第40話 ドナからの帰還
目覚めたのは十二時のことだった。
さて、夜の魔物討伐からどれだけ時間が経ったことだろうと思いつつ、身支度を整える。
部屋を出て駐在所の部屋を覗くとスタルトが机で書き物をしていた。
「あぁ、レスティオ様、お目覚めになりましたか。お体の方はもうよろしいのですか?」
「あぁ。今は魔物も落ち着いたようだな」
「えぇ、おかげさまで助かりました。今朝フランドール隊の方々が北の森に向かって行かれましたが、昼には一度戻るそうです。もしレスティオ様が目覚めたら、森の癒しをしてもらって帰還するので、負傷者についてはそのままにしておいてもらうようにと言付かっております」
気を利かわせて森の癒しに魔力を回せないのでは困ると釘を刺されたと理解する。
散々暴れまわったので、森がボロボロだというのは自覚しているし、すぐに消耗して寝込むことになるんだろうと思うとため息が出た。
ゲームではMPを消費しきってもHPさえあれば大丈夫なのにと、現実に歯がゆさも感じる。
「承知した。ぁ、塀は無事だったか?」
「いいえ。今、補修しているところなので、氷は溶けるまでそのままにしていただけると助かります」
「そうか。承知した。野営地に顔を出して、散歩してくる」
「いってらっしゃいませ」
スタルトに見送られ、野営地に出ると既に帰り支度は済んでいるようで閑散としていた。
誰もいないことはないだろうと町を歩き始めると、大広場に差し掛かったところで名前を呼ばれた。
食堂兼酒場の建物からデルが出てきて駆け寄ってくる。窓の向こうにはナルークの姿もあった。
「もうお目覚めになられたのですね!良かったです。昨日は急に討伐になると思わなくて驚きましたよね」
「ぁ、今回は一日も寝込まなかったのか。何日も足止めさせずに済んで良かった」
「いや、レスティオ様が気づかなかったら、あの魔物に気づけずドナを危険に晒すところでしたよ」
デルに促されて中に入ると、女性達が集まってナルークとともにパン生地をこねていた。
違うテーブルでは野菜や肉を刻んでいる者もいる。
「今回の出兵のお礼に皆さんが昼食を振舞ってくれるというのでナルークと二人で手伝っていたんです」
「じゃあ、俺も手伝うよ」
「ぁ、レスティオ様!パンを美味しくする方法なんてありますか?」
早速レシピを求めてきたナルークに思案しつつその手元を覗き込んだ。
この世界のパンは小麦の味の硬いものしかない。
しかし、酵母の作り方など今言ってどうなることでもない。
周囲を見回しながら考える。
「パンか……例えばグレヴァを干して保存食にしたりしてないか?」
「あぁ、グレヴァじゃなくてフィグなら干してあるわよ」
すぐさまパン生地をこねていた女性が厨房の方へと姿を消した。
持ってきた大きな瓶をテーブルに置くと、中に入っていた干したフィグを差し出される。見た目も味もレーズンだった。
「これは美味いな」
「でしょう?オルドナやエルドナを飲むときに一緒に食べると美味しいのよ」
「これをパンに練りこんでも美味しいと思う」
「パンに、これを?」
「多ければ多いだけいい」
それを聞くと女性は惜しげも無くフィグをパンをこねている所に出した。
どうなるんだろうと女性達が沸き立つ。
「ぁ、これと他の料理が合うかわからないぞ」
「他のメニューはテルドガルの肉入りスープとサンボアのエルドナ煮込みです」
「サンボア?」
「この辺に生息する猪の一種です。硬い肉で干し肉とか保存食によくされるんですが、レスティオ様が酒を料理に使っているのを見て、こちらの方々が柔らかく仕上げるのに成功したそうで振舞ってくれることになりました」
この世界固有の生き物や植物の名称はまだわからないものが多い。
城では確認できなかったが城下町には辞典のようなものがあるだろうかと知識欲に狩られる。
「へぇ。それは楽しみだな。それならそこまでバランスが悪くはならないかな?普通のパンも用意したほうがいいかもしれないけど」
「余ったらうちの店で食べるからたくさん作っちゃおう!」
パンを焼き始め、スープもサンボアも煮込むだけとなったところで、大広場に子供達を見つけた。
遊ぶと言う感覚を覚えた子供達がじゃれ合っているのを見て、レスティオも外に出てそこに混ざった。
両腕いっぱいに子供をぶら下げて走ったり飛び跳ねてみれば賑やかな声をあがり、どこからともなく子供が集まってきて身体中を埋め尽くす。
「随分と回復された様子でなによりですな」
「ん?あぁ、クォート。おかえり」
肩に子供を乗せて、二人腕に抱えながら全身に子供をぶら下がらせたレスティオに、戻ってきた兵達は引きつった顔で近づいてきた。
「レスティオ様、流石に昨日の今日でそれだけ子供を抱えていたらつらくないですか?」
「子供なんて軽いものだろ。ほら、昼飯の時間だぞ。離れろ」
「やだ!」
「やだー!」
口々に嫌だと言って一層レスティオにしがみつく。
仕方ないなの一言でそれを片付け、子供達をくっつかせたままレスティオは食堂へと向かって歩き出した。
それに子供達は歓声をあげ、動じないレスティオに兵達がぽかんとした。
「まぁ、凄い。ほら、皆聖騎士様から離れて!」
「早くしないと、聖騎士様の美味しいパンを食べさせてあげないよ」
食堂から母親達が声を上げると子供達が顔色を変えてレスティオから離れて我先にと食堂に駆け込んでいった。
兵達が食堂のテーブルにつき、並んだ料理に感嘆する。
女性達が子供達の分を給仕しながら、お先にどうぞと兵に勧めるのを受けて食べ始める。
「サンボア美味いな」
「先ほど聖騎士様のパンと聞こえましたが、このパンはレスティオ様が?」
「俺は干したフィグを混ぜたらどうかと言っただけだけどな」
フィグ入りのパンを食べた兵たちは食べる速度を早めて次々と腹に収めていく。
子供達の美味しいという声も聞こえて来て、奥に取っておかれていたパンが早々に取り出された。
「これは美味い。パンにこのように果物を入れるとはよく考えたものです」
「騎士団の厨房でパンを焼いてるなら干したフィグを土産に買って行ったらいいんじゃないか?」
「それはいい!ケンリーなら絶対美味いパンができる」
「おや、じゃあ、一瓶百ディルでどうだい?」
会話に耳をそばだてていた女性店主が手のひらサイズの瓶をテーブルに置いて言うと、兵達の表情に迷いが出始めた。
騎士団の給料水準で言えば安い買い物とは言えない。
「ここで売ったら、この町で食べる分や商人に売るものが無くならないか?」
「いえいえ、干したフィグは酒のつまみにしかならないからそう売れないんですよ。冬場の非常食にはなるんですが、つい最近豊作になって今収穫に大忙しだからむしろ余っちゃうくらい」
「じゃあ、……土産用に十瓶くらい貰っておこうかな。まだ在庫があるなら、プラス十瓶、騎士団の厨房用、もとい、ケンリーとの顔つなぎ代として貰おうと思うがどうだ?クォート」
「顔つなぎくらいならば喜んで。あと、それとは別に私も一瓶頼もう」
「ぁ、奥様へのお土産ですね。じゃあ、私も一瓶」
干したフィグが次々と売れ、更に、帰還の頃合いを見計らったようにオルドナとエルドナを抱えた男達が入ってきて荷馬車は土産物と負傷者でいっぱいになった。
積み込みが終わるとドナを後にし、根源がいた場所まで進む。
「レスティオ様、こちらにきていただいてよろしいですか?」
「ん?」
聖の魔術を使おうとしたレスティオは手招くロゼアンに首をかしげる。
「倒れるとわかっているならば最初から抱えていた方が連れ帰る側としても負担が少ないでしょう」
「なるほどな。じゃあ、ヴィルヘルム、先遣隊についてちゃんと城まで向かうんだぞ」
厳しいクォートの眼光にレスティオは素直に従い、ヴィルヘルムを宥めつつロゼアンの腕に支えられるように馬に横乗りした。
「世話ばかりかけて悪いが、あとは任せた」
「はい。かしこまりました」
背中を支えられながら森の癒しに魔力を注げば意識はすぐに遠のいて行った。
ロゼアンは腕に重みがかかると同時に胸に抱え、ブレフトに視線を送って進行を再開する。
行きよりもゆっくりとした歩みだったが、宵の鐘の前には東門に到着した。
訓練場の前を通って馬小屋のある西門の待機所まで隊列のまま進む。
「おぉ、随分とのんびりとした行軍だったな。クォート」
「、ちっ、当初の報告以上に魔物が発生していてな。レスティオ様も三度に渡り魔力を枯渇させて眠ってしまわれたのだ」
訓練場でトレーニングに勤しんでいたジンガーグ隊の面々にフランドール隊の表情は苦々しい。
当初の計画では三泊四日程度で帰っている予定だったが、最終的には八泊九日となってしまった。
というのも超過した日数はレスティオが眠っていた日数とほぼ同じ。
今後の討伐計画に既に支障が出ているのは承知の上だったが、遠征の途中で帰還に踏み切るには状況が悪かった。
「隊長。先にレスティオ様を部屋に送ってきてもよろしいでしょうか」
「荷物は後ほど届けさせると側仕えに伝えておけ」
「疲れてるなら、レスティオ様のことは俺たちが面倒見ようか?」
「レスティオ様に後を任されたので部屋に送るまでは自分が対応します」
風の魔術を使えば腕力はさほど必要ない。
ロゼアンは伸びて来た手にヴィルヘルムの手綱だけ預けた。
しかし、受け取った兵は怯えた顔ですぐにユハニを呼ぶ。
「随分信頼されたものですね」
「どうだろう。魔術の扱いで説教されたりもしたからな」
「へぇ、土産話を楽しみにしておきますね」
ユハニがロゼアンの馬も一緒に連れていくのを見送って、ロゼアンは城へと向かった。
すれ違う者達の訝しげな視線を感じつつレスティオの部屋の前の廊下に差し掛かると、控えていたルカリオが笑顔で会釈した。
「おかえりなさいませ。ドナへの遠征、ご苦労様でした」
ひとまず中へ、と促されて部屋に入る。
「ドナの遠征にて聖の魔術の使用により魔力を消耗し意識を無くされました。遠征中も一日から二日ほど寝込むことがありましたので、お目覚めになるまで少々時間がかかるかもしれません」
「そうですか、承知しました」
「手伝います。ドナでは何度か側仕えの真似事をしておりましたし、お伝えしたいこともありますので」
ルカリオは少し考えたがすぐに笑顔で頷いた。
本当ならば任せるべきところではないが、レスティオの側仕えは現状ルカリオしかいないので手が足りないというのも事実だった。
就寝の世話をしつつ、荷物や土産物について報告してロゼアンは部屋を後にする。
ようやく肩の荷が降りたと一息ついて、騎士団本部へと足を向けると、父であるラズベルが待ち構えていることに気づいた。
「何かご用でしょうか」
「お前、自分の立場をわかってるんだろうな?」
周囲に目を配りながら低い声で言う父にロゼアンは黙った。
いつになく鋭く睨まれるが不思議と恐ろしいとは思うこともなく、冷静に見つめ返す。
「絶好の機会を逸したと伝わってみろ。お前は聖なる御方に見限られるぞ」
「今は儚き血にあの御方以上の価値があるのでしょうか」
ぎろりと見開かれた目を見て殴られると思ったが、身構えるより先に拳が頰に打ち込まれていた。
壁にぶつかって廊下にしゃがみ込む。
「貴様は今自分がなにを言ったかわかっているのかっ!」
近くでカチャカチャと鎧の音がして、衛兵に気づかれたかと察して俯く。
「撤回する気があるなら今日中に懺悔し、許しを請うがいい。然もなくば、どうなるか言わずとも理解出来るだろう」
「撤回しません」
「ロゼアンッ!」
「城内で皇室付き部隊の隊長ともあろう方がそのような大声を出していてよいのですか?ダイナ隊長」
あくまで冷静に見つめ返せばラズベルは舌打ちして去って行った。
痛みの残る頰を抑えながら、ユハニに痛み止めをもらえるだろうかとため息をついた。
案の定、騎士団本部に入るなり赤く腫れた頰に怪訝そうな視線が集まり、レスティオから信頼を受けたことを喜ぶ雰囲気は瞬く間に鳴りを潜めた。




