第42話 新たな生活拠点(2)
レスティオはマルクとその補佐官とともに馬車に乗り込んだ。
座面が硬い上に揺れる馬車に内心どうにか改善してもらえないものかと思いつつ城の敷地内を抜けていくの景色を眺める。
「既にリムレス夫妻は離れに移り、レスティオ様を迎える準備を進めております。引き渡した後は使用人の雇用等はご自由にされて構いませんが、待遇等はこちらを参考にしてください」
この世界の常識に疎いレスティオの為に、屋敷の主人としての心構えをまとめたらしく、分厚い書類が差し出された。
レスティオが選んだ屋敷の規模に対して、平均的な使用人の数や給与等の待遇の他、待遇を見誤った際のリスクなどもまとめられていた。
暗に今のルカリオの城内での立場を考慮して待遇を見直すように指摘するような記述もあり、後でちゃんと読み込んでおこうと素直に受け取る。
「邸の警備は戴冠式までには雇い入れるようにしてください。候補はこちらでもお探し致します」
「そうだな。俺がいない間を守ってくれるやつか。それなりに信頼の置ける人間がいいが、それこそ選定が難しそうだな」
「今は騎士団も人手不足ですからね。怪我で前線を退いた者や騎士学校の学生を雇うというのもひとつですが、彼らが信頼におけるか、実力が十分かといえば難しいですね」
探すと言ったマルクも悩み出したところで馬車が停まった。
レスティオが選んだのは大通りを避けた富裕層向けの住宅街の一角。
二階建の母屋に使用人向けの離れも備えた庭付きの比較的小さな邸宅だった。
マルクにはこのような下級貴族向けの邸宅ではなくもう少し上等な物件をといくつも勧められたが、元々住んでいたレドランド家の離れと同じくらいの規模なので、これくらいが落ち着くと押し切った。
「おかえりなさいませ、レスティオ様」
「お荷物をお預かり致します」
出迎えてくれたのは私邸の使用人として迎えたヴィム・リムレスとその妻のメノン・リムレス。
リムレス夫妻はユリウスとリアージュの筆頭側仕えとして長く勤めており、現在の筆頭側仕えに役目を引き継いだ後、皇室側仕えの教育係として城に住み続けていた。
穏やかな笑顔で出迎えてくれた二人に挨拶して中へと入る。
一階にはリビングやキッチン、浴室など日常生活に欠かせないものの他、書斎やトレーニングルームといった娯楽用の部屋を配置している。
「事前にご要望頂いておりましたので、書斎にはお恥ずかしながら我々の所有する書物を少々納めさせていただきました」
書斎には一画を除いて空の本棚がずらりと並び、奥には読書スペースとしてゆったりとしたロッキングチェアを二脚とサイドテーブルを用意している。
椅子は、設計図をレスティオ自ら描いて職人に注文した特注品だ。全体の形状はもちろん、クッションも打ち付けられているので座り心地がいい。
「うん、いい仕事をしてくれてる」
「お気に召されたようで良かったです。ではこちらにサインを」
特注品ということもあり、ひとつひとつに受領のサインを求められる。
受領と同時に設計図を用いて商売をする許可を出すという証明でもある。
レスティオが提供した各種設計図を用いた商売をする場合には、設計図の使用料が発生し、その収入がこの邸宅の維持や生活費としてヴィムに預けられることになる。
ロッキングチェアについては、レスティオの承諾が得られ次第、皇族用の部屋にいくつか納入する計画が既にあり、当面の資金には困らない算段だ。
「トレーニングルームの方はまだ注文の品が揃っていないのですが、このような配置でいかがでしょうか」
重量系の負荷をかける器具は、材料の調達や強度の保証が出来ないので難しいと断られたが、いくつかの器具は職人たちが引き受けてくれた。
マット、腹筋台、懸垂器は注文した設計図通りに作られ揃っていたが、ランニングマシンやバイクといった運動器具は難航しているようで場所だけが開けられていた。
ひとまず今あるものを確認すべく上着と靴を脱いでマットの上に乗る。
「この部屋では靴を脱ぐものなのですか?」
「んー。そうだな。この部屋用の靴を用意したいかな」
「かしこまりました。ご用意致します」
マットの硬さや反発度合いを確認するが素材が揃わない分、満足が行く品かと言われれば改良の余地がある。
軽く柔軟をして、後で設計図を見直すとしつつも受領のサインは済ませる。
腹筋台や懸垂器は諸々調整が利く作りに出来ればと欲を出しそうになりつつ、試用して強度を確かめる。
懸垂器は体を振った時に若干揺れるのが気になり、魔力結晶で床に固定してから改めてバーを握った。
「思ったよりは使えそうかな」
バーの周りを回ったり、その上に倒立したりと柔軟に体を動かしていくレスティオに感嘆の声が漏れる。
「どのように使うのかと思っておりましたが、そのようにして体を鍛えるのですね」
懸垂器から下りて受領のサインを済ませる。
これらの器具は収めるならば帝国軍や騎士学校だが、残念ながらこの国は魔術を主としない騎士達に厳しく、予算が確保できないので当面収益になる予定はない。
ヴィムから上着と靴を受け取って、一行は次の部屋へと移動する。
浴室やベッドルームの調度品は城の物と変わらない作りだが装飾や色合いをシンプルなものにしてもらった。
「天蓋は注文してないが、この世界では付けるのが一般的なのか?」
細やかな刺繍の施された天蓋のカーテンを手にレスティオは首を傾げた。
ドナの駐在所のベッドには天蓋が無かったことから必須ではないと思ったが、改めて見ると疑問に思う。
「天蓋のカーテンには外や中の音を通さないようにする魔法陣が刻まれております。ある程度の地位の方や、あるいは夫婦の寝室には天蓋は付き物ですね」
用途に応じて魔力を通す魔法陣を使い分けるという説明にいくつか使用する場面を思い浮かべて理解した。
使用人用の離れも一通り確認して、最後に邸自体の受領サインを書く。
「これで手続きは完了ですね。残りの注文の品も出来次第お届けいたしますので今しばらくお待ちください」
「あぁ。納期を守るに越したことはないが、品質重視で仕上げてもらえるように頼むよ」
「はい。職人たちに伝えておきます」
レスティオはこのまま家に残るのでマルクらをヴィムとメノンと一緒に見送る。
エントランスに戻ると二人を振り返った。
「さて、改めてこれからよろしくな。ヴィム、メノン」
「はい。命続く限り、誠心誠意お仕えさせていただきます」
「レスティオ様が心穏やかに安らげる場所となるように、努めさせていただきます」
緊張した様子もなく和やかに応じる二人に流石皇帝夫妻の元筆頭側仕えだと頷く。
ふと、エントランスの時計がもうすぐ昼を指そうとしていることに気づいた。
「よし、じゃあ、早速昼食の支度と行こうか」
自宅なのだから好きに過ごさせてもらおうとレスティオはキッチンへと向かう。
ヴィムとメノンは顔を見合わせつつもレスティオに続いた。
キッチンの調理器具は先ほど確認済みだ。
泡だて器など元々この世界に無かった調理器具もいくつか作ってもらっている。
冷蔵庫代わりである魔法陣の描かれた氷冷棚の中に、卵や芋が収められているのも確認している。
「レスティオ様、私たちはなにを致しましょうか?」
レスティオが調理しようとしているのを見て、メノンは止めも手出しもせずに手元を覗き込んで指示を求める。
自宅くらい好きに過ごしたいという意図を既に組んでいるメノンに有り難く思いながら、蒸し器を用意しつつ段取りを考える。
「そうだな。干したフィグを練りこんでパンを焼いてもらおうかな」
「パン生地は寝かせておりますが、フィグの方は、」
「持ってきた荷物の中にドナで買ったものがあるから二瓶ほど置いて行くよ」
荷物は部屋に運んでもらっていたので駆け足で部屋に取りに向かう。戻ってきたレスティオの手にはフィグの瓶の他にオルドナとエルドナがあった。
「二人は酒は?」
「嗜む程度に。もしや、我々にも頂けるのですか?」
「料理の仕込みと食事のお供にするつもりだ。一人の食卓は味気ないし、俺がいる時は三人で食事を取らせてもらえるか?」
「本来は使用人としてお断りすべきところですが、我々はレスティオ様の御心に従いましょう」
ヴィムがパンの仕込みをしている間に、メノンに肉を三人分切り分けてもらう。
レスティオは、蒸し器で芋を蒸しながら、ボウルに卵と牛乳、花の蜜を入れて泡立て器で混ぜ合わせていく。
「レティ様、切った肉はいかがいたしましょう」
「ちょっと待ってくれ」
一度混ぜるのをやめて、別のボウルに肉を入れるとオルドナと乾燥した香草を砕き入れて、肉に揉み込んでもらうように頼む。
メノンは初めて見るレシピに驚きつつも言われた通りに肉を揉み始めた。
再び混ぜるのを再開し、薄い陶器のコップにボウルの中身を均等に入れ、芋を蒸している鍋に並べて入れる。
「上手くできるといいんだけどな」
「一体どんなものが出来るのか楽しみです」
手を洗ったメノンから肉を受け取りフライパンに油を敷いて並べて焼いた。
「レスティオ様は肉を茹でないのですね」
「あぁ、味が落ちるからな。殺菌はアルコールでも出来るから、心配なら酒を使うといい」
「どのような酒でもよいのですか?」
「酒の種類に詳しく無いからな。俺がいない間にいろいろと探求してもらえると有難い。そのために必要なら資金はいくらでも出すぞ」
「まぁ、それは張り切り甲斐がありますね」
肉を両面焼きあげて皿に盛り付けると蒸していた芋と焼きたてのパンを添えて完成。
鍋から取り出したコップは、氷冷棚に収めて冷やしておく。
料理に使ったオルドナの残りをグラスに注いでリビングへ料理を運ぶ。
慣例なのかレスティオの位置がテーブルの端に対し、両脇、しかも逆端の離れた位置にヴィムとメノンの席が用意されていて、すぐに近くに直させた。
本当は二人並んで自分が正面にいるくらいが良かったが、面と向かっては恐れ多いと言われて今日のところはと引き下がる。
「では、出会いを祝して。これからもよろしく頼むよ」
食事を共にするのは流石に恐縮した様子だったが、ヴィムもメノンも肉を一口食べて驚きの声をあげた。
「美味い。こんな料理はじめて食べました」
「えぇ、しかも、肉が柔らかくて食べやすい。もともとオルドナは肉に合わせることが多かったけれど、この料理との相性はなおいいですのね」
「肉と芋を合わせて食べても美味いぞ」
「芋……馬の餌ですよね?」
「あぁ。正しく調理できればこんなに美味しいのにな」
レスティオが食べ進めるのを見て、二人も芋にナイフを入れ、肉と一緒に口に運んだ。
「何でしょう。まろやかな口当たり」
「これは美味い。是非とも陛下がたに食べていただきたかった」
「流石に皇族に馬の餌を食べさせるわけにいかないからな。ちなみに城の料理を食べるくらいなら、ここで自分で作って済ませたいと思っているから食事だけ帰ってくることも考えてる」
「お気持ちお察しいたします。こんな美味しい料理、喜んで勉強させていただきます。ご教示のほどよろしくお願いいたしますね」
和やかに食事を終えると、食後のデザートにプリンを出した。
トロッとした食感に驚きつつも卵を使ったこんな甘味があったとはと目を輝かせる二人にレスティオは受け入れてもらえたなら良かったと満足した。
これで自宅でも食事環境を整えることに成功した。




