第36.5話 隊長たちのお茶会
野営地の方が訓練を始めて賑わう中、クォートは部隊長室でスタルトにお茶を淹れてもらっていた。
二人とも既に鎧は脱ぎ、楽な格好で寛ぐ。
「本当は、酒を共にしたいところですが」
「致し方ありません。魔物討伐が終われば、盛大に酒宴を催しましょう」
ティーカップを手にする二人の雰囲気は和やかなものだった。
「しかし、驚きましたよ。噂に聞く聖騎士様があんなにも美しい方だったなんて」
「見た目だけ見れば確かにそうですね。しかし、騎士団の総力を挙げても構わないだけの戦闘力があります」
「なんと」
「元々軍人だという話ですが、魔物の大群を瞬く間に倒し、周囲を血に染めた姿は悍ましかった、と共に討伐を経験した者たちが言っていました」
スタルトはレスティオの容姿を思い出し、想像つかない姿に唸る。
しかし、クォートが冗談を言うとも思えず、あの美しさの裏にそんな凶暴性を秘めているのだと背筋を震わせた。
「ですが、聖騎士様の訪れは噂以上に国の利になると認識出来たところでもあります。今はまだ、騎士団の利に留まっているようにも思いますが」
「というと、先ほどの薬の件ですか」
「えぇ、誰もが見逃すようなところを、レスティオ様が追及したことで発覚したのです。それだけでなく、魔物学も注目され始めました」
聞き覚えの無い学問の名前にスタルトは首を傾げる。
魔物に関する研究だろうと想像は出来るが、魔物は魔物でしかない。
「ジンガーグ隊のハイラック・トレリアンが魔物学者の家系だったそうです。魔物学というのは聞きなれませんが、魔物の特性を理解することで、より効率的かつ確実に魔物と戦えるのだと、レスティオ様が後押ししているところです」
「魔物の特性……このあたりの魔物は水に弱い、というようなことか。確かに知っているかどうかで、戦いの効率は変わってくるな」
今まで気にも留めなかったが、確かに納得するところだ。
スタルトは脇に置いたメモ用紙に魔物学と書き留める。
町のどこにもそのような書物はないだろうが、故に書き留めておかなければ情報収集をする前に忘れ去ってしまう。
「単純に魔物と言っても種類を考えると数は計り知れない。どこまで情報を集めるかは考え物だが、駐在所にその地に出現する魔物の情報を集めるだけでも、討伐部隊は随分楽になるでしょう」
「そうですね。ファビス隊として情報として蓄積しておくように心がけます」
ふと、階段を降りる足音が聞こえてきた。
レスティオが部屋に上がった後、見張りは不要と言われたので、一旦兵は外に出た。
となると、降りて来るのはレスティオと想像できる。
丁度振り返ると、開けたままのドアの向こうにレスティオが顔を覗かせていた。
日中纏っていた元の世界の軍服ではなく、ラフな服に着替えている。
「レスティオ様でしたか。お着替えになられたのですね」
「あぁ、お邪魔したかな?」
スタルトが声を掛けると、肩を竦めて部屋に入ってくる。
作戦会議というわけではないので、加わることにはなにも問題はない。
クォートは、良ければと隣を促した。
「では、私はお茶をご用意致しましょう」
「すまない」
スタルトが席を立つと、レスティオは座ってクォートを見た。
「なにを話していたんだ?」
警戒心は感じられず、単純な好奇心が窺える。
強いとはいえ、見た目からしてまだ若い。
隊長格が夜な夜なお茶をしながらなにを話すのか興味を持ってもおかしくはない。
「世間話ですよ。ファビス隊はあまり帝都に出向くこともありませんので、この機会に情報を仕入れているんです」
「ジンガーグ隊の報告書の内容がここに伝わるまで最低でも二、三ヶ月、最悪伝わらないことも考えられますからね」
レスティオは納得するように頷いて、情報伝達に難ありと呟いた。
「ファビス隊は召喚の儀の時も帝都にはいなかったのか?」
「駐在所を無人にするわけにはいきませんので、生贄の輸送の為にドナからは二名だけ送り出しました。召喚の儀式の件は正式な通達があるまで黙秘が原則なので、負傷して帰ってきた時は失敗してしまったのかと冷や冷や致しました」
「あぁ、闘技場に呼ばれた件は伝わっておりませんか」
「闘技場?」
なんで今そんなところの名前が出てくるのかと心底不思議そうにスタルトは首をかしげる。
それは当然だろうとクォートは苦笑した。隣ではレスティオが視線を泳がせている。
「召喚の儀式の日の前後暫くは、帝都の兵は生きた心地のしない日々を過ごしていたのですよ」
「それはそうでしょう。レスティオ様の前でお聞きすることではないのかもしれませんが、お話頂いても?」
「むしろ俺にも聞かせてくれ。俺も、この世界のことについて知らないことがまだまだ多いからな。なにを判断するにも情報が足りないんだ」
スタルトがレスティオにティーカップを差し出し、再び席に着く。
話を聞く準備が整ったのを確認してクォートは話始めた。
「召喚の儀式の直前、生贄の招集には少々手こずりましてな。直前で自害する者が多発したことを受けて、拘束の上搬送するようにと通達が出たため、帝都や周辺に駐留している兵をかき集めて対応しました」
魔術師団は魔力の温存という名目で、汚れ仕事の全てを騎士団に任せた。
老人や病人を片っ端から拘束して連れて行く兵に、生贄の家族は嘆き罵声を飛ばした。
中には手が足りずに自分の家族を迎えに行って大喧嘩してきた兵もいた。
「生贄は儀式が始まる直前に儀式の間の魔法陣の上で処して行くことになっておりました」
「生贄とは最後には殺して使うものなのか」
「えぇ、先の厄災で聖女召喚に成功したラビ王国の手法を模したそうです。そのため、生贄を処す者、運搬する者と分担して騎士団が動きました」
直前まで、クォートもそのようなことをするとは知らなかった。
ドレイドから隊長会議の場で誰が担うかと問われた時には、誰もが表情を硬くさせた。
「誰が処すのを担当したんだ?」
「隊長格以上の有志、とだけ申しておきましょう」
クォートは自分の手を握りしめた。
生贄を前に剣を握る手が震え、剣越しに感じた人の命と、血に染まっていく光景が脳裏によみがえる。
同時に、断固拒否した者を思い出して、沸き上がる嫌悪感を甘い香りのするお茶で飲み込む。
「兵によって俺を見る目が明らかに違うのは、俺を喚ぶのにどれだけの代償が支払われているのかが身に沁みているのかのどうかの違いか」
「それは当然あるでしょう。数多の死に見合うだけの者なのか、国民誰もが思うところです」
役目を終えて、体に沁みた血をなんとか洗い流す中、召喚された男が暴れていると報告を受けた衝撃は今でも忘れない。
しかし、今は協力の姿勢を示しているレスティオにその感情をぶつけるのは違うとも理解している。
「俺がその命を吸い取ったかのような言い草はやめてくれよ。なぜそのような方法を取る必要があるのか原理もわからないし、俺自身は一方的に連れてこられて迷惑してるくらいなんだからな」
言い分はもっともだった。
レスティオの心情も理解出来るからこそ、クォートは感情をぶつけられないのだ。
「それで?」
「召喚の儀の後、儀式の間で聖女ならざる者が召喚されてしまった、と儀式の間の周辺は厳戒態勢が敷かれました。議会が聖女ではない者が召喚されたことこそ厄災の象徴だと通達を出すのとレスティオ様がお目覚めになったのはほぼ同時だったと思います。議員に同行したダイナ隊が突破されてレスティオ様が逃げ出したと聞いた時には、既に兵のみならず文官も側仕えもそこら中に伏していて、我々は厳戒態勢を取らざる得ませんでした」
スタルトの目が訝しげにレスティオを見た。
レスティオは、その視線にその時は敵対勢力とみなしていたのだから致し方ないだろうと目を逸らす。
「城中を捜索して回っていましたが、負傷者の情報ばかり入ってくるかと思いきや、飛び降りただの人質を取っただの。挙句、壁を駆け上がってきたという法螺まで伝わり、混乱を極めました」
「残念ながら法螺はひとつもないな」
「……壁を、駆け上がったのですか?」
「駆け上がったよ?別に出来るだろ?」
当然のように言うレスティオにクォートとスタルトは顔を見合わせて唸った。
その反応を見たレスティオは、ノンカスタムには出来ないことだっただろうかと首を傾げる。
レスティオ自身、先輩の動きを見様見真似で習得した技術に過ぎないので、壁走りに関する一般的な感覚は把握していない。
「まぁ、そんなこんなあったものの総帥や宰相閣下と交渉の場が設けられて、その日は落ち着いたわけなんですが。夜更けにダイナ隊がレスティオ様を襲撃し、無惨なまでに返り討ちにあったのです」
「なるほど、そして闘技場へと話が繋がるわけですね」
「なにはともあれ召喚の儀が終わったので、明日からはまた魔物討伐だなんだと気持ちを切り替えようと言うところに、飛んだ水の差され方でしたよ。朝からダイナ隊が血まみれで運ばれてきた時は何事かと騒然としたものです。しかも、団長は軍医に朝の鐘までに立てるようにしろと無茶な要求をするのですからね」
「それは俺じゃなくてエルリックの指示だ」
素知らぬ顔をするレスティオを横目に、らしいですね、とクォートは深いため息をついた。
その時の騎士団の面々からすれば、既に団長のみならず総帥までも召喚されてきた男に逆らえなくなっているという事実が驚愕だった。
「聖騎士様が手合わせしてくださるというから完全武装で闘技場に集合しろ。と総帥命令が下されて、どちらの処刑を目論んでいるのかと疑ったものです。ダイナ隊はあれは生かしておけないと言いながらも、死んでも殺せと凄むその人がもう立っているのもやっとですから、どう立ち回るのが最善手か直前まで議論しましたとも」
「ダイナ隊にそこまでの気概が残っていたとは知らなかったな」
「強がりに決まっているでしょう」
軍学校からの同期であるラズベルが、家名の誇りだけで無駄に意気込む姿は見慣れている。
生贄を処すのに躊躇った挙句、途中で離脱した姿と死んでも殺せと凄む姿を思い出して、思わず鼻で笑ってしまう。
じっとりとしたレスティオからの視線を感じて、クォートは咳払いで嘲笑を誤魔化した。
「闘技場でレスティオ様を目にした時はこんなにか細く若い男が噂の聖騎士かと信じられない思いでしたが、初手で総帥を投げ飛ばして皆顔色を変えました」
「総帥をっ!?」
「エルリックも軍の一員なのだから参加は当然だろ?」
騎士団を相手にすると思えば、魔術師団出身の総帥であるエルリックは蚊帳の外と思っていた。
軍というならば、魔術師団で待機していた者たちも加わるべきだった。
その当時は、軍の詳細は把握していなかったのだろうと思うが、解せないところだ。
「その後は十分足らずで全滅させられました。レスティオ様は体術しか用いないのに対し、完全武装だったのが恥ずかしくなるほど呆気ない結末を誰が想像できたか」
「あぁ、自覚はあったのか」
「これは確かに化け物で、生かしておけないというのも納得が出来る、と思いました。レスティオ様にとってはいずれも弱者とはいえ、優秀な者ほど骨折など重傷で起き上がれなくなっていましたしね」
良く見極めたものですな、と感心されてレスティオは曖昧に頷く。
ただ闇雲に突進してくる兵は適当にあしらい、隙を突こうと多少なり技をみせる者は容赦無く潰した。
戦意をいかに喪失させるか、考えていたのはそれだけで見極めていたと言われればそうなのだろうと否定せずにお茶を飲んだ。
「通りで帰ってきた兵が傷だらけのはずですね。そんな騒動があったとはいやはや」
「騎士団が対処しきれないと見るや否や、魔術師のみならず文官たちもこぞって魔術で攻撃を始めまして、我々も巻き込む勢いでした。火傷があったら確実に彼らが原因です」
スタルトは覚えがあったようで顔をしかめた。
魔術に巻き込まれても事故死扱いという先日教わったことを思い出して、レスティオは巻き添えに合った兵たちに同情する。
「レスティオ様が皇帝陛下を人質にとったことで収まりましたが、瞬く間に警備を掻い潜って陛下の背後を取った時は驚きました。そして、交渉の末に陛下はレスティオ様を聖騎士として我が国に迎えられる喜びを語り、皆の前で忠義の誓いをなさった。レスティオ様もそれに応じ、こうして我が国の厄災の対処に協力してくださることになったのです」
なにはともあれ有難いことですとスタルトとクォートは頷き合う。
そんな二人を見て、快く受け取ってくれているならよいかと何も言わずに、レスティオはお茶を飲み干した。
すかさずスタルトが立ち上がり、おかわりを勧めてくれるのを有り難く受ける。
「しかし、ダイナ隊はただでは済まないでしょう。いくら聖騎士とされる以前とはいえレスティオ様を襲うなどあってはならないことだ」
「今は健在ですよ。まだ懲罰についてはなにも公表されていませんから」
「そうですか。それはまた根が深そうと言いますかなんともまぁ」
レスティオは、調査にかかっている時間は帝都を離れている者からしても根深いものを感じる期間なのかと小さく唸る。
その様子にスタルトは場を取り繕うようにお茶をレスティオの前に置いて、クォートの方を向いた。
「そうそう、それはさておき、皇帝陛下が民を前に忠義を誓うというのも驚きましたね。勅使から聖騎士召喚の旨は通達を受けましたが、そこまでは読み解いておりませんでした」
「そのようですな。レスティオ様が気にされていないようなので今回は目を瞑りますが、本来、先ほどのような振る舞いは不敬罪に処されるものと町長には一度話を通しておいてください」
「承知しました」
「ん?」
レスティオは目の前に置かれたお茶の甘い香りを楽しみつつ、ため息をつく二人に首をかしげる。
呆れたようなクォートの目にそれこそ不敬と言わないか?と思いつつ、ひとまずお茶を一口飲んで間を誤魔化す。
「念のため確認ですが、レスティオ様は誠意には誠意で応えるとおっしゃいますが、今日の町人たちの態度は敵意とは思わなかったのですか?」
「どこの場面を指しているのかわからないが、オルドナについて文句を言いに来たのは俺に対する敵意じゃなく自分たちが担う産業に対する彼らなりの誠意だろ。俺自身、この町で作られている酒は美味しいと評価しているし、あそこで彼らの誠意を蔑ろにするのは本意じゃない」
クォートはレスティオの琴線がどこにあるのか探るように目を細めた。
その納得していない様子にどう説明しようかと苦笑する。
「正直、町長が怒鳴ってきた時に、それだけの想いで作ってるんだからそりゃ美味しいわけだって納得したんだよ。もう少し時間をかけて納得してもらえればいいと思ったが、ナルークが試食を出してくれたおかげで手っ取り早く受け入れられたから結果的にはよかった」
「そのお言葉も町長にお伝えしてよろしいですか?」
「誤解させるようなことを言わなければ好きにして構わないよ」
メモに書き留めるスタルトに変に誇張されないといいなと覗き込みつつ、ふと気になってクォートを振り返った。
「闘技場にいなかったのは、各地に駐在しているファビス隊だけか?」
「いいえ。全員揃っていたのは帝都の主力部隊くらいですね」
「騎士団の部隊構成をそもそも知らないんだが、各地に駐在しているのがファビス隊で、主力というのはフランドール隊とジンガーグ隊と、それとダイナ隊もか?」
質問の意図を理解してクォートは紙とペンを手に取った。
そして騎士団の構成図を描き始める。
筆頭は帝国軍総帥のエルリック・カーストン。その次が騎士団団長のドレイド・ヒューストン。副団長のクエール・マッカーフィー。
「マッカーフィーということはエドウェルやキルアの親類か?」
「二人からすれば伯父にあたるはずです。ヒューストン、マッカーフィー、ダイナのあたりは騎士団と縁が深いと言いますか。隊長以上の役職者を多く輩出している家系なのです」
コネも含めて。と付け加えられたことに棘を感じた。
副団長の下に主力部隊として挙げられたのはフランドール隊、ジンガーグ隊の他、ジュネット隊とエンバル隊。
「ジュネット隊とエンバル隊は今は各地の魔物の発生状況の監視と情報収集を行なっており、人手不足もあって各隊から人を派遣して対応してもらっています」
「あぁ、なるほど。それでいえば、魔物討伐の主戦力というと今はフランドール隊とジンガーグ隊ということになるのか」
「そうですね。ファビス隊は御認識の通り各地に駐在している部隊で、国内外の伝令や運送、各国の商人や役人の送迎を担っているのがギブール隊です」
ファビス隊とギブール隊と同等の役割を持つ魔術師団の部隊もおり、住み分けをきっちりとした上で任務に当たっている。
魔物の危険性が伴う事柄については帝国軍が基本的には対応してるが民間の自警団や運送も担う商人も存在する。
「ちなみに、ダイナ隊は皇室を中心とした城内の警備が主な仕事です。皇族はそれぞれ専属の護衛を有しているので、その者らを傍に置いた上で周囲の警戒を担っているというところですね」
「一番安全地帯という感じだな」
「えぇ。皇室付き、といえば聞こえはいいですが、コネで入ってきた者が生温く在籍しているのがダイナ隊です。基本、親子兄弟を同じ隊には入れないので、ロゼアンは我が隊に配属されましたがね」
「酒の席でじっくりと話を聞きたくなってくるな」
「ダイナ隊は訓練に来ることは滅多にないのでどのような部隊か私は存じませんが、ラズベルも偉くなったものですな」
「まったくです」
言いながらお茶を飲み干したクォートは時計を見上げた。
気づけばもう遅い時間になっており、お開きにしようとスタルトがテーブルの上を片付け始めた。
廊下に出ると駐在所の外から、いい加減やめろっと小隊長たちの声が聞こえてきた。




