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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖騎士召喚編
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第44話 騎士団の料理人



「我、聖なる力を行使する者なり。彼の者らに癒しを与えさせ給え。イ・ヴェール・フォーウォル」


 詠唱とともに負傷した兵たちが身を起こし始める。

 癒しが行き届いたことを確認して、クォートは安堵の息をついた。


「さて、それでは、会議室に移りましょう」


 クォートの後に続いてレスティオは騎士団本部内の会議室へと移動した。


 ドナ遠征から帰還して数日。

 レスティオはすっかりフランドール隊の負傷者の手当を忘れていた。

 帰還の時にやや人数が少ない気はしていたのだが、終盤は単独行動が多かったので、部隊に意識が足りていなかった。

 ルカリオに騎士団から聖の魔術の要請が来ていると連絡を受けて思い出したが、部屋に迎えに来たクォートの表情の冷たさは冷や汗をかく程だった。


「レスティオ様をお連れしました」


 会議室にはフランドール隊の小隊長たちとハイラックが揃っていた。

 テーブルの上には書籍や手書きの資料が広げられている。


「では、ドナ遠征で確認された魔物について討議を始めましょうか」


 ハイラックの魔物の調査が完了したので、負傷兵の癒しついでにこの場が設けられていた。

 クォートからすればレスティオが来ざる得ない餌を用意したようなもの。

 信頼してもらえる行動をしなければ、とレスティオは反省しながら資料に手を伸ばす。


「レスティオ様にはこちらを」

「ん。有難う」


 差し出されたのは事細かに魔物の情報を記した資料だが、違う書籍から抜き出したのか情報の重複や表現の違いが見られた。

 ハイラックは知り得た魔物の特性を掻い摘んで話始める。

 話を聞きながら書籍にも手を伸ばして中を確かめると、まだ見ぬ種類の魔物の情報が概要レベルで並べられていた。

 今話しているのはこの書籍から抜粋している内容かと理解する。


「木の魔物については、生憎こちらの書籍になく、未だ情報を確認できていません。なので、逆にどのような特性があったのかお話を聞かせていただきたいです」


 そう言いながら取り出されたのは提出された報告書の写しで、魔物に関する記載からハイラックが気になった部分を掘り下げ各々答えていく。

 今回は燃やすしかなかったが、対策として今後どうしていくべきか検討も進められる。

 そして対策として話した内容はドナの駐在部隊にも共有すべく資料にまとめられる。


「ハイラック、この書籍はお前の私物か?」

「えぇ、我が家に保管されていたものです。全て持ってくるのは難しいので、レスティオ様のご都合が合えば近いうちに我が家の書斎にお招きしたいのですが、いかがでしょうか」

「是非。戴冠式の前なら多少の外出は融通してくれるようだから、出来れば数日中がいいかな。ルカリオに調整を頼むから都合の悪い日があれば教えてもらえるか?」


 以前招いてもらうと話していたが、ここにきてようやく本格的に話が進んだ。

 レスティオはこれで大陸会議前の暇は潰れるなと思いつつ、日程が決まるまでの間資料として持ち込まれた書籍を借りる。


「レスティオ様、昼食は騎士団本部の食堂にてご用意させていただます」

「いいのか?」

「先日依頼された厨房長との顔つなぎの前に、昼食でその腕前を確かめていただければと思います」

「それは望むところだ。ご一緒させてもらうよ」


 レスティオは部屋に持ち帰る資料は近くにいた兵に任せて食堂に移動した。

 遠征中の部隊が多いこともあり食堂の人気はまばら。

 食堂はカウンターで料理の乗ったトレーを受け取って、好きな席で食べるというスタイルで、レスティオを招くために席は一テーブル分が既に確保されていた。

 食事を配っているカウンターの奥には厨房があり、まだ年若い可愛らしい女性とそこらの兵よりがっしりとした体つきをした強面の男が忙しなく動いている。


「奥が厨房長のケンリー・トッドで、手前にいるのが厨房補佐のリシェリ・ユーランです。後ほど紹介しますのでまずは食事にしましょう」


 若干冷めているが、そんなことは気にせずに食べ始めるのを見て、レスティオも食事を始めた。

 スープは野営で作るのと大差ない出来で、城の料理とは比べものにならないくらい美味しく感じる。

 ちゃんと調理法が取り入れられていることに感心しながら肉をカットすればじわりと肉汁が出てきて、茹でずに調理しているのが確認できた。


「味付けに使っているのはオルドナじゃないな」

「ドナで食べた味とは確かに違いますが、以前よりも美味しくなりました」

「うん。これはこれで美味しい」


 なにを使っているんだろうと思いながら肉の旨味を感じる料理を食べ進める。パンにはフィグが練りこまれているだけでなく生地自体に甘さを感じて少し驚いた。


「レシピを鵜呑みにするんじゃなくてちゃんと改良してるんだな」

「えぇ、中々パンだけでこの満足感はケンリーにしか出せませんよ」

「レスティオ様やケンリーの料理を食べたら、家内の料理が物足りなくなって夫婦喧嘩になるほどですからね」


 ドナから帰ってきた後、ブレフトは自宅で食べた食事の味気なさに思わず肩を落として夫婦喧嘩になったと苦笑いした。

 クォートも物足りなく感じたが、妻に睨まれそうになって思い出したかのようにフィグを出し、パンに練り込むと美味いと野営地での一風変わった食事の話にすり替えて難を逃れた。

 そう言った事象は騎士団の中では最近よく囁かれているそうで、ハイラックは卵と芋を使った料理の話をして、とても嫌な顔をされたという。


「仕方なしに自分で料理を作って見せたという者もいましたよ」

「食用に好まれないが、卵や芋は手に入れようと思えば手に入るものなのか?」

「先日、コークの行商人が聖騎士様の力で実った芋だ、卵は茹でると美味いと大通りで売っていたんです。買っていたのは大半がジンガーグ隊の家だったそうですが」

「それを機にこの世界の料理が少しでも美味くなればいいんだけどな」


 食事を終える頃合いになると厨房は片付けに追われていて、気安く話しかけるのは気がひける様子だった。

 そのまま待ち続けるのも時間が勿体無いと、ハイラックはレスティオを家に迎えるために準備をするといい、クォートとブレフトは次の任務の計画をドレイドと相談するべく。一足先に食堂を出て行った。

 代わりに、今日は訓練の予定しかないロゼアンとナルークがレスティオに付けられた。

 厨房が落ち着くのを昼食の感想を言い合いながら待つ。

 ふと、レスティオはロゼアンの頰についた薄い傷跡に気がついた。


「ロゼアン、頰どうした?」


 言われて頰を押さえるが、押さえるまでの一瞬でレスティオには十分それが爪の跡だとわかった。

 頰は腫れてはいないものの平手打ちされた時に爪が掠めたなら女性だろうかと推察する。


「お構いなく」

「あぁ、婚約者と痴話喧嘩だそうです。触れないであげてください」


 流そうとしたロゼアンを無視してナルークが軽い調子で答える。

 睨まれるのも気にしない様子に既に内輪でいじり倒した後とみて、レスティオは笑顔で納得の意を示した。


「へぇ、婚約者がいたのか」

「いえ、まぁ、色々ありまして」


 言葉を濁して触れて欲しくない様子を示すロゼアンにレスティオはそれ以上の追及をやめた。

 なにか別の話題に変えようと思ったが、丁度ナルークが立ち上がって厨房から出てきたケンリーとリシェリの前に立った。


「レスティオ様、騎士団本部の料理人を紹介します」


 ケンリーとリシェリは跪いてそれぞれ名乗った。

 リシェリは緊張気味だが、顔を上げたケンリーの眼光は鋭くレスティオを値踏みするように見つめる。

 何か言いたげな目つきに面白いと思いながらレスティオも挨拶を返す。


「昼食を貰ったが、城の料理より格段に美味しかった。肉料理にはなんの酒を使ったんだ?」

「はっ、ヴィシュールを使用しました」

「ヴィシュール?」


 ロデリオとの酒席で様々な種類の酒を飲ませてもらったが、聞き覚えのない名前に首をかしげる。

 すると庶民向けの安価な酒だとナルークから説明された。

 だから皇族の酒席には出てこないのかと納得していると、一度厨房へ戻ったケンリーに表面が白く泡立つグラスが差し出された。


「いいのか?」

「その量でも酔ってしまうということであればお下げします。毒味が必要でしたら、」

「いや、有難く頂くよ」


 ケンリーからグラスを受け取って香りを確かめると覚えのある香りだった。

 白く泡立つ表面にも覚えがあり、一気に煽って確信した。


「あぁ、ビールか。元の世界にも似た酒がある。また飲めるとは思わなかった」

「そうでしたか。エルドナやオルドナは値が張りますから騎士団で使える酒はこれくらいしかないんです。ナルークから聖騎士様のレシピを教わってから試行錯誤し、ヴィシュールと肉に合う調味料を研究しました」

「噂通りの人物だな。お前が騎士団の厨房長でなければ私邸に引き入れたいくらいだ」

「勿体無いお言葉にございます」


 それからレスティオは食料庫を案内してもらい、この世界にある食材や調味料の種類を教えてもらった。

 ほとんどの調味料は薬草や香草を採取し乾燥させたものを使用しており、砂糖や塩のような調味料は町村のみならず城にもあるかどうかという代物だと知る。

 一般的な食事には味がないが、酒席の料理には、酔い覚ましの薬と食材の味のバランスを整える為に調味料が使われる。そのため、調味料の在庫はそこまで多くない。

 また、肉は周囲の森で狩りが出来るが、魚は鮮度の問題で帝都にすら中々仕入れがなく、港町近くでなければ中々食べる機会がない食材だった。


「時に、レスティオ様はどのようにして野営の際のメニューをお考えになられているのですか?」

「んー?手元にある食材で作れるものの中から、食べたいものを選択しているだけだよ。後は、教えておくべきレシピかどうかも考えるかな」

「教えておくべき、ですか」

「あぁ、芋や卵を食べないこの世界の人間に食べられる方法を教える為のレシピとか、ドレッシングやソースの類は知っておくと料理の幅が広がるだろ」


 本当に食べるんだ、とリシェリが小さく漏らした。

 芋や卵は食べてみなければ忌避感をなくすのは難しい。


「芋は肉と相性が良いから、肉料理を極めるなら押さえておくべきだとおもうんだけどな。あと、この人参も」

「ニンジン?カロテのことですか」

「あぁ、こっちではそういうのか。俺の世界ではよくバターと絡めて炒めたものを肉料理に添えてたよ」

「バターとはまた高級品ですな」


 物価の基準がわからないままそういうものかと一旦飲み込んで、一通りの食材を確認し終える。

 そして、廃棄用に食料庫の隅に避けられた骨を見つけた。

 ナルークを振り返ると、ケンリーに骨を煮てどうすると受け入れられなかったと言う。


「骨の中にも肉の旨味成分というのは含まれているんだ。野菜の皮を使うのと同じように、骨を食べるというよりも旨味をスープに抽出するんだよ」

「むっ、そういうものですか」

「だから騙されたと思って試してくれって言ったじゃないですか」

「だが、お前に試させた時は匂いが酷くて近づく気にもならなかったぞ」


 ナルークが言葉に詰まらせる。レスティオは臭み消しの方法をいくつか提示した。

 材料を確認してなにが出来そうか話をしながらケンリーが早速試そうと動き出す。

 ナルークは反応が違うっと文句を言ったが、動き出したケンリーには届かず聞き流される。


「もういいです。ケンリーが乗り気になったなら、折角だし芋と卵も試しましょう!」

「あぁんっ!?」


 文句は聞き流していたケンリーだったが、ナルークの提案には鬼の形相で振り返った。

 鬼教官と呼ばれた軍学校の教官を思い出して、レスティオは思わず肩を震わせた。


「ナルーク。材料はあるのか?」

「この前調達したのを食料庫の隅に隠しておきました」


 ナルークは勝手なことをするなと怒るケンリーに怯まず目を輝かせていた。

 料理人魂のぶつかり合いに苦笑しながらレスティオはもう一度食料庫を見回した。


「肉は安価に手に入る食材か?」

「狩りに行って自分たちで取ってくる分にはそこまでじゃないが、日に日に値上がりしている」

「じゃあ、肉の量が多少少なくても腹を満たせる料理を教えようか」


 提案するとナルークは喜んだがケンリーは怪訝そうな顔をした。


「聖騎士様は暇なのか?」

「今日は騎士団での予定しかないから時間は大丈夫だよ。ぁ、そういえば、次の遠征についても話があるんだったかな?」


 それについては先ほどクォートとブレフトがドレイドのところに行ったから結論が出てからでも問題ないだろう。

 そんな訳でレスティオは材料をいくつか指定して厨房へと運んでもらった。


「なにを作るんですか?」

「まずは下準備だな」


 手分けして野菜、パン、肉を細かく刻んでもらう。

 肉を刻むという発想にケンリーが険しい顔をしたが、ちゃんと美味しくするからと頼めば手際よく肉を細切れに刻み始めた。

 ナルークはスープのリベンジに取り掛かり、ロゼアンは付き添いついでに野菜の処理を手伝い始める。

 護衛が作業していたら意味がないだろうというケンリーの指摘は無視してレスティオは芋の皮を剥いていく。


「パンも入れるなら夕飯にはパンを添えなくていいですかね」

「パンは肉の脂を吸収させるのと、かさ増しになるから入れるんだ。パンはパンであったほうがいいよ。料理に入れる分は朝食の残りとか少し硬くなったものを使うくらいでも構わないから」

「そんな余り物で料理が美味しくなるんですか?」

「この世界の料理は茹でて旨味を全て殺しているから不味いんだよ。食材の旨味を逃さないというだけで断然美味しくなるはず」


 旨味を殺しているという表現にケンリーとリシェリが食いついた。

 そして、安全かつ美味しく食べるためには他に何ができそうか二人で話し合い始める。

 その間にも手は休みなく動いていて流石だなと感心した。

 細かくしたパンを玉ねぎと同じ見た目のヴィベルという野菜と一緒に炒めて下味もつけていく。


「肉は酒に浸せばいいのか?」

「いや。浸すほどは入れない」


 入れなくてもいいが殺菌と称して気持ち程度調味料に混ぜておく。

 炒めたパンとヴィベルを魔術で冷やしてもらい、肉と調味料を混ぜて手で揉んでもらう。


「肉をこんな風にするなんて」

「けど、パンとヴィベルが混ざってお肉と分からなくなっていきますね」

「ここに刻んだ芋も混ぜると結構量が増えるだろ」

「あぁ、いつもより多いくらいになるな」


 しっかり揉み込んでもらっている間に昼食の残りのスープに刻んだ野菜を入れて煮込みながら調味料とヴィシュールを加えて味を整える。


「そっちは?」

「ソースだよ。それにかけて食べるんだ」

「野菜とスープで作るのか」

「茹でるだけじゃ美味しい料理はできないんだよ」


 ロゼアンにソースの鍋を頼み、しっかりと材料が揉み込まれたボウルの中に大量の卵を割り入れていく。

 ケンリーとリシェリが悲鳴をあげる中、レスティオは構わずそこに手を入れて更に材料を揉み込んでいく。


「お、おま、」

「卵を入れるのがこの後の工程で大事になるんだよ。何人分作ればいいんだっけ?」

「今晩は遠征やら休暇の兵も多いから五十人前くらいありゃ足りる」

「わかった」


 同じくらいの量に取り分けながら、ふとカウンターの向こうに呆れた顔でクォートが立っているのに気づいた。


「ぁ、遠征計画についての話は終わったか?」

「えぇ、終わりましたとも。挨拶だけじゃなくまさか夕飯の支度を手伝っているとは思いませんでした」


 その声音に若干の怒りを含んでいるのを察する。


「別にそちらに参加しろとも言われなかったからな。話を聞きに行ったほうがいいか?」

「、そこにいる者に任せられるところまで済んでからで構いません」


 クォートは当然と言いたかったが、ケンリーとリシェリの睨みに屈した。

 料理人魂と相対したいと思わないし、夕飯が美味しくなるならそれでいいとクォートは深くため息をついた。


「えーっと、じゃあ、ケンリー、これを均等に分けたらこういう風に形を整えて、両面をじっくりしっかり焼いてくれ。焼けたらその上に焼いた卵をのせてソースをかけて完成だから」

「卵の焼き具合はわかりませんので、肉が全て焼き終わるまでに戻って来ていただけると助かります」

「承知した。クォート、待たせて悪い」


 手を洗ってクォートと共に団長室へと向かう。

 次の遠征といっても、ジンガーグ隊が行路視察から戻ってくれば、その報告内容によってはすぐレスティオは出兵することになる。

 なので、今回は帝都の西側に位置する南グラムの森の監視と、部隊の連携訓練を兼ねた任務が計画された。

 朝に行って夜には帝都に帰ってくるのを数日繰り返すことになる。

 城での食事の機会を極力減らしたいので、この期間については邸から出かける方向で調整しようと決めた。

 

 夕飯は目玉焼き乗せハンバーグの野菜ソースがけをしっかりと堪能して、騎士団の食堂に芋と卵を浸透させることに成功したのは言うまでもない。



 

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