揃わず、厄災が表面化する直前になってようやく召喚の儀を行うことができた。
そして、一人の少女が召喚されてきた。
少女の名は、マリティア・リエイラー・スクワロー。十六歳。
とある世界の公爵家の生まれで、かつ、自国の王子の婚約者というお嬢様だった。
これまで蝶よ花よと育てられていただろう彼女は、異世界に呼び出されたことに困惑して暫く部屋に閉じこもっていた。
それでも、彼女の婚約者の代わりにゾフィーの皇族や貴族との縁談の話を持ち込んだり、ドレスなど献上品を用意しもてなしているので大丈夫。
それが、身請けが決定する直前迄の情報だった。
正式に身請けを申し込まれたのは、オリヴィエール帝国内で聖騎士召喚が広められた後だったので、その官僚もオリヴィエールと同じようにすぐに活躍してくれると期待感も熱く語っていた。
しかし、つい数日前の来訪時の顔色は芳しくなく、身請けの話が成立していることもあってか弱音をこぼし始めた。
縁談にもドレスや装飾品にも見向きもせず、この世界の教養や魔術を教えようにも全く取り合ってくれず、部屋に閉じこもったまま。
年の近い侍女を当てたり、再三国の状況を話しているので近いうちに説得されてくれるだろう、と彼は語るがイアンナもクアラも内心は半信半疑になっていた。
「……十六歳、か。それで、何もできないお嬢様を抱えたゾフィーの内情はどうなんだ?」
「いかにその気にさせるかって流石に焦ってるように思う。話が持ち込まれた時は、儀式の前だったから、これで助かるって思った。けど、この国の聖騎士様は凄い強い人なんだって。国を十二分に守ってくれる存在だって話しているのを聞いたわ。判断を誤った」
冗談を言うような軽い口調で胸元にすり寄ってくるクアラの頭を撫でる。
「なんだか落ち着くわ」
「人の心臓の音は気持ちを和らげる作用があるんだよ。人の体温もまた然り」
「上手いわね。そうやって女を誑かすんだ。レティになら、お嬢様も心を許してくれるかもね」
どうだろう、と唸りながら思案する。
十六歳の少女、それも貴族の令嬢とあれば、戦力にはまずならない。
婚約者と別れ、家族と別れ、精神的に不安定な状態で、この世界の人間のフォローも的外れ。
立ち直るきっかけを適切に与えなければ精神的に潰れてしまうことも考えられる。
魔術がない世界から来たのなら、あらゆるものに恐怖すら感じているかもしれない。
大陸に聖の魔術を使える者が増えれば、今後の厄災攻略は楽になるが、その前に彼女が潰れ攻略対象エリアが拡大する可能性の方が高い。
ゾフィー帝国の進退は現状極めて判断が難しく、いかに情報を得るのか、誰にどの情報を与えるのかによってオリヴィエール帝国としての振る舞いが変わる。
モルーナが自分で情報を告げなかった理由を察してレスティオは身を起こした。
「クアラ、有難う。俺なりの最善を尽くすよ」
「レティ?」
「そろそろ帰らないといけない時間だ。君のこれからの幸せを祈っているよ」
最後にクアラの頭をくしゃりと撫でてベッドを降りた。
クアラもベッドを降りて乱れたドレスと髪を整え始める。
部屋を共にした相手は見送りまでするのがルールというので、彼女の言う通りに従った。
部屋を出れば既に営業時間もピークで一階で控えていた娼婦たちが好奇の目を向けてくる。
「じゃあね。また会うことはないでしょうけど」
「そうか。元気でな」
頭を撫でると、少し寂しそうな顔で手を振った。
レスティオがその場を離れるのをじっと見送り、クアラはため息をついた。
「ルミア」
「なによ?」
入り口の近くで客引きをしていたルミアは、出てきたレスティオから顔を背けたまま俯いていた。
それでも声掛けに反応する妹分を可愛らしく思ってクアラはルミアの頭を撫でた。
「あんた、あの人が何者か知ってる?」
「レティはレティでしょ。モルーナの部下なら魔術師団じゃないの?」
手の下からルミアの非難がましい目が覗く。
「やめておきな。あの人は私たちみたいなのが触れていい人じゃない。すぐに御目通りも叶わなくなるよ」
「え?どういうこと?」
「私の勘」
首をかしげるルミアにクアラはイアンナを振り返った。
イアンナは何も言わずに帳簿をつけている。
あえて聞こえないふりをしているように見えてクアラは一度だけレスティオが消えていった道を振り返った。




