第33話 フランドール隊とドナ遠征(1)
コーク遠征から数日。
報告書を待ちきれないエルリックやモルーナ、アッシュと魔術討議の時間を設け、マルクからは報酬に関する打ち合わせと邸宅の内覧に連れ出されたりと忙しない日々を過ごしていた。
屋敷を決めると、調度品や使用人について調整も始まり、そうこうしている間に時間はあっという間に過ぎ、次の遠征の出発日を迎えた。
今回の遠征はクォート・フランドール率いるフランドール隊と共にオリヴィエールの南東に位置するドナルの森へと向かう。
西を崖、東を山、南北をドナルの森に囲まれたドナの町が今回の野営拠点となる。
ドナは外交上の要所というわけではなく、酒類の生産地として国内産業の要所となっている町で、魔術師団ではなく騎士団の管轄だった。
その為、今回は魔術師団の干渉を一切受けることがないと説明を受けて、レスティオは安堵していた。
森があって、山があって、騎士団管轄なので町の片隅の比較的安全な場所に拠点を置ける上に、酒類の生産地ということもあり酒宴にも事欠かない。
騎士団にとっては訓練をするのに絶好のスポットなので例年新兵の教育を兼ねて出向いており、今年もレスティオが講義漬けになっている間に訓練が行われていた。
その時には確認されなかった魔物がドナルの森で確認されたと報告があり、今回、フランドール隊が出兵することになった。
「あれ、ユハニ?」
騎士団本部での打ち合わせの後、クォートに促されるまま東門に向かうとヴィルヘルムの傍にユハニが立っていた。
他の兵は皆覚えのない顔だったので首を傾げると手綱を渡された。
「ヴィルヘルムを連れてきただけです。他の人だと蹴られるので」
「あぁ、なるほど。人見知りも程々にしろよ、ヴィル」
「人見知り……ですか……まぁ、いいです。荷物は背に乗せましたので、後は、ご武運をお祈りしてます」
用は済んだとさっさと引き上げていくのを見送ってヴィルヘルムに騎乗する。
鼻を鳴らして気合十分な様子を撫でて宥めつつ、クォートの傍へと移動する。
「ユハニ・リトラとは親しくされているのですか?」
「まぁ、比較的そうだな。なんだか後輩に似ていてつい構いたくなるんだよ、アイツ。似てないのは体格くらい」
「それを言ったら怒り出しますよ。ユハニは身長を気にしてるんで」
横から指摘されて、やっぱりかと笑った。各小隊から準備完了の声が上がり、隊列は動き出した。
「ブレフト。先遣隊はお前含めて周りについてくれている四人か?」
「はい。紹介致します」
今回もレスティオは先遣隊と行動することになっていた。
先遣隊隊長ブレフト・スミットを筆頭に、ロゼアン・ダイナ、ハシュビル・セリスト、キルア・マッカーフィーの計四名体制。
各地に派遣している兵を除外して小隊を再編成した結果であり、小隊ごとに役割を明確にして戦力バランスを保ちつつ統率が取りやすくなっている。
ジンガーグ隊とは違って規律の整った管理体制だった。事前に名前は聞いていたので顔と名前を紐づけて覚えていく。
「魔力の有無や戦績については聞いているが、ロゼアンが特段に優秀なんだって?」
何気なく問いかけると周囲の兵が揃いも揃って必死の形相で「はいっ!」と返事をした。
いくらフランドール隊が統率が利いているとはいえ、思いがけない勢いに驚く。
ロゼアンは恐縮した様子で肩をすくめてしまっている。
「ロゼアンは先遣隊の中でも特攻の役目を担っていて、根源の特定も討伐数も部隊でトップクラスなんです!」
「戦績に対して負傷が少ないのも優秀といえるポイントだと思います」
「魔術訓練も大概身につけてるからきっとお役に立ちますよ!」
口々に言う兵たちにクォートを見れば、静まれと喝が飛ぶ。
途端に馬の蹄の音以外に聞こえなくなった。
「随分と重宝されてるみたいだな」
「そんな、レスティオ様の御力に比べたら私なんて微力なものです。あの、既に聞き及んでいるかもしれませんが、私の父は、」
「あぁ、ラズベル・ダイナだろ?ジンガーグ隊から聞いたが、父の連座だなんだと噂されているようだな」
静まり返った中でもぴりっと緊張が走ったのがわかった。
部隊で重宝する兵の行く末に気を張っている様子にこれから討伐だというなのに不安を覚える。
「はい。襲撃の件につきましては、」
「何もしていないお前がなにを語る必要がある?既に聴取で話した内容ならある程度耳に入っているが、それ以上の情報があるか?」
「ぁ、いえ。ただ、ダイナの人間として宜しければ謝罪の機会を頂きたく存じます」
「当事者でないお前が謝る理由がどこにある」
「そう、ですね。申し訳ございません」
ロゼアンはユハニに散々背中を押してもらったことを思い返して心の中で謝罪を重ねた。
わかりやすく沈んで行くロゼアンにレスティオは呆れながら手を伸ばして頭を撫でた。
「そんな捨て猫みたいな顔するなよ」
「す、捨て猫、ですか……?」
「確かに的を射た例えだと思います」
戸惑うロゼアンにハシュビルが笑いをこらえて同意した。
周囲の雰囲気も少しだけ和らいでいく。
「そんな調子じゃ、今回の遠征生き残れないぞ」
「そ、そう、ですね。すみません。気を引き締めます」
レスティオの手が離れると気恥ずかしそうに視線を逸らした。
その様子に気を引き締めるのにはまだ時間がかかりそうだなとため息をつく。
「まだ正式な通達が出るまでは数日要するが、ラズベル・ダイナの襲撃については実質無罪放免で決着させる方向で動いてもらってる」
「っ、本当、ですか?」
「あれだけのことをやった以上何かしらの罪状は付くはずですが、レスティオ様がお言葉添えしてくださったのですか?」
驚くロゼアンに返すより先にクォートが真剣な表情を向けてきた。
議会に判断を求めている段階なので、情報開示は帝国軍総帥であるエルリックで止められている。
とはいえ、一週間ほどで通達までの目処はつくと言われているので、遠征が終わる頃には通達を出すだけになっているはず。
これから数日討伐に精を出す兵たちに伝えたところでなにがひっくり返ることもない。
それよりも意識の向き先をきちんと魔物討伐に向けさせる方がレスティオの中で優先される。
「首謀者が鳴りを潜めたんだ。これ以上聴取に時間をかけさせるのは無駄だろ」
「しかし、ダイナ隊がレスティオ様を襲撃したのは事実。皇帝陛下はお認めになられたのですか?」
「クォート。ダイナ隊になにか恨みでもあるのか?」
「そんなものありません。ただ、無罪放免、というのはあまりにも信じ難い」
この世界における聖の魔術の重要性を考えればクォートの考えは正しいとレスティオも理解する。
しかし、ここで全てを話しては意味がないし、彼に伝えるメリットもない。
「無罪放免と言っても、襲撃の翌日には騎士団総出で制裁を受けただろ。ある意味、組織として連座処分を受けたようなものなんだから、これ以上罰を与える必要はないという判断だ」
「しかし、」
「クォート」
疑念を拭えない様子のクォートにレスティオは笑みを向けた。そして唇の前に指を立てる。
「少し、利口になろうか」
静かなその言葉にクォートは目を見開いて硬直した。
息を飲みながらゆっくりと正面に向き直り、小さく「失礼致しました」とだけ口にした。
「まぁ、この件についてはロデリオが自ら動いているから、そう簡単にひっくり返されることはないだろう。とにかく、ロゼアンは父親のことは忘れて今回の任務に集中しろ」
「は、はいっ!御気遣い頂き有難うございます」
今度こそ表情を引き締めたロゼアンにひとまず安堵する。
「ちなみに、誰に聞いても反応が芳しくないんだが、ドーベルと繋がりがある者はフランドール隊にはいるか?」
「、ドーベル、と言いますと?」
「大聖堂への立ち入りと聖女の資料の開示を認めてくれないんだよ。直接交渉しようかとも思ったが皇族からも止められてどうしたものかと思っているんだ」
「あぁ、あの家は特別ですからね。ドーベルの血統で騎士団に属している者は大概勘当されて来てるので顔つなぎは難しいと思いますよ」
疑念は持ちつつもきちんと答えてくれるクォートにどういうことかと尋ねれば、ドーベルは聖女の血を持つが故にある程度の年齢までに魔力が発現しなければ血縁者としては認めないことで有名だという。
それは本家のみならず分家でも同様で、勘当された者は大体騎士団に入るか、どこかの店で住み込みで安く使われるか、身を売る商売につくよりなくなる。
どこか身を寄せる場所を見つけなければ贄として儀式の時までただ生かされるだけの施設に放り込まれてしまうのだ。
「魔術師団であれば、いるのか?」
「いても、講師資格さえ取れれば魔術学院へと移籍してしまいます」
「魔術学院、か……視察も大陸会議が終わってから検討することになっているから、まだしばらく先になりそうだな」
今の所、先人の知恵がなくともなんとかなっているが、なるべく情報は仕入れておきたい。望みの薄い状況にため息がこぼれる。
「聖女の遺体はザンクに安置されているそうですから、そちらに遠征に向かう方がもしかしたら早いかもしれませんね」
「ザンク……」
「北に位置するトラントリアム鉱山の山頂付近にある町です。騎士団の武器や鎧の調達で定期的に向かう機会があるので、都合がつけば同行は可能だと思います」
そんな場所あっただろうかとこの国の地図を思い返してみるが、思い当たらなかった。
ザンクは、鉱山の中にひっそりと存在しており、聖女の遺体を安置している町ということで、講義にも使われるような一般的な地図には載っていない町だった。
では一体どんなところなのかと身を乗り出せば、レスティオの持つ剣が作られた場所こそがザンクだった。
剣の献上の際に、「この国で最も高いトラントリアム鉱山の町にて眠りにつき国を見守り続けることを御許しください」と言葉が添えられており、そのままザンクの聖堂に棺が置かれることになった。
棺の蓋には遺言が刻まれており、ある時帝都へ移送しようという話も持ち上がったが、棺を見て取りやめになったという話も伝わっている。
騎士団は武器の調達の際に一度はその話を聞かされるので、この言い伝えは騎士団なら誰でも知っている。
「遺体以上になにがあるかはわかりませんがね」
「どこかに資料が保管されていたりしないのか?」
「そこまでの興味を持ったことがないのでなんとも。帰還後、団長にはレスティオ様がザンクに関心を持たれていると伝えておきましょう」
「是非ともそうしてくれ」
役目を終えた後の過ごし方というのも、数年後には我が身のこと。
レスティオは微速前進だなと思いながら見えてきた森を注視した。
「魔物の姿は見えないな」
「……そういえば、レスティオ様は非常に目がいいと報告書にありましたね」
「木の陰に隠れていないとは限らないけどな」
「頼りにしております。では、全隊、ドナルの森へ突入する!警戒を怠るなっ!」
クォートの掛け声に兵たちが呼応する。
先ほどまでの少し和らいだ雰囲気はすでに見る影もなかった。




