第36話 フランドール隊とドナ遠征(4)
報告会を終えて野営地の広場へと向かうと、ナルークとデルがいつでも調理を開始できる準備をして待っていた。
そして、スープの香りに釣られて町人たちがなにを作っているのかと様子を窺いにきていた。
「じゃあ、肉と野菜を焼いていこうか」
「はいっ!」
駐在所の厨房からボウルが運ばれてきて町人たちの表情が怪訝そうになる。
オルドナにしっかりと漬け込まれた肉と野菜に驚きの声が上がった。
ナルークは構わず言われた通りに広げた鉄板の上で肉と野菜を次々焼いていく。
「な、なんということかっ!オルドナをそのように使うなんてっ!」
「しかも、下茹でをちゃんとしてないじゃないのっ!」
「どういう神経をしてるんだ……」
怒りを滲ませる町人たちと調理場との間に慌てて駐在所から出てきた小隊長たちが割って入る。
少し考えて対応は彼らに任せようと決め、レスティオは全ての肉と野菜を取り出したのを確認してからボウルの中身を鍋に注いで火をつけた。
そこまでまた悲鳴のような声が上がる。
「れ、レスティオ様っ!」
耐えきれずブレフトが声を上げるので、仕方なく鍋を近くにいたキルアに任せて立ち上がった。
「初めまして。先日、オリヴィエール帝国に召喚されましたレスティオ・ホークマンと申します」
「貴方がこんなことを考えたのか!いくら聖騎士様と言えど、我々が努力して作った酒をあのように扱うとは許しがたいことですぞっ!」
怒りで頭に血が上っているらしい老人に苦笑する。
「落ち着いてください。ドナで作られた酒が美味いということは、皇族の皆様に振舞って頂いて重々承知してます」
「では何故あのようなことをされるのですかっ!」
「私のいた世界にもオルドナに似た酒があるのですが、あのように肉を調理すると酒の風味を料理からも感じられて美味しくなるんです。酒の成分により肉は柔らかくなりますし、酒の殺菌作用によって入念に下茹でせずとも食材を扱えるようになるので、この世界でも同じように扱えるか試しているんです」
町人たちはなにを言っているんだと理解できていない様子で相変わらず睨んでくる。
その視線に理論を語っても理解されないと察した。
「正直に言いますと、この世界の料理は私にはあまりにも不味すぎる。美味しくないどころか、食欲すら余程空腹でなければ湧かない程に不味い。よく食べていられるなとこの世界の人に心底疑問を感じています」
不味いという主張に町人たちは顔を見合わせた。
その味で育っている彼らは味に対して何も疑問には思わないのだ。
「美味しい料理、というものを知らないだけで、作った料理を食べさせれば嫌厭していた食材すら腹一杯食べてくれるというのを最近知りました。なので、私は遠征地での野営という場を借りて、この世界の食材をいかに美味しく調理するかというのを模索しているのです」
「は、腹一杯?」
「それってたくさん食べられるってこと!?」
大人たちの後ろに隠れていた子供たちが目を輝かせていた。
レスティオはしゃがんで目線を合わせながら頷く。
「コークの子供たちは最近は具材の少ないスープばかりだったようだが、調理方法を教えたら一品二品と1回で食べられる料理が増えて随分と喜んでくれたよ」
「そんなに!?母ちゃん、俺も食べたい!」
「なにを言うの。ちゃんと食べさせてるでしょ」
「足りないもん!」
「俺も足りない!」
子供たちが食べたい食べたいと騒ぎ出すのに大人たちは困った顔をした。
「まぁ、それはさておき、生産者のプライドを賭けて辞めろというのなら致し方ありませんので、今後は料理にドナの酒を使うのは控えましょう。昼間にエルドナを混ぜて作ったソースは肉と良く合って美味しかったんですが残念です。オルドナの方が肉と相性がいいので色々試してみたかったんですがね」
「あぁ、あれは実に美味しかったですね。エルドナの香りがまた食欲をそそられました。また食べてみたかったですが、町長がダメだと言うならば仕方ありませんね」
「私もレシピを頂いてこれからは駐在所で食べられないかと思っていたんですが、残念です」
ドナの酒を使った料理を美味しいと言うクォートとスタルトに町人たちの顔色が変わり始める。
関心を示し始めた彼らにナルークは皿を差し出した。
その上には一口サイズに切り分けた肉と野菜を楊枝で串刺しにしたものがいくつか乗せられていた。
「火を通すことでアルコール分は飛ぶので、子供でも食べられるはずですよ。聖女の料理には世界が注目していますし、世に広まる前に聖騎士様の手料理が食べられるのは実に光栄なこととは思いませんか」
「ぁ、あぁ、そ、そうですな。物は試しと言いますし、ひとつ頂戴します」
プライドを捨てきれないまでも料理への関心をこらえきれず町長が楊枝を手にとって恐る恐る口に入れた。
そして、カッと目を見開き、ゆっくりと咀嚼し始める。
「美味い……」
「そうでしょうとも。皆さんも召し上がってみてください。食べていただければ、むしろオルドナやエルドナは料理に使うのもいいと気づいていただけるはずです」
先程までの剣幕は試食した者から無くしていく。
レスティオは賑わっている間に調理場に戻り煮汁にスープと調味料を加えて焼きあがった肉と野菜を投入した。
「ぁ、まだ先の工程があったんですねっ!」
「それだけでも十分美味しそうだから大丈夫だろ」
そういいながら煮汁を小皿に掬い味見を差し出す。ナルークはそれを受け取って飲むとだらしなく破顔した。
「あぁ、美味いっ!これまで食べた料理で一番美味いですっ!」
「いや、それ煮汁だからな」
レスティオの言葉も聞こえていない様子で鍋の中を今か今かと見つめるナルークに兵たちの期待も高まる。
「肉を焼くと肉に含まれる脂が溶け出すんだが、それが一種の旨味なんだよ。この世界では何度も茹でることでそれを無くしてしまうというのが不味さの一因になっているのだと思う」
「、そ、そうなんですね!だから殺菌は酒で行いつつ旨味をしっかりと残して料理を仕上げると。勉強になりますっ!これは本当に革新的ですよ!」
「あー、うん。そろそろ盛り付けてもいい頃合いかな」
「はいっ!」
煮汁の量までしっかり見ながら盛り付け始めるナルークのはしゃぎように期待と同時に呆れの目も注がれていた。
デルとキルアは、あんなナルーク初めてだと小さく言い合いながらパンを焼いては皿に盛っていく。
料理人とは美味い味を追求するものだから仕方がないのだと思いながら、レスティオは口を出すのをやめて料理が行き渡るのを待つことにした。
「あの、レスティオ様」
「んー?」
声をかけられて振り返れば先ほどの老人が町人たちを連れて頭を下げていた。
「大変申し訳ございませんでした。レスティオ様の御心も計れず無礼な発言を致しましたことを心よりお詫び申し上げます」
「生産者としてのプライドがあることは理解するし、むしろ、それだけ気持ちを込めて作っているのだろうということはよくわかったよ」
だからこそ無理強いをしようとは思っていないのだ。
もちろん、許容してくれるならば喜んで受け入れる。
「そのように仰って頂けるとは、なんと寛大な……申し遅れましたが、私はドナの町長を務めておりますレザン・トラウベンと申します。酒は飲んで味わうものと思っておりましたが、下げ渡して頂いた一口でそれだけではないのだと新たな可能性に気づくことが出来ました。どうか、これからも我が町の酒を存分にお使い頂けましたら光栄に存じます」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。城の料理から解放されたこの数日間は美味しい料理を食べられそうだ」
「お詫びに我が町自慢のオルドナとエルドナを献上させては頂けないでしょうか?」
お詫びに酒を差し入れると言うレザンにレスティオはクォートを窺う。
一応任務中なので考え無しに受け取るとは言えない。
「お気持ちを有り難く受け取らせていただきます。しかし、まだ予断を許さない状況ですので、後日酒席を設けさせてください」
「あぁ、そうでした。魔物が散見しているようですから、どうか、よろしくお願いいたします。ご武運をお祈りしております」
町人たちが引き下がるとようやく騎士団の夕食が始まった。
口々に美味いと声が上がり、皿に盛られた煮汁まで綺麗に飲み尽くされていった。
夕飯を終えて、レスティオは広場にいくつかの木の的を立てた。
的の中にいくつか円を重ねて描き、数字を書き込んだところで待ち構える兵たちに向き直る。
「遠距離攻撃は狙った位置に正確に命中させる技術が必要になる。この的の円の中に書かれている数字を得点として、三投投げた時の合計点が高ければ高いほど優秀と評価する」
稽古をつけるのだから、ただ当たればいい程度で済ませるつもりはない。点数をつけることで優劣をわかりやすくし、狙い通りに投げられるように努力するきっかけをつくる。
「魔物討伐を想定して動く的を相手にしたければ、的に糸でも付けて枝に吊るしてやってもいいが、まずは動かない的を正確に射止められるように訓練すること。また、点数を競う際は魔術の有無は明確にしておくように。魔術を使わず当てられるのと魔術の補助を使って当てるのとでは実践の結果は同じでも成績としては分けて評価されるべきだ」
そんな不正をするような騎士道精神を持たない者はいないと思うが、と釘を刺しつつ、的の位置から歩きながら距離を測っていくつか投擲位置も設定する。
訓練時は徐々に距離を離して練習するといいと言いつつ、一番遠くに用意した五十メートルほどの位置にレスティオは立った。
ナイフの持ち方から姿勢、目線、体の使い方を説明してナイフを投げると的の中央に命中して歓声が上がった。
「今の勢いならロゼアンが氷を撃つのと同じくらいの攻撃にはなりそうですね」
「ま、最初からできるとは思わず、まずは近距離から練習してみろ」
兵たちが盛り上がる中、トントントンッと軽快な音がして振り返ればロゼアンが木に木の葉を氷で打ち付けていた。
その横でキルアが拍手して自分もと試すが氷だけが木に突き刺さる。
動く的を吊るせばいいとは言ったが、落ち葉を的に使ってしまおうと発想した様子に感心して歩み寄る。
「ロゼアンは動体視力がいいんだな」
「、ドウタイシリョク、ですか?」
「動いている物を見る力だよ。あるいは、目標がどういう動きをするか推察する力か。いずれにせよ、生きたものを相手にするには欠かせない能力だな」
「そうなんですね。あまり意識していませんでした」
動体視力という言葉自体初めて聞いたのであれば意識することもなかったのだろう。
ふと、話をやめてロゼアンは氷を放つキルアの手を掴んだ。
「それくらいにして明日に備えて魔力結晶を作っておいた方がよくないか?」
「ぁ、そうですね。つい、夢中になっちゃいました」
キルアは使った魔力量と朝までに回復できる量を計算しながら魔力結晶を生成し始めた。
ロゼアンはその様子を見ながら木に突き刺した氷を溶かしていく。
手元で微量の火を灯して風を熱して木を燃やさず温めるという魔術の使い方に思わず手元を覗き込んだ。
「レスティオ様。駐在所に部屋を用意しておりますので、どうぞそちらでお休みください。浴室もありますよ」
不意にブレフトに声をかけられて、レスティオは振り返った。
「、別にテントでも構わないんだが」
「そうでしたか、申し訳ございません。駐在所があるので、お部屋に泊まっていただくつもりでご用意しておりました。レスティオ様が駐在所を使うのを遠慮されないように隊長にも部屋を使って頂くことにしたんですが」
小隊長も宿泊する部屋は用意出来たが、隊長格が皆野営地を離れると無法地帯になるので、テントは各小隊ごとになっていると説明されてレスティオは駐在所への宿泊を承諾した。
遠回しにレスティオが泊まる想定のテントは無いと言われているのに粘るのは困らせるだけだ。
「ぁ、側仕えが必要でしたらロゼアンを付けましょうか?」
「いや、テントもない野営訓練を幾度となく受けている。部屋があるだけで十分過ぎるくらいだよ」
「そうでしたか。では、お部屋へご案内します」
宿泊の荷物は既に部屋に置かれていた。
部屋の前に先遣隊の兵が交代で見張りにつくというのを丁重に断って、質素な部屋に気持ちが落ち着くのを感じながら休息をとった。




