第3話 聖女ならざる者(3)
警護の兵に囲まれながらマルクに用意された部屋へと案内されたが、その部屋の内装に眉をひそめた。
部屋は明らかに女性を想定していて、窓や天蓋のカーテンはシンプルになっているが他の家具は女性向きの華やかなデザインが施されたもので揃えられていた。
「申し訳ございません。女性用に部屋を誂えていたものですから。後日改めて整えさせますので」
「休める部屋を用意してもらっただけ感謝する」
「では、レスティオ様には側仕えとしてこちらのルカリオを付けますので、なにか御用がありましたら申しつけください」
監視役か、と思いながら、非常に緊張した様子のまだ年若い男を観察する。
柔らかそうなふわふわのオレンジの髪の毛に緑色の瞳をした彼は十五歳かそこらと推測する。
「ぉ、お初お目にかかります。ルカリオ・フランベスカと申します。よろしくお願いいたします」
「あぁ、よろしく頼む」
上擦った声と全身を震わせた彼を可哀想に思う。
女性を想定して用意していたなら、口が堅く聖女主義でない男で手頃な側仕えをすぐには用意出来ず、同じ姓の繋がりで徴集されたのだろうと推察する。
「一応聞いておくが、この部屋からは出るべきではない、か?」
「そう、ですね。まだ城内は混乱しておりますので、良からぬことを考える輩もいるやもしれません」
「承知した。今日はもう休むから下がってくれ」
マルクや護衛が部屋を出て行き、ルカリオと二人になると改めて部屋を見回す。
数十畳はあろう広さの室内はどう頑張っても持て余すだろうなと思いながら、バルコニーへ出ると先ほどより少し肌寒い風が吹いてきた。
「、ぁの、今時期は冷えますので、温かいお飲み物でもご用意しましょうか」
「結構だ」
既に辺りは夜闇に包まれていて、塀の向こうには明かりがほとんど見えない。
下を見れば城の敷地内はスヴェルニクスとアイオロスの花弁の発光で明るく、警備兵の姿もいくつか確認できた。
「レスティオ様。湯浴みはどうされますか?その、お手伝いしますので」
「俺に構わなくていい」
「ですが、……はい」
部屋に戻り、応接セットの長椅子に座って、ここも同じかと固い座面にため息をつく。
軍服の内ポケットに入れていた懐中時計を取り出し、二時を指していることを確認して外に目をやった。
「それは、時計ですか?時間でしたら、こちらにも時計を飾っておりますよ」
「、同じ時間……」
レスティオは懐中時計を仕舞いながらルカリオに示された壁掛けの振り子時計を見上げた。
懐中時計と全く同じ時間を示す時計。秒針や分針の指し方も同じだ。
「ルカリオ、今日は何日だ?」
「今日ですか?今日は、もう日付が変わっておりますので、三月十五日になります」
「召喚の儀が行われたのは?」
「ぇっと、正午から儀式の間が閉ざされていたのは確かですが、具体的に何時ごろに行われ始めたかは機密になりますので、把握しておりません」
出撃したのが十四日の十三時半過ぎのことだ。
儀式がどのようなものかはわからないが戦闘中に儀式に重なったのかもしれない。
随分長いこと意識を失っていたのか、世界を渡るのに数時間を要したのか、そこはわからないが、時間軸や時間に対する概念は同じらしい。
「ルカリオ、下がっていていいぞ」
「ぇ、しかし、お飲み物もなにもご用意しておりませんが……。ぁ、えっと、水差しと浴室のお湯だけ用意しておきましょうか」
居心地悪そうにしつつ役割を果たそうと必死に考えるルカリオに頷いて動く様を見つめる。
空の水差しの取っ手を掴むと中が水で満たされた。
ティーセットやグラスは水差しが置かれている棚に一緒に置かれているので、本当に飲める水なら水分補給には困らなくなった。
だが、目の前で奇術を披露された気分で少し警戒してしまう。浴室に向かったルカリオはそう時間もかからずに戻ってきた。
「お着替えはクローゼットに入っています。なにかありましたら、外に不寝番が控えておりますのでお呼びください」
「わかった」
ルカリオが部屋から出ていくと一人残された。警戒しつつ水差しからグラスに水を注いで一口口に含む。
味も匂いも問題ないことを確認して、喉の渇きを癒すとクローゼットの中を確認した。下着や寝間着と思しき一式とガウンがかけてあった。いかにも貴族らしい正装も入っていたが、それには構わず、浴室へと足を向ける。
浴槽にお湯が溜められていたがドライヤーもタオルらしきものもない。トイレには紙束が用意されていたが、水を流すための装置がどこにもない。タンクもないのでそのまま便器を流れていく構造なのだろうかと首を傾げながら、ぐるぐると部屋の中を確認する。
天蓋の中には長椅子の固い座面が嘘のようにふかふかとした寝具が用意されていた。
机の引き出しや棚の中にはなにもなく、一度椅子に座りなおす。
魔術が主流のこの世界で、部屋をどのように使うべきかは確認しておくべきだったかと後悔する。
湯浴みはしたいがハンカチ一枚ではそれを濡らして体を拭くのが限度だろう。
「今日のところは諦めるか」
お湯を用意してもらって申し訳ないがタオルがなくては仕方がない。
耳にかけっぱなしにしていた通信機を手に取り、軍本部へと応答を求めてスイッチを入れる。
しかし、やはりノイズしか聞こえてこない。
異世界ならば通信が通ることもないだろうと思いつつ、万が一通じた時に送られるようにエマージェンシーモードに切り替え、音声を録音する。
「こちら第三騎兵隊所属レスティオ・ホークマン。三月十五日〇二五七現在、アンノーンによる軟禁状態に有り。出撃時に搭乗していたヴィルヘルムの状態は確認できず。アンノーンは、所在地をエディンバラ大陸オリヴィエール帝国と自称。未知の呼称であり、周辺状況の確認も出来ない為、一時待機、状況把握に努めます」
録音を止め、通信機をポケットに片付けると立ち上がった。
「とりあえず寝るか」
部屋の電気の消し方もわからないが致し方あるまいと天蓋の中のベッドに倒れこむ。
軍服のジャケットも靴もそのままだが、今はまだ警戒するに越したことはない。
目を伏せてしばらくすると廊下からガチャガチャと音が聞こえてきた。
鎧がぶつかる音に目を開けて動かずに様子を伺う。キィ……と音がしてドアが開く音ともに鎧の音が近づいてくる。
複数人が天蓋の周囲を囲い、一斉に金属の音をさせたことで構えたのだと察する。
音を注意深く聞きながらナイフに手をかけ、天蓋を槍先が貫いた瞬間にベッドをいくつもの槍が突き刺した音に紛れて飛び上がって天蓋の梁に手足を着いた。
「や、やったか?」
「悲鳴は無かったな……」
刺した感触で分かるだろうにと思いながら天蓋の上の布をナイフで切り裂いて飛び出す。
丁度囁き合っていた兵たちの方へと身をよじり、兵たちが見上げた時にはその背後、それも足元へと身を屈め降り立った。
「なにがおき、っ」
首に手刀を打ち込み一人を昏倒させる。
異変に気付いた兵がなにか行動に出るより先に身を低くして膝裏を蹴飛ばし、一旦身を引いてから飛び上がって倒れる兵の顔面にかかとを落とす。
さらに隣の兵の槍を掴んで身をよじり、顔面に膝を打ち込み、向かってきた兵の顔面には拳を入れる。歯が飛んだが気にしたことではない。
次々と兵を一撃で倒していき、部屋の外へと逃げ出そうとした者も残さず床に転がした。
「これが不寝番とは笑わせる」
兵が目を覚まして起き上がっては再び沈ませる。
それを繰り返していると、やがて、兵たちは目覚めても起き上がらずじっと息をひそめる様になった。
大人しくなった頃合いで椅子に座ったまま仮眠を取った。もちろん、兵が動き出せばすぐさま床に転がし、どうしても逃げられないのだとその身に刻み込んだ。