第31話 コーク遠征の後始末(2)
報告会を終えてソリッズとレスティオは騎士団本部の会議室に入った。
会議室では、ヴァナルとネルヴィが死にそうな顔でペンを握っていた。
他の者はどうしたのかと聞けば、ハイラックは一度自宅へ書籍を探しに戻り、ユハニも薬草について正しい記述をすべく城下町の図書館へと出かけていた。
というわけで残ったのは先遣隊の討伐報告をまとめるヴァナルと魔術の扱いについてまとめるネルヴィだが、二人とも文章力が全くなかった。
部隊の面々によりにもよってお前たちが書くのかと笑いのネタになるほど学が弱い二人は、なにをどうまとめればよいのかわからず手を止めていた。
「いきなり書き出す前にそれぞれ書くべき要素を洗い出してみろ。ソリッズ、二人の報告書は俺が面倒を見るから、お前は、」
「レスティオ様。私も二人と共に要点の整理からしたいと思います」
二人に報告書の書き方を教えるくらい、と思っていたが、ソリッズが真顔で言うので思わず頭を押さえた。
ソリッズは、普段の報告書は副隊長や文章が書ける兵に任せきりで、実は自分でまともに書いたことがなく、三人とも同レベルだった。
報告書の書き方は世界が違ったところでフォーマットの違い程度で要点は変わらないだろうと、気を取り直して報告文書の書き方講座を始めた。
随所でそれぞれ作業をさせている間に自分の分を書き上げて参考例として提示しながらまとめていく。
「お疲れ様です。ぁ、レスティオ様もいらしてたんですね」
「あぁ、お疲れ様。報告書は出来てるか?」
「はい。今回使用した薬の効果と製法をまとめた上で、材料となっている薬草の特性と採取に関する情報をまとめてみました」
手を差し出して問えば抱えていた報告書の紙束を差し出される。
薬草の図解まで書かれており丁寧で読みやすい。
「ユハニは文章の書き方をどこで学んだんだ?」
「実家の近くに子供向けの学習所があったのでそこで学びました」
「そういう施設はどこにでもあるわけではないのか?」
ヴァナルらの苦戦ぶりを横目に問えばユハニは首を傾げた。
「まぁ、数は多くないんじゃないですかね。国立の学校以外はそこの管理者の裁量で授業料が決められていて庶民向けじゃないそうですし、そもそもそれなりの家なら専属の教師を雇いますしね」
薬師である祖母が学習所の講師の世話を焼いていた縁で通っていただけで、一般的に学校は敷居が高いところだった。
子供は親や就職先で必要な知識だけを身につければ良いという者がほとんどで、騎士学校、魔術学院では自分の名前が書ける程度の文字は教えられるが文章のような語学まではあえて授業を受けなければ教わらない。
隊長や一部役職者以外は、報告書など文章を書く機会もないまま生涯を過ごすので必要性が認められていないと言われ、レスティオは納得した。
国柄としては理解するが、いざ書こうと思った時に書けないのは困ったものだと思いつつ、ユハニの報告書の文章を数カ所直してまとめておく。
「ただいま戻りました」
ユハニの報告書を見終わったところハイラックが活き活きとした表情で戻ってきた。
幼い頃から魔物学に触れてきたハイラックは本に書かれているような文面が身についていて報告書も情報過多ではあったがきちんとまとめられていた。
今回はそのまま提出することにしつつ、今後のために参考資料として別添にした方が良い内容の切り分け方を伝えていく。
ネルヴィが気にかけてきたが、参考資料まで意識する段階にないのでとにかく自分の担当分に集中するように追い払った。
「なるほど、学術書はそもそも読みたい人間が開くので情報を書き連ねますが、報告書は勝手が違うんですね。勉強になります」
「ユハニは綺麗に章立てされていたからあまり気にならないが、こうも書き込まれるとな。詳細、要点、概略で伝えたいことを伝えることを意識するだけで二人は問題ないな。二人は」
「一応、今の話は騎士団内に伝えておきますね」
話を聞きながら紙に報告書の書き方のポイントをまとめていたユハニの言葉に感心する。
自分の為にメモを取っていたと思いきや、横の三人のように学の弱い騎士団の面々にも共有しようとしていたと思わなかった。
「じゃあ、ついでに二人が来る前に向こうの三人に説明した内容もまとめておこうか」
「ぁ、助かります」
別の紙に報告文書の書き方講座の内容を書きながら二人にも説明する。
それが終わる頃にはようやく報告書が仕上がり、全体を通して読み直して補足を加え部分部分を修正しつつ完成とした。
報告書は一度副隊長の目を通した後にドレイドに渡り、各所に回覧される。
この後、報告書を読んだ副隊長であるガヴリール・ヴァルナフは、きちんとまとめられた報告書に目を見開き、同時にユハニからレスティオから手厚い指導を受けた報告を受けて頭を抱えた。
レスティオの手を煩わせて悪評が広がっている中で世話をかけてどうするとソリッズに説教をしつつ、騎士団内で繰り返さないようにレスティオの資料を複製して各隊に配布させた。
同時に、報告書の開示要請が各所から上がっていたこともあり、ジンガーグ隊は休息もほどほどに報告書の複製に追われることとなった。
薬品や薬草が貯蔵された倉庫の一角。
そこに置かれたテーブルでユハニは夢中で薬草をすりつぶしていた。
「お疲れ」
カップを脇に置かれて顔を上げると同じカップを手にしたロゼアンが立っていた。
「有難うございます」
「それ、よく使わせてもらうけど魔物避けなんて効果があったんだな」
「あぁ、その時によって使っている薬草が違うのでなんとも言えないですけどね」
魔物と同じで、一概に傷薬といってもその時に入手できる薬草が違うので別物を都度提供しているが、傷薬としか認識されていない。
お茶を一口飲んで、薬をすりつぶす作業を続ける。
今のうちに薬をある程度作っておかなくては、報告書が回った後には薬草が入手困難になってしまうかもしれない。
実は報告書のために図書館に行くと言いつつ、実家に手紙を書き、魔術師の速達便を頼んでいた。
送料は高くつくが、薬草が国に徴収される前に必要な対策は打っておいてもらわなければ、困るのは薬を頼りにしている患者たちだ。
「それで、どうかしたんですか?」
「いや、ちょっと頼みがあって」
「はい?どこか痛めました?」
部隊の違う同僚に頼まれる用件がそれ以外に思いつかずに首をかしげるとロゼアンは苦笑いした。
「ネルヴィもヴァナルも興奮して討伐の話が取り留めなくてな。三日後のレスティオ様との遠征前に話を聞かせてくれるか」
「あぁ、そういうことですか。作業しながらでいいですか?今日中にここにある分の下処理をしてしまいたいんです」
「手伝おうか?」
「加減が難しいので気持ちだけ受け取っておきます」
作業しながらユハニはクレアの森に向かう道中の会話から順に話し始めた。
ロゼアンが話を聞きにきた背景には父親の件があるのは理解している。
遠征に同行するのにあたって不敬はあってはならない、と必要以上に構えている様子がロゼアンだけでなくフランドール隊全体にも広がっている。
ジンガーグ隊も最初こそ構えていたが、レスティオの方が型を破っていくのだから困ったものであった。
「俺の個人的な印象ですけど、レスティオ様って今もまだ気を張り続けてるんだと思います」
「そりゃ、厄災の最中なんて誰でも気を張ってるだろ」
「むしろ厄災に関しては警戒心が薄いというか余裕があるように見えます。魔術の扱いだってどこか楽しんで見える。俺が言っているのは、この世界というかこの国に対して、です」
根源に対して風の魔術の検証を仕掛けたのは驚かされた。
討伐するのに必死になるのが常なのにどうしてそんな余裕に構えていられるのか神経を疑ったくらいだ。
ただ、余裕に振舞っているようで、周囲に敏感に目を光らせているところもある。
「別にダイナ隊の一件だけが理由ではないと思います。そもそも、この国は信用に値するのか各所の動向を窺っている最中っていうところじゃないでしょうか」
ちなみに今一番警戒されているのは魔術師団である。
騎士団はこれからともに戦う仲間として認識はされている。
あとは各部隊、各員がどう認識されるかだ。
「ロゼアンは実力もありますし、まずはそこで信頼を得るようにすればいいんじゃないですかね」
「そんな簡単に行くかな」
「肩の力を抜くのが必要かもしれません。気負い過ぎはよくないですよ」
「ダイナの名前の所為でフランドール隊の足を引っ張りたくないんだけどな」
薬草をすりつぶす音に消えそうなくらいの声でぽつりとこぼしたロゼアンにユハニはため息をついた。
「なんて言って欲しいんです?」
「、ぁ、悪い、忘れてくれ」
大丈夫、こうすればいい、そう言っても不安を拭えない相手の応対には困る。
ただ不安を吐露したいだけなら部隊内で済ませばいいのにと思ってしまう。
作業の手を止めずに言うユハニにロゼアンは肩を竦めた。
「ロゼアンはとにかくレスティオ様と話すといいと思いますよ。話せばちゃんと聞いてくれますから」
「そっか、有難う。邪魔して悪かったな」
「別に構わないですよ。なんなら、明日魔術訓練付き合いましょうか」
「是非頼むよ。それじゃ」
部屋を出ていくロゼアンを見送りもせず、すりつぶした薬草を瓶に移して次の薬草へと取り掛かった。




