第32話 コーク遠征慰労会
薬草水で割ったクルールを口に含み、風味の変化を堪能する。
隣では薬草水を用意したアズルがそわそわとしている。
「どうだ?」
「美味い」
ロデリオに笑顔を返すとアズルが噛みしめるように笑みを浮かべた。
先日の飲み会の後から夜な夜なロデリオの側仕え達を集めてお酒の割り方を研究し、最近では皇室の側仕え総出で誰には何が良いか追求しているという。
その会にこそ参加したかったが、側仕えの憩いの場でもあると思えば余計なことは言えない。
「まったく昨日の夜は生きた心地がしなかったぞ」
「そんなこと言ったって、あれは、アスタロット隊長の報告が悪い。俺はちゃんと討伐の任務を完遂した」
「あぁ、そうだな。お前の懸念がわかってきた気がする」
少し仮眠は取ったというがロデリオの顔色はあまり良く無い。
今日は早めにお開きになるだろうなと思いながら、クルールの薬草水割りをお代わりする。
「昨日はハイリ陛下は出てきたのか?」
「あぁ、騎士団は身の程を知らないと捲し立てていた。聖騎士を認める認めない以前に国賓扱いの者を虐げるなんて、とかな」
「聖の魔術を扱えた時点で俺を蔑ろには出来ない分、騎士団にやつ当たりした感じか」
アスタロットのように愚痴愚痴という姿が想像出来た。
クラディナも概ね同調し、エルリックではなくレスティオ自身がコークの街ではなく騎士団に同行すると決めたと言っても聞く耳を持たなかった。
それどころかエルリックも総帥の座にふさわしいのかという議論にまで発展してしまい宥めるのは一苦労だった。
「皇妃陛下にそんなに騒がれて良くエルリックは無事だったな」
「父上が先にハイリ様とクラディナを下がらせたんだ。そこで、お前の言い分を聞いてからにしようと決まった」
「なんだ。大変だったのはハイリ陛下の癇癪の相手か」
「そんな訳あるか。お前のことだからあらゆる策を講じておくべきだろうと、考えられる状況や処罰も誰にどこまで課すか明け方まで議論し尽くしたとも」
しかし、そんな懸念も虚しいほどあっさりとレスティオは騎士団擁護に回った。
むしろ自分が巻き込んだのだと言い出したものだから部屋を出た後でリアージュは騎士団になにかしら処罰を下す気満々のハイリにどう説明しようか頭を抱えたという。
「素朴な疑問だが、処罰というのは、やはり贄に行き着くのか?」
「まぁ、そういうことになるだろうな。兵の数も減っている今、あまり軍からというのは考えたく無いが、ハイリ様は軍事には関わらないからな」
ではどこに関わるというのか、といえば、外交だ。
オリヴィエール帝国は召喚の儀で贄を使い果たしている。
厄災時の外交では、食糧難などの国内事情を考慮して罪人を贄として取引するのが最も効率が良い。
国から犯罪者が消え、国益をもたらすのだから一石二鳥とも言える。
「ハイリ様の母国であるコルレアン王国も儀式の準備を進めているということだったからな。大陸会議までに贄を揃えて送り出したいというのは理解する」
そういった事情も踏まえてハイリはオリヴィエールへと嫁いできたのだという。
元々はユリウスがリアージュを見初めて第一皇子妃としていたが、厄災を見据えた外交を迫られハイリを娶った経緯があった。
厄災を見据えた外交、となればリアージュは身を引かざる得ない。
それでもリアージュは国内の派閥や政治は一歩も譲らず宰相と共にユリウスの支えとなっている。
今となってはハイリは外交の顔役に過ぎず皇妃としてはほとんどお飾りだった。
そんな皇室事情に耳を傾けつつ、レスティオはアスタロットの件よりハイリの愚痴を言いたかったのだろうなと心情を察した。
「そういえば、騎士団の優秀な兵が連座で贄になるかもしれないという話を兵達がしていたな」
「ん?あぁ、それはラズベル・ダイナのことだろ。お前を襲撃した実行犯だからな。調査が長引いているから刑は見送られているが罪状があるだけに庇うのは難しいだろ」
「差し出がましいようですが、連座ということでしたらラズベルの子であるロゼアン・ダイナのことでしょう。私の従兄弟でもあり、魔術も剣術も優れた優秀な男です」
ロデリオの言葉にエドウェルが口を挟んだ。
「彼は私の弟と同じくフランドール隊の所属ですから、次の遠征でご一緒することになると思います」
「エドウェルの弟もいるのか、それは楽しみだな」
「名をキルア・マッカーフィーと言います。迷惑をかけないと良いのですが、よろしければご指導のほどよろしくお願い致します」
「ご指導、か。機会があれば、心に留め置いておくよ」
弟の売り込みかと笑いながらアズルに空いたグラスを差し出す。心得た表情でグラスを受け取り、おかわりの準備を始める。
「ちなみに、調査が長引いているのもハイリ陛下が関わっているのか?」
「話が食い違いすぎて裏取りが困難を極めている。調査している文官も頭を抱えているのが現状だ」
否定はしないのか、とため息をつく。
「なら、この件は調査を中断していい」
「は?」
「ラズベル・ダイナの件は騎士団として制裁を受けることで贖罪は済んだものとしよう。事実上、無罪放免だな」
「待て、しかし、それではお前を狙った首謀者は、」
「押してダメなら引いてみろという言葉はこの世界には無いか?一度泳がせるのも一興、いや、策として有効だろ?」
考え無しに無罪にすると言っているのではない、そう妖しい笑みを浮かべるレスティオにロデリオは口元を引きつらせつつも笑った。
そして自分もクルールのおかわりをもらう。
「ダイナを憐れんだ訳じゃないだろ?」
「名誉挽回の機会も無しに有り得ないな。ただ、聖女主義者の思惑と思うとそう簡単に贄に持って行かれるのは気に入らない」
「なるほど?」
大いに納得した様子でロデリオは頷いた。
「それに、騎士団は無知故に無能なだけで鍛え方や戦い方を叩き込めばいくらか使えるかもしれないとも思っているんだ」
「随分と騎士団の評価を見直したものだな」
「アスタロット隊長の件もあって手駒にするなら騎士団の方がいいと思うようになった」
「魔術師団の早急な立て直しも必要そうだな。アズル、明日、」
「レスティオ様との酒席が決まった時点で明日の調整は済ませております」
各所に伝えておこうというロデリオにアズルは笑顔で返す。
酒席の度になにかある前提で各所と調整されるというのは考えものだが、まだ互いに探り合っている以上は仕方あるまいと苦言を飲み込む。
「無事の帰還を祝してっ!」
城下町の酒場でヴィシュールを煽ったジンガーグ隊の先遣隊一行の元に干し肉の乗った皿が置かれた。
「いやぁ、久しぶりに酒が美味い」
「本当にご苦労だったな。まさか先遣隊がレスティオ様の側につくことになるなんてな」
それなら自分が同行すればよかったとガヴリールがヴァナルを労ってジョッキにヴィシュールを継ぎ足した。
「まったく。確かに副隊長がいなければ俺が先遣隊のトップだったが、まさか指揮を任されるとは驚いた」
「レスティオ様は軍人なだけに指揮系統や統率をきちんと考えている様子でしたからね。ヴァナルが指揮官向きじゃないと知らなければ当然の判断でしょう」
明け方まで薬草の調合を続けていた上、日中は氷の矢の実演やレスティオに教わった訓練内容を伝えるのに奔走していたユハニは疲労の色を見せながら干し肉にかじりついた。
先遣隊で指導者向きなのはユハニとハイラックだが、ハイラックは剣術が主で魔術が絡むと専門外になり、体術についてもユハニの方が身についていた。
他の面々は感性重視なので実演して真似させるくらいしか出来ない。
「そういえば、シルヴァは修練学校の方はどうだったんです?」
「え、あぁ、基礎の魔力制御は一応できるようになったよ。けど、魔力があるっていう感覚がまだ慣れないな」
今回ガブリールとシルヴァが任務から外れたのは、遠征の数日前に突如シルヴァが魔力を発現させたからだった。
魔力は子供のうちに発現することがほとんどだが、稀に成人後に発現するケースもある。
その稀なケースだろうと魔術修練学校への入学手続きが取られ、魔力が安定して生活魔術程度扱えるようになるまでは討伐から外れることになっていた。
なにかの拍子に魔力を暴走させる可能性がある以上仕方がなく、監督役にガヴリールが就いて授業時間以外は帝都の巡回や雑務に徹していた。
「それってさぁ、聖の魔術で回復させてもらったことが関係してたりするのかな」
「え?」
「ハルヴァーニって確か聖女の家系のひとつだろ?」
「あぁ、まぁ、系統だけでいえば。魔力の性質でいえば痕跡ひとつないって話だけど」
シルヴァは曖昧に笑ってヴィシュールに口をつけた。
「けど、後十年早ければシルヴァが騎士団に入ることはなかったんだろうな」
「そうですね。それが良かったのかどうかはわかりませんけど。そんな話はともかく今日は遠征の慰労会なんですから討伐の話を聞かせてくださいよ」
促されると口々に武勇伝を語り始める。
話す度に少しずつ誇張されていく話に時折ユハニが呆れた様子で指摘し、ガヴリールとシルヴァが茶化す。
途中で今日の任務を終えた騎士団の兵が合流し閉店まで賑やかな時間が流れた。




