第45話 新たな側仕え
フランドール隊との南グラムの森の討伐、トレリアン屋敷での魔物学の勉強に加えて大陸各国に関する講義と忙しなく日々は過ぎた。
小物を偶に見かける程度の南グラムの森では根源らしき魔物の姿を捉えるのは難しかった。
巨大化する前に討伐している可能性もあるということで、最終日は広域に癒しをかけて帰還した。
魔物に然程侵されていない森への癒しは消耗も少なく済んで、全日程を倒れることなく南グラムの森での討伐を終えた。
魔物学については、近隣に出現する魔物を中心に情報を集め、騎士団内での魔物学講義の段取りをハイラックと整えた。
騎士団向けに魔物対策を叩き込むため、ドレイドや本部にいた隊長格も交えて戦術論を組み込んで講義内容を固め、試験的に騎士団本部に残っている兵を集めた。
実際に討伐で相対することを踏まえた上で、どういう情報が必要で、なにを知れば生存率が上がるか。講義の後に兵も交えて討議も行い、その都度ハイラックは魔物の情報を収集・整理して講義の精度を上げていく。
精度が挙げられる中で兵達が魔物を見る目も変わり、どこで見かけた魔物はどういう特徴があった、という情報が少しずつ集まるようにもなってきた。
魔物を魔物としか見ていなかった彼らにしては随分と進歩している。
魔物学の情報も日に日に資料がまとめ直され、埃っぽかった図書室は有志により綺麗に掃除されて魔物学の資料が少しずつ増えた。
そんな風に騎士団本部内の活動が活発化する中、レスティオの生活面でも変化が起きていた。
「レスティオ様、夕食を準備してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼むよ」
城のレスティオの部屋には、大陸会議を見据えた側仕えとしてルーフ・リムレスとリンジー・マクネアーが新たに付けられた。
ルカリオは二人の補佐に下げられ、レスティオの目に映るような主な側仕えの仕事はルーフが主体になっている。
ルーフはヴィムとメノンの息子であり、幼少から側仕えとしての考え方を学び、城仕えを経てロデリオの側仕えを勤めてきた。ロデリオの前に出ずに裏方仕事を担う中位側仕えの中の筆頭として、融通が効かないところはあるが、真面目で思想や能力を踏まえた評価は申し分ないということでレスティオの筆頭側仕えに貸し出された。
リンジーは十年以上城仕えとして議会の周辺の雑務を任されてきた男で、控えめだが仕事は丁寧と評価されて側仕えに昇格した。
各々の接点はこれまで無かったため、互いに探り探りやっているので連携はあまり良くない。
そんな状態なので、南グラムの森の討伐期間の最初は屋敷から行き来していたが、側仕えが仕事に慣れる為に屋敷に帰る頻度を減らすように言われてしまい、ここ数日は城での生活が続いていた。
「レスティオ様、ロデリオ殿下から酒席のお誘いを頂いております」
「用件はなにか聞いてるか?」
夕食を終えたレスティオは、魔物学の本を片手に勉強時間を過ごしていた。
声をかけてきたルーフを振り返らずに、レスティオはページを行ったり来たりしながら記述の関連性を確認する。
その様子にルーフは呆れた顔で咳払いした。
「酒席を共にしたいとだけ。お着替えを用意しましたので、湯浴みに致しましょう。リンジーに既に湯浴みの準備を始めさせています」
「んー、今晩は勉強をしたいから、また今度と断ってくれ」
「殿下からのお誘いですよ」
ルーフの中では、ロデリオとの酒席は決定事項になっていた。
元々ロデリオの側仕えであるルーフには、主人からの誘いを断るレスティオの言動は非常識にしか映らない。
「別に特別な用件はないんだろう?」
「お言葉ですが、レスティオ様がご覧になられているのは魔物学の書物とお見受け致します。殿下のお誘いを断るほど急を要することとは言い難いかと思います」
淡々と拒否を許さない姿勢を見せるルーフ。
ロデリオが酒席を絶対にしたいと強固な姿勢を見せているわけではないとレスティオは理解している。
事実、討伐期間の最中に誘いがきた時もルーフと酒席の誘いを受ける受けないという話になり、押し負けて出向いたものの、ロデリオはレスティオのスケジュールを思えば断られて当然という認識だった。なら何故誘ったのかと問えば、ルーフの動き方が気がかりだったというのだから、まさに懸念通りである。
その時は側仕えを廃して一時間足らず話したところで酒席を切り上げたが、その後のルーフの説教がまた長かった。
皇族の誘いなのだから多少疲れていようが顔に出してはいけない、用意された酒席の料理は食べるべき、酒や料理の準備具合をみれば二、三時間は過ごして然るべきなどと説教で就寝時間が二時間ほど遅れた。
そんな出来事が記憶に新しい中での誘いに、またルーフを試しているのだろうと察した。
「これがいかに必要な知識か、お前も討伐に出てみればわかる」
「しかし、急は要さないでしょう。殿下の誘いを断る理由にはなりません」
「……今日は酒の気分じゃない」
「レスティオ様がお酒を好まれることは聞き及んでおります」
好きな癖に何を言っているんだと言外に言われて、思わず深いため息をついた。
確かに断る為に出た言葉ではあるが、好きなものでも気分くらいあるものだろうがと察してくれない様子に頭を抱える。
給仕や身の回りの世話という点に関していえば、特に意見するところはないが、コミュニケーションで言えば側仕えとしての能力が評価できるほどとは思えない。
これが、この国の側仕えの水準で言えば上だと言われたとして、騎士団の底辺さを踏まえれば納得せざる得ない。
が、側近として側に置く必要性がどうにも感じられない。
「お前が尊重すべきはロデリオでは無く、今の主人である俺の意志じゃないのか?」
「側仕えとして主人を導くのも私の役目です。レスティオ様が聖騎士という立場だからこそ、我が国の皇族の皆様との接し方や社交を身につけることは急務。ロデリオ殿下が機会を用意してくださるとおっしゃっているのを断るなんて言語道断です」
聖騎士としての振る舞いを指摘されても、レスティオは反省する気は無い。
一部の聖女主義者は文句を言うが、皇帝であるユリウスもその臣下も許容していることだ。
そもそも、聖女が全員社交スキルに優れているかといえば、決してそうではないはずだった。
「側仕えとして、俺の代わりに謝罪しておいてくれ」
「レスティオ様。それは随分と誠意に欠くことではございませんか?」
「この前の酒席でロデリオに断ってもいいと許可は得ている」
「だから断ってもいい、とはならないものです。それが皇族の方と接する上での常識です」
こういう時はこうすべきという持論を持つルーフは中々レスティオの意を汲んではくれない。
ルカリオならアズルに相談しに行ってくれただろうが、補佐に下がって以来、あまり目にすることもない。
「ぁ、あの、湯浴みの用意は出来ましたが、いかがなさいますか?」
リンジーはぴりっとした空気にへらりと笑って割って入る。
その笑みは不真面目や場を弁えていないのではなく、人が好いリンジーは小心ながらに場を落ち着かせようとしているのだということをレスティオは理解している。
ただし、ルーフはリンジーの笑みにぴくりと眉を揺らして睨みつける。
相性がいいようには思えない側仕えにため息をつきながら、レスティオは諦め半分で立ち上がった。
「ロデリオ様に受諾の旨を伝えてまいります」
立ち上がっただけだが、酒席の誘いを承諾して準備するのだと受け取ったルーフはすぐに動き出す。
ルーフが出て行くのを見送ると、レスティオはまた深くため息をついて、まだぎこちないリンジーに手伝われながら湯浴みを済ませた。
従う謂れはないのだが、少しはこの世界の常識を学ぶべきだと延々と説かれて以来諦めた。
「ロデリオ、人払いを」
「承知した」
挨拶も程々に一杯目の酒の準備だけしてもらうと、アズルを含め側近を全員部屋の外に出す。
そうしなければルーフも引き下がらない。
「ルーフは本当に優秀なのか?」
「中位側仕えとしての働きは申し分ないはずなんだけどな。やはり性格上、上位側仕えの筆頭はまだ難しかったか」
今回も断ってもらうつもりだったというロデリオにレスティオはため息をついた。
今からルーフを外せば、それが評価として残ってロデリオの中位側仕えとしても戻れずに城仕えからやり直しになるかもしれない。
それを踏まえて、決定的なことがなければ辛抱を、と言われても耐えられる限度がある。
「お前やアズルから言っても変わらないんだろ?」
「あぁ。上位側仕えに格上げされたことで張り切っているのはわかるんだがな。けど、すぐに交代させろと言うほどではないんだろ?」
「大陸会議まで、と思えば耐えてやろうと思うくらいだ。この国の人材の質は騎士団の弱さを思えばその程度と諦められる」
「それは悪かったな」
拗ねるロデリオに笑いながらクルールのグラスを傾けた。
そして、前回、部屋に戻った後にルーフに散々説教をされたことを話すとロデリオは頭を抑えた。
確かに、本来であればそうあるべき、だが、それは相手との関係性にもよるという。
「社交、としての酒席ではなく、あくまで友好的な関係があった上でということであれば、そこまで厳格にする必要はないんだがな」
「ルーフは社交の練習に付き合ってくれている、と思っているみたいだけどな」
「聖女は聖の魔術が扱えるだけで十分。故に、社交技術はほとんどないも同然の者しか俺は知らないが、ルーフは聖女を見てきていないからな」
「ロデリオはラビ王国の聖女以外にも会ったことがあるのか」
ロデリオが留学していたオッドレイ大陸は厄災にあたり各国が召喚の儀を行っていたことに加えて、他大陸からも聖女を集めていた。
厄災を前にラビ王国に足を伸ばしてくれた聖女と会わせてもらったり、年老いて前線を引退しラビ王国の田舎に住んでいた聖女とも会った。
留学の際、上位側仕えや文官、護衛を同行させていたので、アズルらは聖女がどのような者か理解しているが、城に待機していた者たちは聖女のことは噂に聞く程度の理解しかない。
「聖女なんてそんなものだから、俺のことも好きにさせろとルーフに一言言っておけ」
「言ったさ。それでもアイツはお前を社交的に育てたいんだろう」
「それは建前でお前のご機嫌取りをしたいようにしか思えないんだけどな。大陸会議を終えたら、お前の上位側仕えの仲間入り、とか思ってるんじゃないか?」
「いや、お前の側仕えに残留する気だと思うがな」
レスティオは側仕えとして今後も側に付けた光景を想像して唸る。
そのままクルールのボトルに手を伸ばして空になったグラスに水割りを作った。
手元を見つめていたロデリオもレスティオの真似をするようにグラスにクルールと薬草水を注いだ。
「悪いが、大陸会議が終わったらルーフもリンジーも元の持ち場に戻させてもらうよ」
「そうか、そうなると今のうちにルカリオの教育を急がなくてはな。アズルを通して城仕えの管理官に他に誰かいないか聞いておこう」
聞いて出てきたのがルーフとリンジーと思うとレスティオはため息をついた。
ロデリオは自分で作った水割りを飲んで配分を間違えたのか苦い顔をした。
クルールがきつかったらしいロデリオに薬草水を注ぎ足せばいいというと、こういう場合は取り替えるもので注ぎ足すという考えがなかったロデリオは驚きつつも納得して言われるがまま調整し始めた。
「人払いをしているからこそ出来ることだな」
「そもそもお前が自分で酒を作ること自体そうだろう」
「確かに。お前と酒席を共にしなければ、こんな機会なかっただろうな」
側仕えの愚痴はここまでにしてなんてことない雑談を始めると、気兼ねない掛け合いが続き、時間が過ぎていった。
人払いをしていたことも時間も忘れていた二人は、外からドアがノックされて日付がもうじき変わることに気づいた。
「お前と飲んでるとあっという間だな」
「そうだな。それじゃあ、今晩はこれで失礼するよ」
私室に戻ると後は寝るだけだというのにルーフの小言が始まる。
あの時間に側仕えもつけずに長時間二人きりというのは男同士であっても外聞が悪い。
高い身分でありながら婚約者や配偶者がいないというのが余計マイナスだと言い連ねられても面倒な世界だなと思うだけでレスティオは聞き流す。
後日、ヴィムとメノンにルーフのことを零せば、親としても教育係としても既に自分たちの手を離れているという理由で他人事のように同情されるだけだった。




