第35話 フランドール隊とドナ遠征(3)
午後、南の門へと向かって駐在所から移動を始めた。
すれ違う町の人々の表情は一様に暗く、騎士団や聖騎士の存在に懐疑的な囁きが聞こえてくる。
「魔術師がいないから森を焼かれることはなさそうだな」
「しかし、騎士団だけじゃまた死者がどれだけ出るんだか」
「この町もどうなることか」
「せめて、聖女様が来てくれればねぇ」
聞こえてくる声にフランドール隊の誰も顔色を変えない。
強がりなのか慣れなのか様子を窺っていると南の門を出たところでクォートが隊列を止めた。
「お聞き苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「、いや……」
「ドナは訓練に良く使われることもあり、死傷者を目にする機会も多い。長雨の影響で作物にも影響が出ている上に、魔物の繁殖が確認され、不安が日々高まっている状況なのです」
騎士団は訓練もあってよく出入りするが、厄災が本格化した時に魔術師団でなくて良いのか。
しかし、魔術師団が来れば火を主な攻撃手段にしている彼らは大事な生活資源である森を燃やしてしまう。
森に囲まれているドナは外に救援を求めようにもその手段は限られており、不安を口にすれば止めどなくなる。
それを解消するためには、根源を早急に討伐して魔物を一体でも多く減らすしかない。
「クォート。兵が死ぬ前に俺を使え。聖の魔術を使えば作物の育ちも良くなるようだし、魔力に余力があれば癒しのひとつやってやるさ」
魔物に関しては今まさに対応しようとしているところだ。
名誉挽回の機会は整っている。
「心強い限りです。では、参りましょう」
周囲を警戒しながら森の中を進む。
まっすぐ前進し、森の端の崖までたどり着いたら折り返して帰還する。
単純な行路だが、レスティオの高い索敵能力を存分に利用することを大前提としている。
「一時の方向、距離百六十、敵影三」
木々の間に見えた魔物の影に口を開けば、レスティオがクォートに突撃の許可を貰う前にロゼアンとハシュビルが駆け出した。
ブレフトとキルアはレスティオの前で警戒するようにして構えながら慎重に前進を促す。
戦闘の音がしたがすぐに止んで二人が引き返してきた。
「敵影三の他、更に奥に同種が二体いました。新種は確認できませんでした」
事もなさげに戻ってきた二人が隊列に戻り、淡々と森の中を進む。
「十時の方向、距離三百、敵影二」
今度はロゼアンとキルアが駆け出す。
隊列の位置を踏まえ、自らの判断で動いている様子に感心する。
「一時の方向、距離二百五十、敵影五」
「タールクヴィスト小隊、前へ!」
ロゼアンとキルアが戻るより先に別の方向に魔物を見つけると、クォートの鋭い声に呼応しながら後ろにいたタールクヴィスト小隊が一気に前進する。
先遣隊のうち二人は護衛に残すのだと理解して頷く。
「奥に敵影二確認!タールクヴィスト小隊に合流しますっ!」
キルアの声がして前方で戦闘が繰り広げられるのを眺める。
ジンガーグ隊では積極的に前に出たが、フランドール隊の動きを見ると下手に動くべきではないだろうと踏み止まらせられる。
統制が行き届いているからこそ余計な動きは指揮を乱しかねない。
「例年ここで訓練しているのです。新種でなければ相当数に囲まれない限り対応には慣れています。水で隙を作り、他の者が斬る。その策だけであの種の魔物なら乗り切れる、そこに連携を重視した行動をするようにしたことで格段に効率が上がっている」
魔術が扱えなくても水袋から少量撒くだけでも魔物は嫌がる。
だから現時点でレスティオの出番はないとクォートは静かに告げる。
「まぁ、ジンガーグ隊の報告書を読んで訓練はしたもののここ二、三日のことですから、少々動きにぎこちなさはありますがね」
数日で身につけたことを実戦に活かすのに小隊編成は効果を発揮していた。
小隊内であれば連携を取る組み合わせは少なく済み、互いの癖をある程度理解していて信頼関係も申し分ない。
相手にしている魔物が対応し慣れている種というのもあって、連携を確立するのに今この場はとても役立っている。
それを踏まえてもレスティオが出る幕ではないのだ。
前進していた兵たちは捕捉した魔物を討伐し終わると隊列の元の位置に戻っていく。
「討伐数十三。やはり訓練時より随分と繁殖しているように見えます」
「ふむ。それだけの数ご苦労だった」
「訓練時にもこの辺りには魔物が出ているのか?」
「いえ、訓練時は東の山でしか捕捉しておりませんでした。南の森にも繁殖していると報告を受けたのはつい最近のことです」
クォートの答えに地図を思い返して少し思案する。
「十時の方向、距離三百、敵影六」
「タールクヴィスト小隊援護っ!」
駆け出したロゼアンとキルアの後ろをタールクヴィスト小隊の半数がついていく。
東側は当面対応してくれるだろうと西側を特に注意して周囲を見回した。
やがて、違和感を感じながらも前進していると折り返し地点である崖へと到着した。
魔物の討伐を終えてきた兵たちと合流すると一旦休憩となった。
各々馬上から降りて給水したり体を伸ばし始める。
「新種は見かけなかったな。西側の方に魔物は確認できなかった。東に進行後折り返して帰還して問題ないだろう」
「承知しました。ご確認有難うございます。レスティオ様も暫し休憩ください」
クォートに休憩を促されて、レスティオは海を眺めながら体を伸ばして深呼吸し、潮の香りを堪能する。
古びた木の柵が置かれた崖の下には海が広がっていて、遠くには船や他の大陸も見える。
「レスティオ様は、海は初めてですか?」
隣に来たロゼアンはさり気無く一歩下がるようにと促す。
柵が古いので危険だということだろうと理解してレスティオは素直に一歩下がった。
「いや、海は元の世界にもあったよ。この世界の海は澄んでいて綺麗だな」
「そう言って頂けて光栄です」
体を動かしたからかいくらか緊張の解けた様子に安堵しつつ、崖下を覗き込むと肩を掴み戻された。
振り返るとクォートが厳しい表情で睨んでいた。
「あまり身を乗り出さないようにお願いします。下は足場のほとんどない岩場ですから、風の魔術を使ったとて無事では済みませんよ」
「そうか?あれくらいなら全然着地できると思うが。風の魔術で戻ってこれなくてもこの崖の感じなら、」
「レスティオ様。貴方様が危険を冒してまで気になるとおっしゃるなら同行する者をつけざる得ないのですが行きますか?」
「ぁ、すまない。流石にそれは難しいと理解した。海水浴を楽しめる高さじゃないが、魚を捕まえるくらいは出来そうなんだけどな」
城の料理でも未だ魚は出てきていない。
少し懐かしさを感じたが、カスタムの自分ならまだしもこの世界の人間が飛び降りて無事でいられる保証はないので諦める。
「カイスイヨク、とは?」
「その名の通り。海に入って泳いだり遊んだりすることだろ?」
「海に入ったが最期、帰って来られなくなります。泳ぐというのがどのようなことかわかりませんが、遊戯ならもう少し安全な場所をお選びください」
泳ぐという概念がこの世界にないという事実に驚く。
弓や銃がないのは魔術で代用できるとしても、最期ということは海に入って万が一溺れたら助けるという考え自体無いということだ。
かといって、泳ぎを一から教えるというのは戦術指導の何倍もハードルが高い。
「ちなみに海にも魔物は出るのか?」
「海の魔物というのは聞いたことがありませんね。魔物が出ないという理由で海の上で基本的に生活する航海士になりたいという人は多いですよ」
「なら泳いでもいいだろうに。泳げないというか、泳ぐということを考えたことがないなら仕方がないのか」
泳ぐの説明をしたところで皆怪訝そうな顔をするばかりだった。
そもそも水の中で行動する機会がないと言われればレスティオも黙るよりない。
休憩を終えると東側へと移動を始めた。
「クォート、このまま川の方まで移動することは可能だろうか?そこまで行くと、流石に範囲が広くなりすぎるか?」
「川にも魚はおりますが、夕食の下ごしらえは済んでいるでしょう」
「ぁ、いや、その発想はなかった。もちろん魚が食べられたら嬉しいが」
呆れたクォートの表情に気を遣わせて申し訳なく思いつつ否定する。
気になっていたのは川の位置と魔物の出現場所の関係だった。
川は東の山の山頂から南の森と境界線を作るように海へと流れているというのが地図に記されていた情報だ。
しかし、魔物の出現場所には川を挟んで両側に魔物が分布していた。
「川を挟んだ向こうからあの水嫌いの魔物が出てくるとは考え難いだろ。なにか異変が起きているんじゃないかと思ってな」
暫しの沈黙の後、あぁっと周囲から納得する声が次々と溢れる。それにレスティオは驚いて周囲を見回した。
「なるほど。そう考えると確かにこれまで町に魔物が出なかったわけです」
「川が魔物を抑え込んでいたんですね」
「ぁ、そこから気づいてなかったのか……って、いやいや、川の水も使って対抗していたんじゃないのかっ!?」
「言われてみれば。水を掛ければ怯むのだから、大量の水が流れる川も当然嫌厭するはずですね」
揃いも揃って発想が無かったという様子に頭を抱える。
何故そこに考えが至らなかったのか不思議でたまらないと思っていると、クォートは川まで前進と告げた。
「まさか、この発想が無かったとは思わなかったな」
「面目ありません。他にもお気付きのことがあればお聞かせ願えますか?」
「んー、ここに来るのが初めての俺には一概には異常だと言えないんだが、動物の生息状況の変化や森の変化には注意が必要じゃないか?いるはずのものがいない、いないはずのものがいる、普段と違う行動を取っているとかな。その原因が魔物に住処を追われたとか考えられることがあると思うんだ」
言われて皆唸り始める。
皆、自然も動物もきまぐれなものと思っており、変化を変化と認識できていなかった。
「例えば、テルドガルの高度がいつもより高い、とか、言ってなかったか?」
「あぁ、そういえばそうでした。しかし、テルドガルとていつも同じ高度にいるとは限りませんし」
「高度が低い、つまり森の木に何かあったとか、なにか警戒していたのかもしれない。動物の方がそういうことには敏感だったりするからな」
「なるほど。以後、注意して観察するようにいたしましょう」
「そうしてくれ。十時の方向、距離二百、敵影五!」
瞬時にロゼアンが動き出し、少し遅れてキルアが後を追った。
レスティオの右側を守っているハシュビルはもどかしそうに二人を見送った。
「キルアと場所を交代したらいいんじゃないか?」
「い、いえ、後輩であるキルアの位置を奪うようなことは出来ません」
「いや、ロゼアンはともかくキルアは魔力量的にも温存に入らせていいだろう。戻ってきたら交代しろ」
クォートからの指示もあり、ハシュビルは早速位置を移動した。
戻ってきたキルアは安堵した表情でハシュビルの元の位置についた。
「魔力量は大丈夫か?」
「普段そこまで使っていないと早く疲弊するとは聞いていましたが、元より魔力量が多くない分、温存と言っていただけて安心しました」
既に昨晩作成しておいた魔力結晶は取り込み済みだが、それでも疲弊感は拭えないという。
ロゼアンの様子を伺うと疲労の色は一切見えない。
「レスティオ様、川はやはり渇水しているようですね」
「ん?あぁ」
視線をどう受け取ったのかロゼアンが振り返って報告する。
川の前で一度止まり数kmに渡り、水が流れていないことを確認した。
「レスティオ様の言う通りでしたな」
「あぁ、ちょっと周辺を見ていてくれ」
レスティオはヴィルヘルムから降りて土に触れた。
表面は乾いているがわずかに水気を残しているようにも思える。
まだ四月でここ数日の日差しはそこまできつくなかったと記憶しているので渇水は最近のことかと推測する。
水が流れなくなれば、川幅は十分飛び越えられただろう。
よくみれば魔物が足を埋めて暴れたような跡も見られるが、つまりは川の渇水こそ、魔物が広範囲に分布し始めた原因と結論づけられた。
「さて、クォートはどう見る?」
「そうですね。日照りというのは考えにくいでしょうから、上流でなにかあったのでしょう」
「上流まで見に行くか?」
「いえ。それでは日没までに帰還出来なくなります。今日は川沿いに町の方へ移動し、途中まで様子を見ることとしましょう」
森の夜は暗くなる。今はランタンを持参していないので夕暮れ時には町に到着する計画だった。
レスティオが頷いてヴィルヘルムに乗り直すと、隊列は川沿いに動き出した。
町に着くとクォートは駐在所に小隊長を集めて報告会を開いたが、皆、川の渇水による魔物の行動範囲の拡大という発想はなく、誰もが驚きを示した。
「最近起きた変化と言えば、魔物が広範囲に分布している影響で動物が姿を見せにくくなっているので狩りがしにくいと聞いています」
「これは報告すべき事項かわかりませんが、森の木が異常に成長しているのではないかと木こりがぼやいていました」
スタルトとヨンが報告するのに、動物が魔物を警戒しているというのはそういうものなのだろうと納得できた。
森の木の成長については、レスティオは聖の魔術を使った際の植物の成長を思い出していた。
しかし、まだここにきて聖の魔術は使用していない。
森の木を良く見ている木こりが言うのだからなにかしらの変化は起きているのだろうが、川の水が渇水しているならば周辺の木々に水が行き渡っているのかも疑問になってくる。
そのような状態でこそ強く育とうとする植物も知っているが、考慮すべき事項かの見極めには情報が少ない。
「とにかく、川が渇水し、南の森に魔物が展開している以上、警備の強化は必須でしょう」
「我が小隊は夜警の備えが出来ております。ユハニの薬を染み込ませた柵を外壁の周辺に設置しましたので効果の程を期待したいですね」
ユハニの薬と聞いてファビス隊の面々が首を傾げたので、ジンガーグ隊の遠征時に魔物避けの効果を見せた薬があるのだと説明すると、ファビス隊の沈んだ顔色が明るくなった。
暗い夜の警備ほど神経を使うことはなかった彼らは心底安堵した様子で感謝を口にした。
「では、明日はまず川の渇水の原因調査ですな。東の山へと続くところまでは渇水を確認しているので、明日、本隊は東の山に入ります」
明日はタールクヴィスト小隊を町の警備に残し、夜警担当のパドロン小隊は休息、先遣隊とジェリーニ小隊が東の山へと進行する段取りが決まった。
東の山は広域なので、昼食は携帯食を持参して一日がかりを想定した行程が組まれていく。




