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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖騎士召喚編
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第37話 フランドール隊とドナ遠征(5)


 カーテンから差し込む日差しで目を覚ますと、いつも通り柔軟してから身支度を整えていく。

 外からおはようと町人たちが挨拶し合う声が聞こえて長閑な朝だなと気持ちよくなりながら部屋を出た。

 丁度パドロン小隊が駐在兵と警備を交代するところで、疲れた顔の兵たちが野営地に集まっていた。


「レスティオ様、おはようございます」

「おはよう。夜警ご苦労様。変わりはなかったか?」

「はい。魔物の姿も見えはしたのですが、遠くから様子を窺っているだけで近づいてくるどころか逃げて行きました。あの薬、効果はあるようですね」


 各方面で警備に当たっていた兵たちは同様に何もなかったと報告を上げていた。

 朝食を食べたらしばらく寝るというので早速調理場の準備を一緒に進める。

 野営地の奥の方から悲鳴のような声が聞こえて顔を上げればナルークが必死の形相で走ってきた。


「遅くなりましたっ!」

「身だしなみを整えて出直してこい」

「ぁ、は、はいっ!」


 寝ぼけ顔をしたナルークを一度追い払い、スタルトに用意してもらった卵をボウルに割り入れていく。

 パドロン小隊の兵たちが嫌そうな顔をするのを見て見ぬ振りして調味料を混ぜ合わせていく。


「レスティオ様はいつもこんなに早いんですか?」

「大体六時には起きているが普通だろ」

「そうなんですね。大体朝の鐘から仕事が始まるので、遠征でもなければ八時半くらいまで寝てるやつも当たり前にいますよ」


 お湯が煮立つ鍋を覗き込んだライネルは中に入っている茶色い塊に眉をひそめた。

 戻ってきたナルークもなにを作っているのか見回して表情を歪めた。


「これは噂の芋と、そちらは?」

「卵料理みたいだぞ」

「え」

「マヨネーズ。これと芋を混ぜ合わせてサラダを作る」


 軽くマヨネーズを味見して味に満足すると芋の茹で上がり具合を確認する。


「そうなんですね……ぁ、鶏ガラスープの肉は削いでしまってもいいですか?肉片と野菜を炒めようかと思っていたんですが」

「あぁ、いいよ。炒める時にスープも少しだけ混ぜて」

「はい」


 それぞれ調理を開始し、パドロン小隊の兵に野菜を切ってもらったり、芋を潰してもらう。

 ジュワッとスープが音をさせながら周囲に香りを広げると、堪らず兵たちの腹が鳴る。

 芋を潰しているボウルにマヨネーズを入れて調味料もまぶし、さらに混ぜてもらえばポテトサラダが完成した。

 朝食を配りながら芋と卵だというと揃いも揃って微妙な顔をしたものの、食べ始めれば美味いと表情を輝かせてあっという間に完食した。






 英気を養った兵たちは東の山へと進んでいた。

 土地勘のないレスティオは先導を任せ、隊列の中央でついていく。

 山は緩やかな傾斜に始まり、少しずつ道無き道を進むことになる。


「こんなに進みにくかったでしたっけ?」

「いや、なんか道がおかしいような」


 道に違和感を感じる囁きがこぼれるが周囲に魔物の気配はない。

 川辺に到着すると、やはり川の水は流れておらず、そのまま川沿いに山の奥へと足を進める。


「一時の方向、距離三百、敵影五」

「ジェリーニ小隊っ!行け!」


 川の跡を超えて小隊がひとつ駆け出していき、本隊は速度を変えずに前進する。


「十一時の方向、距離百五十、敵影三」


 前方ということもあり言い終わるより先に魔物を視認したロゼアンとキルアが動き出した。

 道無き道、木の根を飛び避けながら距離を詰めていく。

 ロゼアンが水を剣にまとわせるようにして切り掛かっていく上に、魔物が逃げれば鞭のように振るい出すので少数であればあっという間に終わる。


「ロゼアンは器用だな」

「えぇ。騎士団随一の魔術師ですからね」


 クォートが鼻を高くして言うのに頷く。

 魔術で攻めるロゼアンに対して、ブレフトとハシュビルは剣を振るって対抗している。

 捉えきれなかった魔物はキルアが水で隙を作ってフォローする。

 そして、ロゼアンの水の魔術から逃げ出そうとした魔物の首筋をハシュビルの小型ナイフが襲い、足が止まったところで水の鞭が首を落として息の根を止めた。


「うん、動きは悪くない。ハシュビルも昨日の今日でよくナイフ投げをマスターしたな」

「、お褒めに預かり光栄です。本当は目を狙ったんですけど、やっぱり難しいですね」


 狙って当てたことにしておけばいいのに正直だなと思いつつ、魔物の方へと駆けていく背を見送る。


「魔物たちもどうやら川の水の状態を窺いながら展開してるようだな。川から距離をとったところにいくつか影が見られる。クォート、討伐を優先するか、根源探しを優先するかどうする?」

「小物はジェリーニ小隊に任せて、我々は根源を優先しましょう。あの形態の魔物が水を嫌うことは周知済みですので、万一町まで下がっても十分対処できるはずです」

「承知した」


 再び進み出すとやっぱりおかしいと声が上がり出す。

 山道が歪んでいると口々に言い合い、魔物が荒らした所為ではないかという結論に落ち着きかけたところで川の枯渇の原因を視界に捉えた。


「木の根?」


 川を分断するように木の根が張られ、上流は木の根に近づくほど水の流れが細くなっていた。

 馬の歩みを止めさせて兵たちは怪訝そうに顔を見合わせる。


「ハシュビル。ナイフを一本もらえるか?」

「ぇ、あぁ、はい」


 捨てる気で投げるには腰に下げているナイフは良品すぎる。

 レスティオは警戒するように言いつつ、前に出て木の根元に向けて火を纏わせたナイフを投げた。

 すると、地面が振動しながら軋む音と共に木の根が蠢き始めた。


「来るぞっ!」


 レスティオが声を上げた時には木の根が鞭のように飛んできていて隊列を払おうとしていた。

 ヴィルヘルムの背から飛び降りて木の根の軌道を注視しながら剣を振るい、隊列に到達する前に切り払っていく。

 木の根が動いたことで川の水が少しずつ流れ始める。


「レスティオ様!焼き払いますっ!」

「承知したっ!」

「ロゼアンは鎮火の為、魔力温存!他の者は全力で魔物どもを焼き払えっ!魔術を使えない者は他の魔物の襲撃に備え援護せよっ!」


 木の根の攻撃の対処は今の騎士団の実力では無理だ。

 早々に見切りをつけたクォートの判断に賛同したレスティオは木の根を切るのをやめて木を燃やした。


「レスティオ様も森の癒しの為、温存していてください」

「それもそうだな。これは大事になりそうだ。町にも伝令を、」

「隊長!デルとレイルを町への伝令に走らせました!ジェリーニ小隊も魔力の有無に応じて討伐に加わります」

「我が隊はあらゆる状況を想定した連携を対策しております」

「そのようだな。では、俺も援護に加わるよ」


 レスティオはそう言って駆け出すと、兵たちへと向かう木の根を切り捨てた。

 同時に木の根に火を移し取って他の木へと叩きつける。

 それを見ていた兵が真似て一面はあっという間に火の海となった。

 頃合いを見てロゼアンが鎮火し、なおも蠢く木をさらに燃やす。

 火傷した兵は川へと放り投げてひとまず体を冷やさせる。


「とりあえずはこんなものか」

「そう、ですな。皆も消耗していますし、根源の発見には至りませんでしたが、致し方ありません」


 じゃあ、とレスティオは兵たちを順に癒して、焼け野原に向き直る。


「我、聖なる力を行使する者なり。魔に冒されし大地に癒しを与えさせ給え。イ・エルデ・ヴェール・ラルージュ」


 意識して魔力を全身から放出する。

 脳裏には駐在所の地図が浮かんでいたが、くらりと目まいを感じて慌てて東の山へと意識を集中し直す。

 しかし、あっという間に意識は暗転した。






 目を覚ますと駐在所のベッドの上だった。

 壁のハンガーにかけられた軍服を見て、麻の寝間着を着ているのに気づく。

 討伐中に倒れて誰か介抱してくれたんだなと思いながら起き上がり、軍服のポケットから懐中時計を取り出して、十四時を指していることを確認する。


「結構寝たな」


 日課の柔軟をしてから軍服に着替えて部屋を出る。

 駐在所内は静かで外に出れば無人の野営地が視界に入った。

 さてどうしたものかと馬小屋を覗けば、ヴィルヘルムと数体の馬が休んでいる。


「出兵中……かな」


 広場の方へ向かうと東の門に警備に立つ兵の姿が見えた。


「、レスティオ様。お目覚めになったのですね」

「ぁ、カリアス、だったか?」


 声をかけてきたのはタールクヴィスト小隊のカリアス・ボルダローグだった。

 ハイラックとブレフトの同期で魔物に関する情報を細かくまとめてくれている。


「世話をかけたようですまなかったな。どういう状況だ?」

「今、東の山の根源の捜索中です。タールクヴィスト小隊を除き、ファビス隊も出兵しています」

「ということは、俺が倒れたのはまだ昨日のことか」

「いえ、一昨日のことです。昨日も朝から夕方まで根源の捜索をしていたのですが発見に至らず」

「それはすまなかった……」


 魔力も消耗しすぎると数日寝込むことが有り得るのかと、儀式で寝込んでいる魔術師たちを思い出した。

 あれだけ森を荒らして二日で済んでいるのだから良かったのかと山の方を見れば、遠くで木が燃えている様子が見えた。

 根源を早々に見つけなければまた寝込むことになると思うと背筋がひやりとする。


「本隊が戻るまでレスティオ様はゆっくり休んでいてください」

「そう言われてもな……別にすることもないし……」

「ぁ、オルドナとエルドナの工場を見学させてもらいますか?よろしければ護衛としてお伴しますよ」


 カリアスとともに警備に立っていたナルークがいいですよね?と小隊長であるハンプス・タールクヴィストを振り返る。

 ハンプスは一人にしておくわけにはいかないとあっさり承諾した。


「見学したいと言って聞き入れてもらえるかな」

「レスティオ様なら大丈夫ですよ」


 ナルークに案内され南の門の近くに建てられた建物に入る。


「聖騎士様がこの世界の酒の作り方に興味があるそうで、見学させていただいてもよろしいですか?」

「え?あぁ、はい、それはもちろんです!聖騎士様に視察にいらして頂けるなんて光栄です。ちなみに、今日は討伐の方はよろしいのですか?」


 営業用の笑顔で出迎えてくれた工場長は、やや怪訝そうな表情で山の方へと視線を向けた。

 その視線だけで討伐が難航している状態でなにを呑気なという心の内がわかりやすく読めた。


「レスティオ様は東の山を魔物の脅威から救おうとして魔力枯渇寸前まで尽力してくださったのです。なので、今日は休養していただいているのです」

「なんと、枯渇寸前までっ!?お身体は大丈夫ですか?魔力の枯渇で死に至った魔術師もいると聞きますからご自愛ください」

「お気遣い痛み入ります」


 工場長に丁重に案内されてオルドナとエルドナの醸造所の中を見学する。

 醸造所の奥では町人たちが葡萄のようなものを入れた大きなカゴを次々と運び、手分けして潰していた。

 その中には子供達の姿も見える。


「あの潰している実はなんというものですか?」

「え、あぁ、はい。グレヴァという果物です。よろしければ召し上がってみますか」

「いいんですか?」

「グレヴァは基本的には酒にするので出荷することはあまりないのですが、甘くて美味しいんですよ」


 カゴからふた粒取り出すと、ナイフで手際よく皮を剥いて皿に乗せてくれた。

 頬張ると葡萄の香りと甘さが口の中に広がり、果汁をたっぷり含んだ果肉の食感を堪能する。


「これは美味しい。これだけでも十分に稼げそうですけど出荷しないんですね」

「グレヴァよりオルドナやエルドナの方が需要があって日持ちもしますからね」

「ぁ、なるほど」


 オルドナとエルドナの製造工程やグレヴァの栽培について教えてもらっている間に日が傾き始め、東の山に出兵していた兵が帰還した。

 外が賑やかになるのを聞いて野営地に戻ると、ナルークとデルとともに夕食の準備に取り掛かった。

 今晩の食材は芋と腸詰肉と葉野菜、香草が数種類。

 全てスープに放り込むくらいしか浮かばないというナルークにそれはそれでいいだろうとシチューのレシピを提供した。

 

 腹を満たした後は、駐在所で小隊長以上を集めたミーティングが行われ、二日間の報告を受けた。

 昨日時点で木の魔物の根源と思しき存在は川の上流で確認され、また、今日、その地点からそう遠くない場所で水を苦手とする魔物の根源とおぼしき大型の魔物を確認した。

 新しく確認された魔物の姿が未だに確認できないことが気がかりだが、明日はレスティオも同行し、木の魔物の根源を討伐する。

 そして、川の流れを回復させた後、魔力の残量次第で動きを決めることになった。


「すまない。魔力の消耗具合となると俺もまだ感覚が掴みきれなくてな。なるべく討伐自体は魔力を使わないように努める」

「おそらく、まだ魔力が伸びきっていないのでしょう。これだけ消耗と回復を繰り返していれば、今後は伸びていくはずですから、今は仕方ありません」


 仕方がないと言いつつ、その実、昨日今日と随分と森を焼いたのでまた倒れるのだろうとクォートは踏んでいる。

 故にあえて明日の内に二体まとめて根源を討伐するという計画は回避した。

 クォートの真意を知る小隊長たちは魔力量の限界について思案するレスティオに揃って生温かい笑みを向けた。


「そういえば、俺が倒れている間、誰が介抱してくれたんだ?礼を言っておかなければと思っていたんだが」

「あぁ、介抱にはロゼアンを付けました。聖騎士程の身分の方への対応を知っている者は少ないですから、その中でも魔術の扱いに長けた者をつけました」

「討伐も最前線に出ているのに、良く働くものだな」


 話を終えて駐在所を出ると兵達は野営地で稽古に励んでいた。というのは建前で、ハシュビルを中心に投げナイフに夢中になった様子で的に次々とナイフを刺しては半ば遊ぶのように騒いでいる。

 そこにロゼアンの姿が見当たらずどうしたのかと周囲を見回す。


「なにかお探しですか?」

「あぁ、ロゼアン。お前を探してたんだ」


 外の警備だろうかと諦めかけたところで後ろから声をかけられた。

 ロゼアンはきょとんとして首をかしげる。


「それはすみませんでした、馬の世話をしていたもので。なにか御用でしたか」

「いや、大した用じゃないんだが、俺が意識をなくしている間の世話をしてくれたと聞いてな。お前も最前線で戦って疲れているだろうに有難う」

「いいえ。少しでもレスティオ様のお力になれたなら光栄です。なにかございましたらいつでもお声掛けください」


 テントに向かうロゼアンを見送り、レスティオは駐在所の部屋に戻った。



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